2018年度 研究事業成果集 フィリピンでの疫学研究でRSウイルスのワクチン戦略に有用な知見を取得

東北大学がフィリピンでRSウイルスの再感染の理由などを解明

東北大学の押谷仁教授らの共同研究グループは、感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)のフィリピン拠点において、フィリピン中部のビリラン島で小児コホート研究を実施しています。このコホート研究のデータを解析してRSウイルスの再感染のメカニズムや年齢別の罹患率、さらには乳児への伝播経路などを明らかにしました。これらのデータは将来のワクチン戦略の策定に有用であると期待されます。

取り組み

AMEDの感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)では、感染症が流行するアジア・アフリカに日本の大学等の研究拠点を置き、日本人研究者が常駐して現地の研究機関と共に感染症の解明や制御を目指した研究を進めています。

RSウイルスは乳幼児の急性呼吸器感染症の最も重要な原因ウイルスであり、日本でも毎年のように大きな流行が起き、多い年では10万例を超えるなど、乳幼児の入院の大きな原因となっています。さらに、主に低・中開発国では、RSウイルスにより多くの子どもが死亡しており、全世界で年間10万人以上の子どもが死亡しているという推計もあります。

RSウイルスに対しては現在も実用化されたワクチンはありませんが、ワクチン開発は進んでおり、近い将来にワクチンが実用化されることが期待されています。しかし、ワクチンの接種方法を決定するに当たり再感染のメカニズムや乳幼児が誰から感染しているのかなど解明すべき課題も多く残されています。

東北大学のフィリピン拠点では、2014年よりフィリピン中部のビリラン島で小児のコホート研究を実施しています。このコホート研究では地域の子どもたちを長期にわたって追跡調査しており、RSウイルスの再感染・伝播経路・年齢別の発生率など疫学的に重要な発見につながっています。これらの成果は将来のワクチン戦略を策定する上で重要なデータになると期待されています。

コホート研究:
同じ個人を長期に追跡する疫学的研究手法の一つ。研究対象となる疾病の発生率を比較することで、疾病に関連する要因などを明らかにすることができる。

成果

RSウイルスは麻疹などと違い同じ子どもが繰り返し感染することが知られています。しかし、繰り返し感染するメカニズムについては十分に解明されていません。そこで、東北大学の岡本道子助教らのグループはRSウイルスに再感染した子どもから検出されたウイルスの遺伝子を詳細に解析しました。

この結果、再感染を起こしたウイルスのFタンパクの一部にアミノ酸変異があることを発見しました(図1)。このアミノ酸変異のあったFタンパクの部位はワクチンのターゲットとして重要だと考えられている部位であり、ワクチンの有効性を考える上でも重要な知見です。この結果は、2018年に米国の感染症専門誌「Journal of Infectious Diseases」に発表されました。

またワクチンをどのように接種したら最も有効かということを考えるためには、年齢別の発症率や乳児が誰から感染しているのかという伝播経路についての詳細を知る必要があります。このため、同じビリラン島のコホート研究のデータを解析した結果、3~5カ月の乳児の罹患率が最も高く、1歳児でも罹患率が比較的高いことが示されました。また6カ月未満の乳児への感染源としては兄・姉など同じ家庭の年長児の役割が重要であることも示されました(図2)。

これらの研究成果は、2019年に、米国の感染症学術誌「Influenza and Other Respiratory Viruses」および「Open Forum of Infectious Diseases」に発表されました。

図1 RSウイルス再感染に関与している可能性のあるアミノ酸変異の部位
図2 乳児への感染源として同じ家庭の年長児が重要な役割を果たす

展望

現在もビリラン島でのコホート研究を継続しており(図3)、より詳細な伝播経路を明らかにするための解析やウイルスの遺伝子解析から伝播経路の特定などの研究を実施しています。特に、2018年から2019年にかけて、ビリラン島で大規模なRSウイルスの流行が起こったため、多くの検体と疫学情報が集まりました。

これらのデータを解析し、ワクチンをどのように接種すればより高い効果が得られるかなど有効な対策の確立につながることが期待されています。フィリピンでのRSウイルスに関する疫学研究は、フィリピンのみならず日本を含む世界中の国々で対策を考える上で重要な知見を提供するものです。

図3 フィリピン・ビリラン島でのフィールド調査の様子

最終更新日 令和2年6月23日