疾患基礎研究課 エイズ対策実用化研究事業における令和2年度課題評価結果について

令和2年度「エイズ対策実用化研究事業」の事後評価結果を公表します。

事後評価

1.事後評価の趣旨

事後評価は、研究開発の実施状況、研究開発成果等を明らかにし、今後の研究開発成果等の展開および事業運営の改善に資することを目的として実施します。

エイズ対策実用化研究事業(以下、本研究事業)では、評価委員会を下記の日程で開催し、本研究事業における事後評価の評価項目に沿って、書面審査で事後評価を実施しました。

2.事後評価委員会

開催日:令和3年1月25日

3.事後評価対象課題

開始年度 終了年度 研究開発代表者名 所属機関名 研究開発課題名
2018 2020 俣野 哲朗 国立感染症研究所 機能的抗体誘導HIVワクチン開発に関する研究
2018 2020 鈴 伸也 熊本大学 真のHIVリザーバーの同定と排除を目指した研究
2018 2020 立川 愛 国立感染症研究所 HIV感染症治癒に向けての免疫病態の解明と改善に関する研究
2018 2020 小柳 義夫 京都大学 HIV感染制御の網羅的解析による潜伏機序の解明とその治癒戦略策定
2018 2020 前田 賢次 国立国際医療研究センター HIV Cureを目指した新規作用機序を有する抗HIV薬開発研究
2018 2020 照屋 勝治 国立国際医療研究センター ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究
2018 2020 大森 司 自治医科大学 HIV関連病態としての血友病の根治を目指した次世代治療法・診断法の創出
2018 2020 野依 修 立命館大学 新たなHIV細胞間伝播法に関する研究
2018 2020 佐藤 佳 東京大学 自然免疫、内因性免疫、獲得免疫の相乗・相反効果による抗HIV-1免疫応答原理の解明
2018 2020 宮川 敬 横浜市立大学 ウイルス感染伝播の時空間的解析法の開発
2018 2020 久世 望 熊本大学 Naïve T細胞から高機能を有したHIV-1 特異的T細胞の誘導法の開発
2018 2020 山本 浩之 国立感染症研究所 予防・治療を目的としたHIV中和抗体誘導の基礎となる特異的B細胞応答の解析
2019 2020 椎野 禎一郎 国立感染症研究所 HIVゲノム・宿主ゲノム等のデータベース構築・公開に向けた体制整備のための研究
(順不同)

4.事後評価委員

氏名 所属・役職
味澤 篤 東京都立駒込病院 感染症科非常勤
今村 知明 奈良県立医科大学 公衆衛生学講座 教授
神奈木 真理 〇 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 免疫治療学分野 教授
谷 裕美子 株式会社 バイオジェン・ジャパン メディカル本部 中枢神経領域 部長
中島 典子 国立感染症研究所 感染病理部 室長
馬場 昌範 鹿児島大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 特任教授
福武 勝幸 東京医科大学 医学部医学科 臨床検査医学分野 特任教授
山本 直樹 国立国際医療センター 特任部長
横幕 能行 国立病院機構名古屋医療センター エイズ総合診療部 部長
〇:委員長(五十音順、敬称略、令和3年1月25日現在) 

5.評価項目

  1. 研究開発達成状況について
  2. 研究開発成果について
  3. 実施体制
  4. 今後の見通し
  5. HIV/エイズ対策の推進
  6. 研究を終了するにあたり確認すべき事項

6.総評

治療薬の進歩により、HIVに感染しても致死的状況を回避できるようになりましたが、HIV感染症自体は治癒することはなく、現在のHIV感染の治療には長期の薬剤服用が必用となります。そのため、感染者のQOLの向上、医療経済上の負担軽減から、完治を目指した研究が重要な課題となっています。

本研究事業では、HIV感染症の根本的解決につながるHIV感染症の根治療法に資する研究について、基礎から実用化に向けて一貫して推進しています。あわせて、HIV感染症について感染機構や関連病態などの解析を進め、患者QOLの向上や医療経済上の負担軽減を目指しています。

