創薬企画・評価課 令和3年度 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の研究開発課題について

中華人民共和国で令和元年12月に初めて報告され、その流行が世界各国へ拡大している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関して、速やかな研究開発が必要な状況にあります。
この社会的緊急性に鑑み、政府全体の取組の一部として、AMEDは令和3年度に以下の通り研究開発課題を支援することを決定しました。

(1)新型コロナウイルス、COVID-19に関する基礎研究

各研究開発課題の進捗・関連情報については「AMEDの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する研究開発支援について(まとめ)」をご確認ください。

開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R2 河岡 義裕 東京大学 教授 動物モデルと患者検体を用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態メカニズムの解明 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の爆発的流行が世界規模で続いている。COVID-19症例の多くは、軽い呼吸器症状でおさまるが、高齢者や基礎疾患を有する者などは重度のウイルス性肺炎を併発して重症化し、死に至ることも少なくない。COVID-19患者はなぜ肺炎を呈し、時に重症化して死に到るのか、そのメカニズムは明らかにされていない。重症化患者に対する有効な治療法を確立し、さらに新規治療薬を開発するためには、COVID-19の病態メカニズムを解明することが不可欠である。
COVID-19の病態の全体像を理解するためには、ヒトと同じ病態を示すモデル動物の体内で起きているウイルス感染に対する様々な生体応答を解析する必要がある。研究代表者らは、生きた感染個体を細胞レベルから個体レベルで観察が可能なイメージングシステム(micro-CTと2光子励起顕微鏡)を、SARS-CoV-2感染動物に対応しているバイオセーフティーレベル3施設内に構築している。本研究では、この生体イメージングシステムと病理組織学的手法を用いて、SARS-CoV-2感染致死基礎疾患モデル動物の肺における炎症の広がり、感染細胞の同定、病態形成に関与する免疫細胞の解明、ならびに血液凝固系の破綻メカニズムを解析することで、COVID-19肺炎病態メカニズムを解明する。この研究で得られる知見は、重症化の予防法と重症化患者に対する適切な治療法を確立する上で有用な情報となる。さらに、本研究の生体イメージングと感染致死基礎疾患モデル動物を用いた解析システムは、新規薬剤の薬効評価にも利用できる。
本研究ではさらに、重症化に関与する分子マーカーを探索する目的で、感染動物から採取した血液検体を用いて、マルチオミックス解析を行う。動物モデルで同定したマーカーについて、患者検体中の濃度あるいは発現量を測定する。また、感染動物検体のオミックス解析のデータを既存の患者検体のオミックス解析から得られたデータと照合して検証する。これらの解析により、重症化に関与するマーカーが同定されれば、重症化を感染早期に予測することが可能となるとともに、これを標的とする新規COVID-19薬剤の開発につながることが期待される。さらに、薬剤を投与した患者検体中の重症化マーカーの量を測定することで、その薬効を正確に評価することができる。
R2 佐藤 佳 東京大学 准教授  COVID-19の発症と病態を規定するウイルス要因・変異の同定とその機序の解明 本研究では、特にウイルスタンパク質を摂動とする病態増悪と重症化の原理の解明を目的とする。まず、重症例、軽症例、不顕性感染例の検体を用い、ヒト遺伝子発現情報とウイルス配列情報を取得する。取得した、臨床情報が紐づいたウイルス配列情報に加え、公共データベースや海外研究協力者から提供された情報を統合し、感染病態の程度と関連するウイルス変異を網羅的に同定する。顕著な変異については、組換え変異体ウイルスを作出し、さまざまなヒト細胞や変異体ウイルス、各種阻害薬を用いたウイルス感染実験の時系列データを取得する。そのデータを数理解析し、感染動態の定量化と、より効果的な抗ウイルス薬の作用点を探索する。さらに、臨床検体情報、ウイルス配列情報、数理解析情報という階層および属性の異なる情報の統合解析により、病態増悪・重症化を規定する要因を導出する。そして、培養細胞などを用いた検証実験を実施し、導出された要因の生物学的な妥当性を担保し、ロバストな治療戦略として提案する。本研究で提案する学際融合研究の実施により、ウイルスタンパク質を摂動とする病態増悪と重症化の原理、流行株に出現する変異がCOVID-19の感染病態に与える影響、ウイルス配列解析そのものが病態進行のバイオマーカーとなる可能性、そして、よりロバストな治療薬の選択、投与時期、投与方法の提案として貢献できることが期待される。
R2 保富 康宏 医薬基盤・健康・栄養研究所  センター長 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)霊長類モデルならびにヒト検体を用いた病態解明に関する研究 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染では、基礎疾患保有者や高齢者においては重症化リスクが高いことが多数報告され、この対策には有効な動物モデルによる解析が重要な意味を持つ。カニクイザルはヒトと同じ霊長類に属する実験動物であり、ヒトに近い特徴を持つ。本研究では健康若齢個体、高齢個体、肥満個体(脂質異常症個体)に加え自己抗体誘導個体におけるCOVID-19の病態解明を行う。一方、COVID-19霊長類モデルではヒト臨床検体の解明による結果を反映させることが必須となることから、申請者らはCOVID-19患者から経時的に診療情報とそれに紐づいた臨床検体(血液、気道液など)を収集し、種々の解析を行っている。今回の申請ではここから得られた情報の霊長類モデルでの検証と、逆にCOVID-19霊長類モデルで得られた知見がこれらヒト検体ではどうかを検証し、ヒト患者とCOVID-19霊長類モデルの双方の情報を合わせ、COVID-19に対する新たな知見を得る。
R2 福永 興壱 慶應義塾大学 教授 新型コロナウイルス感染症の重症化阻止を目指した医薬品・次世代型ワクチン開発に必要な遺伝学・免疫学・代謝学的基盤研究の推進 現在世界中に蔓延している新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症、すなわちCOVID-19は全人類に対する緊急の脅威である。これまでに我々はCOVID-19の診療に携わる120以上の医療機関からなる全国ネットワークを構築し(コロナ制圧タスクフォース)、詳細な臨床情報が完備された、末梢血DNA、RNA、血漿試料の集積を進めてきた。症例登録は、本申請時点で2,000例を超え、また感染第三波の到来にともなって今後著しく加速することが予測され、目標症例登録数を6,000例に拡大する。こうして集積される、臨床情報と検体は、我が国のCOVID-19研究における最大のリソースであり、COVID-19の臨床・研究に不可欠な研究基盤を提供する。申請者らは集積した620例のゲノム解析を行い、日本人集団初のCOVID-19疾患感受性遺伝子を同定した(未発表)。本研究では、さらに症例集積を進め、重症例、軽症ないし無症候性感染者について、全ゲノムシーケンス、SNPアレイタイピング、超高解像度HLAタイピングを行い、ゲノムワイド関連解析により両群で有意にアレル頻度の異なるHLAアレルおよびその他の遺伝子座/多型を探索することにより、COVID-19の重症化を予測する分子マーカーの同定を進める。また、ゲノム解析のみならず、患者血漿を用いたプロテオーム・メタボローム解析を実施し、さらなるバイオマーカー同定を進める。また我々は最近SARS-CoV-2の気道・肺胞オルガノイド感染モデルの構築に成功し、同感染系と既存の細胞株での感染系を併用し、医薬品やワクチン開発のためのハイスループットスクリーニングシステムを確立する。そして、感染および未感染患者における末梢T細胞についてSARS-CoV-2エピトープと交差反応を示すT細胞分画の同定を行うことにより、日本人集団における SARS-CoV-2を含むコロナウイルス属に対する交差免疫の頻度と特性を解析する。本研究を通じて重症化予測のバイオマーカーの同定が達成されれば、重症化リスクによる層別化による効率的なCOVID-19医療体制の構築に貢献し、COVID-19の究極的な根絶に寄与すると期待される。
R2 杉山 真也 国立国際医療研究センター 副プロジェクト長 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態解明と治療薬開発に資する基盤研究 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は、無症候性、軽症、重症化に分かれるが、中でも重症化する患者に対しては、膨大な医療資源を投入する必要があり、世界的に医療崩壊のリスクが懸念されている。COVID-19で最も重要なポイントは重症者を防ぐことだが、重症者に対する特異的な治療薬は存在せず、対症療法で治療が進められている。この状況を打開するには、分子レベルで病態の理解を進め、COVID-19に特化した重症化治療薬、抗ウイルス薬の開発基盤を整える必要がある。
本研究代表者らは、先行研究において、重症化患者をいち早く診断することを可能とする血液検査マーカーを同定し、PMDA申請を進めた(CCL17、IFN-λ3、IL-6、IP-10、CXCL9)。CCL17は、軽症回復者では感染初期から正常値を維持するのに対して、将来の重症者では、その感染初期の軽症時から血中濃度が低値であった。このCCL17低値は、過去の感染症を含めた各種疾患で報告がなく、COVID-19の大きな特徴であった。また、残りのIFN-λ3を含む4因子は、重症化の数日前にフレアアップを示し、重症化のトリガーとなっている可能性が示唆され、CCL17低値からIFN-λ3等のフレアアップという経時的な流れと変化は、COVID-19の病態理解の鍵になると考えられる。この課題に対して、CCL17等と重症化の因果関係を患者検体とSARS-CoV-2感染する動物モデルを用いて明らかとし、その誘導機序を解明する。それにより、これらの分子の制御が創薬起点として妥当か評価する。
一方で、COVID-19の回復後では、一部の患者において、感染期の自覚症状が遷延化して残る「Long COVID」が世界的に問題となっている。本研究グループでは、国内の約24%の患者でLong COVIDを呈することを報告した。Long COVIDの存在は、COVID-19の治療終了ポイントの変更を迫る重要な問題である。本課題に対して、患者検体を用いたLong COVIDの病態解明を目指し、Long COVIDの予後予測、治療方針に資するデータの蓄積を行う。
また、感染症に対する根本的な治療薬は、ウイルスの感染や複製を阻止する抗ウイルス薬である。SARS-CoV-2の遺伝子には機能が不明なものが多く存在するが、SARS-CoV-1と比較する事で、治療標的とすべき遺伝子が推察できる。本課題に対しては、CoV-1の知見を基に、ウイルス遺伝子の機能を明らかにし、抗ウイルス薬の効率的な創薬に役立つツールの構築と薬剤探索を行う。
他に、各民族集団を解析し、ACE1のII型(Insertionホモ型)の遺伝子型頻度がSARS-CoV-2症例数および死亡者数と強い負の相関を示すことを見出した。この結果は、ACE1のII型がCOVID-19の病態や重症度に関連していることを示唆している。本課題に対して、ACE1のDeletion/Insertion(D/I)型の遺伝子多型がCOVID-19重症化における役割の解明を行う。
R3 伊藤 靖 滋賀医科大学 教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症化霊長類モデルを用いたSARS-CoV-2 と季節性コロナウイルスに対する免疫反応の解析と治療薬及びワクチンターゲットの探索 COVID-19重症化の病態解明と治療薬開発のための重症化霊長類モデルの作成、季節性コロナウイルス感染がSARS-CoV-2感染に与える影響、カニクイザルを用いてSARS-CoV-2の変異ウイルス株の病原性を解析することが目的である。
COVID-19では、感染者の8割は軽症である一方、重症者や死亡例がインフルエンザより多く見られ、COVID-19のワクチンと治療薬の開発が世界規模で進められている。迅速に臨床試験を進めるためには、感染実験を伴う非臨床試験により有効性の期待できる治療薬候補あるいはワクチンを選別することが必要である。そのためには、COVID-19動物モデルにおける効果判定が有用である。しかし、現時点で、カニクイザルではSARS-CoV-2を感染させても、軽症から中等症であり、喫緊の対策が必要な重症者に対する治療薬開発のために重症霊長類モデルが必要である。そのため、本計画ではCOVID-19重症者の基礎疾患のカニクイザルモデルを作成し、SARS-CoV-2を感染させ、病態を解析する。
一方、小児や若年者ではSARS-CoV-2感染は無症状や軽症であり、高齢者と異なる免疫反応が想定される。その一つとして季節性コロナウイルス感染症(風邪症候群)への罹患歴が考えられる。そこで、季節性コロナウイルスのサル体内での複製能と季節性コロナウイルス特異的免疫反応を解析する。その後、季節性コロナウイルス感染サルにSARS-CoV-2を感染させ、症状とウイルス複製、免疫反応を解析する。
さらに大流行が宣言されてから1年ほど経過し、SARS-CoV-2変異株が分離されている。変異株の病原性の病原性と伝播性には不確定な部分が多く、また、SARS-CoV-2に2度感染した症例も報告され、ウイルスの変異との関連を明らかにすることが対策上必要である。そこで本研究では、カニクイザルにSARS-CoV-2変異株を感染させ、病原性を解析する。さらに、初期のSARS-CoV-2株及び季節性コロナウイルスとの免疫反応の交叉反応性を評価し、また交叉免疫の抗原エピトープを同定する。この結果により、変異に対応可能なワクチンエピトープを発見するとともに、抗体薬と血清療法の有効性の予測に活用する。
R3 上野 貴将 熊本大学 教授 新型コロナウイルスに特異的なT 細胞の抗ウイルス機能と抗原認識機序の解明 研究の趣旨・背景: HIVやインフルエンザなど多くのウイルス感染症では、細胞傷害性T細胞(CTL)の抗ウイルス機能と、持続的な免疫メモリーの形成がウイルス免疫制御に重要である。しかしながら、新型コロナウイルスに対する免疫応答の研究では、これまで総じて中和抗体に関わるものに偏っているため、T細胞による免疫制御の役割解明は今後の喫緊の課題である。具体的には、① T細胞免疫系が感染制御・感染予防に果たす役割、②感染あるいはワクチンによる免疫記憶はどの程度長く機能的に働くか、③ウイルス変異は免疫逃避、ワクチン効果の減弱化を引き起こすかである。
研究の目的、到達点: これまでの基盤的成果を踏まえたうえで、本研究では以下の課題に取り組む。(1)ウイルス変異に迅速に対応可能なアッセイシステムを構築し、変異ウイルスがCTLによる抗原認識に与える影響を解析する。(2)A549などの肺がん系細胞株などにSARS-CoV-2を感染させて、COVID-19回復者から得たメモリーCTLの抗ウイルス機能を評価する。(3)研究対象者から提供を受けた検体を用いて、日本人に特徴的なHLAハプロタイプを中心に、SARS-CoV-2のCTL抗原およびTCR配列を解析する。(4)抗原ペプチド・HLAおよびTCR複合体の分子間相互作用および立体構造を解析するシステムを樹立してTCRの分子認識機序の解明を目指す。
期待される成果
① スパイク遺伝子・蛋白質のみを用いたワクチンが多数を占めるなかで、現状のワクチンで十分に強く機能的な免疫記憶が長期に形成されるのか、スパイク蛋白質に対する中和抗体だけで十分に感染予防、感染制御に至るのかなど、多くの疑問が挙げられる。これまでの我々の取り組みでは、ヌクレオカプシドではHLA-C拘束性のCTL応答が惹起されるなど、スパイク蛋白質に比較して強いCTL応答が見られている。こうしたことから、不活化したウイルス粒子を抗原として用いることで、日本人に特徴的なHLAハプロタイプ・アリルに提示され、強く持続的なCTL応答を惹起する抗原をこれまでよりも広い視野で明らかにできる。
