国際事業課 HFSP研究グラント部長インタビュー「世界の研究者と手を携えてフロンティアに挑もう!」

いま医学・生命科学の研究において領域や分野をまたぐ研究が求められている状況と存じます。HFSP(Human Frontier Science Program)は、1989年の創設以来InterdisciplinaryとInternational(Intercontinental)を採択基準としてきた国際研究助成プログラムです。今回は、HFSP研究グラントのディレクターに2020年に着任されたAlmut Kelber先生をお招きして、HFSPの特徴や審査の舞台裏、申請者が得られるものについてお話しいただきました。インタビュアーは、同じくHFSP研究グラントにて審査委員を務める下郡智美先生(理化学研究所脳神経科学研究センター)です。

※雑誌『実験医学』とのコラボレーションによるスペシャルインタビュー企画です。
インタビューは2021年2月22日、オンライン会議システムにて収録しました。

プロフィール

<インタビュイー>
Almut Kelber:ドイツ出身。ミツバチの指向性および飛翔時の位置制御のしくみに関する研究で博士号を取得。その後ドイツ、オーストラリア、スウェーデンと研究拠点を移しながらさまざまな動物(ハチ、ガ、チョウ、ウマ、アザラシ、有爪動物など)の感覚(とくに色覚)や行動の視覚制御の研究を行う。その間、自身でもHFSPグラントを獲得。パナマ、ブラジル、インド、日本をはじめ世界各国の人と共同研究を行ってきた。ルンド大学理学部の副学部長として人事採用や博士審査にも携わった後、2020年、HFSP Research GrantsのDirectorに就任。初年度から審査体制の改善やリモート化などに取り組む。

<インタビュアー>
下郡智美:日本出身。千葉大学薬学部で学位を取得後、シカゴ大学でポスドクとして胎児期の大脳皮質領域マップの形成に関わる分子機構の研究を行なった。その後、理化学研究所でチームリーダーとして生後の経験依存的な神経回路編成の分子メカニズムを明らかにする研究およびマーモセットの遺伝子発現アトラスの作成を中心に研究を行なっている。HFSPの審査委員に2017年から就任。

新たな問題解決策は異なる分野の人の共同研究で生まれる

下郡智美先生(以下下郡) まずはKelber先生の来歴や興味など自己紹介をお願いします。

Dr. Almut Kelber(以下Kelber) 私はドイツ出身ですがスウェーデン国籍も持っています。ミツバチの指向性・飛翔時の位置制御の研究でドイツのテューリンゲン大学で博士号を取得しました。その後子どもが産まれ、産休後に3年間パートタイムとして職場に復帰しました。産後の復帰は簡単ではありませんが、私自身の経験からそれが可能だということを皆さんに知っていただきたいと思います。その後は研究をさらに発展させて新たにスズメガの色覚に関する研究をはじめました。その後、HFSPと似たドイツの組織からフェローシップを受けながらオーストラリア国立大学でポスドクとして研究を続けました。
その後スウェーデンのルンド大学にポスドクとして移り、やがて教授職を得ました。これまでの研究からおわかりいただけますように、さまざまな動物の感覚、特に色覚や行動の視覚制御について興味をもっており、ここ10~15年間は、鳥の視覚についての研究を中心に行っています。この間に、HFSPグラントも獲得しました。初対面の人からチームに誘っていただき、結果としてチーム全員にとって全く新しい、充実した共同研究になりました。研究と同時にルンド大学理学部の副学部長を6年間務め、人事採用や博士号審査にも多く携わったことも多くの経験を積むことになりました。
大学での楽しかった日々を経て、HFSPがResearch Grantsの新しいディレクターを探していることを知り、キャリアチェンジを決断しました。いくつかの審査課程を経てポジションをオファーされ、約1年前から取り組んでいます。楽しい日々です。

下郡 新しい分野の人や違う国の人と一緒に仕事をすることにどれだけのメリットがあるか、ご自身で多くの経験したからこそわかるのだと思います。ご自身が一番HFSPの魅力を理解されているわけですね。

Kelber そのとおりですが、しかしそれは簡単なことではありませんでした。異なる考え方や科学分野の間で文化的な衝突が起こることもあります。私は生理学と、生物学的サイバネティクスと当時よばれていた分野で研究をしていました。生態学者と共同研究をはじめた当初は、お互いを全くわかっていないような議論しかできませんでした。時間はかかります。(生命科学者が)数学者や物理学者と共同研究するときと同様で、異なる言語を話せるようになる必要はありますが、とてもおもしろい過程です。

下郡 異なる言語を話す人の意見を聞くのは本当におもしろいですね。違う観点からの考え方に目から鱗が落ちることもあるでしょう。

Kelber 分野外から来た人が新しい視点から、何十年間誰も試しすらしなかった難問に進歩をもたらすことがある、これはよく知られている秘密ですが挑戦することは難しいことです。しかし、知らないからこそあれこれと新しいアプローチを試し、解決の可能性を見出すことは楽しい試みです。このことこそが、HFSPの核心だと思います。専門知識を、それまでと違うプロジェクトで新しいアプローチとして使い、一人では解決できなかった問題を解決できるのです

たとえ獲得できなくてもHFSP申請の過程から多くを学べる

下郡 獲得するまでに大変なHFSPグラントですが、実際に獲得すると、どのような変化を感じられますか?

