国際事業課 HFSP受賞者インタビュー「いま考える、国際連携・異分野連携のチカラ」

いま日本の医学・生命科学研究は国際競争力の低下が指摘されています。様々な要因が考えられるなか、「研究人材」の観点からは国際頭脳連携の推進、「研究資金」の観点からは国際化と新興・融合領域への挑戦促進が政策レベルのキーワードとして挙げられています。一方、国際化や異分野融合がことさら強調されることに対し、現場からは「本質的でない」との意見も出ています。視野を広げてみますと、創設以来InterdisciplinaryとInternational(Intercontinental)を採択基準としてきた国際研究助成プログラムHFSP(Human Frontier Science Program)が、制度として世界的に高い評価を得ているという参考事例もあります。そこで今回、HFSP研究グラントの受賞経験があり、研究者として存在感ある活動をされている先生方に、国際連携や異分野連携の意義についてお考えを伺います。キャリア戦略のヒントが満載ですので、ぜひご一読ください。

「できたらすごい」を実現可能にする、連携の力

吉田真明先生のプロフィール写真

<インタビュー>
吉田真明 先生(島根大学学術研究員農生命科学系 生物資源科学部附属生物資源教育研究センター 海洋生物科学部門(隠岐臨海実験所))
<プロフィール>
2009年大阪大学大学院理学研究科を修了、系統分類学、進化生物学を専攻。お茶の水女子大学アカデミックプロダクション、日本学術振興会特別研究員PD、国立遺伝学研究所を経て、2017年より現職。海洋生物を用いた進化研究の他、他大学向けの実習の立案や共同利用の受け入れを通じて教育活動を行っている。
<HFSP研究グラント受賞テーマ>
2017年:How to make a heart beat? Basic principles for novelties and parallel innovations in cephalopods
※ 取材:2020年2月(情報は取材当時のものです)

偶然? 必然?――学際・国際研究の道

―― 先生は頭足類を対象に発生学から1細胞解析までを駆使するという、まさに融合領域のような研究をされています。狙ってそのようなキャリアを構築されてきたのでしょうか。

「たまたま」なんですよ。大学生の頃から、非モデル生物のもつ特徴を遺伝子の情報から説明したい、新奇形質がどのように進化してくるかを知りたい、という一貫した興味がありました。それで、私のいた大阪大学では1つしかなかった動物の進化や多様性を扱う研究室に入りました。指導教員は頭足類(イカ・タコ)の寄生虫が専門だったのですが、スケッチのうまいことが条件と言われやらせてもらえなかった。「それなら頭足類自体で何かできないか?」と考えたところ、世界的に研究例がすくない、金の鉱脈に見えました。これが私の研究の始まりです。
大学・大学院では系統解析とin situ hybridizationを主な実験系としていたのですが、ポスドクになるにあたりスキルの不足を感じまして。そんなとき、お茶の水女子大学(当時)の小倉 淳先生の研究室が「イカゲノム解析の立ち上げ」でポスドク募集しているのを紹介されました。応募者のなかでイカの取り扱い経験があるのは私だけだったようで、めでたく採用。バイオインフォマティクスを習得する環境に恵まれました。
その後、自分だけのコネクションをつくるため「日本人が行ったことのない研究室に留学したい」と思うようになりました。ちょうどフロリダ大学のDr. Lenoid Moroz(以降Moroz)の研究室が海洋生物を扱えるインフォマティシャンを探していたので、「頭足類で磨いた技術が他の動物種でも通用するか腕試しだ」という気持ちで留学を決めました。Moroz研は海洋生物の1細胞解析という世界的にも珍しい技術をもっており、帰国した今でもMoroz研と共同研究できることは私の強みになっています。

―― 興味に常にフォーカスし、一方で新しいものに貪欲だったことが、連携を生み、研究も広がっていったのですね。

そうですね。私のHFSP研究グラント受賞テーマも「連携」から生まれました。CIAC(カイアック)の国際集会[1]で研究発表した時、当時OISTのSydney Brennerの下で頭足類のモデル化を模索していたEric Edsinger(以降Eric)と出会いました。彼との交流からアイデアが広がり、MorozがHFSPに出すよう強く勧めてくれました。私は自分の能力が飛び抜けて高いとは思いませんが、運良く他にはないチームを組むことができました。私がサンプル(イカ)の供給担当、Ericがツール開発担当、Morozが1細胞解析担当、そこにEricの知り合いでイメージング担当のGeroges Debregeasを加えた4人の連携を実現できたことが、HFSP研究グラントの受賞という結果につながりました。
ちなみにそのテーマとは、「頭足類の心臓はなぜ3つあるのかを解き明かす」というものです。頭足類は海中において魚類に匹敵する高次捕食者なため、血圧維持や酸素供給のために高い循環機能が必要と考えられます。そのためか、頭足類は真の心臓の他に、自律拍動を伴う補助心臓を2つもっています。ヒトが足の筋肉で血液を循環させるような例は知られていますが、自律拍動する心臓を複数もつ生物は頭足類だけです。この特徴を活かし、補助心臓の発生にかかわる遺伝子を解析したり、補助心臓だけを止めたりすることで、生物に普遍的な心臓やそのペースメーカ機能の起源に迫りたいと考えています。