② 本研究で樹立するアッセイ系を用いて、国内で先行して始まる医療従事者向けのワクチン接種者を対象としたメモリーCTLの解析を行う研究を準備したい。これによって、現行のワクチンにおけるT細胞免疫に対する効果を評価することが可能となり、ワクチン有効性の新たな指標となると期待される。
R3 近藤 一博 東京慈恵会医科大学 教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症として生じるうつ症状と疲労の予防および治療を目指した発生機構解明 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、軽症であっても、後遺症として嗅覚系障害、うつ症状、強い疲労が長期間持続することが問題となっている。COVID-19の後遺症のうつ症状や疲労は発生機構が不明で、世界的に大きな問題となっている。また、軽症であっても発症することから、今後ワクチン接種が行われ重症化が防止できた場合でも、この問題は継続する可能性がある。
このような現象は感染後疲労として知られ、過去に発生したものとしては、1980年代に米国で発生した流行性疲労病が有名である。流行性疲労病においても患者は発熱などの感染症状の後、長く続くうつ症状や疲労を感じた。この疾患は、慢性疲労症候群の一部でもあるとも考えられ、世界中で研究が行われたが、未だに原因ウイルスや発症機構が不明である。このような歴史もあって、COVID-19の後遺症としてのうつ症状や疲労は、1980年代の流行性疲労病や慢性疲労症候群との類似性が議論されている。
本研究では、このような状況や過去の研究を踏まえ、COVID-19の後遺症であるうつ症状や強い疲労を感染後疲労の一種ととらえ、原因ウイルスであるSARS-CoV-2がこの状態をどのように引き起こすかを解明することを目的としている。具体的には、アデノウイルスベクターを利用してマウスにSARS-CoV-2のタンパク質を発現し、うつ症状や疲労を呈するモデル動物を作成し、原因となるSARS-CoV-2タンパク質の同定し、うつ症状や疲労の発症機構を明らかにする。これにより、後遺症の発症原因となるウイルスタンパク質が発見できれば、これを標的とした予防策の解決につながると考えられる。また、発症機構が明らかにできれば、後遺症に有効な治療薬の開発につながると考えられる。
COVID-19の後遺症であるうつ症状や疲労は、通常のうつ病のうつ症状や疲労とは異なる面があることが指摘されており、最適な治療法が異なる可能性がある。このため、本研究におけるCOVID-19の後遺症のうつ症状や疲労の発症機構の解明は、今後の新型コロナウイルスとの共存における重要な知見になるものと考えられる。
R3 佐藤 佳 東京大学 准教授 新型コロナウイルスに対する免疫システムの包括的理解に向けた研究基盤の創出 本邦におけるワクチン接種率は、他の先進諸国に比していまだ低率に留まっており、現在の変異株による流行の波、および、近い将来の新興変異株の出現に対抗する術はない。また、仮にワクチン接種が完了しても、ワクチンで獲得した免疫をすり抜ける「ブレイクスルー感染」のように、ワクチン耐性変異株が出現する可能性はきわめて高い。さらに、SARS-CoV-2に対する免疫応答の仕組み、および、変異株が脅威となり続ける要因は不明である。最近、T細胞による細胞性免疫が、COVID-19の病態制御において重要な役割を果たす可能性が示唆されたが、液性免疫(中和抗体)に比して、細胞性免疫に認識され得るSARS-CoV-2のエピトープや、変異株による逃避可能性は、ほとんど理解が進んでいない。重要な点として、細胞性免疫応答を拘束するヒト白血球抗原(HLA)には多型・人種差があるため、本邦は本邦特有のHLAの偏りがある。すなわち、SARS-CoV-2に対する細胞性免疫の機能については、本邦で独自に解明する必要性がある。
本申請に先立ち、申請者は、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」を発足した。本研究の骨子となるG2P-Japanは、懸念すべき変異株であるデルタ株が持つL452R変異が、ウイルスの感染性を増強させ、さらには、日本人に高頻度のHLA-A24を介した細胞性免疫から逃避することを解明した(Motozono et al, Cell Host & Microbe, 2021)。すなわち、G2P-Japanは、臨床検体を用いた学際研究により、きわめて迅速に高い研究成果へとつなげることを可能とした。
新興・再興感染症データバンク事業を利活用した本研究の実施により、G2P-Japanは、本邦のCOVID-19研究を牽引する研究集団へと発展することが期待される。若手研究者を中心とした本研究は、SARS-CoV-2研究に関する本邦の国際的なプレゼンスを示すのみならず、将来の新興・再興感染症の発生時に即応できる連携研究環境の構築に直結する。
R3 田中 純子 広島大学 教授 広島県官学連携COVID-19研究体制を基盤とした疫学・臨床医学・ウイルス学・医療システム学の視点から新たなエビデンス創出を目指す発展的研究 広島県では、全国でも例がない取り組みとして、行政と広島大学および主要医療機関が一体的に推進する研究実施体制を令和2年度に構築した。官学での連携により、無症状者も含めた網羅的データを収集でき、民間研究では代替えできない枠組みである。中堅の政令指定都市ならではの、きめ細やかなバイオバンク構築が可能となる。このモデルは全国にも拡大利用可能である。臨床検体収集のための自治体との連携が既に確立できており、COVID-19のウイルスゲノム解析データ、その他の疫学データが持続的に蓄積できている点は大きな強みである。本研究では、その研究基盤をもとに、新興・再興感染症データバンク事業に貢献できる新型コロナウイルスのマルチアプローチ大規模疫学調査を実施する。COVID-19ゲノム解析、ホストゲノム解析による重症化リスク因子の解明、血清・唾液中の小分子RNAの次世代シークエンス解析、新型コロナウイルス患者血清中の抗体力価測定、ワクチン接種者の抗体力価測定など、これまで取り組んできた研究課題を発展的に実施、多方向からCOVID-19にアプローチ、新型コロナウイルス感染症対策の推進に資する新たなエビデンスをタイムリーに創出することを目指す。
また、健康危機管理において医療情報を行政・保健・医療機関が迅速に共有できる制度の構築は喫緊の課題であることから、本研究開発事業では、昨年度までに開発してきた広島県独自の医療情報収集システムを発展させ、将来の新興感染症も見据えた医療情報共有システムの開発を目指す。
本研究において発展的に構築する「COVID-19統合データベース」は、国が推進するバイオ戦略の一環としてのバイオバンクモデルとして位置づけることが出来る。将来的に新興・再興感染症データバンク事業においても広く活用され、COVID-19全容解明のための研究に貢献することが期待される。
R3 福永 興壱 慶應義塾大学 教授 新型コロナ変異ウイルスに対する遺伝学的、免疫学的、代謝学的病態解明および治療戦略の策定 申請者らはCOVID-19診療に携わる100以上の医療機関からなる全国ネットワークを構築し(コロナ制圧タスクフォース)、臨床情報を完備した生体試料の集積を進めてきた。症例登録は現在約4,000例で、目標数を6,000例に設定する。集積した臨床情報と検体は日本のCOVID-19研究の最大リソースで、データバンク事業との連携も推進する。申請者らは約2,400例のゲノム解析を行い、日本人集団初のCOVID-19疾患感受性遺伝子DOCK2を同定した。本研究では変異ウイルス感染者を含む症例集積を進め、変異/従来ウイルスの相同点を、全ゲノムシーケンス等で行い、変異ウイルスによる重症化のマーカー同定、さらに患者血漿のプロテオーム・メタボローム解析を実施しマーカー同定も進める。また既に構築したSARS-CoV-2の気道・肺胞オルガノイド感染系を用いて標的候補分子の評価を行う。そして、変異/従来ウイルス感染患者の末梢T細胞を用いて抗原特異的免疫応答の相同点を検討する。本研究は重症化リスクによる層別化による効率的なCOVID-19医療体制の構築に貢献し、COVID-19の究極的な根絶に寄与すると考える。
R3 本庶 佑 京都大学 特別教授 COVID-19感染症の臨床情報データバンクを活用した病態変容に伴う全オミックスと免疫応答解明に基づく重症化阻止法の開発 「新興・再興感染症データバンク事業」に協力する京阪神と関東の医療研究機関が大規模に連携して、COVID-19の発生状況と感染者の病態を電子カルテおよびPHRデータから速やかに収集し、リアルワールドデータとして統計データにするとともに、感染拡大の抑止、診断法や治療法の開発を速やかに実施できるプラットフォームを拡大し堅固なものとし、COVID-19患者の重症化を予見できるバイオマーカーの妥当性と、PD-1アゴニストや自然免疫賦活薬投与など免疫機構に介入して重症化を阻止する方策の有効性を、本事業のデータベースや検体バンクの患者検体を用いて検証することを目指す。令和2年度の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業において構築したCOVID-19研究プラットフォームと、厚生労働省において開始された新興・再興感染症データバンク事業の臨床情報・サンプルを利活用して、COVID-19によって重症化する患者を画期的に減らす方策を見出すべく、本庶佑研究代表の研究統括のもとに統括班を設置し、分担研究者15名が5班体制で緊密に連携して研究開発を実施する。
R3 長谷川 直樹 慶應義塾大学 教授 多様な前向きコホートを用いたCOVID-19ワクチンの多角的解析 申請者らは、医療系職員を対象としてファイザー社製COVID-19ワクチンを用いた接種前後の液性・細胞性免疫反応および副反応を包括的に調査・解析する前向きコホート研究を開始すると共に、透析患者、免疫抑制剤使用患者などの免疫抑制者を対象とした免疫評価研究、COVID-19回復者を対象としたコホート研究など、質の高いコホートを構築してきた。さらに、申請者らはモデルナ社製COVID-19ワクチンを用いた国内大学では最大規模である慶應義塾大学での職域接種を運営し、約5万名に接種した。その際の接種記録、超急性期副反応データは保存され、適切な倫理審査にて利用可能となる状況である。
これまでのコホートの解析により、①S蛋白抗体価測定により、2回目接種時の全身副反応の出現と接種3週間後の抗体が有意な相関を示すこと、②施設内のBSL3研究室にて実施したウイルス感染実験系における評価により、日本人集団においてもベータ株、デルタ株に対する中和抗体価が低いこと、③interferonγ遊離試験を用いた評価により細胞性免疫の獲得が見られること、④S蛋白抗体価は指数関数的減少傾向を示すことを明らかにしてきた。今後、追跡可能性が極めて高い2つの良質なコホートからデータ、サンプルをさらに取得し、副反応出現率やBreakthrough感染率も含むデータ・サンプルセットを完成させ、これをもとに免疫獲得および持続性、副反応や宿主背景との連関を統合的に解析する。また、感染実験による中和抗体測定を含む液性免疫、細胞性免疫、ホストのsingle cell解析、腸内細菌叢解析、ホストゲノム解析までを同一研究機関中心に同時並行で評価可能な体制を構築する。本研究によりCOVID-19ワクチンに対する日本人特有の宿主免疫応答や副反応を明らかにすることは、今後の国産ワクチン開発、接種後に生じうる日本人集団における効果や副反応の予測と対策に資するとともに、国産ワクチン開発後のリアルワールドデータ収集の基盤となる研究体制及び追加ワクチン接種を含めた今後のワクチン戦略策定に資する成果を創出する。
R3 豊嶋 崇徳 北海道大学 教授 変異型新型コロナウイルスに対する診断・予防・治療法研究プラットフォームの開発 変異を続ける新型コロナウイルスの臨床検体を北日本全域にて感染コホート、回復コホート、ワクチンコホートの3つから臨床情報も合わせて収集する。感染コホートにおいては、引き続きデータバンク事業に協力する。さらに臨床検体、情報を用いて診断・予防・治療法の研究開発基盤を整備し、将来の新興感染症にも対応できる体制を構築する。
【変異ウイルス作製・性状解析】PCRをベースとした独自の新規ウイルス合成手法を用い、短期間で様々な組換えウイルスを作製する。これを用いS蛋白のACE2R結合能、増殖性、免疫逃避能など変異ウイルスの基本性状をin vitroおよびin vivoで解析する。
【免疫系解析】①臨床検体を用いた解析:感染コホート、回復コホート、ワクチンコホート検体を用い、網羅的免疫細胞解析として、自然免疫系、CD4+T細胞、CD8+T細胞、B細胞、抗原受容体特異性解析を実施する。特に、T細胞分野では独自に同定した病態に関連する2つの機能的ヘルパーT細胞集団の詳細を解析し、その抗原特異性の解析では、当該ウイルスのMHCテトラマーを主要HLAについて複数作製して解析に供する。血清を用いた解析では、中和抗体と変異ウイルスの関係の解析とサイトカインストームの原因となるIL-6、IFNγなどのサイトカイン、ケモカイン、増殖因子を解析し、新規の創薬候補を同定する。②サイトカインストームモデルを用いた予防薬、治療薬の探索:すでに、ストレスとIL-6依存するCOVID-19サイトカインストームモデルの樹立に成功した。今後、主要変異ウイルスを用いてサイトカインストームや血栓症を誘導する免疫暴走の制御因子、診断マーカー候補を同定し、実臨床にて、診断・予防・治療に使用できるより信頼性の高い候補因子として知財化する。これらから、変異型ウイルスの免疫逃避能と病態、ワクチンとの関係、免疫細胞の状態から重症化、後遺症、免疫記憶形成能の予測などを可能とする新規の診断法・予防法・治療法を開発する。
【新規診断法開発と検証】既存の診断法における各種変異ウイルスの診断精度を検討し公開するとともに、我々独自の量子技術であるAIナノポアとナノダイヤセンサーを用いて変異ウイルスや関連因子の多検体因子検出系でかつ、超高感度検出系の診断手法を開発する。
R3 四柳 宏 東京大学 教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する疫学調査等の推進に関する研究 COVID-19はデルタ株の感染拡大により新たなステージに入ってきた。本研究では、ウイルスゲノム情報、従来及び変異ウイルス株の性状比較解析(動物モデル)、宿主による免疫学的抗ウイルス応答について協調的、相乗的に展開する。
1.デルタ株と武漢株・アルファ株のウイルス学的相違の解明
様々なデルタウイルス株を動物に感染させ、臨床症状・ウイルス学的・病理学的解析を行い、デルタ株間の病原性の相違を比較する。培養細胞系を用いて変異株間の病原性の相違の原因を解明する。また、デルタ株スパイクの生化学的な解析により感染力の変化の原因を明らかとする。これらの解析結果及び動物モデルで得られた病原性解析の結果と、患者の臨床像ならびに免疫プロファイルの相関を調べることで、ウイルス変異と重症化やブレークスルー感染との関係性を明らかとする。
2.デルタ株と武漢株・アルファ株の免疫応答の違いの解析 申請者らが保有している武漢株感染患者の末梢血単核球のsingle cell RNA-Seqのデータ(30症例)をデルタ株についても解析する。こうしたデータを機械学習にかけ、免疫細胞プロファイルの層別化を行い、デルタ株感染の感染力増大、及び重症化に寄与する免疫細胞集団の病的機能を明らかにする。
我々は武漢株の重症化例では腸内細菌に特有の変化があることを見出している。デルタ株に特有の腸内細菌叢、重症例での特徴、免疫細胞プロファイルとの関連について検討する。
3.ワクチン接種後の免疫応答とブレークスルー感染との関係
申請者らはこれまでに、ファイザー社製mRNAワクチンの接種をうけた約2000名において、接種前及び接種3週後にスパイク蛋白に対する抗体価を測定し、血清、末梢血単核球、唾液を採取・保存した。このコホートのからブレークスルー感染例が10例以上出ている。こうした症例の経時的検体を用いて抗体・サイトカインの産生、1細胞レベルの細胞性免疫応答を解析する。
さらに細胞外微粒子、特にウイルス粒子や宿主細胞由来のエキソソームを含む細胞外小胞などの病態形成に関与する細胞外微粒子を一粒子レベルで解析する。同時に、ワクチン接種者、及び非接種者由来の血清と各種変異株との反応性、その防御能を比較する。
本研究によりさらに増加傾向にあるワクチンブレークスルー感染も含め、新たな変異株にも対応可能な抗ウイルス治療戦略の構築と、免疫応答の特徴をとらえた効果的な免疫療法・予防戦略の立案の方法が示されることが期待される。

