プレスリリース 涙に含まれるオメガ水酸化脂質がドライアイを防ぐ―ドライアイの新たな治療薬の開発に期待―

令和2年4月7日プレスリリース

北海道大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  • 涙液中に存在するオメガ水酸化脂質がドライアイを防止することを解明。
  • オメガ水酸化脂質を作り出す酵素を同定。
  • 従来と異なる涙液中の“油”をターゲットとする、ドライアイの新たな治療戦略の開発に期待。

概要

北海道大学大学院薬学研究院の木原章雄教授らの研究グループは、涙液中に存在するオメガ水酸化脂質*1がドライアイ*2を防止していることを明らかにしました。

涙液は外界と接する外側の油層と内側の液層から構成され、外側の薄い油の層が内側の水分の蒸発を防いでいます。しかし、“油と水”という交わるはずのない両者がどのように交わって安定な涙液を形成しているのかは大きな謎でした。研究グループは、オメガ水酸化脂質の一つであるOAHFA(オーファ)*3という油と水の両方に混ざり合う性質を持つ脂質とその代謝物が安定な涙液の形成に重要であることを見出しました。また、これらのオメガ水酸化脂質を作り出す酵素*4を同定し、この脂質を作ることができないマウスがドライアイを示すこと、涙液中には多様なオメガ水酸化脂質群が存在することなどを明らかにしました。

ヒトのドライアイの主要な原因は油層の異常ですが、これまで油層をターゲットにした薬は存在しません。本研究成果は、ドライアイの新たな治療薬の開発につながると期待されます。

なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「脂質による体表面バリア形成の分子機構の解明」(研究開発代表者:木原章雄)の一環として行われました。

また、本研究成果は、日本時間2020年4月7日(火)午後5時(グリニッジ標準時間2020年4月7日(火)午前8時)公開のeLife誌に掲載されます。

涙に含まれるオメガ水酸化脂質がドライアイを防ぐ研究概要

背景

一般的に、脂質は「脂質=油・脂肪」という肥満に関連した悪いイメージを持たれていますが、生体には様々な役割を持つ多様な脂質が存在し、多くは人間が健康に生きていく上で欠かせない物質です。例えば、脂質の重要な役割の一つに物質の透過を防ぐ“バリア”としての役割が挙げられます。涙液は涙腺から分泌される水溶液だけと思われがちですが、実は外側部分に油層(脂質層)が存在し、水の蒸発を防ぐ”バリア”として機能します。これらの油層の脂質は、まぶたの裏側にある皮脂腺の一種(マイボーム腺*5)から分泌され、総称してマイバム脂質といいます。

近年、パソコンやスマートフォンの普及、エアコンの使用などの生活環境の変化に伴い、ドライアイ患者が増加しています。ドライアイの約8割はマイボーム腺の機能異常、すなわち油層の異常であることが知られていますが、現在のドライアイの治療薬には液層(水層とその下にあるムチン層*6)をターゲットにしたものしかありません。

油と水は性質上馴染むことができないにもかかわらず、涙液では水層上に油層が安定的に維持されています。これまで、この謎の解明が涙液の研究における重要な課題の一つでした。涙液の油層(マイバム脂質)では極性*7が低い(水に溶けない性質が強い)脂質が大部分を占めます。一方、涙液の油層には量は少ないものの、極性の高い部分と低い部分の両方を持ち合わせた(両親媒性)、すなわち油と水の両方と相互作用が可能と予測されるOAHFAといわれる脂質が存在します。OAHFAは、オメガ末端が水酸化された脂肪酸*8を構造中に含むオメガ水酸化脂質の一つです(図1)。これまで、OAHFAの生合成に関わる酵素やドライアイの防止における役割は不明でした。

研究グループは、OAHFAが油層と液層をつなぎとめ、涙液を安定させる役割を持つと仮定しました。この仮説を検証するために、研究グループはOAHFAの生合成に関わる酵素(Cyp4f39)を同定し、その遺伝子(Cyp4f39を欠くマウス(遺伝子欠損マウス)を作製・解析しました。

図1 OAHFAを含むオメガ水酸化脂質の構造
上段はOAHFAの構造式、下段はオメガ水酸化脂質の構造模式図を表す。

研究手法

研究グループは以前、Cyp4f39が皮膚においてバリアに重要なオメガ水酸化脂質アシルセラミドの産生に関わっており、Cyp4f39を全身で欠いたマウスが出生後すぐに死亡することを明らかにしています。この新生マウスの致死性を回避するため、研究グループは皮膚以外の組織でCyp4f39を欠損(ノックアウト:KO)させたマウス(Tg-Cyp4f39 KOマウス)を作製しました。ドライアイの評価は、眼への蛍光色素の点眼後、細隙灯顕微鏡*9による涙液安定性試験*10及び眼球表面の障害度のスコア化*11によって行いました。さらに、マイボーム腺の開口部の観察と涙液量の測定を行いました。マイバム脂質の分析・定量は質量分析(液体クロマトグラフィー連結型タンデム質量分析)によって行いました。

研究成果

Tg-Cyp4f39 KOマウスは、まぶたが閉じ気味であるとともに、涙液が下まぶたに溜まっている様子が観察されました(図2A)。また、このマウスでは涙液層破壊時間*12の短縮(=涙液の不安定化)と眼球表面に傷がみられ(図2B、C)、このマウスがドライアイを示していることが明らかになりました。ドライアイは、涙液中の水分が減少するタイプ(涙液減少型)と、脂質の減少によって涙液が蒸発するタイプ(水分蒸散亢進型)の二つのタイプに分けられます。Tg-Cyp4f39 KOマウスでは、涙液量は減少していない一方、マイボーム腺の開口部で塞栓が観察されました(図2D、矢印)。したがって、Tg-Cyp4f39 KOマウスにみられるドライアイは、マイボーム腺の機能異常を伴う水分蒸散亢進型であることが明らかになりました。

