2019年度 研究事業成果集 マラリア原虫の分化の引き金となる宿主因子を解明

―既存の医薬品がマラリアの予防薬となる可能性を示す結果―

マラリアはエイズ、結核とならぶ3大感染症の一つで、世界で年間40万人以上の死者が出ている原虫症で、蚊が媒介しています。大阪大学の山本雅裕教授らの国際共同研究グループは、マラリア原虫が蚊から出た後、宿主に感染し肝臓の中で赤血球期原虫に分化する仕組みを解明しました。これは新たなマラリア予防薬の開発に役立てられる研究成果です。

取り組み

マラリアは、結核、エイズとともに三大感染症と呼ばれるヒトの代表的な感染症の一つです。アフリカや東南アジア、中南米を中心に年間40万人以上がマラリアによって死亡しているとされますが、未だ決定打となる抗マラリア薬やワクチンの開発には至っていません。マラリアは、蚊に媒介されるマラリア原虫によって引き起こされます。マラリア原虫には、蚊の体内に潜伏する「昆虫期」と、マラリアの症状を引き起こす「赤血球期」の間に、蚊の唾液腺から宿主内に放出された昆虫期原虫(スポロゾイト)がまず宿主の肝臓へと移動して肝臓細胞に侵入した「肝臓期」と呼ばれる3つの異なるステージがあることが知られています。肝臓期では、スポロゾイトが赤血球原虫(メロゾイト)に分化します。このスポロゾイトがメロゾイトに分化する宿主メカニズムについては、これまで全く分かっていませんでした。今回、大阪大学の山本雅裕教授らは、肝臓細胞に侵入したスポロゾイトがCXCR4を誘導し、肝臓細胞でのカルシウムイオン濃度の上昇を引き起こして、メロゾイトへと分化することを見出しました。つまり、蚊から宿主に注入されたマラリア原虫が宿主内で血液中に出てマラリアという病気を起こすのに、宿主肝臓細胞のCXCR4が重要な役割を果たしているということです。

成果

肝臓期のマウスのマラリア原虫が分化する際に宿主の肝臓細胞でCXCR4の発現が誘導することを見つけました。次に肝臓細胞でのCXCR4の役割を調べ、CXCR4を欠損させた肝臓細胞ではスポロゾイトはこれらの細胞に進入できても分化が進まないことから、CXCR4がマラリアの分化に重要であることがわかりました。

では、なぜCXCR4が必要なのでしょうか?ケモカイン受容体であるCXCR4は、活性化すると細胞内カルシウムイオン濃度が上昇します。野生型細胞ではスポロゾイト感染によりカルシウムイオン濃度の上昇が認められましたが、CXCR4欠損細胞ではスポロゾイト感染によるカルシウムイオン濃度の上昇は全く認められませんでした(図1A)。

図1 CXCR4依存的なマラリア原虫感染肝臓細胞内カルシウムイオン濃度上昇とマラリア原虫の分化
マラリア原虫のスポロゾイドが感染した肝臓細胞ではCXCR4依存的に細胞内カルシウムイオン濃度が上昇することを示す図(A)とヒトのマラリア原虫の分化がCXCR4依存的であることを示す図(B)。

また肝臓細胞に感染させていない状態のスポロゾイトを高カルシウムイオン溶液で培養すると、スポロゾイトからメロゾイトへの分化が起きました。これらの結果から、CXCR4によるカルシウムイオンの上昇がスポロゾイトからメロゾイトへの分化を決定することが分かりました。ヒトで熱帯熱マラリアを起こすマラリア原虫のスポロゾイトのメロゾイトへ分化にも肝臓細胞のCXCR4が重要であることも示しました(図1B)。

展望

この研究によって、マラリア原虫は蚊から宿主内に侵入し肝臓に感染した後、宿主のCXCR4を利用して肝臓細胞のカルシウムイオン濃度を上げ、赤血球期原虫になるという分化メカニズムが解明されました(図2)。この研究では、CXCR4阻害剤を予め投与したマウスではスポロゾイト感染後の生存率が改善しました。このCXCR4阻害剤は他の疾患の治療のために既に医薬品として使われていることから、マラリア薬としてドラッグリポジショニングすることによって、アフリカ・東南アジア・南米の発展途上国を中心に猛威をふるうマラリアの新たな予防薬となることが期待されます。

図2 肝臓でのスポロゾイトからメロゾイトへの分化を制御する宿主因子CXCR4の同定

最終更新日 令和3年8月13日