アーカイブ ヒトゲノムの変異や遺伝的多様性を網羅的に検出する、先進的シークエンス情報解析技術基盤の開発

藤本 明洋
京都大学大学院医学研究科 特定准教授
遺伝的な多型や変異は、がんなどをはじめとする病気のリスクに影響する。しかし、この要因を解き明かす鍵となるヒトゲノム情報において、すべての遺伝的な変異や多様性が見つかっているわけではない。ヒトゲノムと遺伝的多様性の“地図”は未完成で、穴があるからだ。どこかわかっていて、どこがわかっていないかということも明確にしにくい。先行研究では充分だと思われていたとしても、地図情報として十分ではない可能性がある。
「自分たちは、シークエンスデータの新しい解析手法を開発し実験的な検証を行うことによって、その地図の穴を埋めたいと思っている。その穴にみんなが見逃している、重要な情報があるかもしれない。」と藤本 明洋先生は語る。
実験や解析方法を変えながら、生命の根本であるゲノム情報を深く理解する

最新式の非常に小型なもの
を活用している。
での解析方法だ。
この2つの理由を踏まえながら、藤本先生はAMEDゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「先端ゲノム研究開発」プロジェクト「先進的シークエンス情報解析技術基盤の開発」(2016年採択)の研究代表者として、新たなヒトゲノム解析方法の構築を目指している。具体的には、既存の方法で調べられおり、かつ、研究結果を広く公開するための倫理的な条件を満たした健常者のものを含むサンプルを用いて、実験や解析方法を変えながら、深堀りするように、これまで見つけられていない変異や多様性を見つけようとしている。ゲノムの見えなかったところやデータが薄い、もしくは、ないところをきれいに見えるようにして、正常と異常の違い、その違いが何を引き起こすのかを明らかにしたい。そのために、共同研究者である東京大学大学院医科学研究科 助教の白石 友一先生とともに、遺伝的なバリエーション・パターンを予測し、それを検出するためのプログラムを作成、実験的な検証をしながらプログラムをトライ&エラーしながらチューニングしている。実験的な検証では、既存のデータとの整合性、今まで見えていたものがちゃんと見えるかの精度を確認した上で、さらに違うものが見られることを証明する。
藤本先生と白石先生は、8年前に 理化学研究所 横浜キャンパスの同僚として出会い、今回のプロジェクトを二人三脚で進めている。現在、4年半のプロジェクトのうちの2年目だが、実験データがきちんと取れるようになり、これから詳細な解析を進めるところだ。
肝炎ウイルス由来の肝臓がん300例・全ゲノム解読から肝臓がんを発生・増悪させる38のドライバー遺伝子候補を同定、最終的に患者生存率の異なる6タイプへ分類成功
藤本先生の研究ヒストリーは、植物のゲノムから始まった。東京大学大学院医学系研究科の徳永 勝士先生の研究室で人類遺伝学に発展し、ここ数年間は、がんゲノムの変異に関する研究に取り組んできた。「ゲノムという点で方法論は同じですが、ヒトについてはこれまでの知見が大量にあることから、日々勉強しながら取り組んでいます」と藤本先生。
がんゲノムの研究では、2016年4月に肝臓がん300例の全ゲノム解読に携わり、大きな成果を上げている。藤本先生が副チームリーダーとして関わったこの研究は、世界最大規模のがんゲノム研究の共同体である国際がんゲノムコンソーシアムの研究の一環として日本が分担する肝炎ウイルスが原因となる肝臓がんのゲノム解析だ。対象は肝炎ウイルスによって発症した肝臓がん300症例で、肝臓がん組織と血液からDNAとRNAを抽出してシークエンスし、点突然変異、短い配列の挿入や欠失、コピー数変異、構造の異常などを網羅解析した。その結果、1つの肝臓がん組織には約1万か所のゲノム異常があることを報告。また、ウイルス性肝臓がんを発生・増悪させるドライバー遺伝子の候補として38の遺伝子を同定した。そこには、すでに知られていた肝臓がんの関連遺伝子のほか、多数の新規のがん関連遺伝子の点突然変異や染色体構造異常(数百から数百万の塩基配列の変異)が含まれている。さらにDNAのタンパク質をコードしないノンコード領域やノンコードRNAでも多数の変異も見つけられた(図1)。
肝炎ウイルスのゲノムとともに、病原性がないとされるアデノ随伴ウイルスのゲノムが肝臓がん組織のゲノムに挿入されていることも明らかになった。これは、アデノ随伴ウイルスが肝臓がんの発症や増悪に関連している可能性を示唆している。最終的にはゲノム情報から肝臓がんが6つのタイプに分けられ、そのタイプによって患者の生存率が異なることを発見するに至った。「この結果は、肝臓がんの個別化医療のための基礎データになると考えられます」と藤本先生は振り返る。
このような一連のゲノム研究の過程では、新規に開発されたゲノム解析の技術を取り込んで研究を進めてきたが、非常に長く塩基配列を決められるようになったものの、現状ではまだエラーも多いため、解析結果を細かく注意して見る必要があるという。
遺伝的多様性や突然変異の要因解明に向けて異分野の2人が描く詳細なヒトゲノムの地図


「ゲノム解析は膨大なデータで、新しい発見から、生物学的な面白さがあります。そこもやりたいところですが、今は自分の統計学の力を活かして新しい解析手法の提供や、生物学の研究者の誰もが使いやすいソフトを作ることに主眼を置いて研究しています。」
このプロジェクトによって、専門分野の異なる二人が、違う見方で、"ヒトゲノムという地図の穴を埋めてプラットフォームとして公開する"という1つの目標めがけて走ることができる。その成果は、今後のバイオロジーや疾患の研究の重要なツールになるだろうと藤本先生は考える。「私たちの研究成果を論文として発表し、同時に解析の元データやプログラムを公開することで、他の研究者に地図の穴が埋まっているかを見ていただきたいと思っています。」
しかし、まだ研究として乗り越えるべき大きな課題がある。それは、遺伝的多様性や突然変異の要因を解明するために必要な、"ゲノムの繰り返し領域"と呼ばれる非常に複雑な配列の読み取りだ。その領域については先行研究が乏しく、寄って立つデータが少ない。そのため、新しい方法を考えながら、しっかりとした実験的な検証と統計の力によって、潜む法則性を明らかにする必要がある。「白石さんや私がこれまで行っていた方法を元に、それをさらに発展させて、改良しながら進めています。手間はかかりますね。今は、頑張ります。」と藤本先生は穏やかに笑った。
このプロジェクトでは、基盤となるゲノム解析の基本的技術の開発が目的だ。個別の疾患研究を進める方々によって、このプロジェクトで開発した新しい技術が用いられ、遺伝的多様性や突然変異の要因解明に貢献することを藤本先生らは願っている。
(取材日:2017年6月30日)
インタビュー動画
- コラム研究者紹介(youtube動画)
推薦論文
雑誌名 Nature Genetics
号、発行年 48: 500-509 (2016)
研究者経歴
富山県生まれ。2003年に九州大学理学部生物学科卒業。2008年に東京大学大学院医学系研究科修了。理化学研究所・次世代計算化学研究開発プログラム、理化学研究所・ゲノム医科学研究センター、理化学研究所・統合生命医科学研究センターを経て、現在、京都大学大学院医学研究科 特定准教授。
関連リンク
掲載日 平成29年9月1日
最終更新日 令和2年3月30日