新興・再興感染症制御プロジェクト 感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)(公募事業)における令和元年度課題評価結果について(事後評価)

令和2年3月
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部感染症研究課

令和元年度「感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)」の事後評価結果を公表します。詳細は各項目をご覧ください。

事後評価

1.事後評価の趣旨

事後評価は、研究開発の実施状況、研究開発成果等を明らかにし、今後の研究開発成果等の展開及び事業運営の改善に資することを目的として実施します。
感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)(公募事業)(以下、本研究事業)では、評価委員会を以下の日程で開催し、本研究事業における事後評価の評価項目に沿って、評価対象課題別に書面審査による事後評価を実施しました。

2.事後評価委員会

開催日:令和元年10月28日

3.事後評価対象課題

4.事後評価委員

5.評価項目

  1. 研究開発達成状況について
  2. 研究開発成果について
  3. 実施体制
  4. 今後の見通し
  5. 事業で定める事項
  6. 研究を終了するにあたり確認すべき事項

6.総評

評価委員会では、評価対象となった30課題のうち、1課題は計画どおりに進捗していない部分があると指摘されましたが、残る29課題については、期待通り、またはそれ以上の進捗と成果が得られたと認めら、さらに以下のコメントがありました。

  • 多くの課題で、将来の感染症研究の担い手となる若手人材育成が進んだ。
  • 異分野の研究者や臨床医が参入した多彩な研究チームにより新規性のある仮説や革新的なアイデアに基づく基礎的研究が数多く実施された。
  • 臨床検体の解析を主体とした研究は、膨大なデータから仮説を証明することが必要で論文作成に時間を要するため、短期間に多数の論文を発表することは難しく、高評価となりにくい面があり、配慮が必要である。
  • 英国医学研究会議(MRC)との協力による日英ワークショップ開催から実現した英国との共同研究支援による複数の国際共同研究の成果は、本事業の顕著な成果と言える。事業の支援をきっかけに日英の研究者が相互にこれほど協力できた事例はあまり見たことがなく、感染症研究分野の将来につながる先行投資となった。
    詳細は、https://www.amed.go.jp/news/topics/j-pride_2017.htmlをご覧ください。

7.分類ごとの評価要旨

ヒトに対して極めて高い致死性を示すウイルス感染症に関する研究
1-(1) アレナウイルス、フィロウイルス、ブニヤウイルス科等に属するウイルス研究

  • エボラウイルス蛋白質の立体構造情報を基に、コンピューター解析によって細胞蛋白質と相互作用する部位を推定し、実験で重要な機能部位であることを確認しました。この相互作用を阻害する低分子化合物による新規治療薬候補の探索を進めています。
  • SFTS臨床検体の詳細な病理解析によって、SFTSウイルスの主要標的細胞は形質芽細胞へ分化中のB細胞であることを明らかにしました。またSFTSウイルス感染成立に必要な細胞因子を探索し、SFTSの重症度や予後を規定する宿主要因の解明に繋がる知見を得ました。
  • ラッサウイルスZ蛋白質を細胞で発現させると細胞膜構造の変化を誘導すること、この現象はアレナウイルスに共通であることを見出し、ドイツのフィリップ大学のBSL4で共同研究を行い、ウイルス感染で実際に起こる現象であることを確認しました。細胞侵入阻害剤の探索でも成果を上げつつあります。