(2)診断法開発

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開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R2 中崎 有恒 HuLA immune株式会社 先端医薬研究所長 感染増強抗体の測定法の開発によるCOVID-19の病態解析・重症化メカニズム解明 <背景>
SARS-CoV-2は非常に重篤な肺炎を引き起こす一方、無症状、もしくは軽症の患者も多く認められる。感染初期における高リスク患者の抽出は医療上の必要性が高いが、重症化メカニズムには未だに不明な点が多い。一方、SARS、MERS、あるいはネココロナウイルス感染症などにおいて、再感染やワクチン投与で誘導される抗ウイルス抗体が症状を重篤化させてしまう現象が知られており、「抗体依存性感染増強(ADE)」とよばれている。我々の研究グループの最近の成果で、COVID-19患者で誘導されたSpikeタンパク質N末端部位(NTD)に対する抗体の中に、Sタンパク質とACE2との結合性を高める抗体の存在が明らかになり、従来考えられていたFc依存性あるいは補体系依存性の感染増強とは異なる、全く新しい感染増強メカニズムが提唱された。
<研究の目的と期待される効果>
現行の実験レベルでの感染増強抗体の測定法をもとに、臨床検査レベルで多検体を迅速に測定する測定法の開発をおこなう。測定対象に感染増強抗体だけでなく中和抗体なども含めることで、感染増強作用と中和作用のバランスも検討することができるようになる。この新規測定法で研究分担者の医療機関で採取された患者血清を測定し、感染増強抗体価/中和抗体価と病態との関係性を検討することで、重症化メカニズムの解明が期待される。その結果、①重症化しやすい個人の判別、②感染者における予後判定、③ワクチンの有効性・安全性モニタリング、④回復期患者血漿の感染増強抗体スクリーニング、等への応用が可能になるものと考えている。
R2 小倉 裕司 大阪大学 准教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の網羅的遺伝子・タンパク発現解析を用いた新規分子病態バイオマーカー開発と臨床応用 新型コロナウイルス感染症は世界に拡大し、2020年 11月26日の時点で世界の感染者数が6000万人を超え、死亡者は141万人となっている。日本では2020年11月12日の時点で新型コロナウイルスの新規感染者が過去最多となり、さらに増加傾向を示している。新型コロナウイルス感染症の特徴として呼吸器症状があり、上気道炎が進行すると肺炎から呼吸不全に至る。また、COVID19感染症が進行すると全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome; SIRS)が引き起こされる。これは、ウイルスが病原体関連分子パターン(PAMPs)や細胞障害に伴う損傷関連分子パターン(DMAPs)が免疫担当細胞上に存在するパターン認識受容体にリガンドとして結合する。活性化した細胞内転写因子が核内のDNAに結合し、メッセンジャーRNA(mRNA)が転写され、翻訳される蛋白を介して炎症反応が進行する。また、非蛋白コード (miRNA等)も炎症反応において重要な役割を担うことが報告されている。これらはウイルス性敗血症と考えられており、全身性炎症症候群(SIRS)が進行すると播種性血管内凝固症候群 (DIC)や多臓器障害に至る。
抗ウイルス薬と併用してトシリズマブやステロイド治療などの抗炎症治療薬が有効と考えられており、現在様々な臨床試験が行われている。問題点として、これらの抗炎症治療薬を適切に投与するためのバイオマーカーが確立していないことがあげられる。これまで、IL-6、LDHなどのバイオマーカーは報告されているが、分子病態を反映するバイオマーカー(分子病態マーカー)の報告はない。問題解決のため、現在、我々は血液を用いた新規分子病態マーカーの開発を進行中である。
分子病態マーカーの特徴として以下の2点があげられる。①既存のバイオマーカーより精度が高い。②新型コロナウイルス感染症の分子病態を評価しながら治療介入が可能となる。①から重症度に関連する分子病態を早期に検出することで、軽症例に対してICU転院を含めた早期治療介入が可能となる。また、②から分子病態に効果が期待できる至適治療薬の選択が可能となり、さらに分子病態を指標とした投薬容量や投薬期間の調整が可能となる。
分子病態マーカーを指標とすることで新型コロナウイルス感染症の治療を至適化することが可能となり、患者の予後改善が期待できる。さらに、分子病態を標的とした新規治療薬の開発に繋がる。
R2 竹内 一郎 横浜市立大学 教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬開発のための実用的な予後予測・治療スコアの開発と社会実装 2019年末に中国湖北省武漢市で始まったCOVID-19は瞬く間に欧米を中心に感染拡大を起こしパンデミックを引き起こした。世界中で治療法の確立に向けて複数の臨床試験が行われているが、現時点で有効な治療方法の確立には至っていない。重症化を予測する指標がないことがその要因である。したがってCOVID-19の創薬研究には、治療を要する重症化リスクの高い患者を早期に層別化し、さらに治療の有効性を示す指標の開発が必要不可欠である。
我々は、医療資源の分配や患者搬送入院施設の効率的な選定を目的に実施した先行研究(新型コロナウイルス肺炎の発症および重症化を予測する分子マーカーの開発)で免疫学解析、次世代プロテオーム解析を行い、重症化予測可能なバイオマーカーを複数同定した。特にIL-6がCOVID-19の重症化予測および治療効果において重要なバイオマーカーであること、肺胞内の免疫状態を反映することを示した。そこで本研究では、先行研究で得られた知見を社会に還元するために、IL-6に加え一般的な血液検査、および臨床情報を加えることで精度の高い簡便で実用的な予後予測モデルおよび治療評価モデルの開発を先行して行う。引き続き、このモデルの有効性を検証し、さらにはアプリケーションの開発を行うことで予後予測および治療評価モデルの社会実装を目指す。
本研究は、アプリケーションによる“目に見える”定量的な重症化リスク層別化と治療効果評価により、創薬研究の基盤に寄与するのみならず、病床調整や医療資源の再分配を事前に行うことが可能になり、医療崩壊の回避に貢献することができる。
R3 田岡 和城 東京大学 助教 人工知能を用いたCOVID-19 の重症度・予後予測トリアージシステムの実用化 現在、COVID-19感染症が、本邦では、再び感染者の増加が認められ、すでに全ての患者を入院させて治療をできる状況ではない。したがって、病院に入院をすべき患者と入院しなくてもよい患者を精度よく判断する必要がある。COVID19感染症は、通常、初期(1週間程度)は感冒症状であり、その後、急に悪化することがある。したがって、初期の段階で、その患者が1週間後に重症化するかどうかを精度よく判定するシステムが必要である。
研究代表者の田岡は、すでに、昨年度のAMED事業での成果で2064症例の日米のCOVID-19患者の臨床情報をカルテから収集し、年齢、性別、酸素化などのバイタルサイン、既往歴、検査結果など用いて、重症度・予後を予測するシステムを構築している。重症度予測は、正確度82%、AUC 0.87>0.8、予後予測は正確度85%、AUC 0.88>0.8であった。さらに、実用性を考慮した簡易アルゴリズムでは、臨床情報のみの15項目で、正確度 82%、AUC 0.85>0.8で予測可能であった。簡易アルゴリズムでは、臨床情報のみの15項目を入力すると、重症度や死亡の予測指数を算出することができるアプリケーションツールを作成した。その重症度や死亡の予測指数を用いて、これまでの実際の重症、死亡と照らし合わせた分布から、トリアージのタグ(緑、黄色、赤、黒)をつけるシステムを構築している。このアプリケーションツールを用いて、実際の患者で待機施設、自宅、一般病院、専門病院などに適切にかつ効率的に振り分けるサポートシステムを構築することができた。これにより、限られた医療資源(集中治療)を、必要な患者に有効に使用することができる。
本プロジェクトでは、実際の現場で、COVID-19患者の重症予測の早期の実装を目指す。
R3 山吉 誠也 東京大学 特任准教授 COVID-19 に対する抗体依存性感染増強抗体の評価 2019年12月に出現した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の国内における感染者数は45万人を上回り、未だ収束の気配は見えない。2021年2月からはワクチン接種が開始され、80万人以上の接種が開始された。しかし、SARS-CoV-2はパンデミックが収束した後もヒト集団に定着する可能性が指摘されており、一度SARS-CoV-2に感染・回復したヒトやワクチン接種者が、再びSARS-CoV-2に感染する可能性は高い。コロナウイルスの再感染では、抗体依存性感染増強(Antibody-dependent enhancement of infection: ADE)を引き起こす抗体(以下、ADE抗体とする)により病態の重篤化が懸念される。というのも、SARS-CoV-2と同じコロナウイルスである“SARSコロナウイルス”および“MERSコロナウイルス”の感染によって誘導されるADE抗体は、Fcγレセプターの1つであるFcγRⅡA を介して免疫細胞に作用し、ウイルスの免疫細胞への感染性を増加させ、炎症性サイトカインの産生を強く誘導することで肺の障害に関与することが知られているためである。
我々はこれまでにCOVID-19患者の抗体価が無症候感染者や軽症者よりも重症者の方が高い傾向にあることを見出している(Yamayoshi et al. 2021 EClinicalMedicine)。加えて、COVID-19患者においてADE抗体が誘導されることも報告されているため、COVID-19の重症化にADE抗体が関与している可能性はぬぐい切れない。また、SARS-CoV-2再感染時やワクチン接種後のSARS-CoV-2感染時には、初感染やワクチン接種により誘導されたADE抗体を介して感染増強が起き、重症化する可能性もある。
本研究開発では、COVID-19患者やワクチン接種者におけるADE抗体保有率、重症化への関与等について解析を行うとともに、ADEがどのようにして病態の悪化に関与するかというメカニズムの解明を目指す。
R3 藪 浩 東北大学 准教授 感染症ウイルスの迅速かつ簡便な水際検査用抗原/抗体定量解析デバイスに関する研究開発 これまで研究グループは画期的新素材「蛍光ヤヌス粒子」と抗体結合チップを用いて、難治性高血圧のバイオマーカーを迅速(10分以内)かつ高感度に計測する機器の試作機を完成させた。蛍光磁性ヤヌス粒子は①ELISA等に比較して蛍光修飾した高価な二次抗体を用いず、安価な有機ポリマーから成り、②サブミクロンサイズの微細な粒径と蛍光面・抗体結合面の2面性により高いS/N比を実現可能で、③様々な抗体に結合できる官能基を呈示しており、④磁性を持つことで分離精製が容易という多くの特徴を持つ従来に無い新素材である。蛍光面と抗体結合面を各半球に持つヤヌス粒子を用いることで、感染症診断など広範囲に展開できるという画期的・革新的な意義を持つ。本研究では、蛍光ヤヌス粒子と抗体チップにSARS-CoV-2抗原・抗体に対する抗体を結合させることで、1度の検体注入で複数の定量的計測を行う廃棄処分できるマイクロ流路チップの作製と、閉鎖型で小型可搬化した水際対策用検査装置の設計およびその実用化に向けた検討を行う。
R3 西増 弘志 東京大学 教授 CRISPR を用いた高感度ウイルスRNA 検出技術の開発 新型コロナウイルスの世界的な流行に伴い、汎用的な感染診断法の確立が急務とされている。従来の感染診断では、ウイルス由来RNAをPCRなどで増幅し検出する方法が主流であるが、それらは一般的に、(1)増幅に数時間かかる、(2)増幅に起因するエラーが生じる可能性がある、(3)高価な装置が必要である、などの理由から、大量の検体を高効率・高精度に解析することが困難な状況にある。従来のPCR法に加えて、近年、原核生物のCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するCas13タンパク質を用いた核酸検出法が報告された。Cas13はガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAと相補的な1本鎖RNAと結合すると活性化し、1本鎖RNAを切断する。したがって、蛍光基と消光基をもつ1本鎖RNA(レポーターRNA)の存在下において、Cas13-ガイドRNA複合体が標的RNAを認識すると、レポーターRNAが切断され蛍光シグナルが生じるため、ガイドRNAと相補的な1本鎖RNAの存在を蛍光シグナルの有無として検出できる。この核酸検出技術はSHERLOCK法とよばれ、SARS-CoV-2の検出にも有用であることが報告されているが、標的RNAの増幅過程を含む複数のプロセスからなるため、迅速な核酸検出が困難であるという課題が残されている。本研究では、CRISPR-Cas13を用いた核酸検出技術とマイクロチップを用いた一分子観察技術を融合することにより、ウイルス由来RNAを“非増幅・高感度・短時間”で検出できる新規の核酸検出技術を確立する。さらに、様々なウイルス由来RNAを標的とするガイドRNAライブラリーを実装することにより、多種多様なウイルス感染を超並列に解析できる検出系を開発し、汎用的な感染診断法の確立を目指す。本研究により、従来法の課題を克服した核酸検出技術が開発できれば、SARS-CoV-2の迅速診断のみならず、様々な感染性ウイルスや疾患バイオマーカーの検出への応用も可能であり、次世代のリキッドバイオプシーの基盤技術として国民生活のQOLの改善に大きく貢献することが期待される。
R3 岡田 賢 広島大学 教授 抗I 型インターフェロン抗体の測定によるCOVID-19重症化の早期予測法の開発 2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)はパンデミックをきたし、2021年3月の時点において、本邦で46万人を超える感染者(死亡率 1.8%)を認めている。さらに全世界では、1億1500万人の感染者(死亡率 2.2%)を認めており、COVID-19は全世界的な問題といえる。COVID-19重症化の最大のリスク因子は年齢であり、高血圧、糖尿病、肥満などの基礎疾患の存在もリスク因子となる。COVID-19が蔓延する現在、重症化を適切に予測し、それに対処することが重要である。申請者らは、国際共同研究グループ(CHGE: COVID Human Genetic Effort: https://www.covidhge.com/)を結成し、この課題に取り組んでいる。これまでのCHGEの研究成果の一つとして、IFN-α2, IFN-ωに代表されるI型インターフェロン(I型IFN)に対する自己抗体が、COVID-19重症化に関与することを発見している(Science.2020; 370(6515):eabd4585)。この研究では、抗I型IFN抗体がCOVID-19重症者の10.2%(101/987人)に同定されるのに対し、COVID-19軽症者では全く認めず(0/663人)、非常に強力な重症化リスク因子となることを明らかとした。この結果は、海外の健常者・COVID-19患者を対象とした調査に基づくものであり、本邦での抗I型IFN抗体の保有状況、COVID-19重症化との因果関係は不明である。
本研究課題では、本邦の健常者、COVID-19重症・軽症者における抗I型IFN抗体(抗IFN-α2抗体、抗IFN-ω抗体)の保有状況を調査する。並行して、基礎疾患と抗I型IFN抗体との関連性も調査する。抗I型IFN抗体陽性例に対しては、i) 同定された自己抗体が中和抗体であるかの検証、ii) IFN-α2, IFN-ω以外のI型IFNに対する自己抗体の有無の検証、を追加する。一連の研究により、本邦の健常者における抗I型IFN抗体の保有頻度、抗I型IFN抗体とCOVID-19重症化との因果関係を解明する。さらに国際共同研究により、国際的な抗I型IFN抗体の保有状況も明らかとする。COVID-19の重症化リスクには人種差、地域差があるが、国際調査を実施することで人種間、地域間での抗I型IFN抗体の保有頻度の比較検討も可能になる。
本研究を発展させることで、i) COVID-19患者に対して抗I型IFN抗体を測定し、陽性患者では重症化を念頭に入れた慎重な経過観察、早期治療介入を行う、ii) COVID-19リスクが高い医療関係者などで事前に抗I型IFN抗体を測定し、重症化リスクを知った上での業務体制の構築を可能にする、等の展開が期待できる。近い将来期待される新型コロナワクチンの普及後も、重症例は一定頻度存在すると予想される。抗I型IFN抗体を幅広く検討する本研究は、COVID-19重症化リスクの判定、それに基づく治療法の選択に繋がる成果が期待できる。
R3 高橋 宜聖 国立感染症研究所 部長 免疫プロファイリングを基盤にしたCOVID-19 ワクチンバイオマーカーの探索研究 COVID-19ワクチンは、新規モダリティーのものを中心に未曾有のスピードで研究開発が実施された。その結果、臨床試験にて良好な有効性を示すワクチンが実用化される一方、副反応の継続的なサーベーランスが必要とされている。ワクチンの有効性と副反応はともに宿主免疫応答に起因するが、基盤となる免疫応答の詳細は不明である。加えて、ワクチン効果の持続性に関する情報や、変異ウイルスへの交差性等の情報を得ることが必要とされており、継続的なフォローアップが求められている。有効性と安全性をさらに改善した次世代ワクチンや治療薬の開発を加速化する上でも、免疫データと免疫マーカーの情報は必須である。
申請者の研究グループでは、これまでCOVID-19感染者の自然・細胞性・液性免疫応答を免疫学的・インフォマティクス的手法を駆使しながら解析し、ヒト免疫応答の網羅的なプロファイリングを可能とする国内外でも例を見ない解析手法を構築することに成功した。本研究では、申請者グループ独自の解析技術を駆使することで、国際的にみても極めて希有かつ独創的な免疫プロファイリング研究を実施する。これにより、有効性や副反応に相関するワクチンバイオマーカーの特定につがなることが期待できる。さらに、ワクチンや治療薬の標的となる免疫細胞やレパトアを本研究により明らかにすることで、既存ワクチンや治療薬を改良する戦略の立案が可能になる。

(3)治療法開発

各研究開発課題の進捗・関連情報については「AMEDの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する研究開発支援について(まとめ)」をご確認ください。

