プレスリリース 体に優しいオメガ3脂肪酸の意外な側面:オメガ3脂肪酸を動かしてアレルギーを促す酵素の発見

プレスリリース

国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

嶋中 雄太(東京大学大学院薬学系研究科衛生化学 特任助教)
河野 望(東京大学大学院薬学系研究科衛生化学 講師)
村上 誠(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター健康環境医工学部門 教授)
新井 洋由(東京大学大学院薬学系研究科衛生化学 教授)

発表のポイント

  1. マスト細胞では、PAF-AH2という脂質を分解する酵素により、酸化されたオメガ3脂肪酸(エポキシ化オメガ3脂肪酸)が作られていることを明らかにしました。
  2. エポキシ化オメガ3脂肪酸は、マスト細胞の応答性を促進してアレルギー反応を促す働きがあることを明らかにしました。
  3. PAF-AH2の働きを止める薬剤によりアレルギー反応が抑制されたことから、新たなアレルギー治療薬の道が開かれました。

発表概要

マスト細胞(注1)は、アレルギーの中心的役割を担う細胞です。マスト細胞がアレルゲンと出会うと、マスト細胞は活性化し、蓄えられたヒスタミンなどの化学伝達物質を放出することで、痒みや気道収縮、血管拡張による体温低下などを引き起こします。この現象はアナフィラキシーといわれ、時には死に至ることもあります。

今回、東京大学大学院薬学系研究科の新井洋由教授・河野望講師のグループと、同大学院医学系研究科の村上誠教授のグループは、マスト細胞がエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのオメガ3脂肪酸(注2)が酸化されて生じた「エポキシ化オメガ3脂肪酸(17,18-EpETEと19,20-EpDPE)」を常時産生していることを発見しました。また、これらエポキシ化オメガ3脂肪酸は、PAF-AH2(注3)という酵素によって細胞膜から遊離されることも明らかとなりました。そしてエポキシ化オメガ3脂肪酸が、遺伝子発現を変えることにより、活性化マスト細胞の細胞内シグナル伝達を調節するという、新しいアレルギー反応の調節メカニズムを解明しました。さらに、PAF-AH2の働きを止める薬剤により、アナフィラキシー反応が抑制されたことから、アレルギーの全く新しい創薬標的として、PAF-AH2が有用であることが示唆されました。

本研究は、AMEDの革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「酸化リン脂質由来の生理活性脂肪酸に基づく医療基盤技術の開発」(研究開発代表者:河野望)、および同研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」(研究開発総括:清水孝雄)における研究開発課題「生体膜リン脂質を基軸とした医療基盤技術の開発」(研究開発代表者:新井洋由)、ならびに「PLA2メタボロームによる疾患脂質代謝マップの創成とその医療展開に向けての基盤構築」(研究開発代表者:村上誠)の一環でおこなわれました。

本研究の成果は、日本時間2017年10月10日0時(英国時間2017年10月9日16時)に英国科学雑誌Nature Medicineオンライン版に掲載されます。

発表内容

研究の背景

近年、先進国においてアレルギー患者数は急増しており、大きな社会問題となっています。この原因として先進国における食生活の変化や、排気ガスなどの公害の影響などが提唱されていますが、その詳細は明らかでありません。アレルギー患者の特徴として、過度なマスト細胞の活性化や、血中イムノグロブリンE(IgE)(注4)濃度の増加が挙げられます。したがって、マスト細胞の活性化制御機構の詳細な解明がアレルギー治療の急務となっています。

マスト細胞は活性化すると、ホスホリパーゼA2(PLA2(注5)と呼ばれるリン脂質を分解する酵素のひとつであるcPLA2が、膜リン脂質からオメガ6脂肪酸であるアラキドン酸を切り出します。切り出されたアラキドン酸は、様々な酵素によって酸化され、プロスタグランジンD2(PGD2)やロイコトリエンC4(LTC4)などの酸化脂肪酸メディエーター(注6)となり、気道収縮や粘液分泌といった生理活性を発揮します。一方、近年、オメガ3脂肪酸であるEPAやDHAも酸化され、一般的には抗炎症性の様々な生理活性脂質に変換されることが報告され、注目を集めています。しかしながらこれまでに、マスト細胞が産生する生理活性脂質については、アラキドン酸由来のごく限られたものしか注目されておらず、オメガ3脂肪酸とマスト細胞機能の関係については未解明でした。

