2018年度 研究事業成果集 我が国のゲノム医療実施体制の構築に向けた臨床ゲノム情報統合データベースの整備

日本人集団の疾患関連バリアントを集積し世界に向けて発信

ゲノム医療の実現化には、日本人における遺伝子変異・多型(遺伝子型)が疾患の発症(表現型)とどのように関連付けられるかを 集積したデータベースが必要です。希少・難治性疾患、がん、感染症、認知症・感覚器を対象に、全国レベルで症例を収集し大規模な ゲノム解析を実施できる体制を整備するとともに、見いだされた疾患関連バリアント情報を疾患横断的に集積した統合データベー スMGeND(Medical Genomics Japan Variant Database)を構築し公開しました。

取り組み

ゲノム医療においては、クリニカルシーケンス*1の結果で得られた多数のバリアント*2の中から、本当に病態に関連するわずかなバリアントを見つけ出す必要があり、この作業は干し草に埋もれた針を探す作業に例えられています。この困難な作業を効率化しなければ、ゲノム医療の実現はありません。臨床ゲノム情報統合データベース整備事業(2018~2020年度)では、日本人集団においてこれまで発見された疾患関連バリアント情報を集積し、公開する統合データベースMGeNDを開発しました(図1)。MGeNDはゲノム診断時に参照する情報源(リファレンス)として活躍します。

本事業は、希少・難治性疾患、がん、感染症、認知症・感覚器の疾患領域における専門家が集結して実施しています(希少・難病:東京大学・辻省次教授、慶應義塾大学・小崎健次郎教授、がん:国立がん研究センター・中釜斉理事長、東京大学・宮園浩平教授、京都大学・武藤学教授、名古屋医療センター・堀部敬三臨床研究センター長、感染症:国立国際医療研究センター・溝上雅史プロジェクト長、京都大学・松田文彦教授、国立感染症研究所・俣野哲朗センター長、認知症:大阪市立大学・森啓教授、感覚器:信州大学・宇佐美真一教授、システム開発:京都大学・奥野恭史教授)。

*1クリニカルシーケンス:
疾患部位で起きている遺伝子変化を次世代シーケンサーを用いて解析し、その結果を利用して診断や治療の方針決定を行うこと。
*2バリアント:
遺伝子の多様性を意味する言葉で、遺伝情報を伝えるDNAの配列の一部が、何らかの原因で失われたり、組み換えられるなどして変化すること。
図1 統合データベースMGeNDの臨床現場における利用の流れ

成果

希少・難治性疾患、がん、感染症、認知症・感覚器を対象に、大学病院・高度先進医療機関および学会と連携して全国規模の研究体制を組織し、700を超える研究機関と連携して、8万症例を超えるゲノム解析を実施しました。この結果、20万件を超える日本人のバリアント情報を得ることができました。これらの情報は順次MGeNDで公開されています。

ゲノム解析の結果は、ゲノム医療の実現につながる多数の成果が見られました。例えば、多種進行がんを対象とした「NCCオンコパネル」は、先進医療Bの評価を経てコンビネーション医療機器として製造販売承認を取得後に保険収載され、がんゲノム情報管理センターの開設につながりました。

突然変異だけでなく染色体のコピー数変化、遺伝子融合、発現量解析、エクソンスキッピングが測定できる「Todaiオンコパネル」は、先進医療Bを実施中です。難病領域では、若年発症型両側性感音難聴のパネル検査を保険診療に移行するとともに、1万症例を超えるクリニカルシーケンスと300例を超える確定診断を実施しました。感染症領域では、B型肝炎ワクチンの応答性に関わる遺伝的要因、慢性B型肝炎の感染から発がんに転化する遺伝的要因を解明しました。

展望

これまでMGeNDに格納された疾患関連バリアントの大半はClinVar(米国国立衛生研究所)に登録がなく、東アジア人種に特徴的なバリアントであると考えられます。日本人を含む東アジア人集団は世界の人口の2割を占めますが、ゲノム構造は欧米人やアフリカ人の集団とは明らかに異なっています。MGeNDは、日本人集団のゲノム情報を国際的に共有することにより、東アジア人集団の疾患ゲノム研究を推進するだけでなく、欧米人やアフリカ人の集団を対象とした疾患ゲノム研究にも大きく貢献します。実際に、日本人集団の疾患関連バリアント情報の公開により、欧米人集団で疾患関連とされていたバリアントが、人種特異的な良性なものであることが分かりました。

MGeNDは、ClinVarと異なり、幅広い疾患のバリアントを横断的に集積していることが特徴です。これまで難病として知られていたバリアントががん症例にも存在する事例が見つかっており、新たな疾患研究を産み出す基盤としても期待されています。

最終更新日 令和2年6月23日