プレスリリース 日本人多層オミックス参照パネル、更に高精度に―メタボロームの解析人数がこれまでの5倍の5,093人に。 年齢別の代謝物濃度分布・ネットワーク解析結果を追加―

プレスリリース

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

成果のポイント

  • 日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)のメタボローム解析人数を5,093人に拡張しました。2016年8月の発表時の1,008人から5倍以上としたことにより、代謝物の分布が飛躍的に高精度となり、参照パネルとしての信頼性が大幅に向上しました。
  • 各年齢層における代謝物の濃度分布を解析し、加齢に伴い変化する血液成分を明らかにするとともに、各年齢層における各代謝物の標準値と分布を新たに公開しました 。これにより、各種検査における年齢別の基準値を提供できるようになりました。
  • 血液中の成分の間の相関をネットワーク表示で可視化することにより、今後の医学・生物学研究における重要な情報を提供します。

東北大学東北メディカル・メガバンク機構(機構長:山本雅之、以下ToMMo)は、日本人多層オミックス参照パネル*1(Japanese Multi Omics Reference Panel、以下 jMorp)のメタボローム解析人数を従来の5倍以上の5,093人に拡張しました。jMorp は、ToMMo が世界で初めて500人以上の血漿の網羅的メタボローム*2及びプロテオーム*3統合解析を完了し、2015年7月2日に解析結果を公開したデータベースです。2017年9月現在、いまだ500人以上のメタボローム解析結果を公開しているデータベースはjMorpを除いてありません。

このたびデータ規模の拡大に加えて、

  • 年齢層毎の約250種類以上の代謝物の分布情報
  • 代謝物間の相関情報をネットワークで可視化
  • ゲノム情報との関連解析の結果

を新たに公開することにより、代謝の変化と体調・体質との間の関係をより詳細に調べるための情報を提供することができます。

今後、ToMMoは、解析例の数や同定物質の種類を増やしてパネルの精度を上げるとともに、ゲノム情報や健康情報等との関連解析を行い、幅広い医科学研究の基盤として活用されるよう、jMorpを随時更新していきます。

なお、本研究は文部科学省・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による東北メディカル・メガバンク計画、AMEDゲノム医療実現推進プラットフォーム事業の先端ゲノム研究開発(GRIFIN)、文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構による革新的イノベーション創出プログラム(COI-STREAM)のCOI東北拠点により行われました。

背景

がんや生活習慣病など現在わが国で罹患率の高い疾患の多くは、複数の環境要因や遺伝要因が複雑に相互作用して発症します。血液中の代謝物やタンパク質の種類や濃度は、遺伝子や生活習慣の影響を受けて変化するため血液中の化合物は疾患バイオマーカーとして注目されています。ところがこの血液中の代謝物やタンパク質の種類や濃度(オミックス情報)は、各個人で異なり、また同一人でも加齢や疾患の有無で変化するため、正常値の設定が非常に困難でした。また、このオミックス情報が各個人で異なる原因のひとつとしてゲノムの違いが考えられますが、日本人のオミックスとゲノムを関連付けた網羅的な大量のデータはこれまで存在せず、両者の詳細な関係は解明されていませんでした。

現在世界中の健康調査において、様々な生体分子を網羅的・包括的に解析する方法としてオミックス解析が導入され始めており、生活習慣や人種による代謝物などの違いと疾患との関連が注目されています。このような状況の中、2015年にToMMoは日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)を発表しました。jMorpは血漿中の代謝物を調べるメタボローム解析とタンパク質を調べるプロテオーム解析の両方を大規模(500人規模)に行いデータベースとして公開した、世界初の成果です。また2016年8月には解析数を当初の約2倍の1,008名に拡張するとともに代謝物間の相関情報も加えた拡張版jMorpを公開しています。

これまでjMorpでは男女別のデータは公開していましたが、年齢層毎のデータは公開していませんでした。さらに解析で判明した代謝物同士の相関ネットワークや、東北メディカル・メガバンク計画で実施するゲノム解析情報といった、臨床応用のために有用な情報と結び付けた形では公開していませんでした。