②病原体—宿主因子の相互作用及び感染制御機構等に関する研究
2-(1)感染症病態の理解に基づく新規治療コンセプトの確立のための探索研究

  • 免疫細胞の自己応答性を抑制している抑制化ペア型レセプターLTLRファミリーとマラリア原虫感染の関係を調べ、LTLRB1のリガンド分子がマラリア感染赤血球に発現していることを明らかにしました。このリガンド分子はマラリア原虫のRIFINの一部で、免疫抑制によってマラリア感染赤血球への攻撃を抑制し、マラリアの重症化を引き起こしていると考えられます。抗RIFIN抗体によってマラリアの重症化を防止できる可能性があります。
  • HIVを感染させたヒト化マウスでのウイルス動態を解析しました。実験ウイルス学と数理生物学の異分野技術融合研究によりHIV複製様式の定量化と病態進行の解析基盤を確立し、システムウイルス学研究推進に資する成果を創出しました。
  • 乳児ボツリヌス症の腸管における発症抑制機構を知るために、乳児と成人の腸内細菌叢とその代謝物を詳細に解析しました。成人腸管における胆汁酸二次代謝物がボツリヌス芽胞の発芽を抑制していることが明らかになり、臨床への応用も期待できます。
  • パラミクソウイルス感染に伴う細胞RNA及びタンパク質の量的変化を包括的に解析し、ウイルス増殖に関わる宿主因子を同定しました。この研究過程でウイルス学、細胞生物学及びゲノム科学の連携が図られ、新規の解析技法が開発されました。
  • インフルエンザに続発する細菌性肺炎は、インフルエンザウイルス感染細胞で生じる上皮バリア機能の障害で誘発される肺炎球菌の定着侵入が原因となることを示しました。マウス実験でこの過程を制御する標的分子(GP96)を明らかにしており、予防、治療方法への展開が期待されます。
  • 移植肝組織に潜伏しているRNAウイルスが、移植治療時の免疫抑制状態で活性化し、予後不良の感染症の原因となる考え、移植片に潜伏しているRNAウイルスを検出する技術の開発を進めました。一つの新規ウイルスを見出すことに成功しており、開発した新規の解析技術は、今後の活用が期待されます。
  • インフルエンザウイルスのタミフル耐性変異の予測を目指し、NA蛋白質とタミフルの結合部位における個々のアミノ酸の結合への寄与度をフラグメント分子軌道法で評価し、非結合部のアミノ酸変異の間接的影響は複合体の分子動力学シミュレーションによって水素結合及び疎水性相互作用のレベルを評価しました。これらの方法で、耐性変異の予測が可能であることを示しました。

2-(2)潜伏及び持続感染の成立、維持と再活性化の分子機構の研究

  • トキソプラズマ症、マラリアにおける宿主免疫応答を詳細に解析し、これらの原虫による免疫応答回避機構を明らかにしました。新たな治療戦略に繋がる成果です。
  • 慢性活動性EBV感染症患者検体のゲノム解析を行い、宿主ゲノムの変異の蓄積とEBVゲノムの特定領域の欠失を見出しました。EBウイルスによる発がんにはドライバー変異の蓄積と細胞溶解感染関連遺伝子が関わることを示す知見で、慢性活動性EBV感染症の発症機構の理解にも繋がる新規性の高い情報です。
  • 核内でのボルナウイルス複製に関わる細胞因子を探索し、同定しました。数理科学的切り口からの詳細な解析で得られたデータは、このウイルスの持続感染と病原性に関する検証を進める基盤となります。
  • HTLV-1感染者の末梢血中のCD4陽性T細胞におけるウイルスの存在様式、ウイルス遺伝子の発現などを1細胞レベルで解析し、HTLV-1の病態、癌化過程を詳細に検討しました。英国グラスゴー大学との共同研究を含め、異分野連携を積極的に推進しました。
  • B・C型肝炎ウイルスの感染実験データを計算科学で解析する手法を開発し、ウイルスの増殖動態を定量的に評価しました。持続感染ウイルスの増殖抑制に最も有効な介入標的を解明しました。斬新な発想の研究に国際共同研究を積極的に取り入れて成果をあげたと言えます。
  • ヘルペスウイルス感染局所の粘膜・神経組織局在型メモリーT細胞のウイルス再活性化に対する役割をマウスモデルで解析し、組織局在型メモリー T 細胞と再活性化の関係を明らかにしました。
  • 持続感染ウイルスに対する中和抗体誘導方法の開発を目的に、サル免疫不全ウイルスに対するアカゲザル免疫応答をモデルに詳細な解析を進めました。 B細胞Akt制御による中和抗体誘導機構を明らかにしました。
  • 子宮頚管部の未分化上皮細胞においてHPVゲノムが維持される分子機構の解明を目指し、未分化上皮細胞の性質を保持した培養系の開発を進めました。自然治癒と癌化の両方向性である異形成病変の変化を反映するマーカー分子群の変動を調べ、今後の研究に資する新たな情報を得ました。
  • 造血細胞移植治療の予後に関わる潜伏感染ウイルスの再活性化に関する詳細な情報を得るために、臨床検体を丹念に調べ、EBVが再活性化した患者に多い免疫系再構築時の免疫細胞の特徴を明らかにしました。

