国際事業課 HFSP受賞者インタビュー「いま考える、国際連携・異分野連携のチカラ」

いま日本の医学・生命科学研究は国際競争力の低下が指摘されています。様々な要因が考えられるなか、「研究人材」の観点からは国際頭脳連携の推進、「研究資金」の観点からは国際化と新興・融合領域への挑戦促進が政策レベルのキーワードとして挙げられています。一方、国際化や異分野融合がことさら強調されることに対し、現場からは「本質的でない」との意見も出ています。視野を広げてみますと、創設以来InterdisciplinaryとInternational(Intercontinental)を採択基準としてきた国際研究助成プログラムHFSP(Human Frontier Science Program)が、制度として世界的に高い評価を得ているという参考事例もあります。そこで今回、HFSP研究グラントの受賞経験があり、研究者として存在感ある活動をされている先生方に、国際連携や異分野連携の意義についてお考えを伺います。キャリア戦略のヒントが満載ですので、ぜひご一読ください。

ビッグ・クエスチョンに挑むために、分野融合・国際連携は必然

<インタビュー>
藤島 皓介  先生(東京工業大学地球生命研究所(ELSI))
<プロフィール>
1982年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科卒業、学術博士(システム生物学専攻)。NASA エイムズ研究センター研究員などを経て、現在は東京工業大学地球生命研究所(ELSI)ファーストロジック・アストロバイオロジー寄附プログラム及び慶應義塾大学政策・メディア研究科特任准教授を兼任。生命の起源、地球外生命探査、人類の未来などの宇宙生物学の研究を通じて「生命はどこから来てどこへ向かうのか?」という大きな命題に挑戦している。
<HFSP若手研究グラント受賞テーマ>
2019年:Exploration of the structure/function space of prebiotic to biological proteins
※ 取材:2020年2月(情報は取材当時のものです)

自分の考えや概念から新しい価値を生み出すには?

―― 藤島先生は宇宙生物学に取り組んでおられますが、どんな学問分野なのでしょうか。

僕の専門分野はアストロバイオロジー(宇宙生物学)とシンセティックバイオロジー(合成生物学)なのですが、最近、じつはシンセティック・アストロバイオロジーという新しい学問体系にしたいと考えています。合成生物学というのは、広義に言うと「つくって調べる生物学」です。例えば、40億年前の地球にあった化合物やペプチドをはじめとするさまざまな生体関連高分子を合成してその機能や相互作用を調べることで、生命の起源に迫ることができますし、地球外の生命を探査する場合に、地球外環境で何が合成できるかを合成生物学的なアプローチで調べることで、地球外生命の存在や探査の際の生命兆候は何か、に対するヒントが得られると考えています。だから、合成生物学と宇宙生物学は実はすごく相性がいい領域だと思っています。

―― 2019年にHFSPの若手研究者グラントを獲得されています。どんなきっかけでそこに応募されたのでしょうか。

僕がもともと興味をもっていたのは、生命の根幹を担う「セントラルドグマ」にかかわる分子の進化です。もう少し詳しく言いますと、「リボソーム」という現存する生命がタンパク質をつくるためのRNAとタンパク質からできた巨大分子があるんですけれども、どのようにリボソームが、すなわちRNAとタンパク質の2種類の高分子が、共進化してきたのかに興味をもっていました。そんな時に、AbSciCon(Astrobiology Science Conference)というアストロバイオロジー研究に関連した国際会議で知り合ったチャールズ大学(チェコ)のKlara Hlouchova博士と、初期の生命においてリボソームのような複雑な高分子がつくられた頃の初期のタンパク質を自分たちでつくってみよう、という話になりました。それが2016年です。
国際的にグループを組んで出せるグラントは数が限られていたので、HFSPの若手研究者グラントに出すことにしました。僕がさまざまなバリエーションの短いタンパク質をつくり、Klaraさんがそれらの構造解析をする。そこに、また別にAbSciConで知り合ったジョンズ・ホプキンス大学のStephen Fried博士の要素技術を加えて、非常にプリミティブなタンパク質の特徴を網羅的に解析できるんじゃないかということで、その3人でチームを組んだのが経緯になります。
生命の根幹を担う分子メカニズムがどう誕生したのか、という共通のクエスチョンがあって、それを解くための技術やアプローチを、そのチームだからこそ埋められたということです。だから、必ず国際チームで出しなさいというのは本質的ではなくて、国際化すると必然的に自分がもっていた考えや概念から新しい価値を生み出しやすくなる、ということだと思います。

―― 受賞するまでにどのような苦労がありましたか。

最終的なテーマはすでに決まっていましたが、それをどんな実験的アプローチでやるかについては、それぞれ自分たちが持っているバックグラウンドを入れていきたいということがあって、調整が必要でした。ただ、苦労はしましたが、「私のこの部分と、あなたのこの部分を組合わせると、もっと高い解像度で結果が得られるね」みたいな議論を通して、新しいアイデアがどんどん生まれてきたことは素晴らしい体験でした。同世代の世界の若手研究者との科学的な価値の共有のための調整から、研究計画に関する意見交換と実施体制の確立、そしてそれらをすべて英語で行うための言語能力まで、相当鍛えられました。だから、採択される・されないは別にして、HFSPにアプライしてプロポーザルを書くまでのプロセス自体に、すごく価値があったと思います。