研究の成果

本研究グループはまず、マウス骨髄細胞より分化させたマスト細胞を培養し、無刺激状態でマスト細胞が放出する酸化脂肪酸を、質量分析計を用いて網羅的に解析しました。すると予想外なことに、マスト細胞は従来知られているPGD2やLTC4といったアラキドン酸由来の酸化脂肪酸よりも、EPAやDHAが酸化したエポキシ化オメガ3脂肪酸(17,18-EpETE, 19,20-EpDPE; 図1)を豊富に産生していることが明らかになりました。

そこで、マスト細胞においてこれらエポキシ化オメガ3脂肪酸の産生を担う酵素の同定を試みました。酸化脂肪酸メディエーターはまず、PLA2によって膜リン脂質中の脂肪酸が切り出され、これが引き続き酵素的に酸化されて産生されることが知られており、PLA2は酸化脂肪酸メディエーター産生の鍵酵素といえます。そこでマスト細胞に高発現する各PLA2の遺伝子欠損マウスから得られたマスト細胞に対し、酸化脂肪酸の網羅的測定をおこなったところ、PAF-AH2というPLA2の欠損マウス由来のマスト細胞でのみエポキシ化オメガ3脂肪酸の産生が著しく減少していることがわかりました。さらに、PAF-AH2欠損マウスではマスト細胞の活性化によるアナフィラキシーが減弱しており、エポキシ化オメガ3脂肪酸投与によりアナフィラキシーが野生型マウス程度に戻りました(図2)。以上から、マスト細胞に発現しているPAF-AH2がエポキシ化オメガ3脂肪酸を産生しており、マスト細胞の活性化に重要であることがわかりました。また、質量分析計による詳細な解析から、マスト細胞の膜には、エポキシ化オメガ3脂肪酸が結合した”エポキシ化リン脂質”が含まれており、PAF-AH2がこのエポキシ化リン脂質からエポキシ化オメガ3脂肪酸を直接切り出して、放出していることが明らかになりました。

次に、エポキシ化オメガ3脂肪酸がマスト細胞の活性化を制御する分子機構の解明を試みました。DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析から、エポキシ化オメガ3脂肪酸はSrcin1という分子の発現を抑制することを見出しました。また、Srcin1は、LynやFyn(注7)といったキナーゼ(リン酸化酵素)の活性を抑制することによりIgE/抗原刺激依存的なマスト細胞の活性化を抑制することを明らかにしました。すなわちエポキシ化オメガ3脂肪酸は、マスト細胞の活性化を抑えるSrcin1の発現を減少させることによって、マスト細胞の活性化を促進していることが明らかとなりました。

さらに、PAF-AH2の特異的阻害剤を培養マスト細胞や、マウスに直接添加したところ、マスト細胞の活性化とそれによるアナフィラキシー反応が顕著に抑えられました。この現象はヒト由来のマスト細胞においても見られました。すなわち、PAF-AH2の阻害剤が抗アレルギー薬となる可能性が示唆されました(図3)。

オメガ3脂肪酸は「体に優しい脂肪酸」として一般に知られていますが、今回の発見はオメガ3脂肪酸がアレルギーを悪くするという意外な顔を初めて提示したものです。マスト細胞の活性化は本来、寄生虫や毒素を排除するための生体防御応答です。この視点からすると、エポキシ化オメガ3脂肪酸は生体防御応答を高めている(良いことをしている)と解釈できます。ところが先進国では、寄生虫や毒素に対する脅威が減る一方で、アレルゲンに対する過剰応答(アレルギー反応)を示す患者の増加が社会問題化しています。こうなると、エポキシ化オメガ3脂肪酸によるマスト細胞の活性化促進作用はまさに諸刃の剣であり、むしろ悪い側面が顕在化したものと言えます。

