アーカイブ 筑波大学附属病院 つくばヒト組織バイオバンクセンター

筑波BB写真

[取材協力]
つくばヒト組織バイオバンクセンター 部長、筑波大学附属病院 腎泌尿器外科 教授 西山 博之先生
つくばヒト組織バイオバンクセンター 病院教授 竹内 朋代先生

日本の多くのバイオバンクで分譲利用が伸び悩む中、つくばヒト組織バイオバンクセンターは積極的に学外へ分譲配布し、同センターが考える“バイオバンク本来の役割”を果たそうとしている。2009年から行ってきたがん患者から摘出したヒト試料(組織、⾎液など)の収集・保管とは別に、2018年からオンデマンド型分譲も運用し始めたことによって問い合わせが右肩上がりに伸び、2018年1月から12月までに問い合わせだけで20件、そのうち13企業と面談に至った。 スタッフ5名で小規模に運営する医学部附属病院併設のバイオバンクだが、小規模ならではの小回りの良さを強みとし、新設の基礎研究支援部門も含め全力で利用者ニーズに応えていく。そうして試料を使いやすくすることで、研究力へ貢献することを目指している。

冷凍保存しても、求められることのなかった試料

写真1:保管室を案内する竹内先生

生体試料を保存している2つの冷凍庫がコンパクトに設置されている保管室へ案内する竹内 朋代助教は、つくばヒト組織バイオバンクセンター発足のキーパーソンとして、2009年にバイオバンクが始動した当初から運営に携わっている。このバイオバンクを大幅に拡大させる予定はない。そもそも、利用目的ないままに貯め込む症例数を増やすことを目指していないからだ。

筑波大学でバイオバンク稼働が本格化したきっかけの1つは、東日本震災だった。以前は各研究室が研究に必要な試料を集め、各自で管理してきた。しかし、つくば市は地震による打撃が大きく、停電や破損によりフリーザーが停止し、多くの生体試料が解凍されてしまったのだ。以後、予備電源を有するバイオバンクという専門の組織が試料を安全に管理し守る体制に注目が集まった。

しかし、最初の構想からは目指す姿を大きく変えて今に至ったという。
「元々は、多くのバイオバンクのように試料を凍結保存して、ストックしたものを提供する方式のみを思い描いていましたが、予想に反して、冷凍保存したものを"欲しい"という方が、ほとんどいませんでした。使われないのに保存するのでは維持費ばかりかかってしまう上、試料を提供してくださる患者の方々の思いが無駄になってしまうと感じていました」(竹内助教)。
そこで当時、つくばライフサイエンス推進協議会の中で企業等の要望を掘り下げたところ、研究用途により、必要な試料が全く異なることを実感した。汎用性が高く、決まった調製を施した試料では、わざわざバイオバンクに分譲を申し込むメリットがないというのだ。
例えば血液。まず、そのまま凍結するか、血漿成分・細胞成分に分けて凍結するかという選択がある。また、最終目的がRNAやDNAを抽出することか、脂質やメタボロームなどの代謝系の解析をするのかでは、保存の仕方が大きく異なる。凍結しない新鮮な血液の場合でも、分離方法によって、得られる情報は異なる。

そのような点を考慮し、つくばヒト組織バイオバンクセンターがたどり着いた理想の形は、"研究用途に合わせて質の高い試料を提供していく"ことだった。そのためにはフットワークの軽さを活かし、試料収集に限らずあらゆる面で使用申請の壁となっているものを取り省いていく。研究者が積極的に使用できる試料を調達することをバイオバンク本来の姿と捉え、最終的につくば地区、そして日本全体の研究力への還元を今では目指している。

小規模だからこそ生まれる豊かな試料バラエティ

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図1:凍結保存試料の部位と症例数

勝負所は、試料バラエティの多様さだ(図1)。多くのバイオバンクが血液を中心に扱うなか、組織も扱っている。組織は処理する手間が血液よりかかり、外科の医師らとの協力関係も必要となるため、収集する症例数は少ないが、"保存されている試料があるならそれを分譲し、ないなら新規で集める"というオンデマンド型の対応で細やかな「特注」を受けている。

