プレスリリース iPS細胞からヒト肝臓モデルを開発
プレスリリース
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
発表者
木戸 丈友(東京大学分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野 助教)
宮島 篤(東京大学分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野 教授)
発表のポイント
- 肝類洞内皮細胞(注1)、肝星細胞(注2)の分化には、それぞれTGFβシグナル(注3)、Rhoシグナル(注4)が関与することを見出しました。
- 肝前駆細胞(注5)の増殖・分化を促進する肝類洞内皮細胞および肝星細胞をヒトiPS細胞から樹立することに世界で初めて成功しました。
- ヒトiPS細胞由来の肝前駆細胞、肝類洞内皮細胞、肝星細胞を用いたヒト肝臓モデルの構築に成功し、60種類の肝代謝マーカーの発現が顕著に増加することを明らかにしました。
- 今後は、構築したヒト肝臓モデルを肝炎ウイルスの感染など肝疾患モデリングへ応用し、新たな予防・診断・治療薬の開発を目指します。
発表概要
肝非実質細胞(肝類洞内皮細胞や肝星細胞など、注6)は、肝細胞の分化や機能維持に寄与するだけでなく、様々な肝疾患において重要な役割を果たしています。そのため、創薬研究への応用を目的とした多様な肝機能を備えた肝組織やin vitro(注7)肝疾患モデリングの開発において、肝非実質細胞は必須の細胞です。今回、東京大学分子細胞生物学研究所の厚井悠太大学院生、木戸丈友助教、宮島篤教授らの研究グループは、マウス肝発生過程を解析し、肝類洞内皮細胞、肝星細胞の前駆細胞の同定・分取に成功し、さらに、その分化・成熟には、それぞれTGFβシグナル、Rhoシグナルが関与すること見出しました。また、このマウス肝発生過程の解析から明らかとなった各非実質細胞の前駆細胞の分離法や増幅・成熟化培養系をヒトiPS細胞からの分化誘導(注8)に応用し、ヒトiPS細胞由来の肝類洞内皮細胞、肝星細胞の樹立に成功しました。ヒトiPS細胞由来の肝類洞内皮細胞、肝星細胞は肝成熟化に関与する分泌因子や細胞外マトリクス等を高発現し、iPS細胞由来肝前駆細胞との共培養系(ヒト肝臓モデル、注9)において、肝前駆細胞の増殖や肝細胞への分化を支持することを明らかにしました。今後は、構築したヒト肝臓モデルを肝炎ウイルス感染系などの肝疾患モデルへ応用し、肝疾患に対する新たな予防・診断・治療薬の開発を目指します。
なお、本成果は、日本医療研究開発機構(AMED)の肝炎等克服緊急対策研究事業「ヒトiPS細胞由来肝細胞/肝組織による肝炎ウイルスの感染・増殖系の樹立と応用」(研究代表者:宮島篤)、再生医療実現拠点ネットワークプログラム事業幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム「ヒトiPS細胞由来肝構成細胞による肝線維化モデルの樹立と応用」(研究代表者:木戸丈友)、科学研究費助成事業 基盤研究(A)「肝臓の炎症・再生・病態を制御する細胞間相互作用」(代表研究者:宮島篤)、同若手研究(B)「ヒトiPS細胞由来肝組織を用いたハイスループットスクリーニング系の構築」(代表研究者:木戸丈友)の支援を受けて実施されました。
発表内容
研究の背景
肝臓は、代謝、解毒、恒常性の維持などの機能を有する臓器であり、これらの多彩な肝機能を実質的に担う肝実質細胞(肝細胞)と肝非実質細胞(肝類洞内皮細胞、肝星細胞など)から構成されています。特に、肝細胞は種々の代謝酵素を発現し、肝機能の中心を担うことから、近年、創薬研究や再生医療研究への応用を目的として、ヒトiPS細胞から肝細胞を誘導する試みが活発に行われています。肝臓の発生は、胎生中期に前腸内胚葉の一部が肝前駆細胞となることで開始し、その後、肝前駆細胞は、肝類洞内皮細胞や肝星細胞といった中胚葉由来の細胞と相互作用あるいは細胞外マトリクスからの刺激により、肝細胞へ分化・成熟します。従って、培養系におけるヒトiPS細胞由来肝細胞の高機能化には、肝類洞内皮細胞や肝星細胞との共培養系の樹立が重要であると考えられます。また、肝非実質細胞は、肝細胞の分化・成熟を促進するだけでなく、様々な肝疾患において重要な役割を果たしていますが、それを解析する有効な手段が無いことが課題となっています。
研究概要
本研究グループは、ヒトiPS細胞から肝類洞内皮細胞、肝星細胞の分化誘導系を新たに開発するにあたり、肝非実質細胞の分化・成熟過程には未だ不明な点が多く残っていたことから、まず、マウス肝発生過程における肝非実質細胞の前駆細胞の同定とその増殖、成熟化培養系の樹立を行いました。その結果、FLK1+CD31+CD34+肝類洞内皮前駆細胞、ALCAM+肝星前駆細胞の分化には、それぞれTGFβシグナル、Rhoシグナルが関与すること見出しました。また、このように前駆細胞を分取し、培養系において、それらを増幅することで効率的かつ安定的に肝類洞内皮細胞、肝星細胞を得ることが可能となりました(図1)。
