2019年度 研究事業成果集 世界で初めて「イントロン変異による常染色体劣性STAT1完全欠損症」を発見

遺伝子発現の新解析法で遺伝性疾患の診断率向上、早期診断治療の可能性

岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科教授)、小林正夫(同名誉教授)、坂田園子(同大学院生)らの研究グループは、東京医科歯科大学、小原收(かずさDNA研究所)、St. Giles Laboratory of Human Genetics of Infectious Diseases(ロックフェラー大学)との共同研究により、これまでに世界で5家系7症例しか報告されていない常染色体劣性STAT1完全欠損症を同定、遺伝性疾患の診断におけるターゲットRNAシークエンスの有用性を実証しました。

取り組み

常染色体劣性STAT1完全欠損症(AR-STAT1完全欠損症)は、先天的な免疫機構の障害により発症する原発性免疫不全症候群(PID)の一つです。STAT1遺伝子の機能が完全に失われることで発症し、患者はウイルス、マイコバクテリアによる重篤な感染症を繰り返し、致死的な経過をたどります。これまでに世界で5家系7症例しか報告されておらず、国内での報告はありませんでした。予後不良の疾患ですが、造血幹細胞移植により根治が見込めるため、早期に遺伝子診断を行い適切な治療を行うことが重要となります。遺伝子診断には、エクソン領域を中心にゲノム情報を網羅的に解析する「全エクソーム解析(WES)」という技術が用いられます。しかしながら、PID患者の約2/3はWESを実施しても診断に至らず、これらの未診断例に対する診断法の確立が課題とされてきました。

岡田賢らの研究グループは、網羅的遺伝子発現解析である『ターゲットRNAシークエンス』とWESを併用することで、世界に先駆けてAR-STAT1完全欠損症を同定することに成功しました。さらに本研究で、遺伝性疾患の診断におけるターゲットRNAシークエンスを用いた遺伝子発現解析の有用性を実証することができました。

成果

岡田賢らの研究グループは今回、BCGワクチンにより全身性の感染症を発症した患者の原因検索のため、PID発症に関与することが知られている426個の遺伝子の発現を網羅的に解析する『ターゲットRNAシークエンス』を実施しました。

その結果、STAT1遺伝子の発現が著明に低下していることを発見しました(図1)。得られた結果に基づきWESのデータを再解析したところ、 STAT1遺伝子のイントロン領域に存在する変異を同定することができました。遺伝子のなかで、タンパク質を作るための情報を持つ部分はエクソン、それ以外の部分はイントロンと呼ばれ、多くの遺伝性疾患はエクソン領域の変異で発症します。

図1 ターゲットRNAシークエンスによるPID発症に関連する遺伝子(426遺伝子)の発現状況

WESはエクソン領域を中心に解析を行う手法であるため、イントロン領域に存在する変異は容易に見逃されてしまいます。遺伝子が働く際、イントロンは切り捨てられ、エクソンのみが繋がったmRNAが形成されます(この現象をスプライシングと呼びます)。

本研究では、ターゲットRNAシークエンスにより『イントロン領域の変異にともなう、二次的なmRNAの変化』を検出することで、見逃されがちなイントロン変異を同定することができました(図2)。

図2 ターゲットRNAシーケンスを用いたスプライシング解析

本症例で同定された2つのイントロン変異は過去に報告がない変異でした。解析を進めた結果、両変異によりSTAT1タンパクが欠損することが明らかとなりました(図3)。患者で認めた難治性のマイコバクテリア感染症や、重症ウイルス感染症も、今回の遺伝子解析の結果と合致すると判断しました。

図3 STAT1タンパクの解析

展望

本研究で、イントロン領域の変異を原因とする世界初のAR-STAT1完全欠損症の症例を同定することに成功しました。WESによって診断確定に至らないPID症例に対して、ターゲットRNAシークエンスを実施することで、診断率の向上、早期診断の実現が期待されます。

最終更新日 令和3年8月13日