2018年度 研究事業成果集 “エレクトロニクスフリー”かつ“タンパク質フリー”な人工膵臓デバイスを開発

血糖値の変化を検知して、自律的にインスリンを放出

東京医科歯科大学の松元亮准教授、名古屋大学の菅波孝祥教授、ニプロ株式会社の吉田博取締役らを中心とする研究グループは、世界初の“エレクトロニクスフリー”かつ“タンパク質フリー”なアプローチによる人工膵臓デバイスを開発し、糖尿病モデルマウスおよびラットでの医学的機能実証に成功しました。

取り組み

近年、糖尿病に対するインスリン療法ではインスリンポンプを用いた治療の普及が進んでいますが、患者に及ぼす身体的・心理的負担や機器特有の補正・メンテナンスの必要性、医療経済上の問題など多くの課題があります。このため、エレクトロニクス駆動を必要としない、自律型のインスリンポンプである“人工膵臓”の創出が強く求められてきました。従来、グルコースオキシダーゼやレクチン等のタンパク質を基材とする試みがなされてきましたが、生体由来材料の限界として、タンパク質変性に伴う不安定性や毒性が不可避であり、いまだ実用化には至っていません。この課題の解決策として、東京医科歯科大学の松元亮准教授、名古屋大学の菅波孝祥教授、ニプロ株式会社の吉田博取締役らを中心とする研究グループは、タンパク質を一切使用しない、完全合成材料のみによるアプローチを考案しました。グルコースと可逆的に結合するボロン酸を高分子ゲル(スマートゲル)に化学的に組み込み(図1)、さらにこれをカテーテルや血液透析用の中空糸に搭載することで皮下挿入が容易となり、人工膵臓様の機能を発揮する自律型のインスリン供給デバイスの実証に成功しました(図2)。

図1 ボロン酸ゲルによる人工膵臓機能の仕組み
図2 人工膵臓デバイスのイメージ

成果

健常および糖尿病モデルマウスやラットの皮下に当該デバイスを留置することにより、クローズド・ループ型のインスリン供給を実現しました。すなわち、連続的な血糖値検知と血糖値変動に応答した拡散制御(スマートゲル表面で形成されるスキン層と呼ばれる含水率変化)からなるフィードバック機構によりインスリン供給が調整されます。その結果、マウスおよびラットにおいて、1型糖尿病(インスリン欠乏状態)および2型糖尿病(インスリン抵抗性状態)のいずれの病態においても、当該デバイスが1週間以上の持続性をもって、糖代謝を良好に制御することを実証しました(図3)。さらに、昨今「老化と万病のもと」として注目される“食後高血糖”対策に関わる日内変動パターンへの高い適応性をも明らかにしました。本成果は、エレクトロニクスフリーなシステムでは世界初の成果と考えられます。

図3 カテーテル融合型デバイスによる機能評価

展望

世界初のエレクトロニクスフリーかつタンパク質フリーなアプローチによる人工膵臓デバイスの糖尿病治療機能を動物レベルで実証しました。糖尿病におけるアンメットメディカルニーズ(低血糖の回避、血糖値スパイクの改善、患者負担の軽減)の解決に加え、機械型と比べて極めて安価かつ使用負担が軽減されるため、今後臨床応用に向けた開発的研究が期待されます。それが実現することにより、医療費削減の効果に加え、発展途上国、高齢者、要介護者など、これまで普及が困難であった患者に対しても新たな治療オプションを提供できる可能性を秘めています。

最終更新日 令和2年6月23日