成果情報 横紋筋融解症による急性腎障害発症の新たなメカニズムを解明-発症予防の薬剤開発へつながる成果-

成果情報

慶應義塾大学医学部
日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部の平橋淳一専任講師、大久保光修共同研究員らの研究グループは、総合診療教育センターの研究の一環として横紋筋融解症による急性腎障害(Acute Kidney Injury:以下、AKI)発症の新たなメカニズムを解明し、さらに、その発症を予防する新たな生体内物質を発見しました。

横紋筋融解症は、骨格筋の組織破壊や壊死により筋由来成分が血中へ流出して、時に急性の腎障害を起こして致命的になることがある疾患です。外傷性のものとして、日本では阪神・淡路大震災などにおけるCrush症候群(別名:クラッシュシンドローム・挫滅症候群)(注1)が注目されました。非外傷性のものとしては過度の運動や、重度の熱中症、動脈閉塞症、薬物によるものなどが知られています。阪神・淡路大震災では、概算で370人以上が発症、およそ50人が亡くなっているとされており、臨床的にも頻度の高い疾患として知られています。

現在、AKIを予防する特効薬はなく、速やかな輸液などによる脱水の改善などの治療にとどまり、急性腎不全となった場合には救命のための血液透析療法が対症療法として行われています。しかし、災害現場などでは血液透析が間に合わずに死亡する被災者も多く、AKIの予防法の開発は大きく災害医療に貢献するものとされてきました。

今回、研究グループでは、横紋筋融解症に続発するAKI発症の新たな基礎的メカニズムを解明し、さらにAKI発症を未然に防ぐ手段として生体内多機能物質ラクトフェリン(Lf)(注2)が治療薬となりうることを発見しました。

本研究成果は、2018年1月8日(アメリカ東部標準時間)国際学術誌である『Nature Medicine』誌に掲載されました。

研究の背景

現在、世界中で地震などの自然災害や、戦争、テロ、原発事故、列車・航空機事故などの人為的災害が、地球規模の環境変化、宗教・経済・技術的な変化を背景に頻発しています。このような災害においては被災者の外傷が多発しますが、その中でも機械的な圧迫により筋肉が壊れてしまう状態(横紋筋融解症)においては、急性に腎臓の機能障害が起こることがあり命に関わる事態を引き起こします。Crush症候群では機械的な圧迫による筋血流遮断・壊死(横紋筋融解症)にAKIが続発し、死亡に至ることもあります。しかし、なぜ筋肉の崩壊によって腎臓の障害が起こるのか、今まで詳細なメカニズムは明らかにされていませんでした。また、本症に対する治療選択肢は大量輸液・腎代替療法等医療機関で施行すべき専門的なものに限られ、被災現場で迅速・簡便に携帯・投与可能なAKI予防法がない現状です。

研究の概要と成果

近年、国内外の研究から、白血球と呼ばれる細胞の一つであるマクロファージが重要な役割を持っていることが分かってきました。研究グループでは、この白血球の一細胞であるマクロファージの起こす細胞外クロマチン放出現象(Macrophage extracellular traps・マクロファージ細胞外トラップ:以下、METs)に注目した結果、腎臓におけるMETs放出が、横紋筋融解症に続発するAKI発症のカギを握ることを発見しました。横紋筋融解症では、筋細胞内容物であるミオグロビン、ヘムが大量に循環血漿中に流入することで、鉄イオン及び活性酸素種(ROS)を過剰に産生させ、結果的に腎尿細管細胞壊死を引き起こすことはすでに知られていましたが、ヘムがどのように感知され、腎障害に至るのかは未解明のままでした。

今回、研究グループでは血小板がヘムを認識して活性化し、マクロファージと相互作用をしてMETs放出を誘導することを発見しました。その他、研究グループにおいて白血球表面に発現する接着因子Mac-1の機能についての研究を重ねてきました(Hirahashi J et al. Immunity 2006, Circulation 2009)が、今回の研究で新たにMac-1欠損マウス及び血小板を除去したマウスでは横紋筋融解症を起こしてもAKIがほとんど起こらないことを示しました。このことから、活性化した血小板はこの白血球表面に発現するMac-1を介して白血球の一細胞であるマクロファージを活性化し、METs放出を誘導することが示唆されました(図1)。さらにMETs産生を制御する遺伝子であるPADI4を欠損したマウスでは、横紋筋融解症を起こしても腎臓障害は軽度に治まったことから、マクロファージ活性化によるMETs放出が、腎臓機能障害の病態に関与していることを確認しました。研究グループは、先行研究において、2016年生体内多機能タンパクであるラクトフェリン(Lf)が炎症性疾患、自己免疫疾患、血栓性疾患等につながる要因である白血球由来のNETs放出を抑制することを報告しています(Okubo K et al. EBioMedicine, 2016)。今回の研究では、実際にLfの静脈投与は横紋筋融解症後に急性腎障害を予防することも見出し、Lfが災害医療に大きく貢献する可能性を示しました。