図2 Tg-Cyp4f39 KOマウスで見られるドライアイの様子

また、Tg-Cyp4f39 KOマウスのドライアイがOAHFAの減少に起因することを明らかにするために、質量分析によってOAHFAの測定を行いました。その結果、Tg-Cyp4f39 KOマウスのOAHFA量は、正常なマウスの約20%まで減少していました(図3)。さらに研究グループは、正常なマウスにはOAHFAに由来する他のオメガ水酸化脂質(タイプ1オメガワックスジエステル、タイプ2オメガワックスジエステル、コレステロールOAHFA)が存在すること、これらがTg-Cyp4f39 KOマウスで消失していることを見出しました(図3)。これらOAHFAを含む四つのオメガ水酸化脂質とその他の主要なマイバム脂質(コレステロールエステル、ワックスモノエステル)の極性を比較すると、OAHFA>OAHFA以外のオメガ水酸化脂質>その他の主要なマイバム脂質の順に極性が高いことがわかりました。この結果は、油層から水層にかけて徐々に極性を増加させていく(極性の勾配を形成する)ことで、油と水を馴染ませていることを意味しています。

図3 Tg-Cyp4f39 KOマウスにおけるオメガ水酸化脂質量の低下
左からOAHFA、タイプ1オメガワックスジエステル、タイプ2オメガワックスジエステル、コレステロールOAHFAの測定量を示す。アスタリスクは統計的な有意差を表す(**P<0.01、*P<0.05)。
グラフの上:各オメガ水酸化脂質の構造模式図。

このように、研究グループはオメガ水酸化脂質(OAHFA及びOAHFA派生物)の産生にCyp4f39が関わることを見出し、これらの脂質が涙液中で極性の勾配を形成することで涙液を安定化させ、ドライアイを防止していることを明らかにしました。

今後への期待

本研究ではドライアイの防止における正常な油層の形成の重要性を明らかにしました。現在のドライアイ治療薬には液層をターゲットにしたものしか存在しません。本研究成果は、油層をターゲットとした新たな点眼薬の開発につながると期待されます。

論文情報

論文名
Lipid polarity gradient formed by ω-hydroxy lipids in tear film prevents dry eye disease(オメガ水酸化脂質が形成する極性勾配がドライアイを防止する)
著者名
宮本政宗1、佐々貴之1、澤井恵1、木原章雄11北海道大学大学院薬学研究院)
雑誌名
eLife(ライフサイエンス領域の専門誌)
DOI
10.7554/eLife.53582
公表日
日本時間2020年4月7日(火)午後5時(グリニッジ標準時間2020年4月7日(火)午前8時)(オンライン公開)

用語解説

*1 オメガ水酸化脂質:
脂質とは生体において水に溶けない有機化合物の総称。多くの脂質は脂肪酸を構成成分として持つ。脂肪酸とは炭化水素鎖の末端にカルボキシ基(–COOH)を有する分子のことで、カルボキシ基と反対側の炭化水素鎖の末端をオメガ末端という。オメガ水酸化脂質とはオメガ末端に水酸基(–OH)を持つ脂肪酸を含む脂質の総称。
*2 ドライアイ:
様々な要因による涙液及び角膜(黒目部分)あるいは結膜(白目部分)の慢性疾患であり、眼不快感や視機能異常を伴う。
*3 OAHFA:
O-アシル)オメガ水酸化脂肪酸の略称。末端に極性の高いカルボキシ基(–COOH)を持つ一方、それ以外の部分は極性が低いため、両親媒性である。
*4 酵素:
化学反応を触媒するタンパク質。生体分子は化学反応によって産生され、反応ごとに触媒する酵素が異なる。酵素は設計図である遺伝子にコードされている。そのため、遺伝子変異が生じると、正常な酵素が失われ、その酵素が触媒する反応によって作られる生体分子が作られなくなる。
*5 マイボーム腺:
まぶたの裏側にあり、涙液油層の脂質を作り、分泌する。ドライアイ患者ではしばしば脂質が分泌する開口部(出口)に詰まりが生じる。
*6 ムチン層:
ムチンとは粘性を持つタンパク質であり、水層の下側に存在し、水層を眼球表面に留める役割がある。
*7 極性:
分子の持つ電気的な偏りのこと。水は高極性物質の代表であり、極性の高い分子をよく溶かす。一方、脂質は一般的に低極性であり、水に溶けにくい。
*8 脂肪酸:
炭化水素鎖の末端にカルボキシ基(–COOH)を有する分子のこと。
*9 細隙灯顕微鏡:
目の表面を観察するための顕微鏡。
*10 涙液安定性試験:
緑色の蛍光色素を点眼し、眼全体に広がった色素が一様でなくなる(緑ではなくなる部分が現れる)までの時間(涙液層破壊時間)を測定する。涙液が不安定になると時間が短くなる。
*11 障害度のスコア化:
眼球を5つのエリアに分け、エリア毎に眼球表面の傷の程度によってスコア化し、その合計値を眼球障害度の指標とする。
*12 涙液層破壊時間:
緑色の蛍光色素を点眼し、眼全体に広がった色素が一様でなくなる(緑ではなくなる部分が現れる)までの時間のこと。

お問い合わせ先

北海道大学大学院薬学研究院
教授 木原章雄(きはらあきお)
TEL 011-706-3754
FAX 011-706-4900
メール kihara"AT"pharm.hokudai.ac.jp
URL http://www.pharm.hokudai.ac.jp/seika/index.html

配信元

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最終更新日 令和2年4月7日