プレスリリース がん転移に対する新規治療法の開発―次世代型抗体開発技術キャスマブ法の応用―

プレスリリース

東北大学大学院医学系研究科
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

研究概要

東北大学大学院医学系研究科の加藤幸成(かとうゆきなり)教授、金子美華(かねこみか)准教授の研究グループは、東京大学大学院医学系研究科の深山正久(ふかやままさし)教授、国田朱子(くにたあきこ)助教の研究グループ、徳島大学大学院医歯薬学研究部の西岡安彦(にしおかやすひこ)教授、阿部真治(あべしんじ)助教の研究グループと共同で、がん細胞に高発現する糖タンパク質のポドプラニンに対して、がん転移抑制抗体を作製することに成功しました。ポドプラニンはがん転移を促進することから、その活性を中和することが最も重要と考えられていましたが、加藤教授の研究グループが開発した次世代型抗体開発技術であるキャスマブ法を用いることにより、中和活性に依存せずに、細胞傷害活性のみで効率良くがん転移を抑制する抗体を作製しました。

本研究結果は、9月25日、米国科学誌Oncotarget(オンコターゲット)に掲載されました。

研究内容

がん転移促進因子のポドプラニン注1は、悪性脳腫瘍、悪性中皮腫、肺がん、食道がん、卵巣がんなどの複数の難治性がんに高発現し、がん細胞の浸潤や転移を引き起こすことが知られているため、抗体医薬注2の格好の標的となります。がんの治療においては、原発巣注3を治療するだけでなく、転移巣注4をいかに制御するかが重要です。これまでは、ポドプラニンの発現する原発巣に対する治療効果のみを調べる研究や、ポドプラニンの転移促進活性を中和することだけを目的に抗体医薬開発が行われていました。また、一旦転移巣が形成されると、もはやがんの制御は難しいと考えられていました(図1)。本研究においては、抗腫瘍活性の高い抗体を樹立することにより、転移巣ができてからも十分にがん転移の治療が間に合うのではないかと考え、様々な治療実験を実施しました。

加藤教授らは昨年、がん細胞と正常細胞に同じ糖タンパク質が発現している場合、タンパク質に付加された糖鎖注5の種類の違いや糖鎖の付加位置の違いに着目し、その差を見分ける抗体を戦略的に樹立する方法を立ち上げ、キャスマブ法と命名しました。加藤教授らは、次世代型抗体開発技術であるキャスマブ法により、がん細胞特異的な抗体(キャスマブ注6)を作製できるだけでなく、幅広くがんの診断や治療に役立つ抗体を作製できることを実証してきました(図2)。今回の研究において開発した新規抗体(キメラ型LpMab-7;chLpMab-7)が、がん細胞が転移巣を形成した後においても治療効果をもたらすことがわかり、ポドプラニンを標的とした抗腫瘍活性の高い抗体医薬により、中和活性に頼らず、がん転移の治療が可能であることを証明しました(図3)。

本研究の一部は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)及び革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業、並びに文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラム及び文部科学省科学研究費補助金によってサポートされました。

用語説明

注1 ポドプラニン:
別名Aggrus(アグラス)とも呼ばれ、血小板凝集因子・転移促進因子として同定された。悪性脳腫瘍、悪性中皮腫、肺がん、食道がん、卵巣がんなどのあらゆるがん細胞に発現しており、がんの悪性化や転移促進に関わっている。
注2 抗体医薬:
抗体とは、リンパ球のうち、B細胞が産生するタンパク質で、特定の分子(抗原)を認識して結合する。血液中や体液中に存在し、細菌やウイルスなどの微生物に結合すると、白血球による貪食が起こる。がん細胞に結合しがん細胞を殺す働きもあり、多くの抗体医薬品が臨床で使用されている。
注3 原発巣:
最初にがんが発生した病変のこと。
注4 転移巣:
血流などに乗ってがん細胞が違う臓器などに飛ぶことを転移と言い、そこにできた新たな病変のこと。
注5 糖鎖:
様々な糖がグリコシド結合によってつながりあった一群の化合物のこと。特に細胞膜に発現しているタンパク質のほとんどには、特定の糖鎖が付加されており、細胞接着やウイルス感染など、細胞のコミュニケーションに重要な役割を果たしている。
注6 キャスマブ(CasMab):
Cancer-specific monoclonal antibody(がん特異的抗体)の略。

添付資料:

  • 図1. C従来の抗体とキャスマブ法による抗体の比較
  • 図2. ポドプラニンに対する従来の抗体とキャスマブ法による抗体の比較
ポドプラニン(hPDPN)に対する従来の抗体(NZ-1)は、がん転移を促進する部位(PLAG domain:プラッグドメイン)を狙って作製されていた。本研究によって作製された抗体(キメラ型LpMab-7;chLpMab-7)は、ポドプラニンの中央部分を認識しており、高い転移抑制効果を示した。このような抗体は、キャスマブ法という次世代型抗体作製技術により初めて作製が可能となった。
図3. ポドプラニンに対する抗体はがん転移を完全に抑制する
ポドプラニンに対する抗体(chLpMab-7)は、転移巣が形成された後においても治療効果を発揮し、転移巣が完全に消失した(右図)。コントロール抗体を投与した対照群においては、肺のほとんどが、がん転移巣で占められている(左図)。

論文題目

The chimeric antibody chLpMab-7 targeting human podoplanin suppresses pulmonary metastasis via ADCC and CDC rather than via its neutralizing activity
(ヒトポドプラニンに対するキメラ型chLpMab-7抗体は、中和活性ではなく細胞傷害活性によりがんの肺転移を抑制する)
著者:
Yukinari Kato, Akiko Kunita, Shinji Abe, Satoshi Ogasawara, Yuki Fujii, Hiroharu Oki, Masashi Fukayama, Yasuhiko Nishioka, and Mika K. Kaneko
(加藤幸成、国田朱子、阿部真治、小笠原諭、藤井勇樹、大木弘治、深山正久、西岡安彦、金子美華)
掲載誌:
Oncotarget

お問い合わせ先

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地域イノベーション分野
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電話番号:022-717-8207
Eメール:yukinarikato“at”med.tohoku.ac.jp

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電話番号:022-717-7891
ファックス:022-717-8187
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創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業担当
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掲載日 平成27年9月28日

最終更新日 平成27年9月28日