2-(3)経胎盤感染や血液脳関門の破綻による感染の分子機構の研究

  • 麻疹ウイルスはF蛋白質の変異で生じる構造変化によって中枢神経親和性を獲得することを明らかにしました。亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の発症機構の解明と治療法の開発に繋がる多くの成果を得ました。
  • マウスマラリアモデルを用いて臓器特異的病態にかかわる宿主遺伝子を同定するとともに、それらの遺伝子変異マウスを用いて、組織特異的病態形成機構を、分子、細胞、組織のレベルで解明しました。イメージング技術を駆使してマラリア感染時の臓器の病態の可視化にも成功しました。
  • トリパノソーマのエネルギー代謝系が宿主環境に適応する分子機構を解明し、有望な薬剤標的を見出しました。臨床検体の取得や今後の臨床試験の実施を視野に、トリパノソーマ症流行国であるコンゴ民主共和国との共同研究を進展させました。新規治療法開発への進展が期待されます。
  • 腰髄の特定の神経の活性化がその神経に関連する血管の透過性を変化させるゲートウェイ反射が、病原体の血液脳関門の突破に関わるという独自の仮説を基に研究を進め、この反射がリステリアやトキソプラズマの中枢神経系感染に関わる可能性を示しました。

③ワンヘルスの概念に基づいた病原体の生態に関する研究
3-(1)生態系における病原体の環境適応機構の研究

  • 環境真菌であるAspergillus fumigatus が異なる酸素分圧や体温を持つヒト体内に侵入・定着する分子機構を知るために、この過程で変動する真菌遺伝子の網羅的な解析を進め、関わる遺伝子群をリスト化しました。新規アゾール薬耐性機構の発見にもつながりました。開発した新たな解析技術は今後の研究にも貢献します。
  • 赤痢アメーバの硫酸代謝は含硫脂質代謝に特化していることに注目し、代謝過程の詳細な解析を進め、治療薬開発につながる有望な含硫脂質代謝阻害剤リード化合物を得ました。
3-(2)病原体の宿主域を決める分子機構の研究
  • インフルエンザウイルスHAとそのレセプターである細胞表面分子の結合について詳細に検討し、フコースや硫酸に修飾されたシアル酸糖鎖が結合に寄与し、これがウイルスの宿主特異性とその伝播に関わる可能性を示しました。

3-(3)薬剤耐性病原体に対する新規治療法に資する研究

  • 薬剤耐性細菌を特異的に攻撃するファージの作出に成功し、ファージの人工合成技術など複数の特許を申請しました。将来の臨床応用も期待できます。英国グラスゴー大学との共同研究は成果に大きく貢献しました。
  • A群連鎖球菌のみを標的とする新規抗菌薬の開発を念頭に、A群レンサ球菌を特異的に増殖阻害する新規薬剤候補を複数見出しました。治療方法への展開が期待されます。
  • 細菌の環境適応に必須な酸化ストレス耐性を担うシステイン合成酵素(CysE)標的とする新たな抗菌剤の開発を目指しました。CysEの活性を阻害する複数の低分子化合物を見出しました。
  • トリパノソーマ原虫の環境適応に関わる酵素群は極めて有望な薬剤標的であることに着目し、特にイソクエン酸脱水素酵素に着目して詳細な解析を行いました。酵素の結晶化に成功し、阻害剤候補化合物との複合体結晶化を試みています。本原虫症の新規治療薬の開発につながる成果です。

本研究事業では、文部科学省「感染症研究の今後の在り方に関する検討会」報告書(平成28年7月)の提言を踏まえ、感染症に対する革新的な医薬品の創出を将来に見据えた、基礎からの感染症研究を推進しました。これにより、感染症研究分野における医歯学、薬学、獣医学、農学、分子生物学、統計学、工学等との分野横断的な連携が進みました。

最終更新日 令和2年11月9日