疾患基礎研究課 肝炎等克服実用化研究事業(肝炎等克服緊急対策研究事業)における令和3年度課題評価結果について

令和3年度「肝炎等克服実用化研究事業(肝炎等克服緊急対策研究事業)」の事後評価結果を公表します。

事後評価

1.事後評価の趣旨

事後評価は、研究開発の実施状況、研究開発成果等を明らかにし、今後の研究開発成果等の展開及び運営の改善に資することを目的として実施します。

肝炎等克服実用化研究事業(肝炎等克服緊急対策研究事業)(以下、本研究事業)では、評価委員会を以下の日程で開催し、本研究事業における事後評価の評価項目に沿って、評価対象課題別に書面審査にて事後評価を実施しました。

2.事後評価委員会

開催日:令和4年1月12日

3.事後評価対象課題

4.事後評価委員

令和3年度 課題評価委員(9名)
評価委員   所属施設・職名/称号
大座 紀子   佐賀県医療センター好生館 肝胆膵内科 部長
大谷 直子   大阪市立大学大学院医学研究科 教授
恩地 森一   愛媛大学 名誉教授
西原 利治   高知大学 名誉教授
田中 榮司 委員長  信州大学 特任教授
中沼 安二   福井県済生会病院  顧問
槇島 誠   日本大学 医学部 教授
松浦 善治   大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任教授
松谷 有希雄   国立保健医療科学院 名誉院長

(敬称略 50音順 令和4年1月12日現在)

5.評価項目

  1. 研究開発進捗状況
  2. 研究開発成果
  3. 実施体制
  4. 今後の見通し
  5. 肝炎対策の推進
  6. 研究を終了するにあたり確認すべき事項

6.総評

本研究事業は肝炎の予防、診断、治療に係る技術の向上、肝炎医療を行う上で必要な医薬品、医療機器の開発につながる、基盤技術の開発も含めた基礎・臨床研究を推進することとしています。本研究事業の事後評価に際して、研究開発課題を以下のように3つに分類(B型ウイルス性肝炎に関する研究、C型ウイルス性肝炎に関する研究、肝硬変・代謝性肝炎等に関する研究)し、研究開発期間(平成31年度~令和3年度)における特に顕著な成果を記載いたします。

B型ウイルス性肝炎に関する研究

B型肝炎に関する研究では、治療実績の改善を目指した新規治療薬・治療法の開発や核酸アナログ製剤を安全に中止する方法の確立等に向けた研究が行われました。B型肝炎ウイルス(HBV)は不完全二本鎖DNAウイルスで、一度体内に感染すると肝細胞の核内にcccDNAとよばれる安定な環状二本鎖DNAを形成して増殖します。このHBV cccDNAを完全に排除することは難しく、B型慢性肝炎に対する標準治療である核酸アナログ薬の服用を始めると一生服薬を継続せざるを得ず、ウイルス変異の発生、患者さんの負担や医療経済的にも大きな問題となっています。そのためB型慢性肝炎では継続的な服薬なしで、HBs抗原陰性、HBs抗体陽性、かつHBV-DNAを検出しない状態となる”functional cure”が治療ゴールとして設定されています。B型肝炎の抗ウイルス療法における将来的な核酸アナログ中止を実現するために核酸アナログ治療によりHBV DNAを検出限界以下へと減らし、その上で免疫反応を介して残されたHBV感染細胞の排除を目指すための研究が進められ、HBs抗原消失予測免疫バイオマーカーの選定、さらにその免疫応答を人為的に強化するような新規免疫賦活化剤の検討が行われました。HBV cccDNAの排除を目的としたHBV持続感染機序解明のため、cccDNAに結合し作用する宿主タンパク質を網羅的に同定する研究も進められ、近年進歩が著しい遺伝子編集技術を用いたHBV cccDNAに結合し作用する宿主タンパク質を網羅的に同定する手法が開発され、実際にそれを用いて複数の宿主タンパク質がcccDNA結合タンパク質として同定されました。また、HBVのRNAに着目した研究が行われ、臨床現場で必要とされているfunctional cureを達成する化合物、肝発がん機構とその抑制法、cccDNA近傍に存在し病態生理に関わる宿主蛋白やRNAなどが新たに同定されました。B型肝炎の治療では、逆転写酵素阻害薬(核酸アナログ薬)の投与が主流ですが、現行の治療ではウイルス排除を達成することができません。これは現行の治療薬では、標的分子であるHBVのポリメラーゼ(HBV-POL)を完全に阻害できないため、肝細胞のターンオーバー周期と共にウイルスが排除されず、一定のウイルス複製が継続していることを示しています。十分なHBV-POL阻害を達成する薬剤開発をするには、全長HBV-POLタンパク質や立体構造に基づいたスクリーニング、in silico設計が必要ですが、全長HBV-POLの発現が困難で、結晶構造解析が行えない状況にあります。そこで本事業では全長HBV-POL発現システムを構築する研究が実施され、その結果、逆転写酵素活性に関連する宿主であるヒト遺伝子を複数同定しました。それらに対する阻害薬のスクリーニングが行われ、シーズ化合物が同定され特許出願されました。B型肝炎の発症、病態進展については、これまで多くの研究がなされてきましたが、いまだ全貌は解明されていません。そこで、関連するウイルス因子、宿主因子の同定や因子同士の相互作用などについて詳細な臨床情報に基づく世界最大規模のGWASや肝臓組織試料のがんゲノムオミクス解析が実施されました。その結果、複数の新たな感受性遺伝子を見出すとともに、ホスト因子(HLA)とウイルス因子(ウイルス変異)の組み合わせによる新たな肝発がんのメカニズムが存在することを明らかにされました。

