成果情報 呼吸器疾患に関連する遺伝子座を同定―慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息の病因解明へ―
成果情報
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
東北大学大学院医学系研究科
日本医療研究開発機構
発表のポイント
- コホート調査*1参加者2万人のゲノム解析から、日本人の気流閉塞*2に強く関連する遺伝子座*3、成人の2型気道炎症*4の指標である呼気一酸化窒素濃度(FeNO)*5に関連する3つの遺伝子座を同定しました。
- 気流閉塞の遺伝的背景のプロファイルには日本人特有のものがあることがわかりました。また、成人における2型気道炎症の指標である呼気一酸化窒素濃度の遺伝的背景を解析した世界で初めての大規模な解析成果です。
概要
東北大学大学院医学系研究科 呼吸器内科学分野の山田充啓講師、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)の元池育子准教授、小島要講師らのグループは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)*6を含む呼吸器疾患と深く関わる遺伝的バリアント*7を同定しました。
呼吸器系の状態は、呼吸機能検査を通して評価できます。しかし、2型気道炎症は呼吸機能に影響を及ぼすため、遺伝的背景解析の際、この炎症の指標(呼気一酸化窒素濃度(FeNO))で調整することで、より精緻な呼吸機能の遺伝的背景解析が可能になると考えられます。本研究では東北メディカル・メガバンク計画が推進するコホート調査の参加者のうち、呼吸機能検査を行った約2万人を対象として、呼吸機能指標に関するゲノムワイド関連解析(GWAS)*8を行いました。その結果、日本人の気流閉塞(1秒率)に関して、FeNOによる調整効果は軽微であるものの、気流閉塞に関連する遺伝子座のプロファイルは、欧米人主体の結果と異なることが明らかになりました。また、2型気道炎症の指標であるFeNOについても、同様の解析を実施し慢性閉塞性肺疾患(COPD)を含む呼吸器疾患に関連する3つの遺伝子座を成人集団で初めて同定しました。
研究成果は、2021年11月15日、Communications Biology(電子版)に掲載されました。
研究内容
COPDなどの呼吸器疾患は主要な死因の一つとなっており、世界的にも公衆衛生上の重要な課題となっています。呼吸機能検査により測定される、1秒量(FEV1*9)や1秒率(FEV1/FVC*10)などの呼吸機能指標は、呼吸機能を評価する身体学的バイオマーカー*11です。呼吸機能指標は生命予後予測因子の一つであり、また、COPDを含む呼吸器疾患の診断と病状の評価に用いられています。COPDは呼吸器疾患の中でも、死亡者数の多い重要な疾患です。COPDの発病原因として、喫煙が最も重要な原因とされていますが、同じ喫煙状態でもCOPDを発病する人としない人がいるなど、遺伝的要因も大きくCOPDの発病に影響している可能性が示唆されています。
これまでに世界中で多施設共同のGWASが実施されており、呼吸機能指標やCOPD発病リスクに有意な関連を示す遺伝子座が同定されてきています。しかしながら、日本を含む東アジアのCOPD患者の臨床的特徴は欧米とは異なっているにもかかわらず、東アジア・日本人に特徴的な遺伝的背景の知見は不十分でした。また、呼気中の一酸化窒素濃度は、2型気道炎症の重要な指標と考えられていますが、その遺伝的背景について、成人集団における大規模な解析は世界でも行われておりませんでした。
東北大学大学院医学系研究科 呼吸器内科学分野の山田充啓講師、ToMMoの木下賢吾教授らのグループは、COPDを含む呼吸器疾患と深く関わる遺伝的バリアントを同定するため、日本人成人集団におけるGWASを実施しました。呼吸器系の状態は、呼吸機能検査を通して評価できますが、2型気道炎症は呼吸機能に影響を及ぼすため、炎症の指標(呼気一酸化窒素(FeNO))で調整することで、より精緻な呼吸機能の遺伝的背景解析が可能になると考えられることから、その検討もあわせて行いました。本研究では東北メディカル・メガバンク計画が推進するコホート調査の参加者のうち、肺機能検査について計測を行った約1万4千人の地域住民コホート、および約6千人弱の三世代コホートを対象として、FEV1やFEV1/FVC、およびFeNO値を対象にGWASを行いました。
その結果,RNF5/AGER遺伝子座(AGERrs2070600 SNP*12を含む)が,FEV1/FVCと最も有意に関連しており(図1)、さらに、ToMMoの公開している全ゲノムリファレンスパネル*13を介してAGERの他、希少なミスセンス変異*14も同定されました。
今回の解析にて指摘されたFEV1/FVCと関連する遺伝子座群は、これまでの欧米主体の解析とは異なるプロファイルを示しており、気流閉塞の遺伝的背景のプロファイルには日本人特有のものがあることがわかりました。これに加えて今回、呼吸機能のGWASにおいて、FeNOによる調整効果についても解析し、影響は軽微であることが判明しました。本研究ではさらに、FeNOについて、世界でも最大の成人対象大規模GWASも実施し、3つの遺伝子(NOS2、SPSB2、RIPOR2)をFeNO関連遺伝子として同定しました(図2)。
本研究では、日本人の気流閉塞に強く関連する遺伝子座と、成人の2型気道炎症の指標であるFeNOに関連する3つの遺伝子座を同定しました。本研究は、COPDや気管支喘息を含む呼吸器疾患の発症メカニズムの理解につながるものです。今後、研究を進めることで、本研究で同定された遺伝子やその変異が病態に果たす役割が明らかになり、さらには新規の治療標的分子の探索につながると考えられます。
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(B-cure)(東北メディカル・メガバンク計画)、および「ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業(先端ゲノム研究開発;GRIFIN)」、さらに一部は「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」の支援をそれぞれに受けて行われました。
書誌情報
- タイトル
- “Genetic loci for lung function in Japanese adults with adjustment for exhaled nitric oxide levels as airway inflammation indicator”
- 著者名
