2019年度 研究事業成果集 「スライムの化学」を利用した第5のがん治療法の開発

液体のりの主成分でホウ素中性子捕捉療法の効果を劇的に向上

東京工業大学・西山伸宏教授の研究グループは、液体のりの主成分であるポリビニルアルコール(PVA)を中性子捕捉療法用のホウ素化合物(ボロノフェニルアラニン=BPA)に加えるだけで、その治療効果を大幅に向上できることを発見し、マウスの皮下腫瘍に対する治療効果を検討した結果、ほぼ根治することを確認しました。本研究成果は、従来の方法では治療困難ながんに対する革新的治療法として応用が期待されています。

取り組み

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、ホウ素(10B)に対して熱中性子を照射することにより核反応を起こし、細胞傷害性の高いアルファ粒子とリチウム反跳核を発生させて、がん細胞を破壊する治療法で(図1)、従来の方法では治療が困難な再発性のがん、多発性のがんに対しても有効であるため、第4のがん治療法と呼ばれる免疫療法に続く、第5のがん治療法として大きく期待されています。

図1 BNCTの原理
ホウ素と熱中性子が核反応を起こし、細胞傷害性の高いα粒子とリチウム反跳核を産生する。これらの粒子ががん細胞に致命的な傷害を与える。これらの粒子の移動距離は細胞1個の大きさ程度に相当するので、ホウ素をがん細胞だけに集めることが重要である。

BNCTでは、ホウ素を選択的にがんに集積させることが重要で、臨床で主に使用されているホウ素化合物のBPAは、LAT1というがん細胞上に多く発現しているアミノ酸トランスポーターを介して細胞に取り込まれる性質があるため、選択的にがんに集積することができる化合物です(BPAは2020年3月BNCT用医薬品ステボロニン®として承認)。現在、BPAの臨床試験では臨床試験第II相において、再発頭頸部がんに対しBNCT施行90日後の奏効率71.4%という治療効果が得られています。一方、治療効果のさらなる向上には、BPAのがん細胞での滞留性を長期化させる技術開発が課題です。

BPAががん細胞に長期的に留まることができない原因の一つとして、LAT1は細胞外のBPAを取り込む際に細胞内のアミノ酸を排出するが、細胞外のアミノ酸を取り込む際に細胞内のBPAを排出するため、細胞外のBPA濃度が低下すると細胞内のBPAが流出してしまうと考えられました。BPAのがん細胞での滞留性の問題を解決するために、液体のりとホウ砂から作られるスライムと同様の化学反応を活用することを考案し、その技術開発に取り組みました。

成果

液体のりの主成分であるポリビニルアルコール(PVA)は、生体適合性の高い材料として古くから研究されてきた物質であり、さまざまな医薬品の添加物としても使用されています。

PVAは多くのジオール基を持っており、このジオール基はホウ酸やボロン酸と呼ばれる構造と水中でボロン酸エステル結合を形成することができるため、この反応を利用してBPAをPVAに結合させたところ、PVAに結合したBPA(PVA-BPA)はLAT1介在型エンドサイトーシス経路で細胞に取り込まれるようになり、従来のBPAが細胞質に蓄積するのに対し、PVA-BPAはエンドソーム・リソソームに局在することが確認できました(図2(A))。その結果、がん細胞に取り込まれるホウ素量が約3倍に向上し、細胞内で高いホウ素濃度を長期的に維持することが可能となりました。

図2 研究成果の概要
(A)今回発明したPVA-BPA:スライムの化学を利用してBPAをPVAに結合した。PVABPAはLAT1介在型エンドサイトーシスにより細胞に取り込まれ、エンドソーム・リソソームに局在するようになる。
(B)腫瘍への集積性・滞留性:PVA-BPAは、従来のBPAと比較して優れた腫瘍集積性と滞留性を示した。
(C)BNCTの効果:PVA-BPAを用いたBNCTでは、ほぼ根治に近い治療効果が得られた。

さらに、PVA-BPAはマウスの皮下腫瘍モデルで従来のBPAと同等以上の集積性を示し(図2(B))、従来のBPAは徐々に腫瘍内の集積量を低下させた一方で、PVA-BPAはその高いホウ素濃度を長期的に維持することができました。そして、熱中性子を照射すると、PVA-BPAは強力な抗腫瘍効果を示し、ほぼ根治に近い結果を得られました(図2(C))。

展望

わが国がリードするBNCTをがん治療に活用する上で、がん組織内のホウ素濃度を長期的に高く維持することが課題となっています。この点においてPVA-BPAの貢献は大きく期待されます。PVA-BPAはスライムを作るように、水中でPVAとBPAを混ぜるだけで簡単に合成することが可能であり、また、製造が容易である上に治療効果も非常に優れていることから、今後実用化を目指す企業と共同して、PVA-BPAの安全性を精査するとともに、臨床応用研究を推進していく予定です。

最終更新日 令和3年8月13日