開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R2 武部 貴則 東京医科歯科大学 教授 腸換気法を用いたCOVID-19 関連重症呼吸器合併症に対する治療薬開発 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による肺炎、および、急性呼吸促迫症候群(ARDS)は、致死的な合併症であり、治療薬の開発が急務である。これまでに、最重症例については、ARDSからの回復を待つまでの間に体外式膜型人工肺(ECMO)をもちいた換気法が行われるものの、65-70歳以上を一般的に除外するなど適応患者は限られることに加え、導入患者の約50%が死亡するなど(Henry, 2020; Yang et al., 2020)、救命率は著しく低く、抗凝固療法のために起こる出血などの合併症が多いという課題も存在していた。また、医療機器の不足や、それらを管理する人的リソースの不足も顕在化しつつあり、広く適応することは困難である。研究代表者らは、肺呼吸に非依存的な画期的な換気メカニズム、「腸換気法(Intestinal ventilation)」が、哺乳類において実現可能であることを世界に先駆けて発見した。すなわち、人工呼吸管理下において誘導した1型呼吸不全モデルマウスとブタにおいて、腸を介した①純酸素ガス投与(Intestinal gas ventilation)、または、②高酸素含有液体投与(Intestinal liquid ventilation)によって、動脈血酸素濃度の顕著な改善、末梢臓器の低酸素症状の解除、行動学的所見・生存率の大幅な上昇、など次々と呼吸不全症状が改善することを見出した。
本提案では、医学史上初の試みである革新性の高い腸換気法を用いて、COVID-19関連重症呼吸器合併症を対象とした画期的な治療法実現へ向けた非臨床試験を遂行する。すなわち、臨床グレードの投与デバイスを用いた直腸内への酸素高含有PFC液体投与プロトコルを最適化し、最も効果的な腸換気法を開発し、患者救命に資する全身酸素化技術の構築を試みる。本法によって、重症呼吸器合併症の集中治療において指摘されている、経気道換気における様々な有害事象(気道粘膜障害、サイトカイン産生等)を回避できるばかりか、重篤な低酸素血症から生じる多臓器不全等を回避することを通じて、患者救命に資する治療技術が確立される。本研究によって、全く新たな機作に基づく呼吸補助治療が確立できれれば、浣腸という比較的侵襲が小さい治療に使用する医療機器であることから、患者が増加しつつある慢性疾患に伴う呼吸不全などにも適応拡大が見込まれ、将来的に呼吸器疾患治療における新たな中核をなすブレークスルー技術となることが大いに期待される。
R2 小比賀 聡 大阪大学 教授 新型コロナウイルス感染症に対するアンチセンス核酸医薬の開発 現在COVID-19の治療薬として検討されているものの多くは、SARS-CoV-2ウイルスの侵入・増殖抑制、あるいは炎症反応を制御することで症状の改善を目指したものであり、ウイルスそのものを分解させる働きを持つものは少ない。これに対してアンチセンス核酸は、細胞内に移行後、ウイルスのゲノムRNAやmRNAに配列特異的に結合し、RNaseHと呼ばれるヌクレアーゼの作用によりRNAを分解する。アンチセンス核酸は細胞内で繰り返し働くため、感染初期はもちろんのこと、爆発的に増えたウイルスをも分解・減少させることが可能である。これに加え、in silicoでの綿密な配列設計が可能であり、オフターゲット毒性を最大限抑制するための方法論が確立されている点は、アンチセンス核酸の大きな特徴であると言える。
アンチセンス核酸の効果は、生体内での安定性や標的RNAとの結合親和性など様々な要因に左右される。我々は世界に先駆け標的RNAとの結合親和性を大きく向上させる人工核酸技術(架橋型人工核酸)の開発に成功してきた。また、これら人工核酸を利用することで、各種疾患治療に有効なアンチセンス核酸の開発を進めている。今回、これら技術や知見・経験を駆使することで、ヒトの遺伝子(pre-mRNA、mRNA)には作用せず、SARS-CoV-2のRNAにのみ働きその機能を抑制するアンチセンス核酸の開発を進め、有効でかつ安全性の高いCOVID-19治療薬の創出を目指す。
すでに我々はこれまでの検討において7本の有望な候補配列を見出しているが、本研究では、1)アンチセンス核酸のin vitro活性評価、2)アンチセンス核酸のin vivo活性評価、3)アンチセンス核酸のin vitro安全性評価を実施し、候補配列のさらなる絞り込みを行うとともに、最終候補配列に関して、4)アンチセンス核酸の製造、並びに5)非臨床安全性試験を推進する。
R2 松島 綱治 東京理科大学 教授 COVID-19 に対する抗ウイルス/抗炎症デュアル制御剤の非臨床開発 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では気道および肺における過剰な炎症反応とこれに伴う肺組織線維症(不可逆性の呼吸機能障害)の制御およびウイルス増殖の抑制が病態の進行抑制に極めて重要である。本研究ではSARS-CoV-2の増殖を抑制することで感染を局所にとどめて、かつマクロファージの過剰な活性化を抑制することで炎症性サイトカインの産生・放出を抑制し、ウイルス増殖および炎症悪化に伴う重篤化の両方を抑制することが期待される新規COVID-19治療薬の開発研究および実証試験を実施する。本研究ではこれまでに医薬品として実績のあるカプセル分子を用いることで治験薬の製造および非臨床研究を迅速に実施すると共に、臨床研究グループと連携してその後の臨床研究の準備を平行して進めることでCOVID-19に対する臨床研究の早期の開始を目指す。
R2 三神山 秀勲 塩野義製薬株式会社 ディレクター 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する中分子ペプチド治療薬開発 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染の拡大により医療の逼迫度が高まる中、中等症や重症の患者さまに投与して症状の重篤化を防いだり、入院期間を短縮化したりできる薬剤はもちろんのこと、無症状者や軽症者に投与して、ウイルスの排出期間や排出量を減らすことができる、より安全で有効な抗ウイルス薬の提供が強く求められている。
シオノギ製薬は、抗ウイルス薬として国内で承認されている「ベクルリー」(レムデシビル)を上回る強力なSARS-CoV-2増殖阻害活性を示す、中分子ペプチドリード化合物群を見出している。
これらペプチドリード化合物群を起点として、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターとの共同研究において構造の最適化を行い、医薬品となり得る有望候補化合物群を特定する。その後、物性、薬物動態、安全性評価を進めることにより、開発候補化合物を選定する。
さらには、医療現場や患者さまへの負担が少ない投与方法(経口、皮下注射、吸入など)を実現する製剤化研究を行い、顕著な治療効果と利便性をもたらず革新的な医薬品を創製する。
シオノギ製薬は、抗ウイルス薬の創薬研究、臨床開発において他社の追随を許さないノウハウ、技術優位性を有しており、画期的な医薬品を医療現場ならびに患者さまへ提供してきた自負がある。
SARS-CoV-2感染拡大に対しても、一日も早く医薬品を提供するという社会的使命を果たすべく、本研究開発計画を精力的に展開していく。
R2 満屋 裕明 国立国際医療研究センター 研究所長、部長 新規SARS-CoV-2 Mpro/PLpro 阻害剤の研究・開発と臨床応用 ウイルス感染症に対する最も有効な対応はワクチンと抗ウイルス薬の開発である。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)発症を阻止するワクチンの接種が進んでいるが、感染そのものに対する効果、既発症例での効果や発症阻止の持続性などは不明である。抗ウイルス剤の開発には基礎生物学・構造化学・結晶解析・薬理学などを糾合した合理的デザインが不可欠であるが、我々は既にSARS-CoV-2増殖に不可欠なウイルスプロテアーゼ(Mpro/PLpro)を阻止することで試験管内で強力な抗SARS-CoV-2活性を発揮する小分子化合物を複数合成・同定に成功している。本プロジェクトではこれまでの解析で最も強力で安定性の高いGRL-2420(5h)およびその誘導体の特性を検討、構造化学・結晶解析などの手法を用いながら合成展開を図り、数百種類の新規化合物を目途として抗ウイルス活性を試験管内及びヒトACE2ノックインマウスあるいはハムスターを用いたSARS-CoV-2感染モデルによるin vivo実験系等にて評価、有効性の検証を行う。同時に臨床応用を前提とした非臨床試験を推進、マウスやハムスターを用いた薬物動態解析および短期安定性性試験を実施、併せて、投与経路・投与量の最適化を図り、実用化を目指す。
R2 渡士 幸一 国立感染症研究所 主任研究官 内因性生理活性物質誘導体をリードとした新型コロナウイルス感染症治療薬の開発 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬のレムデシビルおよびデキサメタゾンは重症者あるいは中等症に用いられる薬剤であり、軽症者および無症候者に用いられる治療薬は現時点において存在しない。本研究ではCOVID-19軽症者あるいは無症候者からの重症化を抑えることを目的に、経口投与可能な新規COVID-19治療薬を開発する。そのため、腸管吸収性の高い内因性生理活性物質に着目し、その合成誘導体から臨床開発候補化合物を見出す。すでに得られているリード化合物は抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の複製を阻害し、その50%阻害濃度および90%阻害濃度よりも、マウスに経口投与した際の最大薬物血中濃度および肺組織濃度の方が上回るため、有望な創薬シーズであると考えられた。そこでまず、すでに共同研究先で200種以上合成されている当該内因性生理活性物質の誘導体から、さらに抗ウイルス活性の高い化合物を選別する。化合物はまず感染高感受性モデル細胞株でスクリーニングした後に、より生理的条件に近い培養細胞で活性定量し、さらに感染動物モデルで抗ウイルス活性を検証する。またマウスに経口投与した際の最大血中濃度、トラフ濃度、半減期、曲線下面積、肺組織移行性などの薬物動態情報および安全性情報を取得する。一方で化合物がウイルス複製に必要などの段階を阻害するかを明らかにし、またその標的分子を明らかにする。一般的にこの内因性生理活性物質は複数の標的分子がすでに知られているが、抗ウイルス活性を有する誘導体がどの標的分子にそれぞれ作用するかを解析し、化合物の活性特異性と想定される副作用を洞察する。以上の解析により、臨床開発候補化合物を選定し、臨床への橋渡しをおこなう。共同研究先のアメリカ企業と連携して導出戦略を練るとともに、国際共同治験での臨床試験実施も視野に入れながら、臨床試験が効率よく進むような枠組みを考える。以上の開発研究により、内因性生理活性物質をリードとした新型コロナウイルス感染症治療薬の創出を進める。
R2 森 修一 東京医科歯科大学 助教 ケミカルノックダウン創薬によるCOVID-19 治療薬の開発 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るう中、変異ウイルスの出現で、さらにステージが大きく変わってきている。開発されたワクチンは変異とのイタチごっことなり、パンデミックの終焉が見えない様相を呈してきている。よって、現在喫緊の課題は、ウイルスが変異しても容易に薬効を失わず効き目を持続できるような治療薬を迅速に開発することであるが、その達成は容易ではない。本研究課題では、CANDDYと呼ばれる独自のタンパク質分解技術によって、SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)を標的とした分解誘導剤を創製する。CANDDYは標的タンパク質認識部位とプロテアソーム認識タグからなる低分子のタンパク質分解誘導剤である。標的のユビキチン化を介することなく、プロテアソームに直接導くことで標的の分解(ケミカルノックダウン)を誘導するため、外来のウイルスタンパク質を含む広範な標的の分解が可能である。CANDDYは、阻害剤のように活性ポケットを占有し続ける必要がなく、低い親和性でも分解活性を維持することが出来るため、標的の変異による親和性低下の影響を受けにくい薬剤となり得る。また、CANDDYは標的阻害剤をプロテアソーム認識タグに導入するだけで合成することができ、標的分解という一貫した指標で無細胞系からin vivoでの薬効まで評価することが出来るため、従来型の創薬と比較して開発スピードを大幅に向上させることができる。本課題では、既報のSARS-CoV-2 Mpro阻害剤を標的認識部位としたCANDDYを創製し、無細胞系、培養細胞系、in vivo におけるそれらのSARS-CoV-2 Mpro分解効率の評価、さらにはマウス体内における薬物動態試験、毒性試験を行う。有望な分子はVero細胞系におけるSARS-CoV-2の感染阻害活性についても評価する。これらの検討によって、1年でSARS-CoV-2 Mpro分解活性を有するCOVID-19治療薬候補分子を得ることを目標とする。さらに本課題の成果は、ウイルス感染症に対するケミカルノックダウン創薬という汎用的なプラットフォーム構築にも繋がる。これにより、COVID-19のみならず、将来の新興感染症パンデミックにも迅速に対応可能な、日本発の新しい創薬モダリティを提案していきたい。
R2 浅野 知一郎 広島大学 教授 Pin1 阻害化合物を用いる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発 SARS-COV-2治療薬の開発は、世界中の国々の大きな期待であり、経済状態を回復させるためにも必須である。我々は、SARS-COV-2の増殖に、感染細胞のPin1が必須であることを見出した。我々は、この数年間、独自に作成してきたPin1阻害薬について、SARS-COV-2の増殖抑制効果を指標にスクリーニングし、50個程度の新規化合物が10μM 以下の濃度で、SARS-CoV-2の増殖をほぼ完全に阻害することを見出した。本計画では、これらを基に最適化を行い、培養細胞とSARS-CoV-2感染動物を用いて、一層、効果の強い化合物を絞り込む。さらに、種々の薬理試験に加え、細胞毒性、薬物動態、マウスを用いた急性及び慢性毒性についても検討し、最終的に全身的投与あるいは気管内への吸入投与によってCOVID-19治療薬として期待できる薬物を開発する。一方、Pin1が標的とするタンパクの同定を行い、Pin1阻害がSARS-CoV-2増殖抑制作用をもたらす作用メカニズムを解明し、治療薬としての理論的根拠についても明らかにする。前臨床試験へ用いる化合物と、バックアップ化合物を最終的に決定できるように、本研究開発を早急に遂行する。
R2 和田 健彦 東北大学 教授 新規高活性触媒機能付与型核酸医薬によるCOVID-19 感染症治療薬の開発 本研究では、我々がこれまで開発した「高効率触媒的標的RNA消化機能付与型キメラ人工核酸」を活用し、新たなSARS-CoV-2等の新興感染症治療法としての汎用性を有するプラットフォーム治療戦略としての展開を目指す。SARS-CoV-2は、感染者に重篤な肺炎を生じて高い頻度で死に至らしめる一本鎖RNA含有ウイルスであり、肺胞などの細胞表面のACE2受容体タンパク質をレセプターとして感染する。本研究では次世代の分子標的薬として期待されている核酸医薬を用い、主にSARS-CoV-2ウイルスのCOVID-19を標的としたゲノムRNA切断戦略による治療薬開発を目指す。特に核酸医薬の実用化に向けた深刻な課題である、極少ない細胞内導入量に起因する低い治療力価課題解決に向け、RNase Hの標的RNA選択的切断・消化機能を活用する。我々の提案する新規高活性触媒機能付与型人工核酸は、RNA型人工核酸とDNAのハイブリッド型キメラ人工核酸構造を有し、RNase Hによる標的RNAの位置選択的消化機能を有し、標的RNAの触媒的消化と顕著なターンオーバー数増加により、効率的に標的RNA消化を実現し、薬剤力価の向上が期待される。
R2 藤井 郁雄 大阪府立大学 教授 新型コロナウイルスのスパイク蛋白を標的としたヘリックス・ループ・ヘリックス(HLH)ペプチドの開発 本研究では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイク(S)蛋白質に結合し,ウイルス感染を阻害する分子標的HLHペプチド製剤の創出を目指す。
新型コロナウイルス感染症COVID-19は,コロナウイルスSタンパク質が宿主細胞に発現するウイルス受容体(ACE2:アンジオテンシン変換酵素)に結合し細胞内に取り込まれることにより開始され,ウイルスの増殖と放出,近傍の細胞への再感染というサイクルを繰り返すことで進行する。したがって,ACE2とS蛋白質の結合ドメイン(RBD)との相互作用を選択的に遮断する物質は,ウイルス・サイクルの進行を停止できる。本研究では,ヘリックス・ループ・ヘリックス(HLH)構造ペプチドの独自のライブラリーをSタンパク質に対してスクリーニングし,阻害HLHペプチドを創出する。HLHペプチド製剤をSARS-CoV-2感染後の発症初期に投薬することで,感染症の重篤化を強力に防止する効果を発揮する。HLHペプチド技術を応用したCOVID-19治療薬の開発は、新規性と独創性が高い創薬アプローチであり革新的な効果と有用性が期待できる。
R2 森山 彩野 国立感染症研究所 主任研究官 変異型SARS-CoV-2 ウイルスに対応可能な治療用中和抗体の開発 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合して宿主細胞へ感染する。SARS-CoV-2表面に存在するスパイクタンパク質中の宿主受容体結合部位(RBD)を認識する抗体の一部は、SARS-CoV-2とACE2の結合を阻害して感染中和効果を発揮する。SARS-CoV-2感染回復者では中和抗体の産生が確認され、またワクチン接種による感染防止の主要な作用機序は中和抗体の誘導であることから、中和抗体は治療薬として有効であるとともに、より効果的に中和抗体を誘導できるワクチンの開発が求められる。しかしながら世界的な感染拡大に伴い、RBDに変異を持つSARS-CoV-2の発生とその感染拡大が起きつつある。特にその一部は従来型SARS-CoV-2感染回復者血漿抗体で中和されづらく、また既存の治療用抗体の効果も減弱することがわかりつつある。これに加え、ワクチン接種が広まるとワクチンによって誘導された中和抗体からの退避耐性を持つ新たなRBD変異ウイルスが出現・感染拡大することが懸念される。このため、本研究課題ではRBD変異ウイルスにも高い中和活性を持つ治療用抗体の新規スクリーニング技術開発とそれを用いた治療用抗体の開発を行うとともに、治療用中和抗体の詳細な立体構造解析を明らかにし、RBD変異ウイルスに対応可能な中和抗体を誘導するワクチンシーズの開発へと繋げることを目指す。
R2 高折 晃史 京都大学 教授 VHH 抗体技術を用いた新規SARSCoV-2 中和抗体の開発 中和抗体は、SARS-CoV-2の治療、及び予防薬として大いに期待されるが、ヒト血清を用いた臨床研究は、現在までのところ無効、或は限定的な効果を認めるのみであり、より有効な中和抗体の開発が望まれる。
本研究ではこのVHH抗体作製技術を基盤としてSARS-CoV-2 Spikeに対するアルパカ抗VHH抗体製剤を作製することを目的とする。SARS-CoV-2 Spikeに対するVHH抗体ライブラリの配列データを数理モデルを用いてクラスター分類し、クラスターごとのVHHのSpike認識エピトープ・カイネティクス解析・感染中和活性を測定し、候補VHHを抽出する。さらに、これらを組み合わせることでより効率的に中和活性をもつマルチドメイン抗体を作製し、COVID-19感染症に対するSARS-CoV-2中和抗体療法、さらには予防法の開発を行う。
R2 岡本 徹 大阪大学 教授 核輸送ダイナミクスに着目した新型コロナウイルスの新規治療薬の開発 広範囲な抗ウイルス活性を有する核小体を標的とする化合物群の検討を行い、既存の薬剤よりも効果の高い化合物の取得を検討し、新型コロナウイルスに強い増殖抑制能を持つことを明らかにした。本化合物はウイルス蛋白質ではなく、宿主因子を標的としているため耐性ウイルスが出にくいことが期待され、また臨床試験としても第3相臨床試験に進んだ化合物も含まれており、ドラッグ・リポジショニングとしての可能性が考えられる。本研究班では、これらの化合物の構造展開とその評価、ヒト初代肝細胞や、iPS細胞由来心筋細胞をもちいた毒性・安全性評価を動物モデルを用いた薬効評価を進める。さらに、レプリコンシステムを用いて、低分子化合物を用いたスクリーニングを行い、ウイルスゲノム複製を標的とする薬剤を開発し、核小体を標的とする薬剤との併用使用を検討する。
R2 王子田 彰夫 九州大学 教授 COVID-19 感染症に対する可逆的共有結合阻害剤の開発 本研究では、タンパク質と可逆的な共有結合を形成する申請者独自の分子デザインを用いて、COVID-19のメインプロテアーゼならびにスパイクタンパク質に対する小分子コバレント阻害剤を開発する。共有結合阻害剤(コバレントドラッグ)は強い持続的な活性を発揮できる優れた特性を持つ。一方で非特異反応による副作用の懸念から、これまで積極的に開発されてこなかった。本申請研究は、申請者独自の可逆的コバレントドラッグの分子デザイン戦略をCOVID-19感染症の治療薬開発に活かす。これにより、共有結合に起因する強い薬効を示す一方で、非特異反応を起こさない優れたプロファイルを有する安全性の高い可逆的共有結合阻害剤を見出す。メインプロテアーゼを標的とした研究においては、酵素の活性部位に存在するシステイン残基と共有結合を形成し機能阻害を起こすコバレントドラッグを開発する。スパイクタンパク質を標的とした研究においては、スパイクタンパク質とACE2受容体とのタンパク質間相互作用の阻害できるコバレントドラッグを見出す。これにより共有結合形成による強固な結合を活用する事で、小分子によってPPI阻害が実現可能であるコンセプトを実証する。
R2 阿部 洋 名古屋大学 教授 細胞膜透過性ヌクレオチド誘導体によるSARS-CoV-2RNA ポリメラーゼ阻害剤の開発 本研究では、コロナウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)に対する核酸系阻害剤を開発するための新しい分子設計戦略を実証し、治療薬候補を開発する。一般的に、核酸系の抗ウイルス薬は細胞内に取り込まれた後、3段階の酵素反応によりトリリン酸体となることで初めてウイルスポリメラーゼの阻害基質となる。しかし阻害剤の母核構造である化学修飾核酸において、細胞内でリン酸化の効率が低いため、活性が減弱化したり阻害剤として機能しないことが多く開発が断念される。
最近我々は、独自に開発した核酸の新規リン酸誘導体(特許等の関係で詳細情報は秘匿)が様々なポリメラーゼの基質となることを見出した。この分子設計戦略を適用することで、これまで足かせになってきた細胞内での活性体への変換過程を考慮する必要がなくなり、優れた抗ウイルス活性が期待できる。さらにこの方法論を用いることで、これまで細胞内でリン酸化反応が進まずに断念されてきた抗ウイルス薬候補化合物も、医薬品として復活させることが可能となる。
本研究では、この新規リン酸構造を基本構造として様々な核酸誘導体を合成し、その酵素レベルでの取り込み活性および阻害活性をSARS-CoV2のRdRpで確認する。同時にヒトポリメラーゼに対する取り込み解析も行い、毒性が低く、ウイルスポリメラーゼ選択性の高い抗ウイルス薬候補を探索する。さらに、、SARS-CoV-2感染細胞を用いて、細胞レベルの活性評価を検討することで、新規の核酸系COVID-19治療薬候補を見出す。
