2019年度 研究事業成果集 新型コロナウイルスの感染阻止が期待される既存薬ナファモスタットの同定

J-GRIDの基礎研究の成果が新型コロナ感染症の臨床研究へ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はパンデミックとなり、人類の生活は著しく制限されています。東京大学の井上純一郎教授の研究グループは、コロナウイルスの細胞侵入過程である膜融合を定量化する技術を薬剤スクリーニングに応用し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染を強力に阻止する既存薬ナファモスタットを同定しました。現在、COVID-19の治療薬候補として期待され、特定臨床研究が進行中です(2020年9月時点)。

取り組み

東京大学医科学研究所は、2005年J-GRID(感染症研究国際戦略プログラム)のもと北京の中国科学院生物物理研究所および微生物研究所に日中連携研究室を設け、教員の常駐による中国研究者との綿密な連携のもと感染症研究を進めてきました。2010年、生物物理研究所との連携で、外膜ウイルスであるHIV-1が細胞侵入する際に誘導する外膜と細胞膜の融合をモデル化した、細胞融合をリアルタイムで定量するDual Split Protein(DSP)融合系を開発しました(図1)。

図1 細胞融合をリアルタイムで定量するDSP融合系
SARS-CoV-2のSタンパク質による細胞融合に伴いDSPが光や蛍光を発する。

ついで2016年、DSP融合系を中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)に応用し、ウイルスの感染阻害剤を同定する目的で、膜融合阻害剤をハイスループットスクリーニングする系を確立しました。実際に1,017の既存薬を含む米国FDA承認化合物ライブラリーの中から、1~10nMで膜融合を阻害するナファモスタットを見出しました(図2)。ナファモスタットは、MERS-CoVの気道由来Calu-3細胞へ感染を1nM程度で強力に阻害します。MERS-CoV外膜のSタンパク質は、細胞膜のセリンプロテアーゼTMPRSS2で切断されることで活性化され膜融合を誘導します。これらの研究成果は、ナファモスタットが、TMPRSS2を強力に阻害することでSタンパク質の活性化および膜融合を阻害し最終的にウイルス感染を抑えることを示しており、2016年に米国微生物学会刊行のAntimicrobial Agents and Chemotherapyに発表されました。

図2 ナファモスタットによる膜融合の抑制
SARS-CoV-2のSタンパク質による細胞融合をナファモスタットは1-10nMで抑制する。カモスタットは同程度の抑制に10-100nM必要である。

成果

2020年1月上旬SARS-CoV-2の塩基配列が中国のグループから発表され、受容体はACE2で、Sタンパク質がTMPRSS2により活性化されることが予想されました。

このことは4年前に井上教授らがMERS-CoVで同定したナファモスタットがCOVID-19治療に有効である可能性を示唆します。

そこでSARS-CoV-2のSタンパク質による膜融合に対するナファモスタットの効果を確認した結果、MERS-CoVと同様に1~10nMで顕著な阻害効果を示しました。一方、ドイツのグループがSARS-CoV-2感染阻害に有効であると報告したカモスタットは同程度の阻害に10~100nM程度必要でした(図2)。

4月からは新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)において、ナファモスタットが気道由来Calu-3細胞へのSARSCoV-2感染を10nM程度で強力に阻害することを見出しました(図3)。ナファモスタットの持続的点滴静注による血中濃度は平均100~140nM程度であり、さらにラットの実験から、肺胞上皮細胞付近での濃度が数μMに到達する可能性があることから、ナファモスタットのin vivoでの抗ウイルス効果は十分に期待されます。これらの研究成果は、2020年国際ウイルス学雑誌Virusesに発表されました。

図3 ナファモスタットによるSARS-CoV-2感染阻止
SARS-CoV-2のSタンパク質は細胞膜上のTMPRSS2に切断されることで活性化され膜融合を誘導する。ナファモスタットはTMPRSS2を強力に抑制することで膜融合を抑制し感染を阻止する。

展望

臨床でのCOVID-19治療に対する効果に関しては、ファビピラビルとの併用での観察研究で有効性を示唆する結果が得られ、特定臨床研究も東大病院を中心に進行中です。

また、今後はDSP融合系で新たなスクリーニングを実施することで、より安定なTMPRSS2阻害剤や作用点の異なる感染阻害剤の開発を目指しています。さらに、中国および周辺アジア諸国で流行中のSARSCoV-2のゲノムの変異情報を解析することで、本ウイルスの伝播・流行の様態および変異のウイルス感染・増殖への影響を解明する予定です。

最終更新日 令和3年8月13日