今回の成果

5,093人分の血漿オミックス解析が完了、特に若年層が充実

2015年7月に公開し、2016年拡張版を公開したjMorpは1,008名の日本人のオミックスデータを分布も含めて公開した類のないデータベースで、世界中から多くのアクセスと反響がありました(参考2)。オミックス情報は様々な遺伝要因と環境要因の双方の影響を深く受けており、年齢や性別によっても変化します。このため各年齢層や男女の比率を考慮した、より高精度な日本人多層オミックス参照パネルを構築することが、今後の研究において不可欠です。今回のオミックス情報の拡張では、解析対象数を大幅に拡張するとともに若年齢層をさらに重点的に解析することで、より高精度な標準パネルを構築することに成功しました。また今回メタボローム解析したjMorp対象者5,093人はほぼ全てゲノム解析が終了しており、詳細な関連解析が実施できます。これにより、今後の症例対照研究における正常対照としての活用範囲が大きく広がると共に、遺伝要因や環境要因による影響を高い精度で検出できるようになります。

日本人集団における年齢別の血液中の代謝物の分布情報を公開

今回のjMorpでは、血液中の代謝物の量が年齢によってどのように変化するか、詳細な情報を公開します(図1)。ヒトの血液成分は加齢によって変化するため、各項目を検査する際はその人の年齢にあった基準値と比較する必要がありますが、今回jMorpは血液中の代謝物について詳細な年齢別分布を解析し一般に公開することにより、各年齢層における基準値を提供します。これにより、今後の基礎・臨床研究や健康調査において、検体間のより詳細な比較が可能となり、今後の研究の発展に大きく貢献します。

図1図1. 各年齢層毎の代謝物の分布例
また各代謝物の間の関係を解析するために、相関情報をネットワークのように表示するビューワーを新たに公開しました。表示する相関性の程度についても、ユーザが自由に設定できる仕組みになっており、これにより、ある代謝物と連動して濃度が変化する別の代謝物にどのような物があるか、代謝物間のネットワークをjMorpで容易に解析できるようになり、メタボローム解析の研究者だけでなく、基礎から臨床まで幅広い分野の医学・生物学研究者からの活用が期待できます(図2)。例えば、特定の疾患で増えることがわかっている代謝物と相関のある代謝物をjMorpで探すことで、新たな創薬ターゲット候補が見つかるかもしれません。
図2図2.ネットワーク表示画面例
さらに、今回新たにゲノム上の遺伝子多型との関連を解析するMGWAS*4解析で、特定の遺伝子の多型との関連が明らかになった代謝物(参考5)に関して、詳細な関連解析情報を初めてjMorpで閲覧できるようにしました。
図3図3.MGWAS解析結果の表示例

今後の展開

個別化医療・予防を目指したゲノム情報等との統合解析

今回オミックス解析を行った5,093名はほぼ全て、ゲノム情報解析が終了しています。今後はゲノム情報等との統合解析により、各代謝物やタンパク質の個人差(体質)に影響を与えている環境・遺伝要因の解析を行います。そして様々な疾患関連(予防)マーカーの確立を目指し、個別化医療・予防の実現に貢献します。

幅広い研究機関との共同研究の推進(詳細情報の開示を含む)

健常者の多層オミックス参照パネルは、疾患関連マーカー候補の探索・評価において、正常対照として非常に有用です。このため幅広い研究機関と共同研究を行うことで国内の疾患研究を連携して進めています。
また、メタボローム解析で得られた膨大なピークの迅速な同定・定量法の開発や、プロテオーム解析に対するゲノム多型情報の活用など、新たな解析方法を共同研究先と行うことで、オミックス参照パネルの高精度化を目指します。

解析対象の拡張

オミックス解析は血液中の薬物も解析可能であるため、血液中の薬物を検出することにより、どのような病気にかかっているかといった、罹患率の推定が可能です。また、長期の服薬による人体への影響や効果の調査を行うことも可能ですので、今後のコホート研究においてオミックス解析を時系列で行うことにより、服薬状況とその影響や効果を調べることも可能になります。

jMorp

サイト名:Japanese Multi Omics Reference Panel (jMorp)

言語:英語

参考1:日本人多層オミックス参照パネルにおける公開内容

項目 公開内容
基本情報 性別・年齢・BMIの分布
NMRメタボローム解析 37代謝物の定量値と分布
MSメタボローム解析 同定された250種類以上の代謝物の名称と頻度分布
MSプロテオーム解析 同定された256種類のタンパク質の名称と検出された人の割合。および、同定されたペプチドの種類と分子量。
相関情報(ネットワーク表示) 各代謝物と相関のある代謝物のリストとその強度
年齢別分布情報 各代謝物の、各年齢層における分布