R2 鈴木 陽一 大阪医科大学 講師 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)エンベロープの膜アセンブリを標的とした薬剤の開発 2019年末に中国・武漢で最初の感染例が確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大は2021年に入ってさらに加速しており、COVID-19の速やかな終息に向けて感染者、特に重症患者の治療を可能にする薬剤の開発は急務である。先行研究において、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)のエンベロープ(E)タンパク質のC末端側には、細胞性タンパク質であるSyntenin-1やPALS1のPDZドメインに結合するモチーフ(PDZ-binding motif:PBM)が存在し、PBMはウイルスの感染性に影響を及ぼすことが明らかになっている。重要なことにPBMはCOVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2のEタンパク質でも保存されていることからSARS-CoV-2感染においてもPDZドメインタンパク質を足場として細胞内膜構造体における感染性ウイルス粒子の形成を促進している可能性が考えられた。そこで本研究課題では、SARS-CoV-2のEタンパク質とPDZドメインタンパク質との相互作用を阻害することで感染性ウイルス粒子の形成を抑制する低分子医薬品の開発、ならびにその前臨床試験に向けたProof-of-Concept研究を目的とする。
本研究で開発を目指す薬剤は、ウイルス側分子と宿主側分子の相互作用を標的とすることから、耐性ウイルス出現の抑制という点でアドバンテージをもつことが予想される。さらにそのユニークな作用機序から、別の阻害効果をもつ抗SARS-CoV-2薬との併用が可能であり、軽症患者や感染疑い患者の重症化を効果的に防止する低分子医薬品を開発できることが独創的な点である。
R2 小路 弘行 株式会社大分大学先端医学研究所 主幹研究員 ペプチド模倣技術を用いた新規SARS-CoV-2 感染症に対する治療薬の開発 株式会社大分大学先端医学研究所(IAM)は、天然物骨格により創出されるタンパク質二次構造の高度な模倣技術(PiPiQ)を用いてタンパク質間相互作用を阻害する低分子化合物を見出して来た。この技術を用いて狂犬病ウイルスN proteinの多量体化を阻害する抗狂犬病薬を見出した。本手法を用いてSARS-CoV-2のN protein多量体化に関わる配列を特定した。本研究においては、N protein多量体化阻害によるSARS-CoV-2 RNA分解を促進する新規なメカニズムのCOVID-19治療薬を研究開発する。
化合物デザインと合成はIAMが、N protein多量体化阻害と細胞内RNA分解の評価は、京都府立医科大学 五條が、細胞内、動物体内におけるSARS-CoV-2の増殖抑制作用は、長崎大学感染症共同研究拠点 安田が担当し、共同研究により研究の加速を図る。
令和3年度中に化合物デザイン、合成と活性評価のサイクルを回し、構造活性を明らかにして構造最適化を進め、ADMET情報を基に非臨床評価化合物を得る計画である。
R3 樋田 京子 北海道大学 教授 COVID-19 重症化における血管内皮細胞の感染病態解明と治療法の開発 SARS-CoV-2の感染者の重症例,死亡例では広範な血栓塞栓症や重度の血管炎が観察されている.最近の報告では,肺毛細血管内皮細胞の異常形態,多数の免疫細胞集積,血管新生シグナルの顕著な亢進が,SARS-CoV-2感染の特徴とされている.この所見は,血管内皮病態Endotheliopathyと表現され注目されている.しかし,これまでの検討では血管へのウイルス感染が示唆されているものの,細胞レベルで血管内皮細胞への感染を証明し,その病態を明らかにした報告はまだみられず,詳細な血管内皮病態のメカニズムについては未だ不明な点が多い.
我々はこれまでの腫瘍など病態では微小環境により血管内皮細胞が多様性をもつことを明らかにしてきた.そこで血管の状態により内皮細胞へのウイルス感染性は変化するものと考えた.本研究では血管内皮細胞感染成立のメカニズムと感染後血管内皮細胞病態のサイトカインストームや血栓塞栓症との関連を明らかにし重症化予測バイオマーカーの同定や重症化抑制薬の開発につなげる.
R3 宮崎 徹 東京大学 教授 食細胞機構による炎症抑制と組織修復に基づくCOVID-19 新規治療法の検討 COVID-19の治療戦略として、①感染抑制・ウイルス増殖抑制と②感染後の重症化阻止と併発症・後遺症の抑制、の2点が重要である。特に②に対しては、感染により障害を受けた肺を始めとする多くの組織で炎症を抑制し組織修復を促進することが必要である。Apoptosis inhibitor of Macrophage(AIM)は、我々が発見した組織マクロファージが特異的に産生する血中タンパク質であるが、我々はこれまでの研究で、急性腎障害(AKI)や脂肪肝・肝臓癌を含む多くの疾患時、障害された組織において、死細胞とその断片、損傷した細胞、炎症性DAMPsなど、炎症の原因となるさまざまな自己由来の異物と結合し、マクロファージをはじめとする貪食細胞によるその除去を促進することによって、炎症を抑制し組織修復を促して疾患治癒を促進することを明らかにしてきた。また、これまで、AKIやNASH由来の肝細胞癌においてIgMから解離して活性化することが見出され、組織障害性疾患のバイオマーカーとしての有用性も示唆されている。本研究では、AIMによる感染後の組織修復促進と重症化阻止の検討(in vivo研究)を中心に、AIMのバイオマーカーとしての検討(臨床研究)、およびAIMによるSARS-CoV2感染制御の可能性の検討(in vitro研究)を行い、AIMによるCOVID-19に対する新規治療法の開発基盤の提供を目指す。
R3 荒瀬 尚 大阪大学 教授 新型コロナウイルス感染症の重症化因子を標的にした新たな治療薬・予防法の開発 SARS-CoV2は、非常に重篤な肺炎を引き起こす一方、無症状、もしくは軽症の患者も多く認められる。なぜ特定の感染者のみが重症化するかが重要であるが、依然として重症化メカニズムは不明である。そこで、新型コロナウイルスに対する重症化因子を標的にした予防法、治療法の開発を目指す。我々はこれまでに、スパイクタンパク質のN末領域(NTD)に対するウイルス受容体として肺のcDNAライブラリーからL-SIGNをクローニングし、新型コロナウイルスの肺における受容体であることを解明した。また、L-SIGNを介した感染は、抗NTD抗体によって阻害できることが判明した。そこで、L-SIGNを介した感染を阻害する抗体を産生するワクチン用Spikeタンパク質を開発する。一方、我々は、COVID-19患者由来の抗体を解析することにより、Spikeタンパク質に構造変化を起こし、感染性を増強させる抗体を発見した。感染増強抗体はいずれもNTDのエピトープを認識することが判明した。さらに、COVID-19重症患者には、この感染増強抗体が高く産生されており、COVID-19の重症化要因である可能性が考えられる。現行のワクチンには感染増強抗体のエピトープが含まれているので、本研究では、感染増強抗体を誘導しないSpikeタンパク質の開発を行う。
R3 小比賀 聡 大阪大学 教授 SARS-CoV-2変異株及び来るべきSARS-CoV-3に対する核酸医薬開発基盤の整備 本研究では、新たな創薬モダリティの一つである核酸医薬(アンチセンス核酸)の効果を最大化するとともに、変異株を含む新型コロナウイルスに対する有効な治療法を確立するための技術構築を行う。アンチセンス核酸の効果最大化に向けて現在最も必要な技術としては、標的臓器に速やかにアンチセンス核酸を送達させることのできるDDSプラットフォームがあげられる。本研究では、気道及び肺にアンチセンス核酸を効率的に送達させ、速やかに効果を発揮するためのDDS技術を構築する。一方、ウイルス変異に対しては有効なアンチセンス核酸を複数同時投与するという手法が有効である。本研究では複数本のアンチセンス核酸を適切なコア分子のもと共有結合でつないだマルチマー型アンチセンス核酸を用いることでこの課題解決にあたる。また、新たなパンデミック時に速やかに開発候補品を創出するための方策として、アンチセンス核酸ライブラリーの整備を行う。本研究ではSARS、MERS、SARS-CoV-2に続く “SARS-CoV-3” に対応可能なアンチセンス核酸ライブラリーをあらかじめ作成し、今後のパンデミックに即応可能な体制を整える。
R3 藤吉 好則 東京医科歯科大学 特別栄誉教授 スパイクタンパク質を標的とした抗SARS-CoV-2ペプチド医薬の実用開発開発 新型コロナウイルスの治療薬の理想は、ヒトの身体に影響を与えることなく、ウイルスの感染を強く阻害して、短期間にウイルスを排除する阻害剤と思われる。そのためには、SARS-CoV-2のスパイクのRBD(Receptor Binding Domain)に強く結合する阻害剤の開発が望まれる。しかし、ACE2(Angiotensin-Converting Enzyme 2)へ結合するRBDの接触面の構造は平坦で、低分子が結合できるポケットが存在しないので、中分子であるペプチド製剤によって、PPI制御をする必要がある。それゆえ、構造創薬(SGDD: Structure-Guided Drug Development)技術によって、RBDに強く結合してウイルスのACE2への結合を阻害してウイルスの感染を防止するペプチド製剤の開発を目指した。特筆すべきこととして、クライオ電子顕微鏡を用いた構造情報を活用することによって、短期間に目的ペプチドの開発と改良に成功した。このペプチド製剤候補は、“1)RBDに速く結合して解離しないので、ウイルスの感染を強力に阻害する。2)天然のアミノ酸だけからなる短いペプチドなので、副作用が少ないか全くないと期待できる。3)化学合成が可能な短いペプチドなので、安価に大量に供給ができる。4)世界各地に容易に届けられる。5)現在知られている全ての変異ウイルスのRBDに強く結合し、感染を防ぐことができる。6)軽症や無症状の感染者の重症化予防や短期間でのウイルス排除が期待される。”等の特色を有している。また、構造に基づいて設計しているので、新たな変異ウイルスにも即座に対応できる。それゆえ、本治療薬候補を早期に治療に供することを目指して本課題を実施する。本品は、低分子では制御できないRBDのACE2への結合をPPI制御できる化学合成可能な短いペプチドであり、SARS-CoV-2感染の初期ステップを強力に阻害することから、ウイルス暴露後の早期や感染初期に特に有効である。本品の有効性が検証されれば、感染初期や軽症者のウイルスを排除して重症化を阻止する治療薬としてだけでなく、無症状感染者や濃厚接触者への使用でウイルス拡散を阻止し、集団感染を抑制する効果も期待される。さらに、世界で開発中の薬剤にRBDを標的とするものがほとんどないことから、他の薬剤との併用により有効な治療戦略を確立でき、パンデミック終息に寄与することが期待される。
本研究課題では、「リポジショニングに伍して速やかに開発可能な創薬技術開発」を行うと共に、最良のペプチド医薬品候補を見出し、薬物動態や物性等の前臨床試験に必要な解析につなげ、導出予定の製薬企業が、臨床試験に適したペプチド医薬品を早期に確定できるように、臨床試験にむけた開発計画を立案することを本開発期間の目標とする。現在知られている主要な変異株のRBDの全てに強く結合することを確認しており、強い抗ウイルス薬活性を有するペプチド製剤候補の開発に成功した。今後問題となる可能性がある変異にも、素早く的確に対応できるようにするために、変異型スパイクタンパク質と阻害剤との複合体の構造解析技術開発を行う。この様な構造解析技術を確立することによって、いかなる変異にも即座に対応して、最適の治療薬とすることができるペプチド製剤開発・改良法を確立することを目指す。それゆえ、本研究課題を推進することによって、新興・再興感染症にも迅速に対応できる革新的医薬品開発技術の確立が期待される。
R3 前仲 勝実 北海道大学 教授 新型コロナウイルス感染症に対する核酸代謝拮抗治療薬の開発 SARS-CoV-2によるパンデミックに対して、世界でワクチン開発が進む一方で、治療薬についてはレムデシビルとデキサメタゾン以降、有望な化合物の報告は極めて少なく、治療薬開発は喫緊の課題である。申請代表者の北大・前仲と北大・松田は協力者の北大・佐藤と共同で、SARS-CoV-2がコードするRNA依存性RNAポリメラーゼ (RdRp)阻害剤の探索研究を実施し、in vitro評価系において、核酸代謝拮抗剤のHMcA (1; 7-hydroxymethyl-7-deazaadenosine) が抗ウイルス活性を有することを見出した(Uemura et al., iScience 2021)。本研究開発では、新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)に対する有効な治療薬の開発のために、申請者らが見出したin vitro抗SARS-CoV-2効果がある核酸代謝拮抗剤について、臨床試験開始に向けた準備を強力に推し進めることを主たる目標とする。
研究代表者の前仲は北大創薬科学研究教育センター創設期(H23年)から創薬開発に取り組み、化合物スクリーニング、アッセイ法の開発など創薬全般に精通しており、分子ウイルス学を専門とし、SARS-CoV-2のin vitroアッセイを担当している。同時に前仲は京大・橋口(協力者)とともに本邦をリードするウイルス構造生物学・蛋白質科学の専門家である。渡士(協力者)は感染研において本邦の主導的立場で抗SARS-CoV-2活性の評価系を構築し、臨床研究に入った既存薬および新薬の治療候補を複数見出し、スループット性の高い評価系も構築している。疾患モデルマウスを用いるSARS-CoV-2 in vivo薬効評価は、北大人獣共通感染症国際共同研究所の客員教授でありHIV治療薬(デビケイ)やインフルエンザ治療薬(ゾフルーザ)の開発実績を有する佐藤(協力者)の協力のもとで実施中である。一方、前田は成人T細胞白血病研究の第一人者であり、腫瘍移植実験で核酸医薬品を用いたin vivoでの薬効を見出すことに成功している。金光(協力者)はHMcAの評価条件を決定しており、迅速にADME評価を実施できる薬物動態解析の専門家である。この背景から薬物動態解析をもとにin vivoでの効果を見出せる条件を検討する。松田と南川、田良島(協力者)は核酸化学および創薬化学の専門家であり、核酸代謝拮抗剤開発においては世界最高水準である。特に、松田は製薬企業と共同で5つの核酸化合物の臨床試験実施経験があり、今回の抗SARS-CoV-2薬の開発研究においても貢献することが期待される。
このような背景を生かして、本研究開発では、in vivoでの薬効を評価するため、化合物の大量調製法を確立する。動物モデルへの薬剤の投与によるin vivo評価を進め、さらに投与法の検討とADME評価を実施する。バックアップ研究として、誘導体合成も検討する。HMcAはSARS-CoV-2だけではなく、ジカウイルスやウエストナイルウイルス等のRNAウイルスにも広くin vitro抗ウイルス効果を発揮することを見出しており、この開発が進むことで広域的RNAウイルス感染症治療薬として期待できる。
R3 和田 健彦 東北大学 教授 新規高活性触媒機能付与型核酸医薬によるCOVID-19感染症治療用創薬技術の開発 本研究では、我々がこれまで開発した「高効率触媒的標的RNA消化機能付与型キメラ人工核酸」を活用し、新たなCOVID-19治療薬開発を目指す。SARS-CoV-2は、感染者に重篤な肺炎を生じて高い頻度で死に至らしめる一本鎖RNA含有ウイルスであり、肺胞などの細胞表面のACE2受容体タンパク質をレセプターとして感染する。本研究では次世代の分子標的薬として期待されている核酸医薬を用い、主にCOVID-19の原因SARS-CoV-2ウイルスのゲノムRNAを標的としたゲノムRNA切断戦略による治療薬開発を目指す。特に核酸医薬の実用化に向けた深刻な課題である、極少ない細胞内導入量に起因する低い治療力価課題解決に向け、RNase Hの標的RNA選択的切断・消化機能を活用する。我々の提案する新規高活性触媒機能付与型人工核酸は、RNA型人工核酸とDNAのハイブリッド型キメラ人工核酸構造を有し、RNase Hによる標的RNAの位置選択的消化機能を有し、標的RNAの触媒的消化と顕著なターンオーバー数増加により、効率的に標的RNA消化を実現し、薬剤力価の向上が期待される。
R3 星野 温 京都府立医科大学 学内講師 高親和性ACE2による逃避変異を克服するCOVID-19治療薬の開発 我々は新型コロナウイルスの感染受容体であるACE2をデコイ(おとり)として利用したウイルス中和蛋白質製剤の開発を行っている。これまでに指向性進化法でウイルスへの親和性を100倍に高めたACE2変異体を作製し、この変異体にIgG1-Fcを融合した高親和性ACE2製剤はCOVID-19ハムスターモデルにおいて1回投与にて顕著な治療効果が確認された。臨床での適応・使用方法としては軽症・中等症のうち重症化ハイリスク患者に対して静脈注射1回投与、または吸入での治療を想定している。
一般的なウイルス中和製剤であるモノクローナル抗体はウイルス変異による耐性化(逃避変異)が問題となるが、本製剤の場合は結合しなくなったウイルス変異株は細胞表面のACE2とも結合できず感染力を失う。そのため実質的に薬剤耐性株が出現しない理想的な抗ウイルス薬になる大きな利点がある。さらにこれまでに問題となった感染力の強い変異株に対してはより高い中和活性を示し、特に現在の主要株であるデルタ株に対しては、中和活性が飛躍的に亢進していることから、変異株にこそ有効な薬剤と言える。受容体を用いたデコイ製剤は他の疾患において既に臨床応用されているものがあるが、いずれも野生型タンパクを用いており、本製剤のようにアミノ酸変異を導入した製剤はこれまでになくFirst-in-classである。抗体製剤と同等の中和活性を持ち、さらに薬剤耐性株の問題が克服でき、患者検体なく迅速に開発が可能な本製剤の臨床応用の可能性を評価することは、今後のCOVID-19並びに他の新興感染症対策の観点からも非常に重要である。
本研究では霊長類モデルで静脈投与ならびに吸入治療における薬効の確認と薬物動態試験を行い、本製剤の懸念であるアミノ酸変異に伴う免疫原性を念頭に安全性を確認する。逃避変異が問題にならない点に関してはこれまでの変異誘発試験に加え、遺伝学的手法を駆使して詳細な検討を行うと共に、変異株に対する高い中和活性のメカニズムを解明し本製剤の優位性に対するエビデンスを積み上げる。また呼吸器感染症治療においてFcのエフェクター作用の重要性が十分に検討されていないためFcの最適化に向けてエフェクター作用増強変異Fcの作製にも取り組む。これらの検討により本製剤の治療効果を最大限引き出し、優位性、安全性を明らかにすることで創薬が進むことが期待される。
R3 豊島 文子 京都大学 教授 Gタンパク質シグナルを制御する内在性の膜透過型ペプチドを利用した抗ウイルス薬の開発 RNAワクチンの開発により、SARS-CoV-2に対する感染予防対策は整いつつあるが、感染者に対する治療法や抗ウイルス薬は開発途上である。抗ウイルス薬の開発においては、中和抗体や薬剤に耐性のウイルス変異株の出現や、多様なウイルスに対して有効性を示す汎用性の高い抗ウイルス薬の開発が困難であることが課題となっている。この原因の一つとして、現行の抗ウイルス薬の多くはウイルス由来のタンパク質を標的としている点が挙げられる。
ウイルス感染の過程では、宿主細胞へのエントリーや、細胞内での輸送、ウイルス粒子の出芽において、宿主のアクチン細胞骨格が利用される。また、SARS-CoV-2が感染すると宿主細胞のアクチンシグナル伝達が大きく変化することが報告された。従って、宿主細胞のアクチンシグナルを標的とすることにより、汎用性の高い抗ウイルス薬の開発が期待される。本研究課題では、我々が同定した、G タンパク質を介してアクチン細胞骨格を制御する内在性の膜透過型ペプチドに着目し、種々のSARS-CoV-2変異株やインフルエンザに対する当該ペプチドの抗ウイルス活性を評価する。プロテオミクス解析技術により、当該ペプチドが標的とするシグナル伝達を解明し、SARS-CoV-2の増殖環における当該ペプチドの作用点を特定する。また、SARS-CoV-2羅患患者の臨床検体を用いて病態の重症度ならびにウイルス株型と当該ペプチドとの関連を解析する。SARS-CoV-2罹患患者の経時的な臨床検体を用いて、当該ペプチドの経時的な挙動と、臨床病態との関連を評価する。さらに、当該ペプチドの改変体開発とアナログ探索を実施し、高い抗ウイルス活性を有する低毒性のリード化合物を取得する。これらの解析から、宿主細胞のGタンパク質-アクチンシグナルを標的とした汎用性の高い抗ウイルス薬開発のための基盤構築を目指す。
R3 向 洋平 株式会社カン研究所 主幹研究員 抗体医薬の迅速供給を可能とする体内抗体産生技術基盤の構築 本申請課題の目的は、新型コロナウイルス感染症をモデルケースとし、未知なる新興再興感染症に対して有効な本邦発の抗体医薬品を開発すべく、①化学合成による迅速さ、②小規模施設による低コスト製造、③多施設への一定量の供給能力、④体内での短時間での中和抗体産生、という長所を兼ね備えた、新規抗体創薬基盤技術を確立することである。つまり、抗体医薬品が要する年単位の製造期間を飛躍的に短縮することで、緊急時における抗体医薬品の弱点を克服し、「抗体医薬品の迅速・多施設・一定量供給」を実現する新規抗体創薬基盤技術を確立する。具体的には、急性期治療として有望な抗体医薬品の緊急時における弱点(年単位の製造期間と限定的な供給量)を克服することを目標に、独自の核酸デリバリー技術を用いることで、「mRNAワクチンに匹敵するスピードで大量供給可能な、中和抗体の体内での迅速産生による治療法」を開発する。
本申請の成果は、従来の抗体医薬品に比べて製造期間を圧倒的に短縮可能な独自の核酸デリバリー技術によって、変異に迅速に対応可能な国産の新型コロナウイルス中和抗体治療薬を創製し、ワクチンが普及した近い将来であっても、エスケープミュータントやワクチンが投与できない人々に対する新たな治療法(備え)を提示するものである。また、本研究課題で構築された連携体制は、今後の全く新しい新興再興感染症の世界的流行に備えた、国内の感染症創薬基盤の強化につながり、未来の国民の健康と福祉の継続的な増進・維持に重要な役割を果たすものと期待される。
R3 竹下 勝 慶應義塾大学 助教 単剤で既存のVOC株全てに有効な第2世代SARS-CoV-2中和抗体の開発 本研究の目標は、国産の第2世代のSARS-CoV-2中和抗体医薬の開発である。先行製剤として米リジェネロン社やリリー社の抗体カクテルやGSK社の抗体製剤はアメリカで緊急使用許可を得て、日本でもリジェネロン社の抗体カクテルが導入されたが、重症化予防効果が7割と非常に高く、死亡率の抑制や医療負荷の低減に高い効果を発揮すると考えられる。これらの製剤を第1世代とすると、本研究では①既存の抗体製剤のエピトープと異なり、②単剤で現在問題となっているVOCs(variant of concern)の全てに有効で、③皮下や筋注など簡便な投与経路がとれる、第2世代の製剤の開発を目指す。
我々はこれまでもAMEDの御支援を頂き、色々な条件を付した抗体を回復者B細胞から月に100-200種を作製する体制および迅速な評価系を確立した。そのようにして作製した600種以上の抗体の中で、特徴あるエピトープを持つAb712抗体を主軸として先行し、Ab803、Ab816、Ab847の3抗体をバックアップとして開発する。これらの抗体は武漢株とβ株のRBD両方に結合可能な抗体として回復者B細胞から作製され、VOCsの全てに高い活性を示し、様々な変異に耐性を持つ。Ab712はさらに先行してクライオ電顕による構造解析、サル薬物動態試験、物性試験・安定性試験を終了し、ACE2とRBDの結合面を広く覆う様に結合し、多くのアミノ酸残基で相互作用をしており、活性が極端に落ちる弱点となる場所がないといった特長を持ち、薬物動態や物性面の懸念点が存在しない。また候補抗体はADEの発生を確実に回避するためN297A変異を導入した。Fc結合活性は抗体の有効性に関与するとの報告もあるが、昨年度の課題内でN297A導入抗体を用いてサル及びハムスターで感染実験を実施し効果を確認済であり、今後もハムスター感染試験で投与量と薬効の関係を解析する。
本課題では開発を進めるための必要な要素を満たしたAb712のリサーチセルバンク作製を先行させ、残りの3抗体の性能試験の結果を見て最も優れた抗体を製造工程へ進める。抗体製造プロセスの検討期間には、更なる変異株や別の新興感染症の出現時に備え、様々な抗体の取得法等の開発を進め、国産の第2世代中和抗体として人類の健康福祉に貢献できるようになると共に、次の危機に備える体制を構築する。