 

【図1】

研究の意義

2004年白血球細胞の一つである好中球において、好中球細胞外トラップ(NETs)現象が最初に報告されてから炎症性疾患における白血球細胞外トラップの研究は注目を集めています。今回、研究グループは白血球の一細胞であるマクロファージから放出されるMETsが疾患発症に関与することを、世界に先駆けて報告しました。

横紋筋融解症後の急性腎障害発症メカニズムとしてミオグロビンやヘムがどのように腎障害を起こすかは、今まで明らかではありませんでしたが、今回の研究により血小板がヘムを感知してマクロファージと相互作用するという新たなメカニズムも明らかになりました。

横紋筋融解症はさまざまな原因がありますが、特に災害時には本症に続発する急性腎障害により生命にかかわることも多く、新たな治療法の開発が期待されています。現時点で急性腎障害を予防する特効薬はなく、速やかな輸液などによる脱水の改善などの治療にとどまり、急性腎不全となった場合には救命のための血液透析療法が対症療法として行われています。しかし、災害現場などでは血液透析が間に合わずに死亡する被災者も多く、急性腎障害の予防法の開発は大きく災害医療に貢献するものとされてきました。

今回の研究によって、マクロファージから放出されるMETsが疾患発症に関与し、そのメカニズムが明らかになりました。さらに、横紋筋融解症による急性腎障害を予防する特効薬はない現状で、急性腎障害発症を未然に防ぐ手段として生体内多機能物質Lfが治療薬となりうることを発見し、臨床応用への可能性を示しました。

特記事項

本研究は、JSPS科研費 JP15K09459、JP16K19497、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業、革新的医療技術創出拠点プロジェクト橋渡し研究加速ネットワークプログラム事業、厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業「難治性血管炎に関する調査研究」の支援によって行われました。

本研究内容と関連して、「白血球の細胞外トラップ形成の阻害剤」として国際特許出願を行っています。

論文

タイトル:
Macrophage extracellular trap formation promoted by platelet activation is a key mediator of rhabdomyolysis-induced acute kidney injury
タイトル和訳:
血小板活性化により誘発されるマクロファージ細胞外トラップ形成は、横紋筋融解症後急性腎障害発症メカニズムの鍵となる
著者名:
平橋淳一、大久保光修、黒澤美穂、神谷真子、浦野泰照、鈴木あかり、山本一彦、長谷耕二、本間康一郎、佐々木淳一、宮内宏彰、星野達雄、林松彦、Tanya N.Mayadas
掲載誌:
Nature Medicine

用語解説

(注1)Crush 症候群:
1995年1月17日の本邦の阪神・淡路大震災では瓦礫の下に埋まった状態から救出された被災者が数時間経過後に症状が急激に悪化し、多数死亡した例があった。これが、「Crush症候群」(別名:クラッシュシンドローム・挫滅症候群)と呼ばれる。概算で少なくとも372人が発症し、そのうち50人が亡くなっているとされている。震災を契機に日本ではCrush症候群が認知されるようになり、災害医療のあり方も大きく変更された。骨格筋細胞の融解や壊死によりミオグロビン(myoglobin;Mb)などの筋細胞成分が血液中へ大量に流出し、急性腎障害を起こして高カリウム血症や代謝性アシドーシスにより高頻度に致命的となる疾患である。
(注2)ラクトフェリン(Lf):
母乳・涙・汗・唾液などの生体の外分泌液中および好中球細胞質に含まれるタンパク質で、特に初乳1kgに約6-8gと豊富に含まれ、病原体に対して無防備な乳児を守る免疫の要と考えられている。すでにサプリメントとしても市場に流通しているが、疾患治療薬として製剤化するには、生体に投与された薬剤が安定して薬理活性をもつようにすることが課題の一つである。本研究グループは先行研究でラクトフェリンが白血球細胞外トラップ放出を抑制して炎症性疾患に有効である可能性を報告している。

お問い合わせ先

本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部
専任講師 平橋 淳一(ひらはし じゅんいち)
TEL:03-3353-1211
E-mail:jhira"AT"keio.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル
TEL:03-6870-2223
E-mail:nambyo-info"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

 

掲載日 平成30年1月24日

最終更新日 平成30年1月24日