参考2:jMorp利用実績

2015年7月2日のサイト公開以来、2017年8月2日までに、89カ国から延べ7,404のセッション、45,868のページビューがありました。

参考3:オミックス解析の試料について

本研究は、宮城県と岩手県で実施中のコホート調査(地域住民コホート調査と三世代コホート調査)の協力者からご提供頂いた生体試料をもとに行われました。2013年5月に開始した『地域住民コホート調査』は宮城県と岩手県にお住まいの20歳以上の方を対象とする8万4千人の方々がご参加された長期健康調査事業です。また同年7月より開始した『三世代コホート調査』(妊婦とその家族が対象)は7万3千人の方にご参加頂いています。両調査では、住民の方々に対して本事業・調査のご説明を行い、同意を頂いた方々から、血液・尿及び各種健康調査結果ならびに調査票情報等をご提供頂いています。『地域住民コホート調査』と『三世代コホート調査』を合わせて、15万7千人の住民の方々よりご協力を頂いています。

参考4:東北メディカル・メガバンク計画について

本計画は、東日本大震災を受け、被災地住民の健康不安の解消に貢献するとともに、個別化予防等の東北発の次世代医療を実現するため、ゲノム情報やオミックス情報を含むコホート研究等を実施し、被災地域の復興を推進する、国の復興事業として行われているものです。平成27年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

被災地に医療関係人材を派遣して地域医療の復興に貢献するとともに、15万人規模の地域住民コホートと三世代コホートを形成し、そこで得られる生体試料、健康情報、診療情報等を収集してバイオバンクを構築します。さらに、ゲノム情報、オミックス情報、診療情報等を解析することで、個別化医療等の次世代医療に結びつく成果を創出することを目指しています。また、得られた生体試料や解析成果を同意の内容等に十分留意し、個人情報保護のための匿名化等の適切な措置を施した上で、外部に提供することや、コホート調査や解析研究を行うための多様な人材の育成も行っています。

本計画の事業の実施は、東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構とが連携して行っています。

参考5:関連論文

論文名:The structural origin of metabolic quantitative diversity
雑誌名:Scientific Reports
論文題目邦訳:代謝物の量的な多様性の構造的起源
2016年8月16日掲載

用語解説

*1.日本人多層オミックス参照パネル:
大規模な人数のオミックス解析を行った結果を総合し、各代謝物やタンパク質の分布や頻度情報などをまとめることで、今後のオミックス研究の参照情報となるもの。将来的にはゲノム情報のデータに加え、診療情報や生活習慣情報などと統合され、我が国における次世代医療を目指す研究に幅広く活用可能なデータベースとなることが期待される。なお、オミックス解析とは、生命を構成する様々な生体分子(ゲノム、RNA、タンパク質、代謝物等)を網羅的・包括的に解析する方法。
*2.メタボローム解析:
オミックス解析の一つ。生体中の代謝物を網羅的に解析する方法。ToMMoでは、核磁気共鳴(NMR)法と質量分析(MS)法を用いている。核磁気共鳴(NMR)法とは、生体分子を含む様々な分子を強力な磁場の中において、分子中の各原子が持つ核磁気モーメントを計測することにより、分子の構造や量を測定する方法。定量性に優れているのが特徴である。質量分析(MS)法とは、物質を荷電粒子に変え、質量電荷比(m/z)にて分離されたスペクトルとして検出する方法。生体内、食品及び環境に含有される様々な物質の存在量を測定することができる。網羅性に優れているのが特徴である。
*3.プロテオーム解析:
オミックス解析の一つ。生体中のタンパク質を網羅的に解析する方法。ToMMoでは質量分析(MS)法を用いている。
*4.MGWAS:
metabolome-genome wide association studyの略。対象者のメタボローム解析情報とゲノム多型情報との関連を解析することにより、脂質やアミノ酸、糖など血液中の代謝物の濃度に影響を与えるゲノム多型を明らかにすることができる。代謝物の濃度の変動は各種疾患の原因となるため、代謝物に影響を与えるゲノム多型を調べることは疾患研究に非常に重要である。

お問い合わせ先

研究に関すること 

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
オミックス解析室長
室長 小柴 生造(こしば せいぞう)
電話番号:022-274-6016

報道に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神 風二  (ながみ ふうじ)
影山 麻衣子(かげやま まいこ)
電話番号:022-717-7908
ファクス:022-717-7923
Eメール:f-nagami“AT”med.tohoku.ac.jp

AMED事業について

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
基盤研究事業部 バイオバンク課
電話番号:03-6870-2228
Eメール:tohoku-mm“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年10月3日

最終更新日 平成29年10月3日