Kelber 周りからは非常にポジティブに見てくれるようになります。私は助成金を獲得するまで3回応募したのですが、各回でメンバーも専門領域もリサーチクエスチョンも全く異なる組合せでした。率直に申し上げると、仮に獲得に至らずとも、グラント書類を書いたり仲間と交流したりする過程は楽しく、多くをその過程で学びました。それがスタート地点のようなものです。獲得できたら、それがさらなるグラントへの足がかりになります。私たちの場合は全米研究評議会からの支援につながり、プロジェクトの進め方も一変しました。

下郡 私も一度獲得したことがありますが、獲得できなかったことも何度かあります。しかしその過程で連絡した人と継続して連絡を取り合い、一部の方達とは共同研究を行っています。ネットワーキングをはじめ、新しい分野に自分を売り込むのに最適なシステムですよね。もちろんグラントがとれれば最高ですけどね。

Kelber 「新しく連絡をとらないといけないのでチーム結成は大変だ」といわれますが、私の印象は違います。今まで一緒に仕事をした日本人の仲間は、はじめて連絡をとる人に遠慮しがちでした。でも連絡する価値は間違いなくあります。返事がなかったとしても、共同研究に興味をもたれなかった、ただそれだけ。返事がもらえたら、本当に素晴らしい共同研究に発展する可能性があります。今ではメールに加えてWebミーティングも容易になりました。新しいアイデアや疑問、世界の見方をもつ人と科学の議論を行うのは、それ自体が楽しく、やりがいのあることです。

下郡 日本人が連絡を躊躇しがちなのは、自分から連絡をとると申請グループのリーダー(筆頭申請者)になってしまうと考えているのかもしれません。もし筆頭申請者になると仕事は多くなるとお考えですか?

Kelber もちろんリーダーがグループをまとめる必要はありますが、仕事量はそこまで増えないでしょう。科学的な面では、グラントはチームに与えるものであり、筆頭申請者のためのものではありません。

下郡 指示を出す“ビッグボス”という立場ではなく、ワンチームとして平等に扱われるということですね。

Kelber そのとおりです。他のメンバーにあれこれ指示をするビッグボスがいるような場合、グラントを得る可能性はむしろ減ります。審査委員会も「この人は自分の研究のためにほかの2人を巻き込んだのかな」と考え、あまり好まない傾向があります。

下郡 確かに、私たち審査員はそういうことを見抜く目をもっていますよね。チーム内のポジションに関係なく、新しいチームのメンバーになるのは大きなチャンスだと思いますし、それにより新しい仲間と出会い、思いもよらなかった方向を見出せることが重要ということですね。応募に向けて動き出すこと自体がHFSPの一番の利点であるというのに私も同意見です。

Kelber グラントを獲得するのに適したリサーチクエスチョンは「おもしろいと思っている未解決課題で、一見すると不可能なもの」。研究者は「誰と組めばこれが可能になるだろうか?」と考えはじめるとよいでしょう。自分が専門的知識をもたない分野であっても、論文検索や学術集会でその知識をもっている人を見つけ、その人と共同研究してこの問題を解決できるかを考える、これは楽しいことです。

申請者のあなたに宛てたフィードバックを活用してほしい

下郡 今Kelber先生はResearch Grantsのディレクターとして、研究者とは異なる角度から科学を見ていますね。ディレクターは審査委員会のディスカッションを、原則として静かに聞かなければいけない、しかし科学者として言いたいことが出てくることもあるでしょう。どのように考えているのですか?

Kelber いい質問ですね。科学の多くの分野は自分の能力外の内容ですが、その専門家をメインレビュアーに任命することで私は関与しています。そして、ディスカッションのメモをとるようにしています。申請者、特に獲得に至らなかった方にフィードバックを送るためです。申請書の準備に多大な時間を使っているため、なぜ獲得にいたらなかったのかという重要なポイントを知らされるべきだと思います。

下郡 グラントが得られなかったとしても詳細なコメントをもらえるというのは申請者としてはありがたいですね。チームの結成自体が大仕事ですから、再挑戦しようという意欲を出すためには、何が良くなかったのか、審査委員会で何が議論されたのか、とう情報は大いに助けになります。

Kelber 再挑戦の際はコメントもふまえて申請書を改善すれば、獲得の可能性は高くなるはずです。ただ次年度もまた多くの新たな申請があるので、新たな競争が起こります。また前年はフロンティアだったにも関わらず落ちてしまったような内容は、次の年にはもはやフロンティアですらないかもしれません。ですので再申請でまた落ちてしまったとしたら、落胆はさらに大きくなるかもしれない。でも間違いなく挑戦すべきです。実際に今年もいくつか再申請で、とてもいい評価だったのがありましたので挑戦すべきです。

下郡 審査の際に、レビュアー間で意見が食い違うこともあります。かなりの審議を行いますが、それでも評価が割れてしまうケースがあります。こういう場合にはどのようなレポートを申請者に返しているのでしょうか?

