プレスリリース 「動く遺伝子」を用いた網羅的遺伝子探索技術により脂肪肝からの肝がん発症に重要ながん遺伝子を同定

プレスリリース

大阪大学
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • 動物個体内で網羅的にがん遺伝子を探索出来る新技術により、脂肪性肝疾患からの肝がん発症に寄与する遺伝子やシグナル伝達経路の大規模なスクリーニングが実現
  • 脂肪性肝疾患からの肝がん発症にHippo経路の構成因子であるSav1遺伝子が重要であることを発見
  • Hippo経路を標的とした新たな肝がん治療の可能性に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)、米国MDアンダーソンがんセンターのニール・コープランド(Neal Copeland)教授らの研究グループは、動物個体内で網羅的にがん遺伝子を探索出来る新技術を用いてスクリーニングを行い、脂肪性肝疾患からの肝がん発症にHippo(ヒッポ)経路※1の構成因子Sav1(サブワン)※2が重要な役割を果たすことを発見しました。

これまで、がんの分子基盤を解明するために多数例のヒト肝がんゲノムのシークエンス解析が行われました。その結果、肝がんでは低頻度な変異遺伝子が無数に認められましたが、統計学的手法ではそれらの意義を検証することが出来ませんでした。

今回小玉助教らの研究グループは、ヒト臨床試料を用いた解析の限界を克服するため、マウス生体内でランダムに次々と遺伝子変異を生じさせる新たな技術を用いることで、脂肪性肝疾患からの肝がん発症に寄与するがん遺伝子候補を多数同定することに成功しました。本研究により、特にその重要性が明らかとなったHippo経路は、肝がん治療の新規標的となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America」に、10月16日(火)午前4時(日本時間)に公開されます。

図1 トランスポゾンを用いた網羅的がん遺伝子探索法

研究の背景

肝がんはがんによる死亡原因の第3位を占める極めて予後不良な疾患です。現在、進行肝がんに使用可能な薬剤はいずれもその治療効果が限定的であることから、新規治療標的の探索が喫緊の課題となっています。また近年、食生活の欧米化による肥満人口の急激な増加によって、非アルコール性脂肪性肝疾患の罹患率が急増し大きな社会問題となってきています。それに伴い、脂肪性肝疾患による肝がんが増加していますが、脂肪性肝疾患からどのように肝がんが発症するのか、その分子基盤については未だ不明な点が多く存在しています。

がんは遺伝子の変異による病気であるという考え方に基づき、昨今、多数例の肝がんを対象としたがんゲノムシークエンス解析が世界的なプロジェクトとして行われてきました。その結果、高頻度に変異が認められ肝発がんに寄与していると考えられる遺伝子が複数同定されましたが、未だその多くは創薬化が困難な状況です。一方、低頻度に変異が認められた遺伝子も多数同定されましたが、統計学的手法ではそれらの意義を検証することさえ出来ませんでした。

本研究の成果

小玉助教らの研究グループは、トランスポゾン※3という「動く遺伝子」が、肝臓の各細胞内でゲノム上を多数ランダムに飛び回るマウスを作製しました(前項図1)。このトランスポゾンは変異原となるように遺伝子改変されているため、挿入先の遺伝子に変異が生じ、その結果がん化が促進されます。発症したがんのトランスポゾン挿入部位を次世代シークエンサー※4で網羅的に解読することで、がんの発症に寄与した遺伝子変異をスクリーニングすることが可能となります。脂肪性肝疾患を発症する肝特異的Pten(ピーテン)※5欠損マウスモデルに対してこの手法を用いることで、脂肪性肝疾患からの肝がん発症に寄与した遺伝子を網羅的に同定することに成功しました。また、これらのがん遺伝子候補の中で最も高頻度に変異を生じたHippo経路の構成因子であるSav1遺伝子に着目し、遺伝子改変マウスを用いた検討を行いました。その結果、Hippo経路の制御異常が、Pten欠損により生じた脂肪肝炎の進展や肝がんの発症を促進していることを明らかにしました(図2左)。また、非ウイルス性肝がんのヒト臨床データを用いた検討から、Sav1と Pten 遺伝子の両者の発現が低下したがんを有する患者群は極めて予後が悪いことを突き止めました(図2右)。

Sav1遺伝子が脂肪肝からの肝がん発症・進展に重要

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、これまで不明な点の多かった脂肪肝からの肝がん発症メカニズムが明らかとなり、それらを標的とした新たな治療法の開発が期待されます。中でも、今回その重要性が明らかとなったHippo経路は、有力な治療標的となる可能性が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2018年10月16日(火)午前4時(日本時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America」(オンライン)に掲載されます。

タイトル
“Molecular profiling of non-alcoholic fatty liver disease-associated hepatocellular carcinoma using SB transposon mutagenesis”
著者名
Takahiro Kodama1,* , Jing Yi2, Justin Y. Newberg3, Jean C. Tien4, Hao Wu5, Milton J. Finegold5, Michiko Kodama6, Zhubo Wei7, Takeshi Tamura1, Tetsuo Takehara1, Randy L. Johnson2, Nancy A. Jenkins8, Neal G. Copeland8,* (*責任著者)
所属
  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
  2. テキサス大学 MDアンダーソンがんセンター がん生物学
  3. モフィットがんセンター 分子腫瘍学
  4. ミシガン大学 病理学
  5. テキサス子供病院 ベイラー医科大学 病理学
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 産科学婦人科学
  7. ヒューストン メソジスト研究所 がん研究プログラム
  8. テキサス大学 MDアンダーソンがんセンター 遺伝学

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業「順行性遺伝学とオミックスを用いたNASH由来肝がん発症・進展機構の解明」、「NASH肝がんのリピド・ゲノミクス研究に基づく個別化医療の開発」、AMED次世代がん医療創生研究事業「トランスポゾンを用いたがん悪性化に関与するドライバー遺伝子の同定と機能検証」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

用語説明

※1 Hippo(ヒッポ)経路
Hippo経路は多くの種で保存された細胞内シグナル伝達経路の一つであり、器官のサイズの制御において重要な役割を果たすことが知られている。
※2 Sav1(サブワン)遺伝子
Hippo経路を構成する遺伝子の一つであり、Hippo経路を正に制御している。
※3 トランスポゾン
細胞内でゲノム上の位置を移動する塩基配列であり、動く遺伝子とも呼ばれる。
※4 次世代シークエンサー
遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置。
※5 Pten(ピーテン)遺伝子
細胞の増殖や生存に重要な役割を果たす細胞内シグナル伝達経路であるホスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3K)経路を負に制御する脱リン酸化酵素であり、がん抑制遺伝子として知られている。

本件に関する問い合わせ先

研究に関すること

小玉 尚宏(こだま たかひろ)
大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学 助教
TEL:06-6879-3621
FAX:06-6879-3629
E-mail:t-kodama”AT”gh.med.osaka-u.ac.jp

報道に関すること

大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
TEL:06-6879-3388
FAX:06-6879-3399
E-mail:medpr”AT”office.med.osaka-u.ac.jp

AMED事業に関する問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 感染症研究課
TEL:03-6870-2225
E-mail:hepatitis”AT”amed.go.jp

戦略推進部 がん研究課
TEL:03-6870-2221
E-mail:cancer”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス”AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成30年10月16日

最終更新日 平成30年10月16日