2019年度 研究事業成果集 妊娠中の食物繊維摂取が子の肥満発症の抑制につながることを解明

妊娠中の母親の腸内細菌叢が子のエネルギー代謝機能の成熟に関与

東京農工大学の木村郁夫教授(現京都大学教授)らと慶應義塾大学の長谷耕二教授らの研究グループは、妊娠中の母親の腸内細菌叢が産生する短鎖脂肪酸が胎児の発達に影響を与えることで、出生後の子の代謝機能の成熟に関与し、肥満発症の抑制に繋がることを明らかにしました。周産期における母親の食生活や腸内環境の改善など、母体の栄養管理を介した先制医療や予防医学による、新たな治療法確立に向けた研究の展開が期待されます。

取り組み

近年の抗生物質の多用や、欧米食に代表される高糖質・高脂肪な高カロリー食、食物繊維摂取不足のような食生活の変化は、腸内細菌叢に異常をきたし、その結果、肥満や糖尿病に代表される生活習慣病を含む様々な病気にかかりやすくなることがわかってきています。このように、成人の生活環境に対する腸内細菌叢の影響は明らかにされつつありますが、胎児期における腸内細菌叢の影響に関してはあまり知られていませんでした。また、将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や生後すぐの環境の影響を強く受けて決定されるというDOHaD仮説についても、そのメカニズムは不明なままでした。研究グループは、母親の腸内細菌叢が胎児の発達と出生後の病気のかかりやすさに及ぼす影響についてマウス実験により詳しく調べました。

また、腸内細菌叢が作り出す短鎖脂肪酸は、エネルギー源として利用されるだけではなく、シグナル伝達分子として脂肪酸受容体を介して、生理機能にまで影響を及ぼします。研究グループは以前から、食物や腸内細菌叢が作り出す成分の相互作用を通じて、エネルギー代謝における脂肪酸受容体の生物学的重要性を明らかにしてきました。

* DOHaD仮説
Developmental Origins of Health and Diseaseの略。胎児期や生後直後の健康・栄養状態が、成人になってからの健康に影響を及ぼすという概念のこと。

成果

無菌環境下で飼育された妊娠マウス(無菌妊娠マウス)から生まれてきた子に高脂肪の餌を与えたところ、成長に伴って重度の肥満になり、高血糖・高脂血症などのメタボリック症候群の症状を示しました(図1)。また、通常環境下で飼育された妊娠中に食物繊維をほとんど含まない餌を与えた母親マウスの子でも、同じ症状が観察されました。一方で、食物繊維を多く含む餌を与えると、子マウスは肥満になりにくいことがわかりました。

図1 母親の腸内細菌叢と子マウスの肥満・生活習慣病
腸内細菌がいない無菌母親マウスから生まれた子(A)は、成長に伴って重度の肥満(B)になり、高血糖・高脂血症(C)などのメタボリック症候群の症状を示します。

このとき、母親の腸内細菌によって食物繊維が分解されて、短鎖脂肪酸が多く産生され、その一部が血液を通して胎児に届けられていることが明らかになりました。そこで、無菌飼育した妊娠マウスや食物繊維をほとんど含まない餌を与えた妊娠マウスに、短鎖脂肪酸を多く含む餌を与えたところ、子マウスの肥満が抑えられました。これらのことから、妊娠中の母親の腸内細菌叢が産生する短鎖脂肪酸が、生まれてきた子の肥満を予防することがわかりました。

胎児は腸内細菌を持たないため、自分では短鎖脂肪酸を多く作ることができませんが、母親の腸内から大量に届けられた短鎖脂肪酸を感知して、いくつかの組織で短鎖脂肪酸の受容体の活性化が見られました(図2)。受容体の活性化によって、胎児の神経細胞やホルモン分泌細胞の分化、生後の代謝・内分泌系の成熟が促され、成長時のエネルギー代謝を整えることで、肥満になりにくい体質を作っていることを明らかにしました。これらの成果は、2020年2月にScience誌に掲載されました。

図2 妊娠中の食物繊維摂取が子の体質に影響を与える仕組み

展望

妊娠中の母親の腸内細菌叢が、短鎖脂肪酸を作り出すことにより、胎児の短鎖脂肪酸受容体を介して、出生後、子の肥満に対する抵抗性を与えることを明らかにしました。これは、妊娠中の母親の腸内環境が、生活習慣病を防ぐために子孫の代謝プログラミング決定に重要であることを示しています。今回の発見は、母親の腸内環境と子の生活習慣病というDOHaD仮説の新たな連関を提唱するものです。また、この成果は、母体への食事介入や栄養管理を介した先制医療や予防医学、更には腸内代謝産物や、その生体側の受容体を標的とした新たな代謝性疾患治療薬の開発につながることが期待されます。

最終更新日 令和3年8月13日