アーカイブ インタビューNo.1 「"バイオバンク"が未来を拓くために」

高坂先生プロフィール写真
高坂 新一
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 名誉所長

脳神経の高次機能構築について、中枢の免疫担当細胞として知られるミクログリアに着目して研究界をリードしてきた高坂 新一先生。ミレニアムプロジェクトが縁でゲノム研究にも深く関わられるようになられた立場から、バイオバンクとゲノム医療の今とこれからについてのお考えを伺いました。

脳神経の高次機能構築について、中枢の免疫担当細胞として知られるミクログリアに着目して研究界をリードしてきた高坂 新一先生。ミレニアムプロジェクトが縁でゲノム研究にも深く関わられるようになられた立場から、バイオバンクとゲノム医療の今とこれからについてのお考えを伺いました。

ゲノムの世紀:解析から医療への14年

― ヒトゲノムプロジェクト ※1完了宣言から14年になりますが、当時どのような思いをお持ちでしたか?

当時はGWAS(Genome-Wide Association Study、ゲノムワイド関連解析)とかSNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)をみつけていくのが主流で、自分が関与したミレニアム・ゲノム・プロジェクト※2では、アルツハイマーの試料1000例でSNP解析した。どこの研究機関も多額の研究費をかけたわりには目覚ましいものが出てこなかったという印象がある。アルツハイマーでもapoE(apolipoprotein E)※3しかなかった。有意差はあっても、それらがどう疾病に関与していくかという基盤的なところが欠如していて、ゲノムの限界を感じた。

― メカニズムを詰めていくのがとても難しいということですね。現在も克服できていないと思うことはありますか?

がんはだいぶ進歩してきた気がする。SNPだけでなくNGS(Next Generation Sequencer、次世代シークエンサー)も盛んで、ドライバー遺伝子(Driver gene)※4が見つかってきたし、がん種によっては個別化医療が可能になってきた。ハーセプチンのような分子標的薬が創薬できているのは素晴らしい進歩だ。

神経難病の分野では家族性パーキンなどが見つかってきたが、厄介なのは治療法がないところだ。だがだんだん追いつくだろう。自分の取り組みのなかでは、筋ジストロフィーの原因がゲノムでわかった。ただ当時はジストロフィンが変異を起こしているとわかっても治せない。それがいまやゲノムを編集できるようになった。核酸医薬を静注すればリードスルーやエクソンスキップもできる。不可能だと思っていた治療が可能な時代に入ってきた。ゲノムで異常がみつかるのは突破口で、今後はゲノム医療の技術発展に期待するところが大きい。

― ゲノム医療としてまだ手が入れられていないと思われる分野や疾患はありますか?

単一遺伝子でない疾患が多々ある。アルツハイマー、生活習慣病など多因子というのが一番厄介。あと10年20年かかる気がする。単一遺伝子疾患で、変異を同定して治療法の開発をすすめていく成功例にならって進めていくことになるだろう。多因子性でもまだ病型が定まっていない自閉症、統合失調症、うつ病は症候群的なものでとらえており、ゲノムのSNPをみるだけで疾患全体を理解するのは難しいと思う。ゲノム+オミクスで逆に病気の分類が進めば、解決法が見つかるのではないか。

― 単一と多因子とをみわけるのがそもそも難しいということはありませんか?診断やゲノムを調べていく以外のことも重要と感じますが?

そのとおり。バイオバンクはゲノムバンクではない。血清にしても脳脊髄液にしても尿にしても、いくつかのオミクスを解析できるものが用意されているのがバイオバンク。症状もきちんとバンキングすることが大切だ。

「チーム」ゲノム医療のために

写真1:高坂先生

― 症状となると診断や治療の現場に携わる先生のお力にかかっていますし、患者さんが臨床専門医にたどり着くまでの仕組みの問題もありそうです。加えて臨床知見とゲノムデータとの融合には個人情報保護の観点からの難しさもあるように思いますが、何が一番問題だとお考えですか?

