国際事業課 HFSP受賞者インタビュー「いま考える、国際連携・異分野連携のチカラ」

いま日本の医学・生命科学研究は国際競争力の低下が指摘されています。様々な要因が考えられるなか、「研究人材」の観点からは国際頭脳連携の推進、「研究資金」の観点からは国際化と新興・融合領域への挑戦促進が政策レベルのキーワードとして挙げられています。一方、国際化や異分野融合がことさら強調されることに対し、現場からは「本質的でない」との意見も出ています。視野を広げてみますと、創設以来InterdisciplinaryとInternational(Intercontinental)を採択基準としてきた国際研究助成プログラムHFSP(Human Frontier Science Program)が、制度として世界的に高い評価を得ているという参考事例もあります。そこで今回、HFSP研究グラントの受賞経験があり、研究者として存在感ある活動をされている先生方に、国際連携や異分野連携の意義についてお考えを伺います。キャリア戦略のヒントが満載ですので、ぜひご一読ください。

国際チームを作り、申請書を書く過程から学んだこと

<インタビュー>
石崎章仁 先生(自然科学研究機構 分子科学研究所)
<プロフィール>
2008年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。同年よりカリフォルニア大学バークレー校化学部化学科にて日本学術振興会海外特別研究員。’10年、ローレンス・バークレー国立研究所物理生物科学部門博士研究員。’12年、分子科学研究所特任准教授。その間’13年2月~6月、ベルリン高等研究所フェロー。’16年より同教授。主な研究テーマは凝縮相分子系における量子動力学現象の理論。
<HFSP若手研究グラント受賞テーマ>
2017年:Regulation of photosynthetic light harvesting: how does protein conformation control photophysics?
※ 取材:2020年1月(情報は取材当時のものです)

「無理にでも異分野融合」があっても悪くない

―― 石崎先生は2017年にHFSPのYoung Investigator Grantをアメリカ・イギリスの研究者と3大陸のグループで採択されています。先生にとって異分野連携や国際連携の意義とは何でしょうか?

かつては、異分野連携自体は悪くないものの、それを強制されるのは少ししんどいと感じていました。というのも、研究者にとっては「何々を理解したい」というリサーチクエスチョンがまずあり、それに向けていろいろな分野の研究者が集まるべきだと思っていたからで、異分野連携自体が目的となる、トップダウンで異分野連携しろと言われることに対してある種の反発感を抱いてもいました。
一方で私が所属している分子科学研究所には、外国人運営顧問という制度があり、世界的に著名な研究者がドイツやイギリスなどからはるばる来日され研究所の様子をご覧になるのです。彼らが常におっしゃるのは「所内で共同研究しているのか? 大学共同利用機関なので所外との共同研究は当然として、所内でも共同研究するべきだ」ということです。私は先に述べたような理由から、リサーチクエスチョンも共有していない段階からの共同研究というものに反発していたのですが、あるとき顧問の一人が「所内でコーヒーでも飲みながら、分野も目的意識も違う研究者で、一緒に何ができるのかを無理にでも考え出すんだ。それも一つありなんだ」とおっしゃったのです。それを聞いたときに一理あると思いました。というのも、研究の目的だけが強すぎると「これを理解したい」という特定の目的だけにとらわれて視野が狭くなることも起こりがちで、新しいことを生み出すために、ときには強制力も必要なのかと。どちらの形の共同研究がよいかというのは、私の中で結論は出ていませんが、研究者間の交流から生まれる共同研究もあっても悪くないと考えるに至りました。

―― 先生は分子科学研究所に着任される前はアメリカでポスドクをされていましたね。研究の進め方に関して感じることはどのようなことがありましたか?

日本とアメリカにおけるポスドクの考え方と研究テーマの選び方が少し違うのかなと感じました。日本では、ポスドクは助教などのポジションを見つけるまでの「間に行うもの」、という印象かと思いますが、アメリカでは「必ず行うもの」でした。もちろん分野によって考え方も異なるのだとは思いますが、私の分野である物理化学では、学位をとった研究室からポスドクの研究室に移るとき、研究手法もしくは研究対象を変えるというのがほぼ鉄則になっています。そして、その後アシスタントプロフェッサー(編注:日本の助教とは異なり独立したグループを主宰する助教授)などファカルティのメンバーになるときに、もう一度研究手法または対象を変えます。そうしないと、元ボスと競合関係になってしまいますし、また他のものを取り入れないと新しい研究へと発展しないので、アメリカでは不文律として広まっていたという印象です。一方で日本だと、どちらかというと職人気質でこれ一筋、というのが好まれる印象があります。もちろん、どちらが良い悪いというものではないと思いますが、節目で研究テーマを変えるのが当然になっているため、異分野融合が自然に出来上がる土壌もあるのではないかと感じます。

