プレスリリース 「HIV-1カプシドタンパク質を標的とした低分子抗HIV活性化合物」―薬剤耐性ウイルスに対する新規治療薬開発としての期待―

プレスリリース

国立大学法人東京医科歯科大学
国立感染症研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 抗ヒト免疫不全ウイルス(HIV)のRNAを包み込む殻を形成するカプシド※1をターゲットとして、in silicoスクリーニング※2、分子モデリング※3による阻害剤のデザイン、有機合成により、新規低分子抗HIV活性化合物を創出しました。
  • 多くのHIV株間で高く保存されているカプシドの配列に着目することにより、変異ウイルス株の出現が起こりにくい抗HIV剤として開発の可能性が示されました。
  • 新しい作用点を有する新規抗HIV剤の開発が期待できます。

概要

東京医科歯科大学生体材料工学研究所メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授の研究グループは、国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターの佐藤裕徳主任研究官のグループ、同研究所エイズ研究センターの村上努主任研究官のグループとの共同研究で、新たな抗ヒト免疫不全ウイルス(HIV)剤のターゲットとしてHIVタンパク質Gag※4をターゲットとする治療標的部位の探索、抗HIV活性化合物の創製に関する研究を行っています。本研究では、HIV感染と増殖に重要な働きをし、世界の99.999%の流行株に変異が認められない極めて保存性が高いカプシド)CA)タンパク質の配列に着目し、それを標的としてin silicoスクリーニング、分子モデリングを基盤としたデザイン、有機合成を行ったところ、マイクロモル濃度レベルで活性を有する新規低分子抗HIV活性化合物の創出に成功しました。CAタンパク質はGagから生成され、CAタンパク質の多量体化によりウイルスRNAを包み込む殻(カプシド)を形成します。このカプシドの機能阻害はHIV複製を抑制する重要なターゲットであると期待されています。本成果は変異ウイルス株を生じにくい抗薬剤耐性HIV剤の創製研究として注目されます。この研究は日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「HIV Gag蛋白質の機能と進化能の構造生物学研究に基づく次世代の創薬シーズ創成」ならびに文部科学省科学研究費補助金、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、Biomoleculesに、2021年2月3日午前9時(中国時間)にオンライン版で発表されます。

研究の背景

HIVが後天性免疫不全症候群、エイズ(acquired immune deficiency syndrome, AIDS)を引き起こすことが報告されてから35年以上が経過した現在、逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、インテグラーゼ阻害剤等の酵素阻害剤を中心に多くの抗HIV剤が上市され、これらの併用療法がHIV感染症・エイズの治療を飛躍的に進歩させました。しかし、いずれの薬剤療法をもってしても変異ウイルス株の出現を抑えることができず、感染者は服用する薬剤の変更によって対応し、結局体内からウイルスが完全に排除されるような根治には至らず、一生薬の服用を必要とする身体的負担は計り知れないものがあります。そこで、HIV感染症・エイズについては、これまでの薬とは異なる作用点をターゲットとした変異ウイルス株の出現が起こりにくい抗HIV剤の開発が待ち望まれています。このような背景において、世界の99.999%の流行株に変異が認められない極めて保存性が高いCAタンパク質の配列は、魅力的な創薬標的であると考えられます。

研究成果の概要

HIVが持つカプシドはウイルスRNAを包み込む殻であり、多くのHIV株間で高く保存されています。この殻は、HIVタンパク質Gagより生成するCAタンパク質がたくさん集まることにより円錐形の構造をとっています。カプシドの機能阻害はHIV複製を抑制する重要なターゲットであると期待され、カプシドの機能阻害につながる新規メカニズムを理解することは重要です。しかし、現在までにカプシドをターゲットとする薬剤は上市されていません。CAタンパク質中のTrp184/Met185を介するCAタンパク質2分子間の疎水性相互作用がカプシドの多量体構造の安定化に重要であること、およびこの2個のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換するとカプシドが形成できないことが最近報告されました。本研究では、in silicoスクリーニングによって相互作用領域のTrp184とMet185のジペプチドミミックをデザイン、合成し、マイクロモル濃度レベルで顕著な抗HIV活性を持つことを明らかにしました(図)。このジペプチドミミックは、CAタンパク質2分子間の疎水性相互作用を競合的に阻害すると考えられます。また、この誘導体を基にしたカプシドをターゲットとする変異ウイルス株の出現が起こりにくい新規抗HIV剤の創出に役立つ知見が得られました。

図 多くのHIV株間で保存性の高いカプシドの配列をターゲットとしたin silicoスクリーニングによるTrp184とMet185のジペプチドミミック(2個のアミノ酸縮合物の模倣体)のデザイン

研究成果の意義

本研究グループが創出したカプシドをターゲットとするジペプチドミミックは、上記の結果から実際に根治を目指し薬剤耐性変異ウイルス株の出現を抑制する新規抗HIV剤として大いに期待されます。また、多くのウイルス株間で保存性の高い領域をターゲットとし、in silicoスクリーニングにより阻害剤をデザインすることが、変異種の出現が問題となるような抗ウイルス剤の創薬研究に役立つと考えられます。

用語解説

※1 カプシド(CA)
ウイルスのゲノムを包み込むタンパク質の殻であり、HIVではRNAを包み込む。CAタンパク質の多量体が集合形成し、円錐形構造をとったものである。Gagタンパク質から生成される。
※2 in silicoスクリーニング
コンピューター上で、薬剤候補化合物の構造がその受容体や酵素等の標的タンパク質のポケットにフィットするかどうかの計算実験を行い、結合活性や薬理作用などを予測して優れたプロフィールを持つ化合物を選別すること。短時間低コストで、多数の化合物の中から優れた候補化合物を絞り込むのに適している。
※3 分子モデリング
コンピューターグラフィックス等を用いて、目的の分子がある状態(ターゲットに結合している、あるいは、単独で水中に存在している等)の時の分子構造を調べたり、コンピューター上で分子を改変したりする手段。
※4 Gag
HIVを構成するタンパク質のひとつであり、HIV-1プロテアーゼにより切断されて、CAタンパク質が生成する。

論文情報

掲載誌
Biomolecules
論文タイトル
Small-molecule anti-HIV-1 agents based on HIV-1 capsid proteins

研究者プロフィール

玉村啓和(タマムラヒロカズ) Tamamura, Hirokazu
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 教授

研究領域
創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学

お問い合わせ先

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東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 玉村啓和(タマムラヒロカズ)
TEL:03-5280-8036 FAX:03-5280-8039
E-mail:tamamura.mr“AT”tmd.ac.jp

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掲載日 令和3年2月3日

最終更新日 令和3年2月3日