C型ウイルス性肝炎に関する研究

C型肝炎ウイルス(HCV)は直接作用型抗ウイルス薬(DAA)による治療の普及により、体内から排除可能になりましたが、薬剤耐性ウイルスの出現による治療不成功の問題やウイルス排除(SVR)後の肝障害や肝発がんの問題は依然として残っており、これらに対処するための研究が求められています。SVR後発がんについては多くの知見が得られました。C型肝炎から肝発がんにいたる時間および空間的変化の解析が行われ、いくつかの宿主因子(semaphorin6a、CD4、CD8、hTERT、ラミンニンγ2、Mint3、HNF4α)及び脂質代謝が発がんに重要な分子であることが示され、これらの標的に対する診断薬および治療薬の開発研究が行われました。次世代シークエンス法を用いてC型肝炎ウイルス遺伝子情報と病態との関連を詳細な解析した結果、DAAの治療効果・治療最適化・線維化・肝発がん・予後において重要な知見が得られました。ゲノムワイド研究により一塩基多型(TLL1 SNP、SVEP1 SNPなど)が、また、オミックス解析によりミトコンドリア形態維持に重要な遺伝子(MRP1遺伝子)の発現亢進やマイクロRNAなどが見出されました。C型肝炎患者のSVR後の病態や予後に関連する要因がそれぞれ明らかにされ、新規診断・治療法の開発が進められています。
本邦ではこれまで抗ウイルス治療の適応が無かったC型非代償性肝硬変症例に対して、2019年2月にDAA治療が承認されました。そこで、全国26施設においてC型非代償性肝硬変症例に対するDAA治療の安全性および有効性、DAA治療後の短期経過についてコホート研究が行われました。その結果、肝硬変に対するDAA治療は、非代償性肝硬変を含めて治療完遂率およびSVR12達成率がともに高かく、特に非代償性肝硬変では、治療終了後の速やかにアルブミン値の上昇をはじめとした肝予備能改善効果を認めました。一方で、非代償性肝疾患イベントの発生率や肝発がん率はウイルス排除後も高いことが明らかになりました。欧米では数年前からC型非代償性肝硬変症例に対してDAA治療が可能であり治療成績が報告されていますが、本邦のC型非代償性肝硬変症例は欧米に比べ高齢であり、本邦では肝移植が限られている点から、本邦での実態を明らかにしたことには臨床上大きな意義があります。
HCVは、自然及び獲得免疫応答を巧みに回避することにより排除されずに慢性感染・炎症を引き起こし、肝硬変、肝細胞がん(HCC)発症の原因となります。ナチュラルキラー細胞(NK細胞)による細胞性自然免疫応答システムを賦活化することにより、C型肝炎における肝発がんを予防する方法の開発が進められています。肝がんにおける自然免疫機構に関与する遺伝子発現や腫瘍内免疫応答の特徴などを把握する研究が行われ、新規創薬標的遺伝子候補としてSMC4、 MCM7、MIR17HGが発見されました。また、ADAM9を介したMICA切断阻害薬として、ロイコトリエン拮抗薬とレチノイド類縁体が同定されました。
免疫回避機構を断ち切る創薬や免疫療法の開発が可能となれば、耐性変異ウイルス出現を防ぎ、発癌を抑止し得ることから、多機能幹細胞を用いた自然免疫再構築により、HCVを含む感染症予防及び発癌を抑止し得る免疫細胞療法の確立を目的とした基礎及び臨床研究も行われました。肝移植及び肝切除に対する臨床研究を実施され、NK細胞誘導方法の効率化及び樹状細胞ワクチン療法の開発を継続しています。