(4)ワクチン開発

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開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R3 佐々木 永太 国立感染症研究所 主任研究官 新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンに用いる新規アジュバントの実用化に向けた開発研究 COVID-19の感染拡大を抑制するために、迅速なワクチン開発が急がれている。また、パンデミックが収束した後も、ワクチンによるSARS-CoV-2感染予防は継続的に重要となると考えられ、今後の長期的なワクチン接種戦略などを考慮すると、不活化ワクチンや組換えタンパクワクチンの需要も見込まれる。一方で不活化ワクチンの有効性を高めること難しく、それを解決するために優れたアジュバントの開発が急がれている。申請者らはこれまでに、本邦で医薬品添加物として使用されている、ある水溶性ポリマーに強いアジュバント効果があることを見出している。本研究開発では、当該ポリマーをアジュバントとして、SARS-CoV-2 ワクチンに実用化することを目指し、有効性を指標にポリマー構造の最適化を行う。さらに、製薬メーカーが開発中のワクチンも含めて、ポリマーアジュバント添加による有効性をSARS-CoV-2感染動物モデルで検証する。さらに動物を用いた安全性試験によりその安全性を検証することで、早期に非臨床試験および臨床試験へと繋げることを目指す。
R3 水口 裕之 大阪大学 教授 COVID-19 に転用可能な振興・再興感染症に対するユニバーサル純国産アデノウイルスベクターワクチン開発 現在、新興・再興感染症に対するワクチンの重要性が再認識されている。アデノウイルス(Ad)ベクターワクチンは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチン候補としてmRNAワクチンと並んで最も開発が進んでいるプラットフォームであり、パンデミックに迅速に対応できることから大きく期待されている。我が国も、産官学を挙げて積極的にワクチン開発を進めているが、諸外国に比べ大きく遅れているのが現状であり、Adベクターワクチンにおいては、開発研究は全く行われていない。その最大の理由は、我が国は諸外国と異なり、2000年代以降の遺伝子治療に関する過剰なネガティブな観念から、そのプラットフォーム開発に関する研究支援が不十分であり、潜在的な開発基盤能力は有しているものの研究が実施できず、準備がなされていなかったことにある。将来新たに発生するかもしれないパンデミックに備えた危機管理体制として、我が国独自に諸外国とは異なるワクチンプラットフォームを構築しておくことは極めて重要である。そこで本研究では、現在英米露中が開発を進めているAdベクターワクチンとは異なるプラットフォームからなり(英国はチンパンジーAd、米国・ロシアはヒト26型Ad、中国は従来のヒト5型Adを利用)、抗原遺伝子を入れ替えることで、多くの感染症に対して迅速に利用可能なAdベクターワクチンの開発と基盤整備を行うことを目的とする。具体的には、既存のAdベクターワクチンとは異なるヒト35型Ad(既存抗体保持率は10~20%以下と非常に低い)を基盤としたワクチンと、ヒト5型Adにおける主要な抗原部位であるヘキソンとファイバー領域を改変することで既存抗体による影響を受けないヒト5型Adベクターワクチンの両者の開発を行う。モデル抗原を搭載したこれらのワクチンの効果を、マウスに投与後の免疫誘導能等を解析することで詳細に行う。さらにはICH Q9ガイドラインのQbD (Quality by Design)の手法を念頭に、Adベクターワクチンの製造プロセス(大量生産系、精製系の確立)の基盤構築を行う。本研究でAdベクターワクチンのプラットフォームが確立されれば、抗原コード遺伝子を入れ替えることで、あらゆる新興・再興感染症に対する有効なワクチン開発整備が純国産技術で可能になる。純国産技術での基盤整備は国益を考えた場合には極めて重要であり、将来の有事に備えた基盤整備の基礎が達成できる。