試料の保存法も、小規模ならではの工夫を凝らしている。要望のあった試料を診療科で、期間を限定しながら必要な分だけ集め分譲するため、大規模な保管場所を必要とせずに運営している。これまでは、要望の多いがん組織はもちろん、炎症性疾患の組織、病変組織と同一患者の血液のセット、などのリクエストにも対応してきた。少し特殊なリクエストとしては爪、眉毛や睫毛、睫毛のついたまぶた、A4程の大きさの皮膚などの要望もあった。中には対応が難しく要望に応えられないものもある。また、製薬会社だけでなく化粧品会社や食品会社からの問い合わせもあった。医薬品開発やゲノム研究分野だけでなく、人試料を必要とするあらゆる研究分野へ提供を目指している。

特に、凍結する前の新鮮な組織を提供できる点は特徴的だ。
「意外と多くの研究者が欲しがったのが凍結する前の新鮮な組織でした。一方、生ではなくても、凍らせずにホルマリン固定をしてほしいと言う人や、逆にホルマリンではない資材で固定したものやOCT(迅速標本作製用包埋剤)標本、パラフィン包埋ブロック(写真2)を求める人もいました。できる限りその要望に寄り添うことができたら、という観点がきっかけで、今回さまざまな形での分譲を始めました」(竹内助教)。

写真2:パラフィン包埋ブロック薄切の様子

新鮮さを追求する理由がもう1つある。凍結した試料であれば、海外の営利団体からすばやく簡単に購入できてしまうことだ。センター長の西山 博之教授は、資金的なコストで解決するのであれば、あえて倫理委員会などの手続きを通して日本の小規模バイオバンクから分譲を受けるメリットは少ないと指摘する。
「筑波(大学)の中でさえ、公的なバイオバンクから分譲を受けるよりも、買った方が早いと思っている基礎研究者は多いです。営利団体からは手に入らず、かつ日本国内にあることによって意義がある生体試料とは何かということを考えると、海外から空輸するのでは新鮮さが損なわれる生きた状態の細胞や、不死化させた細胞株になる前の状態の試料だ、という結論にたどり着きました」(西山教授)。
新鮮さを保証するため、採取から処理するまでの経過時間も記録する。最もフレッシュな状態では、標本摘出後30分で提供する驚くほどのスピード感だ。

情報と、実物の質へのこだわり

提供試料のバラエティの豊かさ、スピード感に加え、臨床情報の質もこだわりの1つだ。保存試料と電子カルテがIDでリンクされているため、試料提供者の診察情報は常に最新の状況に更新することができる。術後の患者の状況も分かる。多施設から試料を集めるバイオバンクの場合、集めた時点のデータでプロトコル化されることが多いが、筑波大学は一施設の中に病院とバイオバンクがあるため、診療情報がシームレスにつながり抽出できる。薬剤開発がリアルタイムで進化し続ける中、その研究のニーズ状況に応じて臨機応変に対応することが可能になる。その上、ある程度欲しいデータのイメージさえあれば、適切な付随データをバイオバンク側で抽出して研究者に提供することもできるため、研究者の負担が格段に軽減される。
「例えば『3年前に保存し、その後再発した肺がん患者の組織』や『乳がんで今はトリプルネガティブの患者の組織』など特殊な病理結果や他の遺伝情報、そして術後化学療法をした後、効いた・効かないということもわかった病理組織も抽出して分譲することができます。また、分譲依頼をした時と、実際に分譲を受ける時で本当に欲しい情報が変わる場合もあります。最初の研究計画から研究デザインが変わる際に対応できることも、病院と共に単一機関の中にあるバイオバンクだからこそできることです」(西山教授)。
さらに、新鮮な組織に潤沢な付属情報がつくことで3D培養や初期培養等に使うことができる。「物質が持つさまざまな効果を、病名と病状とが合った組織で調べることができるのは、筑波大学だからこそと思います」と西山教授は語った。

