プレスリリース 「主要ながん免疫抗原である硫酸化グリコサミノグリカンの同定」―次世代シーケンスによる胃がん免疫ゲノム解析の成果に基づく新規治療法開発への期待―

プレスリリース

国立大学法人東京医科歯科大学
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 次世代シーケンサーを用いた免疫ゲノム解析によって、胃がん組織におけるがん免疫についてTリンパ球及びBリンパ球の関与の仕方の全体像を明らかにしました。
  • 硫酸化グリコサミノグリカンが、がん組織における主要ながん免疫抗原であることを突き止めました。
  • 免疫ゲノム配列情報から、抗腫瘍活性を持つ抗体を作成することに成功しました。
  • 糖鎖ワクチンや抗体医薬品などのがん免疫療法の開発につながる可能性があります。

東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム病理学分野の石川俊平教授と加藤洋人助教、河村大輔助教らは、東京大学 先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門(油谷浩幸教授)及び大学院医学系研究科人体病理学・病理診断学分野(深山正久教授)との共同研究により、胃がん組織におけるリンパ球の抗原受容体の全体像を次世代シーケンサー(注1)を用いた免疫ゲノム解析(注2)で明らかにしました。そのなかで糖鎖(注3)の一つである硫酸化グリコサミノグリカン(注4)ががん組織における主要ながん免疫抗原であることを突き止めました。また免疫ゲノムのDNAシーケンス情報をもとに、抗腫瘍活性を有するヒト抗体(注5)を作成することに成功しました。

この研究は、東京大学医学部附属病院胃・食道外科および横浜市立大学外科治療学教室の協力のもと、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業」「次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)」および文部科学省科学研究費補助金等の支援で行われたものです。

研究成果は、国際科学誌Cell Reports (セル・リポーツ)に2017年8月1日(米国東部標準時間)付で発表されます。

研究の背景

胃がんはわが国におけるもっとも高頻度な悪性腫瘍の1つで、多くの方が罹患し年間約5万人の方が亡くなっています。近年、がん免疫療法への注目が高まっていますが効果が得られるのは一部の症例のみであり、特に現行のがん免疫療法に抵抗性であると予想されるびまん型胃癌(スキルス胃癌)(注6)についてはがん免疫システムの全体像の解明が求められていました。がん免疫システムの包括的理解を深めることによって、既存のがん免疫療法の効果の最大化や新しい効果的な免疫療法の開発につながる可能性があります。
図.がん組織に浸潤するリンパ球の免疫ゲノム解析による主要ながん免疫抗原の同定
(A)胃がん組織に浸潤するBリンパ球に注目しました。(B)浸潤するBリンパ球が持つ抗体の遺伝子配列を、次世代シーケンサーを用いた免疫ゲノムという手法によって詳細に解析しました。(C)解析の結果、がん組織では特定のBリンパ球が増えていることが多いことが分かりました。(D)検証の結果、このようながん組織特異的に増えているBリンパ球が作り出す抗体は、その多くが硫酸化グリコサミノグリカンと呼ばれる糖鎖を認識しており、硫酸化グリコサミノグリカンがB細胞にとっての主要ながん免疫抗原であることが分かりました。またこれらの抗体を人工的に合成した結果、がん細胞の増殖を抑制する効果を持つものも見つかり、がん治療への応用の可能性が考えられました。

研究成果の概要

この研究では、びまん型胃癌組織に浸潤するリンパ球について、次世代シーケンサーを用いて免疫レパトア解析(注2)と呼ばれる詳細な免疫ゲノム解析を行い、がん組織におけるリンパ球の組成の全体像を明らかにしました。そのなかで多くの症例のがん組織中では特定のBリンパ球(注7)が増えていることを見いだし、それらのBリンパ球が作り出す抗体が糖鎖の一つである硫酸化グリコサミノグリカンを認識していることをつきとめました。これにより硫酸化グリコサミノグリカンが胃がん組織における主要ながん免疫抗原であることが初めて示されました。

またこのような免疫ゲノム解析によって得られたがん特異的に反応するBリンパ球のDNAシーケンス情報をもとにヒト抗体を作成したところ、様々ながん細胞に結合し抗腫瘍活性を持つことを見いだしました。

