2018年度 研究事業成果集 下痢症ウイルスワクチン開発基盤の創生

ノロウイルス中空粒子と人工合成ロタウイルスのワクチンへの応用

北里大学の片山和彦教授らの研究グループは、ノロウイルスと同じ形状・抗原性を持ち、遺伝子を持たない中空のウイルス粒子(VLP)を大量に作製することに成功しました。また、藤田医科大学の河本聡志講師らのグループは、ヒトロタウイルスの人工合成に世界で初めて成功しました。これらの研究成果により、下痢症ウイルスの、病原性発現機構の解明、ヒトに対する安全性に優れた次世代ワクチンや治療薬開発の加速が期待できます。

取り組み

わが国において、毎年冬季に流行するウイルス感染性下痢症の病原体であるノロウイルスは、株化培養細胞で増殖させることができず、実験動物でも増殖しないため、ワクチン開発が難航していました。この状況を打開するため、北里大学の片山和彦教授らの研究グループは、ノロウイルスと同じ形状・抗原性(免疫を誘導する力)を持ち、遺伝子を持たない中空ウイルス粒子(ウイルス様中空粒子:VLP)の作製を試み、2016年時点で検出されたほぼ全ての遺伝子型に対応するVLPを作出しました。さらにそれらを特異的に検出できるモノクローナル抗体の開発にも成功しました。

また、乳幼児に重篤な下痢症を引き起こすロタウイルスに対しては、安全な次世代ワクチンや治療薬の開発のため、リバースジェネティクスの構築が切望されてきました。しかし、ロタウイルス遺伝子は11本の分節に分かれており、これら全てを人工合成して一つの細胞内に導入してウイルスを作り上げなくてはならないため、リバースジェネティクスの構築は困難を極めました。藤田医科大学の河本聡志講師らの研究グループは、細胞内に導入する11本それぞれのロタウイルス遺伝子の比率を調節し、感染性ヒトロタウイルスの人工合成に世界で初めて成功しました。

リバースジェネティクス:
遺伝子からウイルスを作り上げる技術で、遺伝子操作によってウイルスの病原性をコントロールできる

成果

ノロウイルスVLPは、感染・増殖力はありませんが、接種した人体や動物に効率よく免疫を誘導するワクチン抗原として利用できます。研究グループでは、抗原性の異なる複数の遺伝子型ノロウイルスVLPを混合した多価ワクチンの開発・品質管理に必要なワクチン内VLPを特異的に検出し、定量可能なモノクローナル抗体をマウスに免疫して作製した「ノロウイルスVLPを特異的に認識するモノクローナル抗体を作出するハイブリドーマ」と「ノロウイルスVLPを作出可能な組換えバキュロシードウイルス」から構成される、“ノロウイルスワクチンシーズ”(図1)を完成させました。この成果により、これまで困難とされてきたノロウイルスワクチンの開発につながりました。

感染性ヒトロタウイルスの人工合成については、ロタウイルスの11本の遺伝子のうち、NSP2とNSP5遺伝子を他の9本の遺伝子の3倍量にし、さらに、ロタウイルス胃腸炎患者便中のウイルスを効率よく分離する技術(高濃度のトリプシン添加と回転培養)を利用することで、ロタウイルス遺伝子のみで、ヒトロタウイルスを効率よく増殖・分離させる方法を確立し、感染性ヒトロタウイルスの人工合成に世界で初めて成功しました。

図1 ワクチンシーズVLP作製方法

展望

ノロウイルスの研究成果により、近年の主流行遺伝子型に対するノロウイルスワクチンの開発やノロウイルス抗原検出キットの性能向上が進められています。ノロウイルスは主流行株の遺伝子型が数年単位で変化する特徴を持っています。研究グループは、ノロウイルスの流行予測プログラム“NoroCast”を開発・公開し、流行予測に合わせた抗原を選択して混合する多価ワクチンの開発を行っています。NoroCastは現在も予測精度の向上を目指して研究が継続されています。将来、NoroCastの流行予測に対応するワクチン抗原をノロウイルスワクチンシーズから選択して、効果的に感染予防が可能な多価ワクチンの開発に期待が集まります。

また、ロタウイルスの研究成果により、世界で初めてヒトロタウイルスのゲノムを自由自在に改変することが可能となりました。研究グループの構築したヒトロタウイルスのリバースジェネティクス(図2)は、自然なヒトロタウイルスの感染、増殖、病原性の発現機構を再現して研究できるため、ヒトに対する安全性に優れた次世代ロタウイルスワクチンや治療薬の開発が飛躍的に進むものと期待されます 。

図2 ヒトロタウイルスでのリバースジェネティクス研究

最終更新日 令和2年6月23日