- Mitsuhiro Yamada, Ikuko N. Motoike, Kaname Kojima, Nobuo Fuse, Atsushi Hozawa, Shinichi Kuriyama, Fumiki Katsuoka, Shu Tadaka, Matsuyuki Shirota, Miyuki Sakurai, Tomohiro Nakamura, Yohei Hamanaka, Kichiya Suzuki, Junichi Sugawara, Soichi Ogishima, Akira Uruno, Eiichi N. Kodama, Naoya Fujino, Tadahisa Numakura, Tomohiro Ichikawa, Ayumi Mitsune, Takashi Ohe, Kengo Kinoshita, Masakazu Ichinose, Hisatoshi Sugiura and Masayuki Yamamoto
- 掲載誌
- Communications Biology
- 掲載日
- 15th November 2021
- DOI
- 10.1038/s42003-021-02813-8
用語説明
- *1 コホート調査
- 分析疫学における手法の1つであり、特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察研究の一種である。
- *2 気流閉塞
- 気管支など空気の通り道である気道が狭くなることによって、肺から空気を吐き出しにくくなる状態。主な原因疾患として、慢性閉塞性肺疾患(COPD)(後述)や気管支喘息がある。
- *3 遺伝子座
- 遺伝学において、特定の遺伝子または遺伝子マーカーが存在する染色体上の特定の固定位置を表す。
- *4 2型気道炎症
- 気管支喘息に関係する炎症であり、外部からの刺激(ハウスダストなどのアレルゲン)により、特定のリンパ球(免疫細胞の一種)が活性化し、その細胞から放出される体内物質(インターロイキン)によって、気道に直接作用したり、炎症細胞を活性化したりすることで、気道炎症が引き起こされること。
- *5 呼気一酸化窒素濃度(FeNO)
- 呼気に含まれる一酸化窒素(NO)濃度。気道における2型気道炎症の重要な指標とされ、気管支喘息の診断、管理目的に臨床現場で汎用されている。
- *6 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することなどにより生ずる肺疾患であり、呼吸機能検査で気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変がさまざまな割合で複合的に関与し起こる。
- *7 遺伝的バリアント
- 遺伝子の塩基配列の変化(遺伝子変異)を指し、生物の多様性を生じさせる。塩基が置換される一塩基多型(SNP)(後述)や塩基の挿入・欠失(INDEL)などが相当する。
- *8 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
- SNPを主としたヒトゲノムの全体をほぼカバーする数百万から数千万の変異情報について、形質(今回は呼吸機能指標とFeNO)と合わせて統計学的な処理を行うことで遺伝子と形質の関連性を調べる遺伝解析手法。
- *9 1秒量(FEV1)
- 努力性肺活量測定において、最初の1秒間に呼出される空気量。
- *10 1秒率(FEV1/FVC)
- 最大限の吸気を行った後に、強制的に呼出した空気の最大量を努力性肺活量(FVC)と呼び、この努力性肺活量に対する1秒量の比率のこと。この値が70%未満であれば、閉塞性障害(気流閉塞)があると判定される。
- *11 バイオマーカー
- 正常な生物学的プロセス、病原性プロセス、または治療的介入を含む曝露もしくは介入に対する反応の指標として測定される規定された特性。バイオマーカーのタイプとして分子的(本報告におけるNO)、組織学的、X線学的、または生理学的指標(本報告における呼吸機能指標)がある。
- *12 SNP
- 一塩基多型。ある集団の中でDNA配列の一箇所(一塩基)の違いが1%以上の頻度で観察される時、その違いを一塩基多型と呼ぶ。個人個人の遺伝子や体質の差を調べる際にSNP情報が利用されることが多い。
- *13 全ゲノムリファレンスパネル
- ToMMoが数千人規模の全ゲノム解析を行い構築した日本人のリファレンスパネルのこと。一塩基バリアント(Single Nucleotide Variant:SNV)、INDEL(挿入(insertion, IN)・欠失(deletion, DEL))のアレル頻度情報、ジェノタイプ頻度情報をまとめたデータベース。
https://www.megabank.tohoku.ac.jp/researchers/genome/panel - *14 ミスセンス変異
- ゲノム上の塩基が異なることにより、従来のアミノ酸配列が変化するような塩基多型。
参考
東北メディカル・メガバンク計画
東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として平成23年度から始められ、被災地の健康復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。
ToMMoと岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査を平成25年より実施し、収集した試料・情報をもとにバイオバンクを整備しています。
東北メディカル・メガバンク計画は、平成27年度より、日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。
お問い合わせ先
研究に関すること
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
基盤情報創成センター長
木下賢吾(きのした けんご)
電話番号:022-274-5952
報道担当
東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神風二(ながみ ふうじ)
電話番号:022-717-7908 ファクス:022-717-7923
Eメール:pr“AT”megabank.tohoku.ac.jp
AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(B-cure)「ゲノム医療実現推進プラットフォーム・先端ゲノム研究開発:GRIFIN」事務局
電話番号:03-6870-2228
Eメール:genome-platform“AT”amed.go.jp
※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
掲載日 令和3年11月26日
最終更新日 令和3年11月26日