AMEDシンポジウム2019開催レポート AMEDシンポジウム2019開催レポート(1日目):招待講演①

(抄録)

一基礎生物学者から AMEDに期待すること

大隅 良典氏(東京工業大学 特任教授)

はじめに

講演の様子

私は、ほぼ半世紀にわたって基礎生物学に携わって参りました。基礎生物学は医療にとって大事なものだと考えており、本日はその視点から話をさせていただこうと思います。

私は科学(サイエンス)と技術(テクノロジー)は異なった概念であると考えています。科学は、人類が蓄積してきた知の総体であり、技術は、人類の福祉や利便性に資する活動を指しています。近年、科学と技術は相互にますます密接した関係にありますが、いずれも人間が生きている時代と切り離せません。

オートファジーの分子機構

私は、細胞自身が自分の成分を食べる(分解する)オートファジーの過程についての基礎研究を進めていますが、この研究を“酵母”という微生物を材料として40年間取り組んでいます。酵母は人類に貢献した有用微生物であると同時に、私たちの体を構成している真核細胞のモデルでもあります。

私はまだ多くの研究者が興味を抱いていなかった酵母細胞内の“液胞”というオルガネラ(細胞小器官)の生理機能を解明したいと思いました。酵母の液胞膜が持っているさまざまな機能を調べ、能動輸送系として多くのアミノ酸が蓄えられていることや、能動輸送に駆動力を与えるプロトンポンプ V-ATPaseの存在などを発見しました。つまり、これまで不活性なオルガネラと考えられていた液胞は、活発な輸送を介して細胞質の恒常性に積極的に関わっていることがわかりました。

1988年に液胞が細胞の中で分解に携わっているコンパートメントとしての機能の解明を新たな課題としました。

私たちの体内のタンパク質は毎日200~300gが合成されていますが、これらの大半は自分自身のタンパク質が分解されて生じるアミノ酸からつくられます。つまり、私たちの体はタンパク質の合成と分解の平衡によって支えられています。自分自身のタンパク質の分解が必要になる一例に飢餓が挙げられます。飢餓は自然界で最も頻繁なストレスであり、これを乗り越えるために自己をリサイクルすることは、生物が獲得しなければならなかった進化の要因であると考えます。


図1 酵母細胞のオートファジー模式図
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そこで重要となるのが細胞内の分解であり、細胞が自分自身(ギリシャ語の「Auto」)の成分を食べる(ギリシャ語の「Phagy」)“オートファジー(自食作用)”による細胞内リサイクルシステムの研究を進めました。

酵母の液胞の中に分解酵素がない株を窒素源のない飢餓の培地に置くと、液胞の中に球形の構造が激しく動きまわり徐々にたまっていることを発見しました。これが私のある意味では人生を決めた瞬間でもあります。これを顕微鏡で見ると液胞の構造は膜で包まれていて、内部は細胞質の成分であることが分かりました。細胞は栄養飢餓を感じると細胞内に小さな膜の袋が現われ延びだしてとじた二重膜構造、細胞質成分を取り込んでオートファゴソームを形成し、オートファゴソームの外膜は液胞膜と融合し、内膜とその内容物は分解酵素によって分解されていくことがわかりました(図1)。この過程は従来から知られていたマクロオートファジーと同じ課程からなっていました。

このようにオートファジーは、栄養素のリサイクル機能を持っていることと、細胞の中で過剰なもの、有害な成分を除去したり、常に細胞の中をクリーンにしたり、ダメージを受けたオルガネラなどを分解していく働きがあります。

遺伝学的アプローチへ

オートファジーの分子機構を明らかにするためには、この機構に関わる遺伝子を知る必要があります。そこで、酵母の利点を生かしてオートファジーが不能になる変異株を15種類単離し、現在までに18種類のオートファジー遺伝子(Autophagy related gene:ATG遺伝子)を同定することに成功しました。

次にこれら遺伝子をコードするタンパク質が細胞の中でどのような機能を果たしているか研究を進めてきました。:ATG遺伝子は酵母からヒトに至るまで広く保持されています。その作用は技術的な進歩に支えられ、我々が酵母で見つけたAtg因子を手掛かりにオートファジーを、さまざまな細胞で簡単かつ詳細に観察できるようになり、遺伝子解析がさまざまな研究へと広がっています。こうした:ATG遺伝子の同定が、オートファジーの現在の大きな発展の契機になりました。