[1] 漁業資源の管理を主たる役割とするCIAC(Cephalopod International Advisory Council)だが、3年に1度、学術研究メインの会議が開催される。

コネクションづくりは研究者の日常業務

―― 先生の研究は、まさに異分野連携、国際連携の結晶なのですね。それでは先生は、PIには国際経験を必須としたり、大型予算には異分野融合を必須としたりする流れには賛成でしょうか。

インタビュー中の吉田先生の写真自分の哲学、ツール、観察を突き詰めるのが基本です。でも、それだけでなく現状評価されるには新しいテクノロジーが必要です。自分にできないことは、連携で補うしかありません。特に最先端のテクノロジーとなると、残念ながら日本だけでは数が少ないわけですから。国際連携は欠くべからざるもの、ということになります。また、最近では生物多様性条約が厳格化しているため、生物資源をその国の外に持ち出すことができない。つまり、注目する生物が海外にいたら、当然その国にパートナーが必要になります。
ですから、研究者には「新しいことをするためには世界とつながらなければならない」という発想があるべきで、それが「評価される」とメッセージとして発信されるのは悪いことではないでしょう。ただ、それが横並びで行われるとしたら問題ですね。研究の多様性を維持するためには、各大学・研究機関ごとの評価軸もまた多様でなければ。

―― 連携を成功に導くコツ、のようなものはあるのでしょうか。

「正解」はないと思いますが、私の場合「余裕をもって好きなようにやりなさい」と言ってもらえる環境で自分を耕せたこと。これが一番だと思います。余裕があれば思考の羽を広げ「できること」ではなく「できたらいいこと」を考えられます。ふだん行かない分野の学会や国際学会に参加してみよう、という気持ちになれます。まず「できたらいいこと」を考える。次に「できたらいいこと」を、連携の力で実現可能なところに落とし込んでいく。そのために必要なのが「余裕」ということです。
とは言っても忙しい。これが現実で、私自身も特にHFSP研究グラントを受賞してから、研究以外の責任ある仕事をまかされる機会も増えました。それでも、普段から国際的なコネクションをつくり、維持することは、研究者の「日常業務」と言っていいくらい大切だと思っています。研究者が忙しいのは日本も海外も同じで、必要になってから相手を探そうとしても、雑談すらままならないこともあるからです。

審査員を「entertain」させる

―― 先生は日本人としては稀なPrincipal Investigator[2]としてHFSP研究グラントを受賞されています。今後HFSPの獲得を目指す読者に向け、ご経験をもとにヒントをいただけますか。

1つ言えるのは、HFSP研究グラントの申請は様式こそ異なれど、予備実験やテーマに対する業績は不要であったり、「考え方は科研費の申請に近かった」ということです。落ちたら翌年また出せばいいと思っていたこともあり、準備にかけた時間も同じくらいでした。とにかく冒頭で言いたいことを簡潔に伝え、審査員をentertainさせる。この考え方は、世界共通なんですね。論理的な説明力、グラントの獲得力といったスキルセットは、いまでは大学から学びの機会を与えられるようになってきているので、活用するとよいと思います。
英語力も大事ですが、HFSP研究グラントの申請書ともなるとハードルが高く、私の力と言うより、writingに精通したEricのサポートが必須でした。大御所であるMorozの存在も大きかったです。ハクをつけるという意味ではありません。学際・国際連携から生まれるイノベーティブな研究は、他者から見て評価が難しい場合もあります。大御所のもつ「ビッグジャーナルに載る論文を書けるスキル」は、「誰も見たことのない研究を既存の評価軸に落とし込むスキル」と言い換えることができます。これが必要なのです。
フェローシップでもグラントでも、HFSPに申請しようか悩んでいる方には一言。日本では「HFSPを知っている」という時点で、一歩前にいる、よいスタートが切れていると思います。恐れずに走り抜けてください。


[2] HFSP研究グラントの申請は通常3人程度のチームで行われるが、チームのなかでも研究計画をリードする立場にあるprincipal investigatorは特に高く評価されると言われる。

――貴重なお話をありがとうございました。(聞き手:「実験医学」編集部)

最終更新日 令和2年3月25日