プレスリリース 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の新たな病態メカニズムの解明―短期間でNASHを発症する疾患モデルの開発を通して―

プレスリリース

国立大学法人東京医科歯科大学
国立大学法人名古屋大学
国立大学法人九州大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 短期間で非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を発症する“誘導性NASHモデル”を開発しました。
  • 肝線維化を促進する疾患特異的マクロファージを同定し、脂肪肝からNASHを発症する新たな病態メカニズムを解明しました。
  • このマクロファージはヒトNASHにおいても認められ、病勢を反映することを見出しました。
  • 新たなNASHモデルの開発と疾患特異的マクロファージの同定は、アンメットメディカルニーズの高い肝線維化疾患に対する新規治療法開発への応用が期待されます。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞代謝学分野・九州大学大学院医学研究院病態制御内科学分野の小川佳宏教授と名古屋大学環境医学研究所分子代謝医学分野の菅波孝祥教授を中心とする研究グループは、短期間で非アルコール性脂肪肝炎(NASH: non-alcoholic steatohepatitis)注1)を発症する“誘導性モデル”を新たに開発しました(図1)。本動物モデルを用いることにより、肝線維化を促進する疾患特異的マクロファージを同定しました。従来、脂肪肝がNASHに進行する機序は不明でしたが、この疾患特異的マクロファージが特徴的な微小環境(hCLS: hepatic crown-like structure)注2)を形成することにより、NASHの発症に至ることを明らかにしました(図2)。本研究成果は、我が国においても増加が予想されるNASHの発症機序の解明、新規バイオマーカーや治療法の開発に繋がると期待されます。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」研究開発領域における研究開発課題「細胞間相互作用と臓器代謝ネットワークの破綻による組織線維化の制御機構の解明と医学応用」(研究開発代表者:小川佳宏)の一環で行われました。また、文部科学省科学研究費補助金、東京医科歯科大学難治疾患研究共同拠点等の支援を受けて行われたもので、その研究成果は、国際科学誌JCI Insight (JCIインサイト)に、2017年11月16日午前9時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。

※なお、本研究開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。

研究の背景

近年、わが国においてもNASHが急増しています。脂肪肝が1,500万症例、その10%程度がNASHに進行し、さらに10%程度が肝硬変や肝細胞癌を発症すると想定されます。しかしながら、どのようにして脂肪肝がNASHに進行するかは未だ明らかになっていません。また、NASHの確定診断には侵襲的な肝生検が必要であり、有効な治療法も存在しないことが大きな問題となっています。従来、ヒトNASHの病態を反映する動物モデルに乏しいことが、NASH研究の障壁となっていましたが、我々の研究グループでは、遺伝性肥満を呈するメラノコルチン4型受容体(MC4R)欠損マウスを用いて、肥満やインスリン抵抗性を背景に、脂肪肝からNASH、肝細胞癌を経時的に発症する新しいNASHモデルを開発しました(図1)。しかしながら、NASH病変の発症には20週間を要するため、詳細な病態メカニズムの解明が困難でした。

研究成果の概要

今回、脂肪肝を発症したMC4R欠損マウスに肝障害性薬剤投与によって肝細胞死を誘導することにより、1週間の過程でNASHを発症する新たな疾患モデル(誘導性NASHモデル)を開発しました(図1)。NASHの発症に長期間を要する従来型モデルと組み合わせることにより、脂肪肝からNASHを発症する過程を詳細に検討することが可能となりました。その結果、NASHの発症に先行して、肝臓の局所に特徴的な微小環境(hCLS: hepatic crown-like structure)が形成され、NASHの発症に至ることを見出しました(図2)。この微小環境は主に組織常在性マクロファージ(クッパー細胞)で構成され、炎症促進性の形質を獲得することにより、肝線維化に働くことを明らかにしました。マクロファージは白血球の一種で、従来は一様と考えられていましたが、近年、臓器や疾患においてそれぞれ特徴的なマクロファージサブタイプが存在し、多種多様であることが明らかになってきました注3)。本研究で見出した新たなマクロファージサブタイプは、NASHに特異的なものと考えられます。さらに、同様のマクロファージサブタイプはヒトNASHにおいても認められ、NASHの病勢を反映することを明らかにしました。

研究成果の意義

今回新たに確立した“誘導性NASHモデル”は1週間という短期間で肝線維化過程を評価できるため、病態解析や薬剤スクリーニングを効率的に行うことが可能です。さらに、本研究の結果より、特徴的な微小環境がNASHの発症に重要であることが明らかになりました。この微小環境を構成するNASH特異的なマクロファージサブタイプが明らかになったことにより、脂肪肝からNASHに進行する病態メカニズムの解明や、新しい治療戦略の開発に繋がることが期待されます。

用語解説

注1)非アルコール性脂肪肝炎(NASH: non-alcoholic steatohepatitis)
アルコール摂取を原因とせず、主に肥満者において肝臓内に過剰な中性脂肪の蓄積(脂肪肝)が認められる病態を非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD: nonalcoholic fatty liver disease)と呼びます。NAFLDは、良性の経過をとる脂肪肝と、一定の割合で肝硬変、肝細胞癌へと進行する非アルコール性脂肪肝炎(NASH:nonalcoholic steatohepatitis)に分類されます。NASHは今後も増加が見込まれる重要な疾患ですが、その診断方法や治療方法は未だ確立していません。

注2)CLS: crown-like structure
近年、肥満を中心として発症するメタボリックシンドロームの病態形成に慢性炎症が深く関与することが知られています。肥満に伴い浸潤してきたマクロファージをはじめとした様々な炎症細胞によって、脂肪組織の機能は大きな影響を受けます。特に、肥大化して細胞死に陥った脂肪細胞をマクロファージが取り囲んで貪食・処理する組織像はCLSと呼ばれ、全身のインスリン抵抗性と相関することが明らかになっています。NASHの肝臓では脂肪組織のCLSと非常によく似た構造が認められ、炎症・線維化の起点であると考えられます。

注3)マクロファージ分類
マクロファージは白血球の一種で、体内に侵入した細菌などを捕食して生体の感染防御に働く他に、死細胞やその破片などを貪食・処理し、生体の恒常性を保つ役割も担っています。炎症反応や組織修復など様々な局面に作用し、従来、炎症性M1・抗炎症性M2といった分類が提唱されていましたが、最近では、より多彩な集団が存在することが注目されています。
図1
図1.短期間にNASHを発症する新たなマウスモデルの開発

 

図2
図2.NASHの新たな病態メカニズムとNASHに特異的なマクロファージの同定

論文情報

掲載誌:
JCI Insight
論文タイトル:
CD11c-positive resident macrophages drive hepatocyte death-triggered liver fibrosis in a murine model of non-alcoholic steatohepatitis
DOI:
10.1172/jci.insight.92902

問い合わせ先

研究に関すること

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞代謝学分野
九州大学大学院医学研究院病態制御内科学分野
小川 佳宏(オガワ ヨシヒロ)
TEL:092-642-5275 FAX:092-642-5297
E-mail:ogawa.mem”AT"tmd.ac.jp, yogawa”AT"intmed3.med.kyushu-u.ac.jp

名古屋大学環境医学研究所分子代謝医学分野
菅波 孝祥(スガナミ タカヨシ)
TEL:052-789-3881 FAX:052-789-5047
E-mail:suganami”AT"riem.nagoya-u.ac.jp

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※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年11月16日

最終更新日 平成29年11月16日