Kelber 私たちは、審査員が費やしたすべての時間に報いたいと考えています。その最良の方法として、採択の決定だけでなく、完全に個人化されたフィードバックを申請者に送ります。誰が何を言ったかは絶対に伝えませんが、意見が割れたことは伝えます。ある見地からはフロンティアとみられたプロジェクトが他の見地または分野からはそうでない、そしてその理由を加えます。獲得できなかった人もプラスのコメントを貰えば完全に意気消沈することもないでしょう。HFSPの競争率は本当に高いので、申請書自体が悪かったというよりも、他に良い申請が多かったという方が理解しやすいですね。

下郡 私たち審査員の意見のすべてを取り入れてフィードバックを行っていたことを知れて嬉しく思います。ところで、質問を少し変えますが、新しいディレクターに就任して、HFSPを今後変える考えはありますか?

Kelber 1年のサイクルを見て考える予定だったのが正直なところです。特に今年は例年と大きく異なる、感染拡大防止のため、どうやればストラスブール1での物理的な会合を行わずに審査をうまく行えるか模索するので精一杯でした。
そんななかで生まれた新しい変更として、申請書1通あたりのレビュアー数をそれまでの2人から3人に増やしました。もちろんレビュアーの仕事の総量が増大することは承知していますが、2人だと意見が二極化しがちですし、意見がまとまらない場合にのみ、これまでは後から3人目のレビュアーが追加され、時間のロスも発生しました。最初から3人だとグラントの全体像もよりつかみやすくなりますし、前述のロスも発生しません。特殊な状況下で生まれた変更でしたがいい方向に行きました。

下郡 レビュアーが2人だと、自分の専門外だったときにもう1人のレビュアーに頼りがちになってしまいますが、3人いれば自分の専門分野外でも積極的に見解を安心して述べることもできますね。私も今年経験してよい変更だと思いました。

世界の研究者と手を携えてフロンティアに挑んでほしい

下郡 日本の若い研究者にメッセージをお願いします。

Kelber チームをつくるには会ったことのない研究者と連絡しないといけませんが、遠慮しないでくださいね。きっと返事はもらえるでしょう。フロンティアな研究課題を立てて共同研究に携わるのは楽しい過程です。
よく聞かれるのですが、「Early Carrier」2の資格を満たすチームを結成できなかったとしてもそれで終わりではありません。「Program」3に応募できます。加えて審査委員会は申請者がキャリア早期であることを高く評価しますので可能性も高まります。

下郡 HFSPは長い歴史をもちますが、Eメールが使われる以前からあり、当時は手紙でやり取りしたわけですよね。それに比べたら今のコミュニケーションはずっと容易ですし、このインタビューのようにビデオでグループミーティングも行えます。もっと応募を前向きに考えてもいいと思います。
加えて、実験ができないときには次のアイデアを求めて考えを巡らせることができます。HFSP申請には予備データは求められず、基本的にはアイデアや仮説に基づいた申請で大丈夫です。ですので今こそアイデアを練る最適なタイミングだと思います。

Kelber HFSPの主要な資金提供国である日本で多くの応募者を励ますことができたら素晴らしいです。

下郡 先日講演をしたとき4「日本人であることは応募で有利になるのか」と質問を受けました。国籍は関係ありませんが、学際性や大陸間の共同研究であることが評価されます。ただAMEDが多くの資金を投入していることを日本人はもっと誇りに思っていいはずです。

Kelber  AMEDが国際共同研究をサポートしてくれるのは本当に素晴らしいです。私の仲間が葉山の総合研究大学院大学にいて、明仁上皇のコレクションの展示を見せてくれたことがあります。素晴らしい科学のお手本と歴史が日本にあると感じました。私の日本人の仲間は科学の細部にも気を配れます。それに限らず他の国と少し異なるマインドセットをもつのは強みです。日本人の科学者から連絡してくれれば、受けた側もきっと喜んでくれるでしょう。

下郡 若い研究者への励ましの言葉をいただけたと思います。考え方や背景が異なればコミュニケーションが大変な分、一緒に仕事ができた時は楽しいでしょう。レビュアーの仕事も本当に楽しく、(残りの任期の)あと1年できることが楽しみです。今日は貴重なお話をありがとうございました。(構成:実験医学編集部)


脚注
※1 国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構の所在地
※2 以前の名称はYoung Investigators.申請者が研究グループを率いる2~4人の博士号取得者であることが申請資格で、独立研究者でなくてもよい
※3 申請者が2~4人の独立研究者であることが申請資格
※4 HFSP獲得セミナー (令和3(2021)年2月1日開催)

最終更新日 令和3年5月14日