宇宙で生命起源の糸口を探す

―― NASAのエイムズ研究所におられましたね。どんな環境だったのでしょうか

驚いたことにNASAの研究所にはアメリカ人は半分もいないんですよ。国家公務員がアメリカ人で、正規職員。非正規雇用の研究者や技術員がマジョリティを占めていますが多国籍です。本当に多様な文化、国から、NASAに憧れて人が集まっていました。場所が人を集めるということですね。アストロバイオロジーといっても、天文学から、地学、地球物理、生化学、分子生物学まで幅広いので、NASAはバーチャルな研究組織をつくっていて、皆オンラインで繋がっているんですが、その本部がエイムズ研究所にあります。そこで毎週セミナーでいろんな先生の話を聞いているうちに、自分自身のネットワークを広げることができました。

―― そこではどんな研究をされていたのですか。

大きなテーマをいくつか扱っていましたが、一つは生命の起源に関係する研究です。例えば、タンパク質の一部を改変して20種類あるアミノ酸の種類を減らしたときに、どのように機能を維持できるかを調べていました。その一番の目的は、今の生命が使っているコドンという遺伝暗号表を、さらに前の原始的な暗号表に擬似的に戻すことで、20種類のアミノ酸ではない状態でタンパク質を合成することでした。例えば、システインというアミノ酸は生命にとって欠かせないアミノ酸ですが、なぜか隕石や化学進化実験からはその存在が確認できていません。現在、生命は生合成によってシステインを作っているわけですが、システインを合成する酵素は、じつは20種類のアミノ酸を使っているので、システインも入っているわけです。ニワトリと卵の問題ですね。だから、システインが後から加わったと仮定した場合、もともとシステインが入ってないタンパク質でつくらなくてはいけなので、バイオエンジニアリングの手法を使ってシステインを全部抜いたんです。そしたら、実際にシステインを抜いたタンパク質でもシステインを合成できた、というのが初期のタンパク質に関係する研究です。
あと、地球外生命探査に絡んだ話でいうと、土星の周りを公転しているエンケラドスという氷で覆われた衛星があるのですが、その衛星の南極付近から海水が吹き出ているんです。その海水のなかに含まれている成分を土星探査機カッシーニが搭載していた質量分析装置で調べたときに、有機物や水素、二酸化炭素、塩などが見つかりました。おそらく内部海には熱水噴出孔があり、そこで生命につながるような化学進化がまさに起きているかもしれない、と考えるとワクワクしました。アミノ酸は地球外の天体でも普遍的に存在しうる比較的単純な分子なので、もし将来、エンケラドスの海から短いペプチドの断片を検出することができたら、生命に繋がる分子進化が起きている1つのエビデンスになるかもしれません。だから、僕の生命の起源研究の中心に常にあるのは、ペプチドやタンパク質のような機能を持つ宇宙における普遍的な高分子なんです。

大きなゴールをめざす時に必要なこと

―― 現在所属されている東工大のELSIも国際的な組織ですね。

ELSIは文部科学省の世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラムに採択された、世界で唯一の地球そして生命の起源の研究に特化した研究所です。ELSIに在籍する研究者の約半数が外国人というとても国際性が豊かな環境で、日本にいながら国際的なオープンな共同研究ネットワーク体制が実現できています。ですので、僕がHFSPにチャレンジするのも自然の流れだったように思います。
ここでは、めざしているサイエンスのゴールが大きいんですね。おそらくそこにヒントがあって、最終的なゴールが遠ければ遠いほど、分野を超えざるをえないし、国際性も増やしていかざるをえない。つまり分野ごとに強い国、弱い国があるので広げていかざるをえないのです。ELSIの場合は地球の形成と生命の起源がテーマなので、そういう問題に対するアプローチとして国際的な研究網ができ上がっているわけです。

―― キャリアという観点からみて、HFSPを獲得したことのメリットはどんなとこにあると感じますか。

HFSPをとった後に、いろんな人から「おめでとう、すごいね」と言われました。採択率は低いので、そのなかで選ばれたことは非常に光栄なことだと思います。それから、毎年開催されるHFSP採択者ミーティングも大変魅力的です。やはり、良いサイエンスを国内にこだわらずにやるんだという国際感覚の高い研究者同士が集まると、そこで新たなシナジーが生まれるはずですし、この出会いも今後に活きると思います。知り合いで過去にHFSPに採択された事のある人は、大抵閉じずにコラボレーションを通じて自分の研究を発展させてきた方が多い気がします。かなり名の知れた海外の研究者からの共同研究の依頼も増えました。やはりHFSPをとったことによる向こう側の安心感はあると思います。

自分の研究を世界で発信しよう!

―― これからHFSPに挑戦するために、取り組むべきことや必要なスキルについて、アドバイスをお願いたします。

求められているのは特別な技術や知識ではなく、新しい概念やブレークスルーです。そこで必要なのは、自分自身が持っている知識やスキルを全く新しい価値に変換してくれる共同研究者です。だから、自分の研究の面白さをどんどん発信して、それを理解してくれる人を探すことが重要です。土俵は世界ですから、どんどん国際学会に足を運んで、そこでいかに閉じずに繋がっていくか、ということに尽きると思います。会ったこともない海外の研究者にメールを書いて、一緒にHFSPに出そう、というのはハードルが高いので、とにかく直接会って信頼関係を構築できれば、それが1つの足場になると思います。
最近の多くの先端研究は1人で完結することが難しくなっています。ですので、今後さらに国際的なネットワークが大事になってくると思います。じつは、若手の方が分野の垣根を越えて柔軟に繋がることができる余地が残っているように思います。研究機関、財団、国がそういう機会をどんどん後押ししていただけるといいなと思います。

―― 貴重なお話をありがとうございました。(聞き手:「実験医学」編集部)

最終更新日 令和2年3月25日