次に、マウス肝発生過程の解析から明らかとなった各前駆細胞の分離法やその増幅・成熟化培養系をヒトiPS細胞からの分化誘導系に応用し、ヒトiPS細胞から肝類洞内皮細胞、肝星細胞の分化誘導系を樹立しました(図2)。ヒトiPS細胞由来肝類洞内皮細胞は、内皮細胞様の形態を呈し、血液凝固第VIII因子、FCGR2B, STAB2等の肝類洞内皮細胞特異的マーカーを高発現しました。一方、ヒトiPS細胞由来肝星細胞は、間葉系細胞様の形態を呈し、NGFR, LRAT, NES, HGF等の肝星細胞特異的マーカーを高発現し、ビタミンAの貯蔵能を有しました。
さらに、誘導したヒトiPS細胞由来肝非実質細胞(肝類洞内皮細胞および肝星細胞)とヒトiPS細胞由来肝前駆細胞の共培養系を樹立し、ヒト肝臓モデルを構築しました。その結果、ヒトiPS細胞由来肝非実質細胞は、肝前駆細胞の増殖を促進することが明らかとなりました。また、RNA-seq解析(注10)による網羅的な遺伝子発現解析によって、構築したヒト肝臓モデルにおいて、60種類の肝代謝マーカーの発現が顕著に促進されることが明らかとなり、ヒトiPS細胞由来肝非実質細胞は肝細胞の増殖だけでなく肝細胞への分化も促進する可能性が示されました(図2)。
今後の展望
本研究で樹立したヒトiPS細胞由来の肝非実質細胞は、ヒト肝組織/肝疾患モデリングの構築に有用である可能性が示唆されました。肝疾患においては、肝細胞、類洞内皮細胞、肝星細胞などの肝構成細胞間の相互作用が病態の発症と予後に大きく影響するため、マウス等の実験動物を用いたin vivo(注11)での解析が主流でした。今後、ヒトiPS細胞由来の各種肝構成細胞を用いた肝炎ウイルスの感染など肝疾患モデルが開発されれば、肝疾患に対する新たな予防・診断・治療薬の開発に貢献することが可能となります。
また、本研究の成果は、創薬研究といった実用的な目的だけでなく、未だ不明な点が多く残されているヒト肝構成細胞の分化、成熟過程、細胞間相互作用、細胞極性形成メカニズムなどを解析するための基盤ツールとなることが期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名:
- Stem Cell Reports(オンライン版米国東部時間7月27日掲載予定)
- 論文タイトル:
- An in vitro human liver model by iPSC-derived parenchymal and non-parenchymal cells
- 著者:
- Yuta Koui, Taketomo Kido, Toshimasa Ito, Hiroki Oyama, Shin-Wei Chen, Yuki Katou, Katsuhiko Shirahige, and Atsushi Miyajima
用語解説
- (注1)肝類洞内皮細胞:
- 肝臓の毛細血管である類洞を構成する血管内皮細胞
- (注2)肝星細胞:
- 肝類洞内皮細胞と肝細胞の間に存在する間葉系細胞
- (注3)TGFβシグナル:
- トランスフォーミング増殖因子bによって活性化され、細胞増殖、細胞分化等を調節す。TGFβ阻害剤(A83-01)は、TGFβシグナルを抑制する。
- (注4)Rhoシグナル:
- Rhoファミリータンパク質によって制御されているシグナルで、Rhoファミリータンパク質は種々のエフェクター分子のはたらきを調節している。ROCK阻害剤(Y27632)はエフェクター分子であるROCKを阻害する。
- (注5)肝前駆細胞:
- 肝細胞および胆管上皮細胞への分化能を有する前駆細胞
- (注6)肝非実質細胞:
- 肝臓の構成細胞のうち、代謝などの機能を担う実質細胞(肝細胞)以外の細胞
- (注7)in vitro:
- 培養細胞などを用いた生体外での試験
- (注8)分化誘導:
- 細胞を機能的に変化させること
- (注9)共培養系:
- 複数種の細胞を同時に培養すること
- (注10)RNA-seq解析:
- 次世代シーケンサーを用いて、細胞で発現する遺伝子を網羅的に解析する手法
- (注11)in vivo:
- マウスなどの動物を使った生体内での試験
添付資料
お問い合わせ先
研究に関すること
東京大学 分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野
教授 宮島 篤(みやじま あつし)
助教 木戸 丈友(きど たけとも)
〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
TEL:03-5841-7884 FAX:03-5841-8475
E-mail:miyajima“AT”iam.u-tokyo.ac.jp/kido“AT”iam.u-tokyo.ac.jp
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掲載日 平成29年7月28日
最終更新日 平成29年7月28日