2018年度 研究事業成果集 低分子抗体医薬品の品質評価手法に関するレギュラトリーサイエンス研究

低分子抗体の品質・安全性確保における留意事項を文書化

国立医薬品食品衛生研究所の橋井則貴室長を中心とする共同研究グループは、先端的な質量分析法を利用した低分子抗体の高次構造評価技術を確立しました。また、電気化学発光法、バイオレイヤー干渉法によるpre-existing antibody*1検出系を確立しました。さらに、これまでの研究により得られた知見等に基づき、開発早期における低分子抗体医薬品の品質・安全性確保における留意事項をまとめた文書を作成しました。

*1 pre-existing antibody:
当該医薬品の投与前から存在する抗薬物抗体

取り組み

低分子抗体は、①従来型抗体より分子量が小さいため高い組織浸透性が期待できること、②大腸菌発現系を用いた低コスト生産が可能であることなどから、高機能・低コストの抗体医薬品シーズとして期待を集めています。一方、抗体の低分子化は構造安定性の低下を引き起こすことから、従来の抗体医薬品とは異なる品質評価が必要です。また、低分子抗体の非天然型構造は、ヒトに投与された際に異物として認識される可能性があります。さらに、日米欧のモノクローナル抗体医薬品類に関するガイドライン/ガイダンスや公定法には、低分子抗体に関する具体的な品質評価の要件、および評価手法は明記されていません。

本研究班では、日本発の非天然型アミノ酸の導入技術等を利用して創製される低分子抗体に着目し、評価法開発を中心とするレギュラトリーサイエンス研究を取り入れ、その品質・安全性評価に関わる高次構造、安定性ならびに安全性の予測評価技術を開発するとともに、品質・安全性確保における留意点の文書化を行いました。

成果

高次構造評価手法の構築とモデル低分子抗体の評価

水素重水素交換質量分析(HDX/MS)法を利用した低分子抗体の簡便かつ高感度な高次構造評価手法を確立しました。同技術により、試験的に製造した特殊アミノ酸導入のFab抗体およびそのコンジュゲート(図1)の高次構造評価を行い、構造改変に伴う高次構造変化の特徴を明らかにしました(図2)。また、VHH抗体*2のHDX/MS解析を行い、保存条件の違いにより、標的分子の結合部位の構造揺らぎに変化が生じ、構造安定性の低下が認められることを明らかにしました。

図1 試験的に製造したモデル低分子抗体
図2 HDX/MSによる高次構造評価
*2 VHH抗体:
クダ科動物等に見いだされる重鎖抗体の可変領域に相当する分子

Pre-existing抗体の測定手法構築と特性解析

電気化学発光法、バイオレイヤー干渉法によるpre-existing antibody検出系を確立し、これらの手法を用いて試験的に製造したモデル低分子抗体に対する正常ヒト血漿の反応性を検討しました。その結果、ある種の特殊アミノ酸導入Fab、およびPEG化Fabを特異的に認識するpre-existing antibodyの存在を明らかにしました(図3)。また、独自に開発した免疫細胞活性評価手法により、低分子抗体とpre-existing antibodyによって形成される免疫複合体が意図せぬ免疫細胞の活性化を誘導し得ることを明らかにしました。

図3 Pre-existing antibodyの検出

低分子抗体の品質・安全性確保における留意事項の文書化

これまでの研究により得られた知見、および文献調査等の結果を取り入れ、かつ、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の専門家との議論を踏まえて、開発早期における低分子抗体医薬品の品質安全性確保における留意事項をまとめた文書を作成しました(図4)。

図4 品質・安全性確保のための留意事項の文書化

展望

今後、高次構造評価手法の構築に関連して、これまでに取得した物性評価データとの集約により、構造安定性予測評価法を構築します。また、pre-existing antibodyの詳細な特性解析を行うために、pre-existing antibodyを単離する手法の構築を行います。

pre-existing antibodyを単離する手法の構築を行います。これらの評価手法を活用して、開発初期段階における構造最適化、および臨床試験開始時における安全性予測評価に繋がる技術を整備することで、高機能・低コスト生産が期待される低分子化抗体の開発促進を図ることができます。また、研究班で取りまとめる文書は、低分子抗体等の開発・承認審査の迅速化に大きく寄与すると考えられます。

最終更新日 令和2年1月7日