2018年度 研究事業成果集 B型肝炎ウイルスの細胞内侵入の仕組み―細胞タンパク質の流れを利用―

ウイルスの細胞内侵入経路を解明

B型肝炎ウイルス(HBV)の持続感染は肝硬変・肝臓がんなどの主な発症原因で、世界に2億6千万人もの持続感染者がいると 推計されています。国立感染症研究所の渡士幸一主任研究官らの国際共同研究グループは、B型肝炎ウイルスが細胞内へ侵入 する仕組みを新たに解明しました。これは新たな抗ウイルス薬の開発やウイルス伝播の制御に役立てられる成果です。

取り組み

B型肝炎ウイルス(HBV)の持続感染者は世界でおよそ2億6千万人にのぼると推定されています。WHOによるとHBV感染を原因とした肝硬変・肝がんでは毎年80万人以上が死亡しているとされており、公衆衛生上の対策が急務となっています。このため、感染の予防対策やこれを治療する抗ウイルス薬の開発が強く求められていますが、HBVがどのように宿主に感染するかは未解明のままでした。HBVは宿主側受容体であるナトリウムタウロコール酸共輸送体(NTCP)と結合することで標的細胞へ吸着しますが、その後どのように細胞内へ侵入するかが不明でした。国立感染症研究所の渡士幸一主任研究官らはこれまで、独自の感染実験系を用いてウイルス感染の仕組みを研究し、さまざまな治療薬候補を見いだしてきました。研究グループは今回、HBVが細胞内へ侵入する際の鍵を握るタンパク質を発見しました。どうやらHBVは、細胞が元々持っているタンパク質の流れを利用しながら、ひっそりと細胞内へ侵入していくようです。

成果

HBVは、単純には受容体NTCPを発現する細胞に感染し、発現していない細胞には感染しないと考えることができます。しかし、NTCP発現細胞にも感染する場合としない場合があり、NTCP以外の因子がHBVの細胞内侵入を決定する可能性があることから、世界中の研究者がこの因子を探索してきました。研究グループは、上皮成長因子がHBV感染を増強することを明らかにし、この現象から上皮成長因子受容体(EGFR)がHBV感染を制御することを見いだしました。

今回見いだしたEGFRは受容体NTCPと相互作用し、共に細胞内を移動する協働関係がありました。HBVは細胞表面のNTCPと結合した後、NTCP-EGFR複合体と共に細胞表面から細胞内部へ移動していきました(図1)。NTCPはHBV受容体ですが、EGFRの存在なしにはHBVの細胞侵入、ひいては感染成立に導くことができませんでした。また、このNTCP-EGFRの細胞内移動は、HBVの存在にかかわらず通常の細胞でも見られます。すなわちHBVは、細胞に元々存在しているNTCP-EGFRの細胞内移動の流れに乗り、巧妙に細胞内へ侵入すると考えられます。

この研究によって、HBVは受容体の有無のみによって感染が決定されるという、従来のシンプルな仮説が否定されました。HBV感受性には、NTCPに加えて、細胞のEGFR機能が重要であることが示され、「HBV受容体共役因子」の概念が初めて提唱されました。

図1 B型肝炎ウイルスが受容体NTCP、受容体共役因子EGFRと共に細胞内へ侵入する様子

展望

EGFRはこれまで最も多く研究されてきた膜タンパク質の一つで、さまざまな刺激や外部環境に応答し活性が変化することが知られています。すなわちHBV感染は、NTCP発現など宿主の遺伝子要因だけでなく、環境要因によっても決定されると推察されます。同じ遺伝子を持つ宿主でも、状況に応じてHBV感染運命が異なるかもしれません。

また、EGFRは代表的な抗がん剤の創薬標的であり、これまでに蓄積した膨大なEGFR研究の知見を新規HBV治療薬の開発に利用できると考えられます。実際に抗がん剤として使用されるEGFR阻害薬ゲフィチニブはHBV感染を効果的に阻害することも分かりました(図2)。今回の研究成果により、HBV感染・伝播の理解、また、治療薬開発研究が一層進展することが期待されます。

図2 HBVの細胞内侵入モデルとその阻害方法

最終更新日 令和2年6月23日