肝硬変・代謝性肝炎等に関する研究

肝硬変や肝発がんについては、線維化や発がんの機序を解明し、病態進展や合併症の評価につながる研究および予防につながる研究が必要です。しかし、SVR後やHBV制御下、および非ウイルス性の肝がんの病態進展に関与する病態形成機構の解析は、適当なin vitro疾患モデルがないために十分に進んでいません。そこで、ヒトiPS細胞由来の疾患解析モデルの研究が進められました。このモデル用いた肝病態や肝がんの進展機構を解明が行われ、新規の治療標的候補が見出されました。
また、肝線維化は患者の予後に影響を及ぼすのみならず、肝発がんの危険因子で、抗ウイルス剤等の開発に加えて、肝脱線維化を可能とする薬剤開発が急務です。サイトグロビン(cytoglobin, CYGB)の肝脱線維化剤としての有効性確認研究が行われ、肝星細胞の脱活性化促進による線維化抑制および細胞内活性酸素蓄積阻害からの細胞保護作用が示されました。
ウイルス性肝炎の治療や診断薬開発や病態解明を目指して動物モデルや感染細胞モデルを用いて研究が行なわれています。ウイルス性肝炎感染症に対し、肝細胞のウイルス排除機構を詳細に解明することを目指し、ウイルス核酸特異的なパターンを認識するRIG-I様受容体やToll様受容体に依存的に活性化する経路とは独立して機能する、新たな抗ウイルスシグナル伝達の仕組みの存在が明らかになりました。肝細胞のもつ抗ウイルス機構を解析し、恒常的に発現して肝細胞の抗ウイルス状態を維持する転写因子IRF1(インターフェロン制御因子1)の機能的な重要性を見出し、さらに転写因子IRF1を起点としたシグナル伝達経路に加え、脂肪酸の不飽和化を介したウイルス抑制の仕組みが新たに示されました。慢性C型肝炎による病原性発現機構の分子機序を解明する研究も進められました。SPP(シグナルペプチドペプチダーゼ)とHCVコアタンパク質の相互作用の研究が行われ、両者の相互作用がMHC class I分子の分解を誘導し、HCVの持続感染に寄与していることが明らかになりした。また、慢性B型肝炎では、マウスモデルの開発、肝発がんにおける免疫細胞の役割の研究が進みました。B型肝炎ウイルス感染症での線維化メカニズム解明、病態やウイルス複製に関わるマイクロRNAなどの研究も進みました。これらの研究成果は、ウイルス性肝炎のより良い診断法、治療薬開発の基盤情報となると期待されます。
近年HCVや非アルコール性脂肪性疾患(NALFD)との関連が示唆されているTolloid-like 1(TLL1)遺伝子の肝臓における機能を明らかにするためにはヒトモデルを用いた検討が不可欠です。そこで、iPS細胞由来肝細胞を用いたTLL1遺伝子の機能解析研究が進められました。その結果、TLL1遺伝子をノックアウトすることにより肝機能が向上し、TLL1遺伝子を過剰発現することにより肝機能が低下することが確認されまた。また、2種類のTLL1 isoformのうち、short isoformの方が肝機能抑制効果が強いことも明らかになりした。
NAFLDのうち、進行性の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、肝細胞への脂肪沈着に加え、炎症・線維化を伴い、肝硬変や肝がんへと至る進行性の疾患です。NASHは肝臓への脂肪沈着を特徴としますが、実際には肝線維化が進行すると肝組織中の脂肪沈着はむしろ減少・消失し、burned-out NASHと呼ばれる状態となり、肝硬変や肝発がんの高リスク群であることが知られています。本事業ではNASH 進展における脂質生合成経路の役割について解析が行われ、進行したburned-out NASHで生じているSREBP(sterol regulatory element binding protein)を介した脂質生合成機能低下は、リン脂質組成の変化を介して病態進行を促進している可能性が明らかになりました。これにより、リン脂質の補充や脂肪酸組み込み異常の是正が、進行NASHの治療法の一つとなる可能性が示唆されました。これらの研究成果の臨床応用がより促進することで、肝疾患患者のQOL向上や肝がん発症抑制に繋がり、生命予後の改善に寄与することが期待されます。
評価委員会は、事後評価対象の研究開発課題について全体として計画を超えて進捗があったと評価しました。「Bウイルス性肝炎に関する研究」では、B型肝炎に関する病態生理の解析や”functional cure”を目指した治療法開発につながる研究の進捗が認められ、それらの研究成果が評価されました。「Cウイルス性肝炎に関する研究」では、C型非代償性肝硬変におけるDAA治療の大規模臨床研究により治療期間中の安全性、ウイルス排除率、その後の肝病態の変化および予後に与える影響について有意な結果を得たことなどSVR後の病態や予後に関連する要因解析が進められたことが高く評価されました。「肝硬変・代謝性肝炎等に関する研究」については、それぞれの研究開発がユニークな研究シーズを保持し、研究開発が効率的・効果的に実施されたことや肝炎医療の発展を目指した有意義な基礎であることが評価された。
一方で、新技術を利用して得られた科学的成果については患者の病態との関連性を明らかにして医療に応用できるか今後の研究が必要であること、創出された研究成果は研究開発代表者を中心とした研究開発体制の下で総合的な観点から整理されることが必要であることが指摘されました。引き続き肝疾患克服のための基礎研究、実用化研究を推進する事が求められました。

最終更新日 令和6年1月29日