2019年度 研究事業成果集 健康診断でパーキンソン病・認知症のリスクを評価:早期発見・予防への足掛かり

前駆症状のアンケート調査でハイリスク者を抽出することに成功

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、服部誠客員研究員、国立長寿医療研究センターの鷲見幸彦病院長らの研究グループは、難治神経変性疾患の一つであるレビー小体病(パーキンソン病(PD)とレビー小体型認知症(DLB)を合わせた疾患概念)を対象にした臨床研究において、日本人の一般人口におけるレビー小体病の前駆症状(prodromal症状)の保有率を明らかにし、自覚症状を有しない50歳以上の健診受診者の5.7%に2つ以上の前駆症状を有するハイリスク者が存在することを見出しました。

取り組み

認知症を含む神経変性疾患では、異常蛋白質の蓄積が臨床症状の発症に10~20年以上先行して生じていることが明らかになってきており、発症前に病態を抑制することが重要であると認識されています。レビー小体病は、αシヌクレインの神経細胞内の蓄積を病理学的な特徴とする神経変性疾患であり、パーキンソン病(PD)とレビー小体型認知症(DLB)を含む疾患概念です。レビー小体病では神経症状の発症10~20年前から便秘やREM期睡眠行動異常症(RBD)*、嗅覚低下などの前駆症状(prodromal症状)が出現することが注目されています。また、画像検査(ドーパミントランスポーターシンチグラフィー(DaT SPECT)やMIBG心筋シンチグラフィー)によりレビー小体病の早期診断が可能であることも明らかになりつつあります。

一方で、日本人の一般人口における前駆症状の保有率は、十分に明らかになっておらず、神経症状を発症する前のハイリスク者を抽出する方法は不明でした。名古屋大学の勝野教授らの研究グループは、健康診断の受診者に対してレビー小体病の前駆症状に関するアンケート調査を行い、ハイリスク者を抽出する試みを行いました。

*REM期睡眠行動異常症(RBD)
レム睡眠(浅い眠り)中に筋肉を抑制する神経の働きが悪くなり、夢の中の行動がそのまま寝言や体動となって現れる病気。

成果

久美愛厚生病院(岐阜県高山市)とだいどうクリニック(愛知県名古屋市)の健診センターと連携し、これらの施設の健診受診者(年間12,378人)を対象とし、レビー小体病の前駆症状に関する自記式調査票(RBDSQ-J、SAOQ、SCOPA-AUT日本語版など)を用いた調査を行った結果、4,953人の健診受診者から回答が得られました。

自記式調査票に回答した、自覚症状がない受診者のデータを解析した結果、50歳以上の2,726人の受診者の5.7%にあたる155人が、RBD、嗅覚低下、自律神経障害(便秘)のうち、2つ以上の前駆症状を有しているレビー小体病ハイリスク者であることが明らかになりました(図1)。

図1 質問紙調査によるハイリスク者の同定

これらのハイリスク者では、うつや日中の眠気といった他の前駆症状のスコアも高値であり、レビー小体病患者に広い範囲で類似した前駆症状を有していました(表1)。また、男性のハイリスク者ではヘモグロビン、赤血球数、ヘマトクリットなどの貧血に関するマーカーや、総コレステロール、LDLコレステロールが低値でした。先行研究において、貧血や低コレステロールは将来のPD発症のリスク因子であることが報告されており、本研究で抽出されたハイリスク者でも同様の結果が得られました。自覚症状がない者は病院を受診しないため、神経症状がないハイリスク者を通常診療で同定することは困難ですが、健康診断制度と連携したレジストリを活用することで、神経変性疾患・認知症のリスク評価が可能であることが示されました。

  50歳以上全体 ハイリスク群 正常群
受診者数(n,M:F) 2726(1531:1195) 155(113:42) 1653(900:753)
年齢(歳) 58.8±6.2 61.4±7.1 58.6±6.0
PASE(身体活動量) 132.7±82.9 123.1±79.5 133.5±83.0
SCOPA-AUT(自律神経障害) 5.3±4.2 12.5±5.2¶ 3.6±2.5
SAOQ(嗅覚,%) 96.1±11.9 82.4±19.8¶ 99.5±1.6
RBDSQ(RBD) 1.9±2.0 5.0±2.7¶ 1.3±1.2
BDI-ll(うつ) 6.6±6.2 12.0±8.3¶ 4.5±3.8
ESS(日中の眠気) 7.6±4.3 9.6±5.0¶ 6.3±3.2

展望

本研究の結果、50歳以上の健診受診者の中にレビー小体病のハイリスク者が5.7%存在することが明らかになりました。その後、本研究グループは質問紙によって抽出したハイリスク者に対して、運動機能、認知機能、生理検査、画像検査等の二次精査を実施しており、神経症状を有しないもののDaT SPECTやMIBG心筋シンチグラフィーなどのレビー小体病に特徴的な画像の異常を呈する者が存在することを見出しています(未発表)。2020年度から、画像異常を有するハイリスク者に対して、疾患の発症を遅らせる先制治療の特定臨床研究(臨床試験)を開始します。

最終更新日 令和3年8月13日