専門医は臨床的に優れた方が多いが、残念なことに試料を解析する時間的余裕がない。専門医が専門情報を記載したデータをためて、他の方々がそれを利用して結果を出していく仕組みを作らないと動けない。NGSを動かして異常を発見するには、専門医とは別の専門家集団が必要で、遺伝カウンセラー、バイオインフォマティシャン(BI)との協力の体制がきちんとできていないと難しい。

― 連携することで効率よく良い成果につながると感じますが、どの分野の人材が足りていないでしょうか?

ほとんどすべてが脆弱。人材活用を盛んにうたっている機関でも、専門の人は何名もおらず、多くは併任だ。予算の関係で人が減らされていく中、充実したものを作るのは難しい。

― 人材育成に関する疑問ですが、たとえばカウンセラーは医療人材でないといけませんか?

その必要はない。たとえば臨床心理士とか、人とコミュニケーションするという点では医師より能力が高いところがたくさんある。そういった人たちをどんどん活用すべきだろう。ただしそれには保険点数や学会認定制度などがネックになる。制度を変えていかないと一気に進まない。

― バイオインフォマティクス(BI)分野の人材について、専門的な教育をしている機関はあるが、輩出された人材があまりメディカル分野に進まないのという話を聞きました。その原因として、情報学系人材がバイオ・メディカル分野の知識を習得する難しさや、研究でのチームメンバーとしてのフェアネスの感じにくさが上げられていました。

それはあると思う。インセンティブの問題であり、ボスがどういう人かという問題でもある。補正予算はNGSではなく人材に費やしたらよいと思う。定員化も必要だろうし、論文でそういったBI分野の方を1st authorにしたりequal contributionにしたりということがあってもいいと思う。

試料は"自分たちのもの"ではない

写真2:高坂先生

― バイオバンクを実際に活かしていくために課題だとお考えになっていることを教えてください。

試料の収集・保管・利活用で、いろんな問題が蓄積している。根本的なことだが、依然として試料を自分たちのものであるという間違った考えを持っている方が多い。試料を集めた当人以外も広く解析できるようにする必要がある。試料は機関帰属としてみなさんが使えるようにするのが公的機関の役割であり、意識改革が必要だ。ただ一方で試料採集の負担を負う人には、論文の著者として名を連ねるとか、Acknowledgementに載せるといったインセンティブが必要だろう。

企業へのサンプル提供に抵抗感があるという人もいる。だが創薬は企業の参画なしにできるはずはなく、一定の環境を整えて提供するほうがいい。ただし個人情報保護の関係で、試料はよいが遺伝情報もとなると、企業側で除外規定に抵触する可能性があるので気をつけないといけない。

バンクの価値を高めるために必要なこと

― 保管・利活用・収集では他にどのような問題があるでしょうか?

試料を採取した後、診断ならSOP(Standard Operating Procedure、標準作業手順)が決まっているが、研究用については決まっていないところだろう。診断のための手順を優先した結果として試験管を数時間放置するなど、しっかりしていない例が多い。手順をきちんと標準化して徹底することが信頼につながる。それが難しいのは、医師が指示する時間がないうえに、現場に試料の採取・保管・利活用に関する専門性がないせいだ。バイオバンクを名乗るのであれば、当然専門性を持った方が何名かいる必要がある。患者さんの同意や保管の手順をプロトコル化しないと、医師だけでは手が回らない。

― 診療ではなく研究用にサンプルを提供することに患者さんの抵抗感はありませんか?

恐らく今はあまりないと思う。時代が変わってきて、できることなら貢献しますという方が多い。私は各バンクが存在意義をもつためにはそれぞれが特徴を持つべきだと考えており、私がいた国立精神・神経医療研究センターでは、脳の研究でのオミクスには脳脊髄液が重要ではないかと考えた。脳脊髄液はMS(多発性硬化症)やウイルス感染の鑑別といったときにしか採らず、精神科領域で採ることは皆無だ。そこで研究用に患者さんをリコールできないかと何人かの方々に相談したが無理だといわれた。だが精神科外来で経緯を説明したら、患者さんから使ってくださいと。脳脊髄液の採取は私でもされるのはいやなものなのに、だ。そこで採取方法についても色々考え、採血より痛くないという人も出てきた。いまでは1000例を超え、もうすぐ1500例の記念会が開かれるまでになった。そういう特徴があれば企業も参画しやすい。

― 難病・希少疾患ではどうしても数が必要というケースもあるのではないでしょうか?