企業や研究者にとっての使いやすさを追求した分譲中心のオンデマンド型試料提供

写真3:西山先生

これまでは圧倒的に企業からのリクエストが多く、全案件の8割程を企業が占める。企業と二人三脚で歩む中で、バイオバンクの有用性も日々向上しているという。
細やかなサポートを提供する上で鍵となるのは診療科との連携だ。大学病院内で体系化されていないつながりを実現させ、協力体制を築いていけるのは、竹内助教の尽力が大きい。「初めてお問い合わせくださる企業の場合、明確に"こういった試料が欲しい"とまで言いきれないところから始まることが多々あります。もし、バイオバンクがなかったなら、各企業が各診療科に直接行って分譲交渉することになりますが、漠然と"試料が欲しい"と言われても診療科では対応できず、話が破談になってしまいます。そこを粘り強く両方をマッチングさせるのが竹内助教とバイオバンクの最重要業務とも言えます」(西山教授)。

企業のニーズから通常では集めない炎症性疾患や、アレルギー性疾患などで組織を取った部位のものも集めるようになったが、そこことが口コミでほか企業にも広がり、対応するうちに種類のバリエーションが増えたという。
こうしたニーズをくみ取った分譲に向けて、まずは試料の希望者と面談を行う。具体的にどのような試料が必要なのか洗い出し、倫理審査など必要になる手順について説明する(図2参照)。審査には最多段でも1ヵ月かかるという。今年本格化してから、想定していなかった問題点や難点が見えてくるようになったと西山教授は振り返る。
「さまざまな企業に分譲をしたノウハウを蓄積したことで、別の会社が来たときにも、『こういうものは要らないのですか』とか、『こういうふうにされたらどうですか』という助言も少しずつできるようになってきました。『ここまでしかもらえないのではないか』と思って来た方には、『こういうものもできますが、お金がこれだけ追加します』などといった提案もしています」(西山教授)。

面談後は、スタッフが診療科の医師と、リクエストのあった試料を集める難しさや実現可能性を話し合う。
そして、倫理審査が入る。一般的に、倫理審査の際は、オプトアウトを行なっていても倫理委員会に研究概要を開示する義務や、多くの場合、提供元との共同研究とする縛りが出てくる。企業の場合、研究を公示されるよりは、3倍の価格を営利団体に払ってでも機密を保持できた方がメリットは大きい。
つくばヒト組織バイオバンクセンターはこの壁を排除した。試料の分譲の際は筑波大学と共同研究契約を結ぶ必要はなく、試料を使用して得られた研究成果や知的財産権はひとえに分譲先の研究者に帰属する。こうした段階を踏み、半年経つ頃に最終的な分譲に至る。手数料は、純粋に資材にかかる費用や維持費のみで、非営利団体の場合はさらに減額して分譲が可能だ。

図2:試料分譲の流れ
筑波大学附属病院の倫理審査委員会で分譲に関する審査を実施、契約等の手続きは事務が行う。

本当に使って欲しいのは、大学内部

企業との連携に勢いがあるものの、根底にある狙いは筑波大学、そして日本全体の研究力への還元だと西山教授は強調する。バイオバンクを使った外部の研究者が筑波の研究について詳しく知り、その後、大口の共同研究に発展していくのが理想の形だ。
「欧州へ視察に回った際、海外のバイオバンクは自前で集め試料を内部でフル活用し、外部にまで回らないこともあると知りました。そのくらい筑波大学の研究力も上がってくれればいいと思います。最終的には官民問わず日本の研究力の向上につながれば、というのが私たちの想いです」(西山教授)。
特に注目すべきは、製薬における研究力の向上だ。
「今多くの製薬会社は、薬に対するリンパ球の反応を研究しています。薬剤の反応性を研究する場合、遺伝子やゲノム情報だけでなく、薬剤への反応性などの表現型が合わさるか・合わさらないかという情報は大きな価値につながります。これから日本がゲノム医療実現を目指すには、ゲノム情報とそれに応じた表現型等とをどう合わせてデータをとるか考慮するのが大切になってきます」(西山教授)。

