2017年度 研究事業成果集 自閉スペクトラム症の中核症状に対する治療薬の開発

自閉スペクトラム症の中核症状に対する治療薬の開発

戦略推進部 脳と心の研究課/臨床研究・治験基盤事業部 臨床研究課

オキシトシン経鼻剤の効果を多施設共同医師主導臨床試験で評価

自閉スペクトラム症は、対人コミュニケーションの障害、同じ行動パターンを繰り返す常同行動と限定的興味を主な症状とする発達障害で、これらの中核症状に対する治療法は確立されていません。浜松医科大学の山末英典教授は、自閉スペクトラム症の中核症状の治療に期待されるオキシトシン経鼻剤の有効性と安全性を、多施設による医師主導臨床試験で検証しました。治療薬として、開発を進めています。

取り組み

自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)は発達障害の一つで、①表情や声色から相手の気持ちをくみ取ることが難しいといった対人コミュニケーション障害、②興味や関心が偏りやすく同じ行動を繰り返しやすいという常同行動・限定的興味が幼少期からあることで診断されます。100人に1人の割合で、全国に100万人程度いると見られており、決して珍しくありませんが、①、②の中心的症状に対する治療法は現在のところ確立されていません。

オキシトシンは、脳から分泌されるホルモンで、女性では乳汁を分泌させる作用、子宮の平滑筋を収縮される作用があります。国内では既に、陣痛誘発や分娩促進の目的で、オキシトシン注射剤が保険適用されています。欧州ではオキシトシンを鼻から吸入する経鼻スプレー製剤(以下、経鼻剤)が認可されており、健常成人男性に使用すると、他者と信頼関係を形成しやすくなり、表情から感情を読み取りやすくなるなどの効果が確かめられています。

浜松医科大学医学部の山末英典教授らは、Ⓐオキシトシン経鼻剤による対人コミュニケーション障害の改善を示し(2013年12月)、Ⓑオキシトシン経鼻剤を連日投与することにより自閉スペクトラム症の中心的症状が改善されること──を報告しました(2015年9月)。今回はこのⒷの成果を発展させてオキシトシン経鼻剤の有効性や安全性を検証するために、山末教授を責任研究者として、東京大学、名古屋大学、福井大学、金沢大学が連携して多施設共同医師主導臨床試験(Japanese Oxytocin Independent Trial:JOIN-Trial)を行いました。

成果

このJOIN-Trialは、オキシトシンの自閉スペクトラム症への効果を大規模な試験で検証しました。国内でも精神医学領域の医師主導無作為臨床試験として、例を見ない規模のものとなりました。成人男性の高機能自閉スペクトラム症当事者106人のうち、脱落例を除いたオキシトシンを投与した参加者(オキシトシン群)51人、プラセボ(偽薬)を投与した参加者(プラセボ群)52人が解析の対象となりました。

今回の臨床試験の結果、対人場面での振る舞いから専門家が評価した対人コミュニケーション障害に対するオキシトシンの改善効果は、プラセボ効果を上回ることはありませんでした。しかし、オキシトシンの血中濃度が上昇し、常同行動と限定的興味について改善効果が認められました。これら副次評価項目の解析については探索的な性質のため多重比較補正を採用していない結果ではあり、検討すべき事柄が残されていますが、オキシトシン経鼻スプレーの臨床応用が期待されます。

展望

JOIN-Trialなどの医師主導臨床試験の結果を基に、十分なオキシトシンの血中濃度上昇が得られるよう、帝人ファーマ社と共同して改良した新規経鼻製剤の開発を進めています。現在は承認申請のための医師主導治験を進めており、2017年に健常者を対象として薬物動態と安全性を検討した第I相試験を完了しました。さらに、プラセボ効果に影響されにくい新たなデザインの多施設医師主導の第II相試験が、浜松医科大学、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学の連携により、AMEDの臨床研究・治験推進研究事業として2018年2月に開始されています。

■臨床試験のプロフィール

■対人コミュニケーション障害の軽減とオキシトシン血中濃度上昇

最終更新日 平成30年11月15日