アーカイブ 遺伝学的・環境学的にゲノムや遺伝子を包括的に調べ、糖尿病とその合併症のメカニズムを解明する

鈴木 顕
東京大学大学院医学研究科 糖尿病・代謝内科 研究員
厚生労働省による「2016年国民健康・栄養調査」では、日本で糖尿病が疑われる成人の推計が、2016年に、調査開始以来初めて1,000万人台の大台に乗った。また、発症に至らない糖尿病予備群は1,000万人と推計されている。血中の糖をコントロールするホルモンであるインスリンの分泌が悪い、分泌のタイミングが遅い、糖を取り込む際の細胞でのインスリンの効きが悪いといった状態が糖尿病の引き金になる。自己免疫の作用などで膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンが分泌されなくなる1型糖尿病と、主に遺伝的素因と生活習慣が原因となってインスリンの分泌や効きが悪くなる2型糖尿病に大別され、糖尿病患者の9割以上は2型糖尿病だ。「糖尿病の人とそうではない人、あるいは、糖尿病かつ合併症がある人・ない人の遺伝情報や生活習慣などの環境因子を比較することによって、日本人における2型糖尿病関連遺伝因子の徹底的な探索を行う予定です」と鈴木 顕先生は展望を語る。
糖尿病は、血液中に過剰になったブドウ糖がさまざまな臓器に悪影響を与える疾患だ。網膜症(後天性失明の第2位)、腎症(人工透析に入る原因の第1位)、末梢神経障害(非外傷性の足の切断原因の第1位)が三大合併症で、動脈硬化を進め、心筋梗塞や脳梗塞などにもなりやすいことが知られている。いずれも自覚がないままに進行していくのが、やっかいなところだ。
平成28年度ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「先端ゲノム研究開発」採択課題タイプA(大規模ゲノム解析を伴う研究)「糖尿病の遺伝・環境因子の包括的解析から日本発次世代型精密医療を実現するプロジェクト」(研究開発代表者:東京大学大学院医学系研究科 門脇 孝教授)では、まさに国民病といえる糖尿病とその合併症の発症リスクを評価・層別化し、リスクの高い集団に対して積極的な予防策を講じるための基盤的研究を行っている。
全ゲノム解析とGWASの結果を組み合わせて糖尿病のリスクを評価
プロジェクトの目標の1つは、2型糖尿病患者1,000例の全ゲノム解析を行い、健常者全ゲノム解析のデータと比較することだ。また、糖尿病に関連する一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNPs)などの遺伝的変異を全ゲノム領域にわたって関連解析するゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Study:GWAS)に関して、数万人の糖尿病患者のSNPsデータや糖尿病のGWASデータから再解析を行い、さらに全ゲノム解析のデータと組み合わせて、糖尿病の遺伝的背景をあぶり出す。

「糖尿病のリスクとなりうる遺伝的変異は少なくとも数百カ所以上、数千カ所以上あるという説もあります。これらは全ゲノム中にバラバラと埋もれていて、現在、そのうちのトップ百カ所ほどの"見つけやすい領域"が釣り上げられています。"見つけやすい領域"というのは、変異の頻度が高くて糖尿病のリスクに対する効果が大きい領域です。その下に、頻度は高いが効果の小さい遺伝的変異や、頻度は低いが効果が大きい遺伝的変異が数千あるというイメージでしょうか」と鈴木先生は解説する。(関連サイト情報1参照)
同プロジェクトでは、世界でもまだ研究が進んでいない"重症化の因子"にも注目している。「重症化の研究が進みにくい理由としては、1万症例集めても、例えば糖尿病性腎症が進行して透析になるのは数%ほどと、頻度がそれほど高くないことが挙げられます。糖尿病のような多因子疾患は1つ1つの遺伝的変異の寄与は小さいため、サンプルサイズが大きくないと全貌を知ることは難しい。本プロジェクトでは、国内の大規模バイオバンクやコホートと連携しているため、これまでにない規模で研究を進められます。」
今回の研究方法における課題は、さまざまな要因により混入する偽物の遺伝的変異をできる限り抑え、糖尿病に対して本当に影響がある遺伝的変異だけを見つけることだ。「A地方の糖尿病の患者さんとB地方の糖尿病でない人を比較した場合、その差異は糖尿病の有無なのか地域差なのかがわからない。解析する人数が数十万単位になると、このバイアス(偏り)が目立ってきます。一般的には主成分分析を行って補正に入れることで、サンプルのバイアスはある程度コントロールすることができます。主成分分析だけでは難しい場合には、一般化線形混合モデル(linear mixed model)などの手法を用いたり、研究デザインを工夫したりして、偽物の遺伝的変異がつり上がってこないようにコントロールしています」。
iPS細胞、手術・剖検検体、実験動物も用い、遺伝的変異が糖尿病や合併症に与える影響を調べる

糖尿病に関連する遺伝的変異が見つかっても、ゲノムワイド関連解析などの手法だけでは、どのようにして糖尿病や合併症のリスクが引き起こされるのか、そのメカニズムを解明することは難しい。 そこで、同プロジェクトでは、iPS細胞、手術・剖検検体、および実験動物において、オミックス実験やマウスでのゲノム編集技術を使い、2型糖尿病の疾患感受性領域が疾患リスクを上昇させる分子生物学的メカニズムを解明し、治療薬ターゲットの探索につなげる。
具体的には、患者の血液等を使って作製したiPS細胞を、脂肪細胞やインスリンを分泌する膵臓のβ細胞といった糖尿病に関連する細胞に分化させて遺伝子変異を導入し、その変化を調べる。また、糖尿病患者から同意を得て手術で採取した内臓脂肪などの検体から、ヒストンのメチル化やアセチル化といったエピゲノム解析を行い、全ゲノム解析研究と照らし合わせて相関を見る。
「iPS細胞は、きちんと分化させることが難しく、作製に熟練が要されるそうです。しかし、ヒト由来のiPS細胞において遺伝的変異を加えることで、どのような変化がもたらされるのかを見ることができるツールとして、活用が試みられています。」
鈴木先生は、内科医として東京大学病院などで診療する一方、学生時代から興味を持ち、学んできたデータ解析の知見を、このプロジェクトで活かしている。「最初の肝になる研究は、まとまりつつある段階です。特に、SNPの詳細な解析が進んできました」。
糖尿病の発症や重症化の解明、予防方法の開発、ひいては、健康増進や医療費節減につなげるという大きな目標に向かい、着々と研究が進められている。
インタビュー動画
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研究者経歴
1985年、東京都生まれ。2010年に東京大学 医学部 医学科卒業。国保旭中央病院、JR東京総合病院を経て、2013年4月より現職。 専門は内科学、糖尿病、ゲノム科学。
掲載日 平成30年1月31日
最終更新日 令和2年3月30日