研究成果の意義

この研究では、がん免疫を担うリンパ球の組成の全体像を最新の免疫ゲノム解析技術を用いて明らかにしました。そのなかで、硫酸化グリコサミノグリカンという糖鎖ががん免疫の主要な抗原であることを見いだしたことは、今後のがん免疫療法の最適化や、がんワクチンの開発につながる重要な成果と考えられます。また免疫ゲノム解析で得られたDNAシーケンス情報から、直接抗体医薬品の原型が得られるという技術のPOC(Proof of Concept)が示されたと考えられます。

論文情報

雑誌名:
Cell Reports
論文タイトル:
 Immunogenetic Profiling for Gastric Cancers Identifies Sulfated Glycosaminoglycans as Major and Functional B-cell Antigens among Human Malignancies.

用語解説

 
(注1)次世代シーケンサー
数千万~数億個といった大量のDNA断片について、並列状態で一斉にそれらの塩基配列を解読することができる機器。次世代シーケンサーの登場によって、従来のシーケンス法では困難であった超大規模なDNA解読を迅速に行うことが可能になった。
(注2)免疫ゲノム解析、免疫レパトア解析
ヒトの免疫系で重要な働きをするリンパ球には大きく分類してBリンパ球とTリンパ球があり、それぞれが異なる役割を果たしている(注7を参照)。Bリンパ球が持つ抗体(免疫グロブリン)やTリンパ球が持つT細胞受容体の遺伝子は、リンパ球の個々のクローンによって少しずつ異なる。リンパ球集団全体のクローンの組成を免疫レパトアと呼び、それを抗体やT細胞受容体の遺伝子を大量に解読することにより解析する手法を免疫ゲノム解析あるいは免疫レパトア解析と呼ぶ。
(注3)糖鎖
糖鎖とは、グルコースなどの「糖」と呼ばれる物質がたくさん連なった構造を持つ物質である。さまざまな種類の「糖」がいろいろな割合・順番で結合するバリエーションがあるため、その種類は非常に多岐にわたる。多くの場合は、タンパク質や脂質などに結合して存在し、それらの働きに修飾を加える。糖鎖の機能は広い範囲にわたり、生物の営みにとって重要な役割を果たすことが知られている。
(注4)硫酸化グリコサミノグリカン
生体組織には屈折率が異なる様々な物質が存在しているが、その中でも高屈折率を示す脂質を除去することで、光の散乱を抑えることが可能となる。また、生体組織に存在する光を吸収する色素を除去することで光の吸収を抑えることができる。これら光の散乱と吸収をコントロールすることで組織を透明化することが可能となる。
(注5)ヒト抗体
動物種によって抗体の構造や働きは異なるが、ヒトが持つ抗体のことをヒト抗体という。癌治療への臨床応用を考えた場合は、ヒト型の構造を持った抗体を利用することが多い。
(注6)びまん性胃癌(スキルス胃癌)
胃癌は日本を含むアジア諸国において最も高頻度な悪性腫瘍の一つである。胃癌には様々なタイプのものがあるが、びまん性胃癌(スキルス胃癌)と呼ばれるタイプの胃癌は、癌細胞が広範に広がって浸潤しながら増殖するタイプであり、予後が悪いことが知られる。
(注7)Bリンパ球
ヒトが持つリンパ球は大きく分類してBリンパ球とTリンパ球に分類される。Bリンパ球は主に異物に対する抗体を産生することで生体防御に寄与している。Tリンパ球は直接的に異物を攻撃したり、あるいはBリンパ球やその他の免疫細胞を援助することで異物を排除している。

問い合わせ先

研究に関すること

東京医科歯科大学
難治疾患研究所 ゲノム病理学分野 
石川 俊平(イシカワ シュンペイ)
TEL:03-5803-4817 FAX:03-5803-4817
E-mail:sish.gpat“AT”mri.tmd.ac.jp

東京大学
大学院医学系研究科 人体病理学・病理診断学分野 
深山正久(フカヤマ マサシ)
TEL:03-5841-3343 FAX:03- 03-5800-8785
E-mail:mfukayama-tky“AT”umin.ac.jp

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〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1読売新聞ビル
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掲載日 平成29年8月2日

最終更新日 平成29年8月2日