遺伝子解析によって例えば、細菌による病原体の排除、胚発生初期のオートファジーの関わり、オートファジーと寿命、オートファジーの抑制でがん細胞に特異的な増殖を止めることなどが全世界で研究される時代を迎えています。

オートファジーのメカニズムを解明


図2 オートファジーのメカニズム
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私たちの研究室は今も酵母を用いてオートファジーの謎解き研究を進めています。オートファジーという現象は、膜が細胞の中に現れて細胞質を取り囲むという一見単純な作業ですが、特異な膜現象です。また、オートファジーには細胞質の一部分を取り囲むのと同時に、細胞の中のミトコンドリアを壊すため膜上のレセプターを介して、特異的に分解する機能もあります。このように選択的なオートファジーの機構解明は、全世界で研究される課題となっています。

そこで私たちは、細胞質の一部分を取り囲むバルクオートファジーと呼ばれている現象が本当に非選択的に取り囲んでいるかに興味を持ち解析を進めています。メタボローム解析を用いて研究を進めたところ、細胞のヌクレオチドレベルが一過的に野生型で上昇することが手がかりとなり、オートファジーで大量のRNAが分解されている過程を明らかにしました。

また、私たちは数十年かけて、ようやくオートファジーを生成するメカニズムを得ることができました(図2)。オートファジックボディという、液胞の中に細胞質を取り囲んだ一重の膜構造の単離ができ、これによりタンパク質が液胞で分解されているか、オートファジーで分解されているなどを網羅的に調べることが可能になりました。

オートファジーのヒト疾患病態形成への関与

オートファジーが直接関わる疾患というのはなかなか姿を見せませんが、ATG遺伝子自身の機能不全によるSENDA病が見つかり、オートファジー関連遺伝子の欠損が疾患に結びつくことを明らかにしてきました。例えば、長年、日本で研究されてきたParkin遺伝子の解析を通じて、家族性パーキンソン病の原因遺伝子であるParkinが、不良ミトコンドリアをオートファジーで分解する装置を形成していることがわかりました。これらを契機にオートファジーと選択的オートファジーの研究が爆発的に行われています。

オートファジーの遺伝子を見つけたときは、医学への展開の予感がありましたが、残念ながら日本ではオートファジーの医療応用への研究は大規模には展開されていません。海外ではオートファジーをターゲットにした創薬研究が大きな流れになっており、すでに42件の臨床、治験が進んでいます。

また、オートファジーが細胞の中の不要なものを取り除く作業を通じて、神経変性疾患などの治療に役立つだろうと考えられています。この場合、オートファジーを特異的に亢進する機能の解析が多く行われており、モデル実験では成功例が報告されています。

オートファジーが細胞の中で恒常的にタンパク質の分解に関わっているとすると、ポリグルタミン病をはじめ、アルツハイマー病、パーキンソン病などの疾患とオートファジーの関係が、これからますます重要なフィールドになっていくと考えます。

オートファジーの研究を始めた1988年当時は、全世界で1年に20報くらいの論文発表でしたが、今や8,000~1万報が年間に発表されています。酵母を用いた研究がこのような大きな流れにつながったとすれば、私としては大変嬉しいことであります。

おわりに

私の30年の研究を振り返って思うことは、オートファジーの研究が、将来がん研究につながるだろうとか、神経変性疾患を解くための鍵になるだろうと思って始めたわけではありません。純粋に細胞の中でのタンパク質の分解機能を知りたいという思いで、スタートした研究です。多くの基礎研究はそういうものですし、最初からこの研究が必ずしも10年後を見通せることはないというのが基礎研究の一つの大事な側面なのだと思っています。小さな顕微鏡観察からスタートした研究が、遺伝学を通じて機能解明につながっていった研究だと思っています。たくさんの仲間に恵まれ、すばらしい共同研究者に恵まれ研究を続けることができました。

私は基礎科学者として、日本の社会全体の中で基礎科学を科学・技術の発展に位置付けてほしいと思っています。科学の成果なしに新しい技術は生まれません。そういった意味で、科学と技術がいつもバランスよく発展していくことが大事になっていくと考えます。

AMEDで多くの試みがなされていることは大事ですが、明確な目的意識を持った研究を進めることと同時に基礎研究にも目配りしながら、日本全体のアクティビティを考えていただければと思っています。

応用研究と基礎研究の双方がより緊密に連携を取りながら、お互いをリスペクトして進むような組織形態を築くべき時代になっていると思っています。

講演動画

当日行われた講演の様子を公開しました。以下のリンクをクリックすると、動画ページへ移動します。
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最終更新日 令和3年1月13日