令和2年度事後評価を実施した13課題(3.事後評価対象課題)について、特に顕著な成果について記載いたします。

  • 抗体誘導HIVワクチンとして開発したSeV-EnvF/NVP-EnvFについて、EnvF抗原の広域交差性中和抗体エピトープ提示能を示すとともに、ウサギ・サルにて中和抗体誘導能を明らかにした。一方、抗SIV中和抗体誘導の有無を決定するサル抗体遺伝子型を同定し、中和抗体誘導解析系を得た。
  • 静止期CD4+ T細胞が感染者末梢血において常に主要なリザーバーとなる訳でないこと、そして、感染者によってはfibrocytesが主要リザーバーとなる可能性を見出した。腹腔マクロファージを例に、起源と寿命が異なる複数の集団が存在することが分かってきたヒト組織マクロファージとHIVの相互作用を解析できる新たな系を確立した。
  • HIV感染症治癒を目指した新規治療戦略として、iPS細胞技術による再生HIV特異的T細胞を用いた新規細胞療法の開発を行い、サルエイズモデルでの移植実験を実施した。SIV感染アカゲザルにおいて、SIV-Gag特異的なiPS細胞由来T細胞は感染急性期でのウイルス複製抑制に一定の効果を示した。
  • 生体内におけるエイズウイルス感染細胞は、遺伝子の発現モードとして不均一な細胞集団であり、少なくとも9つのクラスター(亜集団)の集合であること、またエイズウイルスRNA分解酵素を新たに見出し、ウイルス潜伏感染に関与することを示した。
  • HIVの治癒を目指し、HIV潜伏感染細胞を活性化させた後に除去する効果のある薬剤(LRA)を同定し、LRAと既存の抗HIV薬との併用効果を評価できるin vitro解析系を開発した。
  • IRISの発症率・発症疾患を多施設および一医療機関で調査した。冊子を作成し、IRISに関する情報提供を行った。IRIS動物モデルを作成し、制御性T細胞の低下ならびにTh1細胞とCD8+ T細胞の異常活性化が起こることを明らかにした。また、マクロライド系抗菌薬クラリスロマイシンの投与により、本モデルの病態を改善できることを明らかにした。
  • HIV関連病態である血友病の次世代治療開発研究として、ゲノム編集治療開発、凝固因子機能解析、高機能型凝固因子開発を行った。さらに、コホート研究で日本における血友病遺伝子異常の特徴やインヒビター発生要因を明らかにした。血友病遺伝子検査を手順化し、保因者診断を行った。これら研究班の取り組みについて、患者・家族へのアウトリーチ活動を行った。
  • HIVの初期伝播におけるM-Secの重要性を詳細に確認し、ナノチューブ形成亢進以外のメカニズムとして細胞運動能亢進を新たに見出した。HTLV-1についても同様の結論を得た。以上から、M-SecがHIVとHTLV-1に共通する伝播促進因子である事を発見した。
  • HLAの型によって規定される獲得免疫応答と、内因性免疫のひとつであるAPOBEC3Fタンパク質それぞれの抗ウイルス効果が相反的に作用する可能性を示した。また、HIVに対する獲得免疫応答が、ウイルス出芽機構を規定するウイルスタンパク質ドメインの進化的選択圧として作用し、ウイルスの感染病態、および、その流行伝播動態に影響を与えることを、ウイルス学実験と公共データベース情報の解析によって明らかにした。
  • 発光量を指標にcell-to-cell感染を時間空間的に観察・定量する新技術を開発した。この新技術はハイスループット性に優れており、cell-to-cell感染を標的とした治療法開発のための基盤技術となりうる。
  • STINGリガンドを用いることによって強いエフェクター機能を有したHIV-1特異的T細胞をナイーブT細胞から誘導できる方法を確立した。この誘導法は、潜伏感染細胞の活性化を起こす薬剤と組み合わせることなどによって、エイズの根治療法において応用できることが期待できる。
  • ベトナム国ハノイ地域のHIV感染者コホートにつき液性免疫応答の包括的な解析を行い、HIV特異的B細胞応答の分化度が、ウイルスEnv可変領域に対する選択圧の水準と相関することを初めて見出した。また特異的B細胞応答障害の基礎となる、ウイルス由来の直接的なB細胞攪乱の撮影に成功した。
  • HIV耐性班やHIV臨床ゲノム班で蓄積されたHIV宿主・ウイルスゲノム情報の二次利用の為のデータストレージを修正し、データごとに共有範囲を決められるようにした。


事後評価委員会では、すべての研究課題について、計画を超えて進捗、または計画通り進捗しており、『国内競争力がある成果/我が国の健康医療の発展に大きな貢献が期待される成果』と評価されました。

抗HIV療法の進歩により、HIV感染者の予後は向上されましたが、未だ根治療法は完成しておらず、抗HIV薬の長期服用が必要であり、薬剤耐性ウイルスの出現、副作用、QOLの向上などが重要な課題として残っています。

本研究成果は、これら課題の克服に向けた新しい抗HIV薬、ワクチン等の創出、HIV関連疾患における課題克服に資するものであり、本事業では今後もHIV治療薬・治療法の開発・実用化に向けてさらなる基盤・臨床研究を推進します。

最終更新日 令和3年3月5日