疾患基礎研究課 エイズ対策実用化研究事業における平成30年度課題評価結果について
令和元年5月
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部感染症研究課
平成30年度「エイズ対策実用化研究事業」の事後評価結果を公表します。
事後評価
1.事後評価の趣旨
事後評価は、研究開発の実施状況、研究開発成果等を明らかにし、今後の研究開発成果等の展開及び事業運営の改善に資することを目的として実施します。
エイズ対策実用化研究事業(以下、本研究事業)では、評価委員会を以下の日程で開催し、本研究事業における事後評価の評価項目に沿って、書面審査及び対面審査にて事後評価を実施しました。
2.事後評価委員会
開催日:平成31年1月23日
3.事後評価対象課題
開始年度 | 終了年度 | 研究開発代表者名 | 所属機関名 | 研究開発課題名 |
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28 | 30 | 満屋 裕明 | 熊本大学 | 多剤耐性HIV変異株に強力で高いCNS透過性を有する新規抗HIV薬の開発と実用化 |
28 | 30 | 松下 修三 | 熊本大学 | 中和抗体を用いたHIV感染症の治癒を目指した新規治療法の開発 |
28 | 30 | 寺原 和孝 | 国立感染症研究所 | CD8陽性T細胞誘導HIVワクチンの腸管感染防御能に関する研究 |
28 | 30 | 佐藤 裕徳 | 国立感染症研究所 | HIV Gag 蛋白質の機能と進化能の構造生物学研究に基づく次世代の創薬シーズ創成 |
28 | 30 | 菊地 正 | 国立感染症研究所 | 国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究 |
28 | 30 | 原田 恵嘉 | 国立感染症研究所 | HIVエンベロープの治療標的構造研究を基盤とする新規治療薬探索 |
28 | 30 | 片野 晴隆 | 国立感染症研究所 | カポジ肉腫関連疾患の発症機構の解明と予防および治療法に関する研究 |
28 | 30 | 岡田 誠治 | 熊本大学 | 日本人に最適化されたエイズ関連悪性リンパ腫の包括的医療体制の確立 |
4.事後評価委員
氏名 | 所属・役職 |
---|---|
味澤 篤 | 東京都福祉保健局 東京都立北療育医療センター 院長 |
今村 知明 | 奈良県立医科大学 公衆衛生学講座 教授 |
神奈木 真理 | 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 免疫治療学分野 教授 |
佐多 徹太郎 | 国立感染症研究所 名誉所員 |
中島 典子 | 国立感染症研究所 感染病理部 室長 |
馬場 昌範 | 鹿児島大学難治ウイルス病態制御研究センター 教授 |
福武 勝幸 | 東京医科大学 医学部医学科 臨床検査医学分野 主任教授 |
山本 直樹 | 東京医科歯科大学 名誉教授 |
横幕 能行 | 国立病院機構名古屋医療センター エイズ総合診療部 部長 |
5.評価項目
- 研究開発達成状況について
- 研究開発成果について
- 実施体制
- 今後の見通し
- HIV/エイズ対策の推進
- 研究を終了するにあたり確認すべき事項
6.総評
治療薬の進歩により、HIVに感染しても致死的状況を回避できるようになりましたが、HIV感染症自体は治癒することはなく、現在のHIV治療には長期の薬剤服用が必用となります。そのため、感染者のQOLの向上、医療経済上の負担軽減から、完治を目指した研究が重要な課題となっています。
本研究事業では、HIV感染症の根本的解決につながるHIV感染症の根治療法に資する研究について、基礎から実用化に向けて一貫して推進しています。あわせて、HIV感染症について感染機構や関連病態などの解析を進め、患者QOLの向上や医療経済上の負担軽減を目指しています。
平成30年度事後評価を実施資した8課題(3.事後評価対象課題)について、特に顕著な成果について記載いたします。
- 多剤耐性HIV変異株に強力で優れたCNS透過性を有する新規抗HIV薬の開発と実用化研究では、前例を見ない程強力な抗HIV活性を有し、SIVmac251感染サルAIDSモデルへの連続投与(一日一回筋肉注射での8週間連続投与)で高い抗ウイルス活性を発揮し、全投与期間で投与個体に有意の副作用・毒性を惹起しない有望な新規化合物を創出した。
