2019年度 研究事業成果集 世界規模の国際ネットワークによる最大のがん種横断的全ゲノム解読

日本人症例での全ゲノム解析により、最適な臨床開発への発展を期待

国立がん研究センターの柴田龍弘分野長を中心とする研究グループは、国際がんゲノムコンソーシアムが主導するがん種横断的な全ゲノム解析プロジェクトに参加し、38種類のがん、2,658症例に由来する過去に例のない巨大ながん全ゲノム解読データの統合解析を行い、これまで明らかではなかった非遺伝子領域における新たな異常、突然変異や染色体構造異常に見られる特徴的なパターンなど、ヒトがんゲノムの多様な全体像の詳細を明らかにしました。

取り組み

がんはゲノム(遺伝子全体)の異常(ドライバー異常)によって引き起こされる疾患であり、その異常を知ることはがんの診断・治療・予防にとって重要な情報となるだけでなく、新たな治療薬の開発にとっても不可欠です。これまでのがんゲノム研究の多くは、タンパク質をコードしている領域(ゲノム全体の約1%を占める)における異常に注目して解析を行い、その成果は、分子標的治療開発や日本でも開始されているがんゲノム医療という形で実用化され、がん患者の治療・診断に活用されています。一方でゲノムの残り約99%の非コード領域における異常については、その意味が十分に理解されておらず、診断や治療への活用もほとんど進められていません。非コード領域における異常の意義を理解するためには、多数のサンプルについて全ゲノム解読を行い(図1)、また遺伝子発現など他の分子情報と統合して解析する必要があるため、その全貌を明らかにすることは困難でした。そこで、本研究では、2008年に発足したがんゲノム研究に関する世界最大の国際がんゲノムコンソーシアムによる、がん種横断的な全ゲノム解析プロジェクトに参加し、38種類のがん、2,658症例のがん全ゲノム解読データについて様々な視点より統合解析を行い、非コード領域を含めたがんゲノム異常の全体像解明を目指しました。

図1 がん全ゲノム解析の流れ

成果

統一された解析パイプラインによって、全ゲノムデータから体細胞変異・染色体構造異常・コピー数異常を検出し(図2)、以下に掲げる研究成果が得られました。

図2 がん全ゲノム解析による全てのゲノム異常の検出
  1. がんにおけるドライバー異常の俯瞰的解明
    非コード領域における新規ゲノム異常も含め、90%以上の症例で平均4.6個のドライバー異常を同定しました。一方で、希少がんなど約5%ではドライバー異常が特定されず、がんドライバーの発見はまだ完了していないことが示唆されました。
  2. がん発生機序の解明
    40種類以上の体細胞変異誘発機構を明らかにしました。染色体構造異常や体細胞変異が局所的に集中する現象が融合遺伝子形成やがん遺伝子活性化に関与し、特に悪性黒色腫・肝臓がん等では早期から起こっていることも明らかにしました。
  3. 遺伝子発現制御に与える影響
    スプライシング・発現レベル・プロモーター活性といった点において、ドライバー異常が転写に影響を及ぼす機構を解明しました。細胞分裂に伴う老化を抑制するテロメラーゼ遺伝子について、発現増加を来すプロモーター変異に加えて、その活性化を来す様々な異常が広く見られることも発見しました。

展望

本研究によって、これまで未解明であった非コード領域におけるがんゲノム異常の一端が明らかにされました。本成果を起点として、がんという病態の理解と新たな診断法や治療法の開発が進み、更には現在ゲノム医療で用いられている遺伝子パネルの更新にも、その成果が活用されることが期待されます。これまでの研究から、ドライバー遺伝子や変異パターンには人種による違いがあることが知られています。従って、わが国におけるゲノム医療を最適化していくためには、更に希少がんを含め日本人症例数を増やして全ゲノム解析を実行する必要があります。またこうした全ゲノムデータと精度の高い臨床情報と合わせたビックデータを構築することで、全ゲノム情報の活用による新たな臨床開発が進むことも期待されます。

今回の研究成果は、大規模ながん全ゲノム解析研究を推進する上で必要な情報解析基盤を構築し、その実現可能性を示すと同時に、今後のがんゲノム研究の趨勢・方向性に大きな影響を与えるものです。

最終更新日 令和3年8月13日