2017年度 研究事業成果集 麻疹ウイルスの感染メカニズムを解明

麻疹ウイルスの感染メカニズムを解明、治療薬創出を目指す

戦略推進部 感染症研究課

麻疹ウイルスと感染阻害剤が結合した状態を原子レベルで可視化

麻疹(はしか)感染により、世界で年間約9万人が死亡しています(2016年度、WHO統計)。九州大学の橋口隆生准教授らの国際研究グループは、麻疹ウイルスがヒトに感染する際に必須となるタンパク質の構造を世界で初めて解明、感染を阻害する物質と結合した状態を原子レベルで可視化することに成功、阻害物質が感染を妨げるメカニズムも解明しました。現在特異的な治療薬がない麻疹に対する新しい薬の開発につながることが期待されます。

■2種類の阻害剤と麻疹ウイルス膜融合タンパク質が結合した状態の構造

取り組み

AMEDの感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)はエボラウイルス感染症、ジカウイルス感染症、薬剤耐性(AMR)感染症など、国際的に脅威となる感染症への対策の根幹を支える基盤研究の推進、人材の育成、革新的な医薬品の創出を将来に見据えた、基礎からの研究を推進する事業で、2017年度にスタートしました。

麻疹は、麻疹ウイルスが引き起こす急性の感染症です。感染力が非常に強く、免疫を持たない人が感染するとほぼ100%発症します。主な症状として高熱と発疹に加え、一過性の強い免疫抑制が生じます。先進国であっても患者1000人に1人の割合で死亡する可能性があり、肺炎や脳炎などの合併症が主な死亡原因となっています。さらに、感染後数年を経て発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)はきわめて予後が悪く、致死的です。感染予防としてワクチンが有効ですが、いったん発症してしまうと治療薬は存在しません。研究グループは、病原性の解明や治療法の開発を目指し、麻疹ウイルスがヒトに感染するメカニズム解明のため、米国などとの国際共同研究を進めています。

成果

研究グループはX線結晶構造解析により、麻疹ウイルスがヒトの細胞に感染する際に必須とされ、神経細胞に感染する際にも極めて重要な役割を担っている分子「麻疹ウイルス膜融合タンパク質」の構造を世界で初めて解明しました。さらに、この膜融合タンパク質と感染を阻害する物質(阻害剤)が結合した状態を、原子レベルで可視化することに成功しました。これらのデータ測定は国内の放射光施設の1つであるフォトンファクトリー(高エネルギー加速器研究機構)を利用して行われました。研究グループは、構造情報に加え、ウイルス学・コンピューター科学・生化学の実験手法を組み合わせることによって、麻疹ウイルスの感染を妨げる2つの阻害剤、阻害化合物[AS-48]と阻害ペプチド[FIP]の作用機構についても解明しました。

これまで、2つの阻害剤は作用機序がそれぞれ異なると考えられていましたが、共に同じ部位(膜融合タンパク質の頭部と茎部の境界領域)に結合することで、タンパク質の構造変化を抑制し、ウイルスの感染防御効果を発揮していることが分かりました。今回の研究成果により、これら阻害剤が予測されていなかった場所を標的として感染阻害能を発揮していることが明らかとなり、創薬へ向けた取り組みの加速が期待されます。今回の研究成果で得られた構造情報は、「Protein Data Bank」を通じて、世界中の研究者に公開されています。

橋口准教授は、麻疹ウイルスだけでなく、おたふくかぜを起こすムンプスウイルスや出血熱を起こす場合があるエボラ・マールブルグウイルスによる感染症についてもウイルス・受容体・抗体の構造を原子レベルの分解能で可視化することで、感染および感染防御メカニズムの解明に成功しています。2017年度に政府が創設した「日本医療研究開発大賞」の表彰の1つで、若手研究者を奨励する「日本医療研究開発機構理事長賞」を受賞しました。

展望

近年、HIVやインフルエンザウイルスなどで、ウイルスタンパク質の構造に基づく抗ウイルス薬の開発・改良が、欧米を中心に進められています。麻疹ウイルスについても、今回、膜融合タンパク質と阻害剤の詳細な結合状態が明らかになったことで抗ウイルス薬の標的部位が特定できたため、麻疹に対する抗ウイルス薬の開発につながることが期待されます。研究グループではさらに、より効果の高い抗ウイルス薬を開発する研究も進めています。

最終更新日 平成30年11月15日