- 中和抗体を用いたHIV感染症の治癒を目指した新規治療法の開発では、KD-247よりも広範なウイルスに反応する新規中和抗体を開発し、非ヒト霊長類におけるPOC試験にて有望な結果を得ている。また、中和抗体の活性を飛躍的に増強するCD4 mimic であるYIR-821の臨床応用に向けた開発が進められた。
- CD8陽性T細胞誘導HIVワクチンの腸管感染防御能に関する研究では、国際共同臨床試験第I相で安全性・免疫原性が確認されたセンダイウイルス(SeV)ベクターを用いた新規標的断片連結抗原発現ワクチンについて、サルエイズモデルにて腸管粘膜における選択的ウイルス特異的CD8陽性T細胞誘導能を確認し、さらに腸管感染防御効果を有する可能性を見出した。
- HIV Gag 蛋白質の機能と進化能の構造生物学研究に基づく次世代の創薬シーズ創成研究では、HIV Gag蛋白質の構造生物学研究をベースとする創薬シーズ探索研究を実施し、HIV複製機構に関する新知見取得、プレスリリース、抗HIV物質の特許出願、新たな創薬につながる標的の同定等の成果を得て、エイズ研究の情報・論理基盤の強化、創薬シーズ探索研究の推進、並びに知的財産の創出に貢献した。
- 国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究では、平成15年から平成30年上半期までに全国の8,979症例の未治療HIV感染者のHIV-1 PR-RT領域(加えて平成24年以降はIN領域)の塩基配列決定を行い、伝播性薬剤耐性変異を有する症例の頻度は近年では約10%と高い傾向が続いていることが示された。この配列情報を用いた国内伝播クラスタの迅速判定プログラムにより、近年報告数が増加している九州での地域特異的なクラスタの特徴を明らかにし、また、CRF01_AEにおいては海外由来株のMSMにおける国内での定着が明らかとなった。現在の主要なキードラッグであるインテグラーゼ阻害薬については、主要な伝搬性薬剤耐性変異は報告されなかったものの、平成30年度中の薬物血中濃度測定依頼は最も多かった。本研究により本邦のHIV薬剤耐性動向や抗HIV薬薬物動態のみならず、伝搬ネットワークを明らかにすることにより、最適な予防戦略に役立てることが可能と考えられた。
- HIVエンベロープの治療標的構造研究を基盤とする新規治療薬探索では、大規模スクリーニングにより、新規「二機能性Env阻害剤」リードを見出した。特に、第二世代トリテルペン誘導体はキャラクタリゼーションを積極的に進め、特許出願、マウスPK試験による血中動態および投与濃度の決定、およびグラム単位の大量合成経路の最適化が完了し、in vivo薬効試験が行える準備が整った。
- カポジ肉腫関連疾患の発症機構の解明と予防および治療法に関する研究では、エイズ患者に発症するKSHV関連疾患(カポジ肉腫、リンパ腫など)について、ウイルス増殖にかかわる因子の一部を明らかにし、複数の抗腫瘍薬を同定した。アンケートや症例研究により、日本におけるカポジ肉腫・KSHV感染症の診断、治療の現状把握をおこない、結果を「診断、治療の手引き」としてまとめ、普及に努めた。
- 日本人に最適化されたエイズ関連悪性リンパ腫の包括的医療体制の確立では、日本人に最適化されたエイズリンパ腫の包括的医療体制の確立を目的として、エイズリンパ腫病理診断指針、治療の手引き、ケアの指針を示し、多施設共同臨床試験を進めた。エイズリンパ腫マウスモデルによるメチル化阻害薬等の評価、新規細胞株樹立、発症機序についての知見が得られ、エイズリンパ腫治療の基盤の構築に寄与した。
事後評価委員会では、すべての研究課題について、計画を超えて進捗、または計画通りの進捗であると評価し、さらに一部の研究課題については、計画を超えて大変進捗しており国際競争力があり国内トップクラスの成果/我が国の健康医療の発展に大きな貢献が期待される成果と評価されました。
HIV療法の進歩により、HIV感染者の予後は向上されましたが、未だ根治療法は完成しておらず、抗HIV薬の長期服用が必要であり、薬剤耐性ウイルスの出現、副作用、QOLの向上などが重要な課題として残っています。
本研究成果は、これら課題の克服に向けた新しい抗HIV薬、ワクチン等の創出、HIV関連疾患における課題克服に資するものであり、本事業では今後もHIV治療薬・治療法の開発・実用化に向けてさらなる基盤・臨床研究を推進します。
最終更新日 令和元年5月8日