2019年度 研究事業成果集 脳情報動態の多色HiFi記録を実現する超高感度カルシウムセンサーの開発に成功

動物で多種類の神経細胞活動を同時に読み取ることが飛躍的に向上

東京大学の尾藤晴彦教授を中心とする共同研究グループは、山梨大学の喜多村和郎教授らのグループと共同で、生きた哺乳類脳の神経発火活動・シナプス活動を計測するための超高感度・超高速Ca2+センサーの青、緑、黄及び赤色の『XCaMP』シリーズを開発しました。その結果、マウス生体内において高頻度発火神経細胞の発火パターンの読み取り及び3種の異なる細胞種の多重計測に成功しました。

取り組み

脳は複数の異なる神経細胞種が協調的な発火をすることにより機能を発揮し、脳情報は回路網における特定の細胞種の神経発火パターンにコードされていると考えられています。近年この脳情報を読み解く方法として、神経発火に伴うCa2+の細胞内流入を利用した蛍光Ca2+センサーによる神経活動イメージング法が急速に普及し、特定の神経細胞種に発現可能で長期観察可能な、遺伝子にコードされたCa2+センサー(以下GECI)が広く用いられています。しかし、従来の生体内で実用的なGECIは、緑色域、あるいは本研究グループが開発した赤色域(R-CaMP2)*1のGECIのみであり、3種類以上の神経細胞種の協調的発火を同時計測し、入力の発火頻度、回数を読み取るには不十分でした。そのため、①青、緑、黄、赤色の4色、②キネティクスが早い、③発火回数と蛍光変化に線形関係、④広範囲のCa2+濃度を線形的に高感度検出する、GECIの開発が望まれていました(図1)。

図1 XCaMPセンサー開発による本研究の意義
XCaMPセンサーの開発により、(1)従来のCa2+センサーでは困難であった生きた動物個体での発火パターンを解読できるようになる。(2)多色化により、3つの異なる細胞種の神経発火活動を同時に計測できる。(3)2つの神経細胞間の情報伝達の様子を可視化することができる。これにより、行動、記憶の過程における神経回路ネットワークの動作原理、Ca2+動態の異常が関連する疾患の原因解明や創薬スクリーニングにつながることが期待される。

従来のGECIはCa2+濃度と蛍光強度の変化の関係であるHill係数が2~3付近で、複数発火に対し非線形的に蛍光強度が変化し、広範囲のCa2+濃度を検出することが困難でした。②-④を実現するため、超高速、高感度、Hill係数1かつダイナミックレンジが大きい多色GECIを作成することを目的としました。

成果

本研究グループは、従来のGECIのHill係数が線形性の指標である1を大幅に上回るのは、CaM結合領域として筋肉由来タンパク質のCa2+/CaM結合配列が原因という仮説を立てました。新たに神経細胞由来タンパク質CaMKKのCaM結合配列を参考にした新規配列を取り入れ、さらに多色化変異を加えることで、Hill係数が1付近の値で生体内Ca2+計測に有効な4色の線形GECIシリーズXCaMPを世界に先駆け作成しました*2。

XCaMPの有用性を検証するために、マウス生体内大脳皮質錐体細胞の2光子イメージング法と電気生理法を同時に行い、全てのXCaMPセンサーが単一の活動電位を鋭敏に検出することを示しました。次にCa2+応答が最速のXCaMP-Gfoが、マウス生体内で高頻度発火するパルアルブミン(PV)陽性細胞の発火パターンを最も高精度に読み取れるGECIであることを示しました。また、初の生体内計測可能な青色GECIのXCaMP-Bにより、自由行動下においてXCaMP-GfとXCaMP-Rを組み合わせ、ファイバーフォトメトリー法でマウス前頭前野における異なる3つの神経細胞種(興奮性錐体細胞、抑制性PV陽性細胞、ソマトスタチン陽性細胞)の活動同時計測に初めて成功しました。さらに、XCaMP-YとXCaMP-Rを用いて生体内で初めて興奮性細胞の樹状突起と抑制性細胞の軸索の同時計測に成功しました。最後に、XCaMP-Rの光の組織内散乱が少ないことを利用し、大脳皮質を一切除去せず非侵襲的に海馬CA1領域の錐体細胞神経活動の直接計測を実現しました(図2)。以上のように、XCaMPを用いることにより、従来計測困難であった神経回路の脳情報動態を明らかにする新規の方法論を提示したと言えます。

図2 XCaMPセンサー開発により得られた本研究の知見
超高速・高感度・線形性を特徴とする多色Ca2+センサーの『XCaMP』センサーを開発したことにより、(1)高頻度発火PV抑制性細胞の発火パターンの解読、(2)マウス自由行動下における異なる3種類の神経細胞の同時計測、(3)軸索から樹状突起への神経情報が伝達する様子の同時活動計測、(4)非侵襲的に脳深部である海馬神経活動計測に成功した。

展望

本成果は、生きた動物で多数の神経細胞活動を同時に読み取ることが飛躍的に向上したことを示すものです。今後複数細胞種の神経ダイナミクスの破綻により発症すると考えられる自閉症や統合失調症等の精神疾患の神経基盤を明らかにすることが期待されます。Ca2+は全ての細胞機能に重要であることから、神経・精神疾患以外にもCa2+動態の異常が関連する循環器疾患、アレルギーなどの原因解明や創薬スクリーニングの精度向上につながることが期待されます。

最終更新日 令和3年8月13日