(5)臨床開発研究

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開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R2 張替 秀郎 東北大学 教授 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)肺炎に対するPAI-1 阻害薬TM5614のプラセボ対照二重盲検第II 相医師主導治験 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の世界的な蔓延は、社会的に喫緊の課題です。COVID-19の約80%は軽症で経過しますが、特に高齢者や基礎疾患を持つ患者などでは重症化し、重症の肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至ります。重症肺炎の患者では、人工呼吸器や人工肺(ECMO)の治療が必要となりますが、パンデミックで急速な患者増に対して人工呼吸器や人工肺が世界的に不足しており、医療崩壊を招いている地域もでてきています。また、隔離のための病床が不足していることから、軽症例の自宅待機の措置がとられてきましたが、発病当初は軽症であっても一部、急速に重症化する患者の存在が問題になっています。このように、肺炎の重症化を防ぐ治療薬の開発は、患者の延命のみならず、医療現場の負担軽減、医療資源の有効活用の上でも極めて重要です。
COVID-19による重症肺炎患者では、炎症、線維化など病変が急速に進行することが特徴ですが、特にフィブリン微小血栓が著明に認められるなど凝固系亢進の特徴的な所見が認められます。我々は、血栓形成を抑制することができるプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター(PAI)-1阻害薬を開発しています。本申請では、COVID-19肺炎に対するPAI-1阻害薬の有効性および安全性を評価するために、国内の多施設の大学病院等で偽薬を対照とした第II相医師主導治験(二重盲検試験)を実施します。世界的にも緊急の課題であるCOVID-19の治療薬開発に貢献すべく、早期での実用化を目指します。
R2 忽那 賢志 国立国際医療研究センター 国際感染症対策室医長 回復者血漿療法によるCOVID-19 治療の臨床開発とランダム化比較試験 現時点でCOVID-19に対して様々な治療薬が検討されているが、特に軽症例や発症初期の患者に対する治療方法が未確立であるため、更なる検討が必要である。回復者血漿はある感染症に罹患し回復した者の血漿に含まれる抗体を患者に投与することで治療効果が期待される治療法であり、これまでも様々な感染症において検討されてきた。COVID-19においても回復者血漿は有効な治療法となる可能性がある。
本研究は、回復者血漿投与群と標準治療群との2群による非盲検ランダム化比較研究をNCGMを主研究機関とした多施設共同研究として実施する。別研究において採取・保存された血漿を投与群に割り付けられた軽症例のCOVID-19患者に投与する。回復者血漿を投与されていない標準治療群と、人工呼吸器管理実施または死亡、臨床的改善などを比較し、回復者血漿投与の有効性を比較検討する。本研究では、感染しやすい生きた細胞を感染性の新型コロナウイルスに暴露して、それぞれの回復患者血漿が感染を阻止できるかを国立国際医療研究センター研究所で検討、高い中和活性のある血漿のみを被験者に投与する。
R2 森屋 恭爾 東京大学 教授 ナファモスタットメシル酸塩の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬としての開発 世界各国でCOVID-19に対する様々な治療薬や治療法の開発が進められているものの、明確なエビデンスを有する有効性の高い治療法は依然として確立されておらず、COVID-19治療薬の開発は喫緊の課題である。研究開発代表者らは、わが国において「膵炎の急性症状の改善」等の適応で既に承認されているナファモスタットが新型コロナウイルスの気道細胞内への侵入を低濃度でも防ぐという基礎研究の成果ならびに本剤の抗凝固作用により、単剤あるいは他の抗ウイルス薬と組み合わせることでドラッグリポジショニングによるCOVID-19の新しい治療法を迅速に開発できると考えた。本研究では肺炎を発症している入院患者と、感染早期の軽症患者を対象に重症化を防ぐ治療薬開発を行い医療資源の枯渇を防ぐことを目指す。
R2 北村 和雄 宮﨑大学 教授 COVID-19 による中等症肺炎の治療薬開発―Phase Ⅱa 試験 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は全世界で蔓延しており、重大な社会問題を引き起こしている。本邦の新型コロナウイルス感染症レジストリー(COVIREGI-JP)のデータでは、約30%の患者は酸素補給が必要な中等症肺炎を発症するとされている。中等症肺炎は重症肺炎と同じくらい入院期間が長く(12日間)、また一定数(~20%)は重症肺炎へと進展することから、中等症肺炎を重症化させずに、早期に回復させることは医療機関の逼迫を予防する意味からも極めて重要である。肺炎の重症化を予防し、臓器障害を軽減するためには、中等症肺炎に対する早期の治療介入が必須である。加えて、COVID-19患者では中長期の後遺症が少なくなく、肺機能の低下が遷延することが報告されている。中等症肺炎からの早期回復を図ることは、後遺症の軽減や肺機能保持にも有益である。現在開発が進められている抗ウイルス薬だけでは中等症肺炎からの早期回復は難しく、新しいアプローチが必要である。アドレノメデュリン(AM)は強力な血管拡張作用を有する生理活性ペプチドで全身に広く分布しているが、敗血症や重症肺炎において血中濃度が著しく上昇し、内因性の防御因子として作用している。実際に合成AMを外因性に投与すると敗血症や肺炎に伴う組織障害が改善することが、実験動物で確認されている。現在我々は、AMの組織保護作用(主に内皮細胞のバリアー機能改善とサイトカイン制御を介する)を利用して、COVID-19による重症肺炎に対する治験を現在進めている。この経緯の中で、上記のように中等症肺炎の管理が難しいことから、治験に参加した医師からはAMを中等症肺炎に対しても使用したいという強い要望が出ている。そこで、今回の治験ではCOVID-19による中等症肺炎患者を対象として、AMを用いることで中等症肺炎の重症化を予防し、早期回復が可能かを検証したい(POCの証明)。本研究は多施設でのプラセボ対照二重盲検試験とし、COVID-19による中等症肺炎に対して、患者登録後にAMを72時間持続静注し、その後は酸素補給を離脱するまで、1日8時間の間欠投与を行う。主要評価項目は酸素補給を要した期間とし、副次項目では投薬開始から10、20、30日後の臨床状態を評価する。目標症例数は実薬30名、プラセボ30名の60名とし、6~9ヶ月程度で患者登録と追跡を終了したい。本研究は従来の抗ウイルス薬とは違うアプローチで、増加を続ける中等症肺炎に対処する革新的な研究であり、緊急性が高い研究である。
R2 宮崎 泰可 長崎大学 准教授 無症状及び軽症COVID-19 患者に対するネルフィナビルの有効性及び安全性を探索するランダム化非盲検並行群間比較試験 新型コロナウイルス(COVID-19)感染症に対する治療薬開発は急務であり、既承認薬の有効利用が期待されている。ネルフィナビルは、HIVの複製に必要なプロテアーゼを阻害する抗HIV薬であるが、既存薬のスクリーニングの結果、ネルフィナビルは新型コロナウイルスに対して高い増殖阻害効果を示すことが報告された。本剤はHIV感染症に対する使用経験から日本人に対する安全性についても十分に検討されているため、迅速な臨床開発を進めることが可能な薬剤である。ネルフィナビルのCOVID-19に対する抗ウイルス効果、有効性、及び安全性を明らかにすることを目的として、無症状及び軽症COVID-19患者を対象として医師主導、対症療法群対照、多施設共同ランダム化比較試験を実施する。COVID-19患者に対するネルフィナビルの臨床的有効性と安全性が確認されれば、無症状および軽症患者に対する治療法を確立でき、重症化の抑制や感染拡大の防止に大きく貢献することが期待される。

