プレスリリース 患者さん由来iPS細胞とゲノム編集技術を用いて日本で見出された遺伝性ニューロパチーのメカニズムの一端を解明

プレスリリース

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
国立大学法人徳島大学大学院
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)(注1)は、遺伝子変異により運動神経と感覚神経が障害される病気で、その詳しいメカニズムはまだ分かっていない。
  • HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞を用いて、患者さんの脊髄で見られるTFGタンパク質の蓄積を再現した。
  • 患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では、不要なタンパク質を分解する働きが低下していた。
  • ゲノム編集技術(注2)を用いて、原因遺伝子変異を修復し、患者さん由来細胞の病態改善に成功した。

1.要旨

村上永尚大学院生(徳島大学大学院医科学教育部、元・CiRA特別研究学生)および井上治久教授(CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、患者さん由来の疾患特異的iPS細胞とゲノム編集技術を用いることで、遺伝性ニューロパチーの病態を細胞レベルで再現し、そのメカニズムの一端を明らかにすることに成功しました。

近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)は、1997年に日本において世界で初めて報告された遺伝性ニューロパチーの一つで、家族性に運動神経と感覚神経が障害される病気です。この病気の原因として、2012年にTFG遺伝子(注3)の異常(変異)が同定されました。この病気の患者さんでは、脊髄運動神経細胞にTFGタンパク質が蓄積し、運動神経細胞の変性・脱落をきたすことが分かっています。

本研究では、2人のHMSN-P患者さんおよび3人の健康な方からiPS細胞(対照群)を作製し、さらに神経細胞へと分化させました。すると、患者さん由来細胞と対照群との間で神経細胞への分化のしやすさに差はなかったものの、患者さんのiPS細胞由来神経細胞ではTFGタンパク質が蓄積していました。また、患者さんのiPS細胞由来神経細胞では、不要なタンパク質を分解する仕組みの一つである、ユビキチン・プロテアソーム系(UPS)(注4)の機能が低下していました。不要なタンパク質を分解する働きを抑えると、患者さんのiPS細胞由来神経細胞では細胞死を引き起こしやすいことが分かり、UPS機能の低下が病気に強く関わっていることが示されました。

さらに、ゲノム編集技術を用いて患者さん由来iPS細胞のTFG遺伝子変異を修復することにより、患者さんの細胞でみられた病態の改善に成功しました。これにより、TFG遺伝子変異によっておこるHMSN-Pの病態の一端が明らかになりました。今後研究を進め、さらなる病気のメカニズムの理解と、治療薬の開発に繋がることが期待されます。

この研究成果は2017年2月15日(日本時間)に国際科学誌「Molecular Brain」でオンライン公開されます。

2.研究の背景

HMSN-Pは常染色体優性遺伝(注5)形式の神経変性疾患(注6)で、1997年に世界で初めて日本で報告されました。その後、2013年に韓国、2015年にイランでも報告されるなど、全世界でも報告されつつあります。HMSN-Pは、難病で知られる筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注7)と共通点が多く、進行性の筋萎縮・呼吸不全をきたし、進行期には人工呼吸器管理が必要となる場合がある重篤な病気です。2012年にHMSN-Pの原因としてTFG遺伝子の変異が同定されました。TFG遺伝子の変異はHMSN-Pの他、変異の違いにより遺伝性痙性対麻痺(注8)やシャルコー・マリー・トゥース病(注9)などの神経の病気を引き起こすことが知られており、神経にとって重要な遺伝子であることが分かっています。

HMSN-Pの病気のメカニズムについて、詳細はまだ明らかになっていません。そこで、井上教授らの研究グループは、患者さん由来iPS細胞から神経細胞を作製し、HMSN-Pの病態を解析しました。

3.研究結果

1.HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では、TFGタンパク質が蓄積する

まず、研究グループは、TFG遺伝子に変異をもつ2名のHMSN-P患者さんおよび対照群として健康な方3名からiPS細胞を作製し、神経細胞へと分化させました。患者さん由来iPS細胞と対照iPS細胞との間で神経細胞への分化のしやすさに差はありませんでしたが、患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞ではTFGタンパク質が凝集して蓄積している様子を認めました。

2.HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では、不要なタンパク質を分解する働きが低下している

細胞内の不要なタンパク質を分解する仕組みのひとつとして、UPSがあります。これまでに、細胞内への異常なタンパク質の蓄積には、UPSの働きの低下が関連していることが知られています。神経細胞が変性する病気であるALSや認知症においても、UPSの働きの低下が認められています。そこで、HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞を調べたところ、対照群と比較してUPSの働きが低下していることが分かりました。

HMSN-Pは一般的に40歳以降に発症しますが、加齢による細胞ストレスがUPSの働きを低下させ、それが細胞死につながることが推測されています。その状態を再現するため、UPSの働きを低下させる試薬を対照群及びHMSN-P患者さん由来iPS細胞に加えたところ、対照群と比較して、HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では細胞死を引き起こしやすいことが分かりました。