そのためにネットワーク化して問題意識を施設間で共有する必要がある。かつては各施設がそれぞれの方針で試料を集めていたが、いまは一同に会して話せば均てん化※5でき、どこでも同じようにできるはずだ。保存法も同様だ。ネットワーク化は治験のためのデータ収集にも役立つ。筋肉では先行して24施設がネットワーク化されているが、他の分野もやらないと。そのためのクリニカルイノベーションネットワーク※6だ。なお筋肉のケースでは日本筋ジストロフィー協会が国立病院に積極的に宣伝してくれて、司令塔役はRemudyが担った。患者さんたちが率先して協力してくれて、遺伝子情報も自ら登録してくれている。学ぶべき点が多い例と言えるだろう。

AMEDと研究を支えるみなさんへのメッセージ

― AMEDが設立されて2年になりますが、何か変化を感じますか?

研究事業ごとに専門家・研究者がついて事業を見渡すプログラム・スーパーバイザー(PS)、プログラム・オフィサー(PO)制は機能しており、よい仕組みだ。他のプログラムや事業の情報が入りやすくなった気がするのは、集中管理のよさだろう。これからは関係する省の隔たりを感じさせないような裁量を発揮してほしい。バイオバンクの横断的検索システムや、バンク間仲介、研究者とのマッチングを進めるために、強い事務局機能を期待する。

― ゲノム医療やバイオバンクに直接携わらない人たちはどんなことができるでしょうか?

日本には、変異が見つかった患者さんを保護する仕組みがない。米国では法律が整備されているが、日本ではまだだ。いろんな立場の人それぞれに、インセンティブを与える仕組みが社会全体で乏しい。仕組みづくりにはなかなか時間がかかるが、必要だろう。

(取材日:2017年7月20日)

用語解説

*1)ヒトゲノム計画(Human Genome Project)
ヒトのゲノムの全塩基配列を、各国ゲノムセンターや大学などで組織される国際ヒトゲノム配列コンソーシアムが解析するプロジェクト。2003年に完了したが、現在もその改良版の発表が継続して行われている。
*2)ミレニアム・ゲノム・プロジェクト
1999年から、新しいミレニアム(千年紀)の始まりを目前に控え、人類の直面する課題に応え、新しい産業を生み出す大胆な技術革新に取り組んだもの。このなかに「高齢化社会に対応し個人の特徴に応じた革新的医療の実現(ヒトゲノム)」があり、2004年度を目標に、痴呆、がん、糖尿病、高血圧等の高齢者の主要な疾患の遺伝子の解明に基づくオーダーメイド医療を実現し、画期的な新薬の開発に着手するとともに、生物の発生等の機能の解明に基づく、拒絶反応のない自己修復機能を利用した骨、血管等の再生医療を実現することを目標としていた。
*3)apoE(apolipoprotein E):
ApoE遺伝子には3つの対立遺伝子があり、対応するアイソフォームのひとつ(ApoE4)がアルツハイマー病(AD)の危険因子と見なされている。
*4)ドライバー遺伝子(Driver gene)
がん遺伝子・がん抑制遺伝子といった、発がんやがんの悪性化の直接的な原因となるような遺伝子のこと。
*5)均てん化
全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術などの格差の是正を図ること。
*6)クリニカルイノベーションネットワーク
厚生労働省による国立高度専門医療研究センター(NC)や学会等が構築する疾患登録システムなどをネットワーク化する構想。

インタビュー映像

研究者経歴

岡山県生まれ。1973年に慶應義塾大学医学部卒業。1977年に同大学院医学研究科(生理学)修了。慶應義塾大学医学部生理学教室助手、専任講師、助教授、ミシガン大学精神保健研究所研究員、国立精神神経センター神経研究所(代謝研究部・部長)、同所長を経て、現在国立精神神経センター 神経研究所 名誉所長。AMED 「オーダーメイド医療の実現プログラム」、「ゲノム医療実用化推進研究事業」(平成27年度まで)、「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業」、「創薬基盤推進研究事業」、それぞれのプログラムスーパーバイザー(PS)を務める。

掲載日 平成29年9月1日

最終更新日 令和2年3月30日