そんな中、課題は大学内部でバイオバンクの認知度を上げることだ。ここ数年、竹内助教が地道に学内ネットワークを構築しPR活動をした甲斐もあり、認知度は飛躍的に高まった。だがまだ、試料収集から手掛けて自己完結した方が早いと感じる研究者や、ヒト試料を同センターで扱っていることを認識してない研究者も多いという。
使いやすさをアピールすることが利用率向上へつながる。そこで、ユーザーファーストのスタンスを極める動きとして立ち上げたのが基礎研究支援部門だ。時間のかかる技術的な作業をバイオバンク側で請け負うことで、研究者個人々が試料の保存方法や、DNAシークエンスデータの取り方などの技術を覚えなくとも研究に適した試料が得られ、解析が進められるようにサポートする。西山教授が言うには、「純粋に医学を進めることに注力」してもらい、研究力に貢献することが狙いだ。「例えばDNA、もしくはRNAをどのように取ったら、どのような解析に使えるかというのは、各研究室の技術スタッフや大学院生が試行錯誤を繰り返しながら覚えていきます。それが基礎研究支援部門を立ち上げたことで全て中央化されました」(西山教授)。

図3:研究用標本作成申込書(学内用(抜粋)画像をクリックするとPDFが開きます)

試料の提供と同様に、研究支援においても細かいオーダーに対応できる。
「臨床の先生方は時間に追われながら研究をされているので、自分でDNAを抽出したり、何かを染色して研究をするところまで至らないのが現状です。技術的なこと、試料採取やブロック作製、染色、DNA抽出、シークエンスなどは、これからこちらで全部受けられますので、『この症例についてこのような染色をしてほしい』、または、『その結果だけが欲しい』というようなリクエストにもお応えできます。もしくは、DNAを抽出して、シークエンスをして、その結果を解釈したいというようなことにも対応ができますので、今後活用していただきたいと思います」(竹内助教)
並行して、さらに研究力向上につながる動きもどんどん進んでいる。2019年1月から、つくば予防医学研究センター(人間ドック)で余った血液なども、同意していただいた方の分について提供可能になる。これまで、がん組織のがんではない部分など、いわゆる「正常」な部分の分譲にも多くの要望があったが、これからは健常者の組織も提供できるようになる。

日本国内にあって、意義のあるバイオバンクとは何か。
産学両側の研究者に寄り添いながら、日本の研究力に還元できるバイオバンクを目指し続ける。

(取材日:2018年11月30日)

インタビュー映像

研究者経歴

西山 博之(にしやま ひろゆき)
1965年、京都府生まれ。1989年に京都大学 医学部 卒業、1998年京都大学 大学院医学研究科 修了。 博士(医学)。1989年に京都大学医学部附属病院 研修医、1990年から大阪赤十字病院 医師、1998年にインペリアル癌研究基金(英国) 研究員。2000年に京都大学 大学院医学研究科泌尿器病態学 助手、2005年に同大学 大学院医学研究科器官外科学(泌尿器科) 講師、准教授を経て、2011年より教授。2018年より現職(つくばヒト組織バイオバンクセンター 部長)。専門は、外科系臨床医学、泌尿器科学。

竹内 朋代(たけうち ともよ)
神奈川県生まれ。2003年に筑波大学 大学院医学研究科 修了。 博士(医学)。2009年より筑波大学附属病院 つくばヒト組織バイオバンクセンター 助教を務め、2018年より現職。専門は、組織培養学。

掲載日 令和元年5月14日

最終更新日 令和2年3月30日