今後の展開

本研究により、PAF-AH2の酵素活性がマスト細胞のIgE/抗原刺激依存的な活性化に重要であることが明らかとなりました。今後、PAF-AH2の阻害を分子基盤にした全く新しい抗アレルギー薬の創生が期待されます。

発表雑誌

雑誌名:
Nature Medicine(日本時間10月10日オンライン版掲載予定)
論文タイトル:
Omega-3 fatty acid epoxides are autocrine mediators that control the magnitude of IgE-mediated mast cell activation
著者:
Yuta Shimanaka, Nozomu Kono, Yoshitaka Taketomi, Makoto Arita, Yoshimichi Okayama, Yuki Tanaka, Yasumasa Nishito, Tatsuki Mochizuki, Hiroyuki Kusuhara, Alexander Adibekian, Benjamin F. Cravatt, Makoto Murakami & Hiroyuki Arai
DOI番号:
10.1038/nm.4417.

お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合せ先

所属 役職:東京大学大学院薬学系研究科 教授
氏名:新井 洋由
TEL:03-5841-4720
Email:harai“AT”mol.f.u-tokyo.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課
TEL:03-6870-2224 FAX:03-6870-2243
E-mail:kenkyuk-ask“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

用語解説

(注1)マスト細胞:
気管支,鼻粘膜,皮膚など外界と接触する組織の粘膜や結合組織に存在し、IgEを介した即時型アレルギー反応において中心的な役割を担う免疫細胞。細胞表面にIgE抗体を保持することができ、IgEに抗原(アレルゲン)が結合すると活性化し、細胞内に蓄えている顆粒内容物のヒスタミンなどを放出する。
(注2)オメガ3脂肪酸:
不飽和脂肪酸の分類の1つでオメガ末端から3番目の炭素に二重結合を持つものを指す。代表例としてエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)があり、これらは魚油に多く含まれる。抗炎症作用、抗動脈硬化作用を持つと言われており、「体に優しい脂肪酸」として一般人にも認識されている。
(注3)PAF-AH2:
リン脂質分解酵素ホスホリパーゼA2の一種。リン脂質中の不飽和脂肪酸が酸化されることにより生じる酸化リン脂質を選択的に分解する特徴がある。
(注4)イムノグロブリンE(IgE):
免疫グロブリンのクラスの1つ。アレルギー反応に関与する。
(注5)ホスホリパーゼA2(PLA2):
リン脂質のsn-2位の脂肪酸を加水分解する酵素の総称。30種類を超す分子種が知られている。
(注6)酸化脂肪酸メディエーター:
生理作用をもつ酸化された脂肪酸の総称。Gタンパク質共役型受容体や核内受容体に結合し生理活性を発揮する。オメガ6脂肪酸であるアラキドン酸が酸化されて生じるプロスタグランジンやロイコトリエンはその代表であり、臨床で汎用される非ステロイド性抗炎症薬はプロスタグランジンの産生を止めることで薬効を示す。一方、オメガ3脂肪酸からはレゾルビン、プロテクチンなどの抗炎症性の酸化脂肪酸メディエーターが生じる。
(注7)Lyn, Fyn:
非受容体型チロシンキナーゼの一種。マスト細胞活性化の初期の段階で重要な役割を果たす。

添付資料

図1.ω3脂肪酸とエポキシ化ω3脂肪酸の構造

図2.マウスアレルギーモデルにおけるPAF-AH2欠損マウスでのアレルギー反応の減弱とエポキシ化ω3脂肪酸によるアレルギー反応の増加(耳が青くなるほどアレルギー反応が高いことを示す)

図3.PAF-AH2ーエポキシ化ω3脂肪酸軸によるマスト細胞活性化制御機構 

掲載日 平成29年10月10日

最終更新日 平成29年10月10日