3.TFG遺伝子修復により、HMSN-Pの病態が改善する

最後に、HMSN-P患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞で見られた細胞の特徴が、TFG遺伝子の変異によって生じたものであるかどうかを検証するため、CRISPR-Cas9システムと呼ばれるゲノム修復技術を用いて、患者さん由来iPS細胞の遺伝子変異の修復を行いました。遺伝子変異の修復により、HMSN-P患者さんのiPS細胞由来神経細胞に見られたTFGタンパク質の凝集は消失しました(図1)。さらに、遺伝子修復により不要なタンパク質を分解するUPSの働きが改善し、UPSの働きを抑える試薬による細胞死の引き起こしやすさも改善しました(図2)。
説明図・1枚目(説明は図の中に記載)図1.患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞内に蓄積したTFGタンパク質(赤色)
緑色;神経細胞、青色;核(スケールバー: 10μm)。Control1;対照群、HMSN-P1;患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞、corrected;遺伝子変異修復を行ったiPS細胞から作製した神経細胞。
iPS細胞から作製した神経細胞のUPS機能(左側)とUPS機能を抑える試薬を加えた際の細胞生存率(右側)
図2.iPS細胞から作製した神経細胞のUPS機能(左側)とUPS機能を抑える試薬を加えた際の細胞生存率(右側)。
Control1;対照群、HMSN-P1;患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞、corrected;遺伝子変異修復を行ったiPS細胞から作製した神経細胞。*;p<0.05、**;p<0.01。

4.まとめ

本研究では、HMSN-P患者さん由来iPS細胞から神経細胞を作製し、神経細胞内にTFGタンパク質が蓄積するという病態を再現しました。さらに、ゲノム編集技術を用いて、患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では原因遺伝子の変異により不要なタンパク質を分解する働きが低下しており、それによる細胞脆弱性をきたしているというHMSN-Pの病態の一端を明らかにしました。本研究は、HMSN-Pをはじめとした運動神経が障害される病気の研究や治療薬の探索に貢献するものと期待されます。

5.論文名と著者

論文名
“Proteasome impairment in neural cells derived from HMSN-P patient iPSCs”
ジャーナル名
Molecular Brain
著者
Nagahisa Murakami1,2, Keiko Imamura1, Yuishin Izumi2, Naohiro Egawa1, Kayoko Tsukita1, Takako Enami1, Takuya Yamamoto1, Toshitaka Kawarai2, Ryuji Kaji2, Haruhisa Inoue1
著者の所属機関
  1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
  2. 徳島大学大学院医科学教育部医学専攻 臨床神経科学分野

6.本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究)
  • AMED 再生医療実用化研究事業
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(iPS細胞研究中核拠点)
  • 公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団
  • 公益財団法人 第一三共生命科学研究振興財団
  • AMED 難治性疾患実用化研究事業
  • 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業

7.用語説明

(注1)近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)
家族性に運動神経の障害や感覚神経の障害を来す病気の一つ。成人期(一般的に40歳以降)に発症し、体の中心部に近い筋力の低下や萎縮、手足の感覚障害が主な症状。病気が進行すると呼吸不全を起こし、人工呼吸器が必要となる場合があるなど、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とよく似た病態を示す。TFG遺伝子の異常により起こる。
(注2)ゲノム編集技術
細胞内の遺伝子を、酵素を使って切り貼りして編集する技術。CRISPR-Cas9システムなど、いくつかの方法がある。
(注3)TFG遺伝子
TFGは、TRK-fused geneの略。近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチーの原因遺伝子。この遺伝子によって作られるTFGタンパク質は、細胞内の小胞体と呼ばれる場所でタンパク質を輸送する働きがある。
(注4)ユビキチン・プロテアソーム系
異常に折りたたまれたタンパク質など、細胞内で不要となったタンパク質を分解する仕組み。
(注5)常染色体優性遺伝
遺伝様式の一種。常染色体優性遺伝の場合、父あるいは母の少なくとも一方から遺伝子を受け継げば、子は発症する。
(注6)神経変性疾患
脳や脊髄などの神経細胞が徐々に障害を受けて傷んでしまう病気。代表的なものにアルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などがある。
(注7)筋萎縮性側索硬化症(ALS)
脳や脊髄の運動神経が徐々に障害される病気。手足の筋力低下、筋萎縮を生じる。発症から2~3年で呼吸筋麻痺を来す難病である。
(注8)遺伝性痙性対麻痺
脳から脊髄につながる神経が障害される病気。脚のけいれん、筋力低下などを生じる。
(注9)シャルコー・マリー・トゥース病
末梢神経が障害される疾患で、世界中でおよそ2,500人に1人の割合で患者がいる。筋萎縮や感覚障害、足変形といった症状がゆっくりと進行する。

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FAX:03-6870-2242
E-mail:saisei“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年2月15日

最終更新日 平成29年2月15日