(6)COVID-19を含む感染症にかかる基盤的な研究・環境整備

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開始年度 研究開発代表者 所属機関・役職 研究開発課題名 研究概要
R2 福原 崇介 北海道大学 教授  P2施設で検討可能なSARS-CoV-2tcp感染系によるin vivoモデルの確立 SARS-CoV-2の治療法開発を目指した研究の推進を妨げる要因の1つとして、感染性ウイルスを用いた研究はP3実験室で行う必要があることが挙げられる。増殖に必須なウイルスタンパク質を欠損したウイルスを作出し、そのタンパク質を強制発現している細胞でのみ増える(Trans-complementation)モデルを構築すれば、P2実験室で使用可能になると考えられる。今回、構造タンパク質であるSやE、Mを欠損するSARS-CoV-2 tcpを作製し、ゲノムの複製に関与する全てのウイルスタンパク質を維持することで、in vitro及びin vivoで粒子産生より前の増殖初期過程を観察することが可能な系を構築する。ウイルスタンパク質を欠損することで安全かつ増殖性を観察可能なSARS-CoV-2tcpのin vitro及びin vivoの感染系を確立し、その有用性を様々な角度から検証することを本研究の目的とする。
最近、申請者らは大腸菌を介さず、PCRでウイルスゲノム断片を増幅し、円環状に繋げることによるSARS-CoV-2の高速リバースジェネティクスを確立した。この手法により、容易にウイルスゲノム内に変異を導入できるだけでなく、特定のウイルスタンパク質を欠損したウイルスゲノムを容易に構築可能であり、SARS-CoV-2tcpを作出するための条件検討も迅速に行うことが可能である。SARS-CoV-2tcp感染系が確立し、in vitroおよびin vivoでの有用性を明らかにすることで、創薬やワクチン開発に関する研究に大きく貢献できるP2で使用可能な実験系になると考えられる。さらに、本研究では、SARS-CoV-2tcpで欠損させたウイルスタンパク質を発現するトランスジェニックマウスの作製を行い、SARS-CoV-2tcpが増殖可能なモデルの確立することでP2で使用可能で有用なin vivoモデルの構築を試みる。
マウスでの増殖性を高めるための変異をすでに同定しており、SARS-CoV-2tcpにもその変異を導入することで、マウスで高い感染性を示す系を構築可能である。また、各分担者はすでに生ウイルスを用いた研究で成績をすでに得ていることも優位な点であり、SARS-CoV-2tcp感染系が確立し次第、その有用性をin vivoモデルを含む様々な実験系で検証することが可能である。このような多角的かつ確実な検証を行った上でin vitroのみならずin vivoで有用性が実証され、かつP2で使用可能な実験系は、間違いなく創薬やワクチン開発に資することが可能である。
R2 岩倉 洋一郎 東京理科大学 教授 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬開発促進を目指したマウスモデルの開発 新型コロナウイルス感染症(COVID)に対するワクチンや治療薬の開発には、その発症過程を忠実に反映する感染モデルが必要です。ところが、現在は良い感染実験系がないため、開発研究に遅れが生じております。そこで、本研究では新型コロナウイルスの感染受容体や感染を促進するヒト遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作製することによって、通常は新型コロナウイルスに感受性を示さないマウスを、感受性マウスに改変することを目指します。また、COVID患者ではIL-6やTNFなどのサイトカインの産生が異常亢進し、重症化を招くと考えられております。そこで、本研究ではこれらのサイトカインの誘導メカニズムを解明すると共に、当研究グループの有する種々のサイトカイン欠損マウスと掛け合わせることによって、その病理的役割を明らかにし、サイトカインストームを抑制する手掛かりを得ることを目指します。また、糖尿病や血管炎などの基礎疾患があると予後が悪いことが知られていますが、そのメカニズムを解明して、予後改善の方策を得ることを目指します。なお、感受性マウスは希望する研究者に広く配布し、研究を促進することを予定しております。
R2 舘田 一博 東邦大学 教授 Hollow-Fiber Infection Modelを応用した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対する治療薬の開発促進に向けた評価法・検証法の構築に資する基盤研究 本研究は、抗菌薬の薬効評価と用法・用量の設定にも用いられるHollow-Fiber Infection Model (HFIM)を抗ウイルス薬の開発に応用するための基盤研究で、HFIMを細胞培養と抗ウイルス薬の評価のために最適化する。現在、米国で抗ウイルス薬の評価に用いられている膜モジュールは細胞培養に最適化されていないため、新たな中空糸膜モジュールを実用化する。そのため中空糸膜モジュールのextra-capillary space (ECS)内で培養される細胞が通常の細胞培養と同じ速度で増殖し、且つウイルスの感染効率もほぼ同じ条件となるようにインフルエンザウイルスを用いて最適化する。また、必要があれば薬剤投与コンピュータ制御システムのプログラムにも改良を加える。次いで、抗インフルエンザ薬の注射剤と内服剤の体内動態をシミュレートし、それぞれの薬剤の体内動態の再現性と薬効評価を実施する。並行して「計測における不確実さの表現ガイド(Guide to the Expression of Uncertainty in Measurement;GUM)」が定める手順に従って、各工程の測定誤差を評価し、本システムで得られた結果の信頼性について検証する。さらに、抗インフルエンザ薬の濃度測定を含む、本研究で用いられる測定工程に対する標準手順書を作成するとともに、validationの方法を確立する。また、抗ウイルス薬との接触で耐性ウイルスが出現した場合は、変異遺伝子の特定を試みる。このような研究はこれまでに例がなく、HFIMの飛躍的な進歩に繋がることが期待される。
R2 山本 佑樹 HiLung株式会社 取締役 iPS細胞由来呼吸器細胞を用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬の薬効予測in vitro システムの開発 COVID-19治療薬開発が世界的に進展しており、当初のウイルス感染及び増殖を標的としたものだけでなく、本症臨床像の特徴である致死性の高い重篤な肺炎・肺障害に対して、免疫応答・炎症、そして上皮障害修復とその後の線維化、という一連の病態形成プロセスに対する創薬も行われ始めている。本症の治療薬開発を迅速に進めるうえで、臨床薬効予測性が高く、かつ様々な標的・モダリティの試験が可能な評価系の構築が急務である。これまでに申請者らは高機能なiPS細胞由来呼吸器細胞を用いてSARS-CoV-2感染モデルの作成できることを実証している。本事業では、炎症・免疫応答・線維化などウイルス感染・増殖に留まらない本症のフェノタイプにも焦点を当て、薬効評価システムの構築を進める。また、国内外より広く医薬品候補を募り、確立したアッセイ系で評価を行ってデータを蓄積することで、本症の薬効システムの基盤を構築する。このことで、世界的に健康だけなく経済にとっても大きな脅威となった本症の迅速な制圧を大きく加速させられると考える。
R2 高木 久宜 日本エスエルシー株式会社 副部長 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬開発を加速する動物モデルの供給体制に資する研究 近年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済的・社会的損失が深刻な問題となっている。そのため、新型コロナウイルス感染症に対するワクチンや治療薬の開発が喫緊の課題であり、これらの開発に必須となる動物モデルの安定供給の構築が急務となっている。シリアンハムスターは、新型コロナウイルスにより誘発された肺炎がヒトに類似した症状を呈することが明らかとなったことから、治療薬を開発するための動物モデルとして注目を集めている。大学、製薬メーカー等の研究機関で実験動物を用いる際、各機関で規定された微生物学的検査項目をクリアしたグレードの動物(Specific Pathogen Free(SPF)動物)以外、飼育施設への導入が困難であることが多い。これらSPF動物の充分量かつ安定した供給を可能としている大手実験動物プロバイダーは日本国内に3社存在しており、それらのSPF動物はプロバイダーが発行する微生物学的検査成績の確認を以て検疫期間を取ることなくバリア内へ導入出来ることから研究期間の短縮が可能となる。さらに、動物に深刻な感染症を発症させる病原体が陰性である事が証明されているこれらSPF動物を用いることにより、実験動物から発生するトラブルによる研究の中断や延長を避けることが可能となる。すなわち、信頼ある大手プロバイダーで生産されたSPF動物を用いることが、早急かつ高品質な研究遂行の必須項目であるといえる。日本の大手三大実験動物プロバイダーのひとつである日本エスエルシー株式会社は、世界的に貴重な存在であるSPFグレードのシリアンハムスターを有している国内唯一のプロバイダーである。新型コロナ感染症に対する治療薬の開発において、このSPFシリアンハムスターが開発モデル動物として有用であることが示唆されたことにより、これを用いて新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬の研究を行う研究機関が急増し、現状の繁殖コロニーでは充分な供給量を賄うことが困難になりつつある。そのため、今後これらの開発が滞ることなく進むよう、研究機関からの要求量を確保出来るシリアンハムスターの繁殖コロニーの整備を早急に実施することが急務となっている。さらに、これらのシリアンハムスターは通常の微生物検査項目に加え新型コロナウイルスの感染が陰性であることを証明する必要があり、繁殖コロニーの拡大に加え、COVID-19の自社での検査体制も同時に確立する必要がある。加えて、実験動物を用いた研究を行う際、その動物が本来持つ特性(自然発生病返答)を明らかにするための背景データの構築も必須となっている。しかし、シリアンハムスターはラット、研究の第一選択で用いられるマウス等のモデル動物と比し絶対的使用量が低かったことがあり、これら背景データの構築が遅れているのが現状である。そこで、本研究では、①:シリアンハムスターの繁殖コロニーを早急に拡大することにより、国内の研究機関からのオーダーに充分賄える匹数の生産体制の確立、②:確立する繁殖コロニーのシリアンハムスターが新型コロナウイルス感染症に対し陰性であることを定期的に証明出来る検査体制の確立、③:呼吸器官を中心としたシリアンハムスターの背景データを収集することにより、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬開発の際の基礎データの提供を可能とすること目的とする。この研究を遂行することにより、新型コロナウイルス感染症の感染が陰性であることが証明されている高品質かつ背景データが備わったシリアンハムスターを研究者に安定供給することが可能となり、新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発が促進されることとなる。
R2 滝本 一広 国立感染症研究所 室長 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発を加速する感染動物実験施設の体制整備に資する研究 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策における決定的な科学成果は、予防薬であるワクチンと治療薬の開発であり、これらの目的のためには、霊長類を含む感染動物モデルを使ったこのウイルス感染症の病態や免疫応答機序の解明が必要不可欠である。しかし、COVID-19はバイオセーフティレベル(Biosafety Level:BSL)3で取り扱うことが求められており、感染動物実験(ABSL3)を実施可能な施設は限られている。さらに、COVID-19の場合、SARS-CoV-2感受性実験動物は限られている。このため、感受性である霊長類を用いた感染動物実験が求められ、これが予防薬・治療薬開発のボトルネックになっている。国立感染症研究所においても当該感染動物実験が行われているが、COVID-19研究を進める上で、常に需要超過の状態であり、拡大が求められている。そこで、国立感染症研究所が保有するABSL3/BSL3実験施設において、既存業務を損なうことなく、この緊急事態に対応すべく、長期感染動物実験のバックアップ用の実験室をCOVID-19の感染実験用として運用を行う。他の研究課題で確立された動物モデルを用いたSARS-CoV-2感染実験を実施するため、それに合わせた動物実験施設の整備を行うものである。
有望な治療薬シーズやワクチン候補を保有しながら、動物感染実験施設を持たないため、開発が停止していた他の研究者グループから、要請をうけて、霊長類および齧歯類COVID-19 感染動物実験について、拡充した受入体制の確立により、予防薬または治療薬の効果判定実験・解析についても速やかな実施が可能になる。このような体制整備を通じて、予防薬および治療薬開発のボトルネックを取り除き、我が国の当該研究開発を加速して、国際競争力の確保と、COVID-19対策に貢献する。さらに、感染症研究に多くの研究機関・企業の参入を促すことで、COVID-19研究ネットワークが形成可能となり、我が国の感染症研究の推進につながる。
R2 伊藤 靖 滋賀医科大学 教授 霊長類モデルを用いた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン及び治療薬開発を加速する支援体制の構築 滋賀医科大学動物生命科学研究センターでは、カニクイザルを飼育可能なABSL3実験室を使い、COVID-19対策としてSARS-CoV-2の感染実験を行なってきた。カニクイザルを用いた感染実験によりSARS-CoV-2の病態を明らかにした。また、ワクチンを接種したカニクイザルにSARS-CoV-2を感染させ、ウイルスが早期に体内から排除されることを明らかにし、ワクチンの効果を霊長類モデルを使い実証した。さらにSARS-CoV-2に対する抗体薬の有効性評価を非臨床試験として行った。これらの研究は、学内のみならず、学外の大学、研究所、ワクチンメーカーと共同で行ってきた。今後、カニクイザルを用いた血栓予防薬、抗ウイルス薬、ワクチンの有効性評価を計画しているが、1回の実験においてABSL3実験室内で飼育できるカニクイザル数に限りがあるため、これらの研究は順番に行う計画となっている。感染拡大が継続しているため、至急有効なワクチンと治療薬の開発を進める必要がある。そのため、本計画ではカニクイザルを飼育可能なABSL3感染実験室を改装により1室増設する。内部に感染サルを飼育可能なアイソレーター、解剖用安全キャビネットを設置する。ABSL3感染実験室の増設により、同時に飼育可能なカニクイザル数を増加させ、研究を前倒しで実施できる。SARS-CoV-2に関する共同研究を推進し、SARS-CoV-2に対する治療薬とワクチンの開発を加速させる。
R2 渡士 幸一 国立感染症研究所 主任研究官 新型コロナウイルス感染症治療薬開発を加速する感染培養技術の供給体制整備 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を受け、現在様々な技術を活かした創薬シーズ探索および治療薬・ワクチン開発研究が行われている。しかしながら新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はBiosafety level 3 (BSL3)で扱う病原体であるため感染実験をおこなえる施設が限られており、得られたシーズの感染実験での評価が治療薬・ワクチン開発のボトルネックの一つとなっている。
本研究では国内の大学、研究施設、製薬企業などで得られた治療薬シーズ・ワクチン誘導検体に関して、培養細胞におけるSARS-CoV-2感染への薬効を評価する測定技術の供給体制を整備する。研究代表者・分担者のこれまでの経験を活かし、国立感染症研究所のBSL3施設で構築されたSARS-CoV-2の感染培養系を主に用いて、治療薬・ワクチン開発研究を支援するプラットフォームを構築する。AMED他研究班等で得られたシーズに関して、感染培養系で活性を定量評価、作用機序を解析し、必要に応じて臨床プロトコール立案もサポートする。抗体医薬に関しては、ウイルス中和活性が最も重要な評価項目であるが、副作用であるADE(Antibody-dependent enhancement:抗体依存性感染増強)活性も合わせて評価を行う。さらに、BSL2において使用可能なシュードウイルス (擬似粒子) を用いた中和活性およびADE活性の改良型評価法を開発し、野生型ウイルスで得られるデータとの相関性を確認した後、BSL3環境の無い施設においても抗体医薬シーズの選別が可能となるような測定技術の供給体制の整備を目指す。本研究で選別・活性最適化された有望シーズに関しては、動物モデル班と密接に連携し、次の感染動物モデルでの有効性検討に必要な培養系での薬効プロファイル情報を合わせて提供し、臨床試験に至る開発研究の中で、培養系評価段階においてシーズの有効性をできるだけたけ高められるよう総合的に支援する。このような感染培養系での測定技術の供給体制整備および薬効評価支援を通して、COVID-19治療薬・ワクチン開発におけるボトルネックを取り除き、本邦における研究開発の加速と国際競争力の向上に貢献する。
R2 杉浦 亙 国立国際医療研究センター センター長 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の治療薬開発を加速する臨床研究基盤の整備 COVID-19のパンデミックが発生してから1年近く経つが画期的な治療薬はまだ実用化されていない。Clinical Trials.govに登録されている国際共同臨床試験のうち、日本の医療機関が参加している試験はほとんどなく、米国立衛生研究所(NIH)が主導するACTT試験に国立国際医療研究センター(NCGM)が、同ITAC試験にNCGMと藤田医大が参加しているのみ(2021年1月現在)である。NIHからは追加の国内機関の紹介・参加を要請されているが、医療の現場は治療対応で逼迫しており、臨床試験のオペレーションに投入する人的余裕がなく、また資金確保も難しいため実現が難しい状況である。
国際共同臨床試験では、試験プロトコルやICFを複数言語で準備する必要など、国内臨床試験以上に文書作成や事務作業に労力を要するだけでなく、また医療環境が異なる国の間で試験のend point等を摺り合わせる協議、製剤や検体輸送方法の確保、詳細な監査への対応など様々な対応が必要となることから、相当の人的リソースや資金の投入そしてノウハウの共有が必要となる。
そこで我々は、国際共同試験への参加に前向きな国内医療機関の臨床研究基盤を強化し、ワンチームとして国際共同臨床試験への参加ができるような、新たな組織の設立と運営を実現することで、将来的には国内数十施設(40~60施設)の参加を実現して国内の臨床試験基盤を固めるとともに、米英加豪、EU各国、ASEAN各国の組織との連携を強化して国際共同臨床試験を主導的に担える組織の構築を目指す。
そのために本研究では、国内医療機関がCOVID-19をはじめとする新興再興感染症の治療法、新薬開発等の国際共同試験へ参加するための支援組織Global Initiative for Infectious Diseases(GLIDE)(仮称)を設立すること、並びにCOVID-19をはじめとする新興再興感染症の治療に携わる主要な国内医療機関の臨床試験ネットワークの構築を目的とする。
研究組織として、COVID-19で国際共同臨床試験参加の経験を持つNCGMと藤田医大そしてロンドン大学との連携大学院(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院)で国際的人材の育成に力を入れている長崎大学との3機関が参加し、新組織の設立から運営までリードする計画である。
本研究実施により期待される成果としては、
・新組織を立ち上げ臨床試験支援体制を充実させることで、国内複数の施設が国際共同臨床試験に参加する機会が増える結果、有望な治療薬を速やかに国民に届けることが可能となること。
・日本国内医療機関の臨床試験遂行能力の国際的評価が高まる結果、日本提案の国際共同試験の実施可能性が高くなること
・国際共同試験に参加することにより候補薬や付随する有益な情報を時間差なく入手し、新たな新興再興感染症の脅威について国家間の素早い情報共有が可能となること。
・国際共同臨床試験に参加する機会が増えることで、諸外国とのコミュニケーションや共同研究の経験値が高まり、若手を含め国際保健分野で活躍できる人材の育成につながること。
等が挙げられる。
R3 椛嶋 克哉 京都大学 特定研究員 ラットおよびシリアンハムスターにおけるCOVID-19ゲノム編集動物モデルの開発 本研究では、COVID-19におけるin vivoモデルの開発を行う。小型実験動物は、操作性やキャパシティの面で優れており、マウスモデルの開発が世界で進んでいる。一方、COVID-19における治療法の早期実用化を加速するには、マウスモデルだけではなく、研究者が目的に応じたin vivoモデルを選択し、利用することができる体制を整備することが望ましい。本研究では、小型実験動物としてラットおよびシリアンハムスターに着目し、ゲノム編集技術を用いて新たなin vivoモデルを開発する。作出したCOVID-19モデルラットは、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」に寄託し、世界の研究者に提供する。シリアンハムスターについては、組換えDNA実験における大臣確認実験に該当しない利点を生かして速やかに病態モデルの開発を進め、研究開発期間内に感染実験まで着手する。本研究において開発されるシリアンハムスターリソースを生体で維持するには、作業に要する労力や飼育費のコスト面で難しい。マウスやラットに比べ遅れている生殖工学技術を確立する必要があり、凍結精子・胚の形で効率的に維持、供給するシステムの構築を目指す。
R3 池田 正徳 鹿児島大学 教授 ハイスループットスクリーニングのためのstable SARS-CoV-2 レプリコンの開発 COVID-19のパンデミックは医療上の大きな問題ならず、経済、文化、行動様式にまで甚大な被害を及ぼしており、世界中で制圧に向けて取り組む最重要の課題となっている。病原性の高いウイルスは、物理的な封じ込めにより安全性を確保することができる。しかしながら、SARS-CoV-2の研究に必要なBSL3施設の新設には1億円以上費用を要するため、研究者の裾野を広げるには限界がある。一方、感染性のないSARS-CoV-2レプリコンを使用すれば、既存のBSL2施設での実験が可能となるため、ほとんどの、大学、研究所がSARS-CoV-2の基礎研究や治療剤の開発に参加することが可能となる。
現在、COVID-19は世界的に拡大傾向となっており、南アフリカ型やブラジル型変異株には、現在開発されているワクチンが効かない可能性があり、これまで以上に治療剤開発のスピードを加速しなければならない逼迫した状況となっている。BSL2施設での実験が可能なレプリコンの現状は、transient SARS-CoV-2レプリコンについてはいくつかの報告がなされているが、いまだに、stable SARS-CoV-2レプリコンは開発されていない。本研究では、BSL2施設での実験が可能なstableなSARS-CoV-2レプリコンを開発し、これまで以上に抗ウイルス剤の開発とウイルス学的基礎研究を加速することを目的とする。
最近、申請者らは、transient SARS-CoV-2レプリコンを開発した。これまでにSARS-CoV-2に対して複数のグループから有効性が報告されたremdesivirを用いてtransient レプリコンの薬剤評価能を検証したところ時間および濃度依存性にレプリコンの複製を抑制することを確認できた。申請者らが開発したtransient SARS-CoV-2レプリコンでも1000種類程度の薬剤のスクリーニングには十分実用的なレベルに達しているが、本研究でより取り扱いの簡単なstable SARS-CoV-2レプリコンを開発できれば数万~数百万種類の化合物ライブラリーのハイスループットスクリーニングに対応可能となる。
R3 藤谷 茂樹 聖マリアンナ医科大学 教授 COVID-19 に係る国際多施設アダプティブランダム化比較プラットフォーム試験を通じた、迅速・効率的な治療法確立のための臨床研究基盤の強化 重症急性呼吸器症候群(SARS)、新型インフルエンザ、エボラウイルス感染症等、かつて新興・再興感染症の流行が起きるたびに、いかに流行の最中に効率的に適切な科学的エビデンスを構築するか、世界中の専門家によって議論されてきた。2020年1月日本でも感染が確認され、世界的にパンデミックを引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においても同様の問題点が指摘されている。
本研究はアダプティブ・デザインのランダム化比較試験(RCT)である国際研究、REMAP-CAP (Randomised, Embedded, Multi-factorial, Adaptive Platform Trial for Community-Acquired Pneumonia)への日本としての参加を通じ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む呼吸器疾患の日本全体および全世界的なネットワーク構築を目指す研究である。このようなプラットフォーム研究で、かつ、感染症危機管理時にも対応可能な国際的な研究基盤は日本において前例をみない大規模なものである。
REMAP-CAPのCOVID-19パンデミック対策用のプランでは、すでにCOVID-19症例に対するステロイド療法やIL-6阻害薬に関するエビデンス蓄積・論文化がなされており、今後、①抗ウイルス薬、②抗凝固療法、③抗炎症作用薬としてのマクロライド系抗菌薬など複数の治療領域に渡る評価が進行していく予定である。
COVID-19は世界中のどの国においても1918年パンデミックインフルエンザと同等もしくはそれ以上の公衆衛生上のインパクトをもたらしていると言える。ヒトの往来が盛んとなった現代において、呼吸器系新興・再興感染症は今後も必ず繰り返される。その科学的、公衆衛生学的な対処の一つである感染症危機管理時の臨床研究体制を、COVID-19流行を機に発展させることは、海外同様日本においても国益に大きく資すると考える。国際的に有望視され、かつ実績をあげているREMAP-CAPを日本でも展開し、新興・再興感染症を含む大きな国際臨床研究ネットワークに参画することで次世代へつながる感染症臨床研究基盤の構築を目指す。
R3 後藤 縁 名古屋大学 病院講師 重症新型コロナウイルス感染症の多発微小肺血栓塞栓症に対する治療を開発するための臨床試験体制の確立 重症COVID-19は 約半数の症例で人工呼吸管理期間が長期化し、集中治療を余儀なくされるためICU のキャパシティを圧迫する。治療長期化の背景に肺微小血管レベルでの多発血栓形成があることが確認されている。この病態に対する治療は重症COVID-19 の特効薬となる可能性を秘めており、迅速にターゲットを明確にした臨床試験を実施する必要がある。本研究開発の目的は、肺微小血栓形成をターゲットとした臨床試験を速やかに実施するために必要な臨床研究基盤を確立することにある。開発期間内に臨床試験の患者選択基準及びサロゲートエンドポイントの確立、臨床試験に必要な評価体制の準備、血栓症による重症化ハイリスク群の同定法の確立を目指す。
R3 高山 和雄 京都大学 講師 呼吸器オルガノイドとiPS 細胞を用いたCOVID-19 発症・重症化モデルの開発と創薬応用 本課題では、呼吸器オルガノイドおよびヒト人工多能性幹(iPS)細胞を用いて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症・重症化とその個人差を再現できるモデルを構築し、創薬応用することを目指す。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)研究で汎用されているVero細胞などの細胞株はSARS-CoV-2の感染・複製を正確に評価できるが、COVID-19患者における細胞応答や臓器応答は再現できない。また、COVID-19研究に資するモデル動物が次々と開発されているが、種差の問題があるだけでなく、大規模スクリーニングには不向きである。そのため、臨床予測性の高いCOVID-19治療薬開発を行うためには、COVID-19患者における発症・重症化とその個人差を再現できるin vitro評価系が不可欠である。
本課題では、血管構造と血液細胞を含む新規呼吸器オルガノイド培養系を構築し、in vitroでSARS-CoV-2感染による血管炎や気管支肺炎、間質性肺炎を再現することを目指す。血管炎や気管支肺炎、間質性肺炎を治療できる医薬品候補化合物をスクリーニングにより同定する。ヒトiPS細胞パネルを用いたSARS-CoV-2感染実験を行い、不顕性感染細胞と顕性感染細胞の差異の原因を特定する。上記のヒトiPS細胞パネルを用いて得られた結果を元に、不顕性感染状態を維持できる薬をスクリーニングにより同定することを目指す。
R3 伊藤 公人 北海道大学 教授 異分野融合によるCOVID-19 の流行解析のためのデータ科学基盤の整備 近年の感染症診断技術と情報通信技術の発展により,COVID-19については,全世界で流行するウイルスのゲノム情報,地域毎の感染者数などの疫学情報,各国がとる感染制御対策などの医療政策情報がリアルタイムに共有されている。本プロジェクトでは,生命情報学,疫学,医療政策学,数学分野の研究者が連携し,COVID-19の流行を共同で解析するためのデータ科学基盤を整備する。データ科学を駆使してウイルスのゲノム情報,疫学情報および接触情報,個々の感染予防行動を解析することにより, COVID-19の流行をリアルタイムに分析する。また,COVID-19の流行動態を表す数理モデルを構築し,定性的および定量的な解析により流行予測の可能性を検証する。最終的には,本研究の推進により得られた知見をもとに,今後我が国が取るべきCOVID-19対策を根拠と共に提示する。
R3 小崎 健次郎 慶應義塾大学 教授 COVID-19 ウィルスゲノムシーケンシングによるワクチン・薬剤耐性関連変異株・海外変異株の予防的国内監視システムの構築 流行中のウイルス株の来歴と現況を確実に把握し、今後、発生する可能性のある、臨床的・機能的観点から警戒を要するウイルス変異をできるだけ早く検出・監視・追跡するシステムは存在しない。研究開始時点においてわが国で流行している株は、海外とは別個に独立して遺伝子変異を蓄積しており、わが国独自のウイルス流行株の監視により得られた基盤データを創薬展開に生かすことが不可欠である。同時に海外株の流入状況についてリアルタイムの監視が求められる。われわれはAMED先行研究により、SARS-CoV-2ゲノムデータを用いて、院内感染の発生・波及・消退を監視するためのプロトタイプを開発した。
当該システムを全国で実装し、COVID19の分子遺伝学的な感染状況を即時的に監視しつつ、SARS-CoV-2の伝播性・病原学的な変化に関する動向を把握し、多分野の研究者に提示する。自然発生する遺伝子変異と同時に、ワクチン・薬剤の使用に伴う変異株の出現を監視する。変異タンパク質の構造機能相関情報と臨床データの突合によって、変異によるタンパク質構造の変化が及ぼす、感染モード・病原性への影響を解析する。
本研究の成果として以下が期待される。
1)ウイルスゲノム配列情報を可視化し、臨床現場にただちに還元し、感染対策に役立てる。
2)特定ウイルス株の流行状況を位置・時間情報や変異頻度や由来株の情報を付加して、ウェブサイトから公開する。創薬・ワクチン研究者に最新情報を提供できる。
3)今後、ワクチン・抗ウイルス薬・治療用の中和抗体が一般化した場合、日本各地における耐性変異株の流行を早期に監視・検知する。
R3 志馬 伸朗 広島大学 教授 新型コロナウイルスに対する体外式膜型肺(ECMO)診療データベースの利活用 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の数%は肺炎から急性呼吸窮迫症候群へと重症化し致死的転機をとる。特異的治療は確立しておらず、最重症例に対する唯一の介入は人工呼吸や体外式膜型肺(ECMO)である。我々は、我が国における人工呼吸やECMOを必要とする重症COVID-19 患者の診療状況を簡便かつリアルタイムに評価するウェブベースの患者情報共有システムを構築した。本研究では、このデータベースシステムをより詳細な内容かつ即時性を持たせるように改定の上利活用し、1)多数の重症患者が同時期に発生した際の医療資源のマッチングを助ける、2)リアルワールドのビッグデータを解析することで、患者の重症化因子・治療反応性・予後予測因子を同定し、現存治療介入の有用性を評価し、新規治療標的の発見や重症度・病型フェノタイプ確立につなげる、3)COVID-19 以外に今後発生しうる重症呼吸器感染症への応用可能性を検討する、ことを目指す。本研究成果は、COVID-19患者の診療提供効率の改善、治療成績の向上、および、医療現場の業務負担軽減につながる。

最終更新日 令和3年12月16日