チームビルディングの秘訣は信頼関係

―― HFSP研究グラントを応募されるのに至ったきっかけをお伺いできますでしょうか。

2013年に4ヶ月ほどドイツのベルリン高等研究所に滞在していました。そこでは分野の違う人と一緒のテーブルでお昼ご飯を食べるなど、常に違った分野の人と交流することが半ば強制される環境で、私の中にも徐々にそのようなマインドセットが刷り込まれていました。その年の5月、研究所の庭で行われたパーティーに、ウィーンで研究しているイラン人の研究者がいて話す機会がありました。彼は「HFSPというグラントをもらった。日本はかなりHFSPに拠出しているのだから、日本人のあなたが出していないのはおかしい」と言ったのです。実は当時の私は、 HFSPの存在を知らなかったのですが、どのような性質のグラントで、獲得するにはどのようなプロセスが必要なのかを調べると、どうも私1人でできることではなさそうだとわかりました。そこでその年の12月に、アメリカのGabriela Schlau-Cohenという、私がアメリカに留学していたときの同僚で、分光計測という私とは違う分野の研究者に話をしたのがはじまりです。彼女と私とは家族ぐるみでの付き合いでした。その後、イギリスのMatthew Johnsonとはこのプロジェクトをきっかけに知り合いました。

―― その後獲得に至るまでのチームビルディングで、どのようなことを心がけましたか?

ありきたりな言葉かもしれませんが、信頼関係だと思います。分野や価値観がかなり違う人と一緒に仕事をすることになるので、言葉遣いや仕事のペースなどもかなり違ってきます。例えば向こうが別な仕事を優先させなければならないときは、こちらの仕事が後回しにされることもあります。そういったとき、いちいち怒っても仕方ないわけですが、3人チームのうち少なくとも2人の間に、自分の場合はGabrielaと私だったのですが、動かしがたい信頼関係がないと、なかなかうまくいかないのではないでしょうか。

―― 先生にとってHFSPのグラント獲得にはどのような価値がありましたか? たとえばキャリア上のメリットはあったでしょうか。

   残念ながらキャリア自体には直接的な影響はなかったですね…HFSPはどうしても生命科学系が多いという印象がありますし、実際に自分の分野や所属研究所(分子科学研究所)内でのHFSPの知名度も、そこまで高くはなかったからかもしれません。一方で、グラントを出す過程では多くの経験を得ました。2年ほど前に参加した、熊本大学で行われたHFSPの説明会にて、シンガポール大学の須田年生先生と夕ご飯をご一緒する機会があり、そこで先生から印象的な言葉をいただきました。すなわち、HFSPにとっていちばん重要な部分はアプライ(応募)するプロセスであると。分野の融合や国際性などいろいろなことを考え、チームビルディングを行う過程が大切だというのです。私もそうだと思います。もちろんすべての研究助成金が異分野・国際連携をトップダウンで矯正するのは違う気はしますが、一部分はHFSPのようにそれに特化した予算がないと、そういった動きも少なくなってしまうでしょう。

申請書を作る過程から多様な価値観をインストールできる

―― 最後に、国際連携や異分野連携を模索する読者に向けて、メッセージをお願いします。

先程申し上げたとおり、やはり申請書を準備する段階が、研究を前に進めるうえで一番重要だと思います。もちろん、グラントを獲得した後に研究を行い、論文を書く過程も大切ですが、それ以上に、何年もの期間をかけて申請書を書くプロセスからは、多くのものを学ぶことができました。そして、日本人だけでは出せない研究プロジェクトなので、他の国の価値観も取り入れることになります。おそらく多くの方は、申請書を他人に見せることはないと思うのですが、私たちの場合はバージョン1の段階で、分野が少し違う採択経験者に見てもらい「この申請書の核心となるクエスチョンはわかる?」と聞いてみました。そこで「分からない」といわれたら、申請書を書き直してまた見てもらう…この過程で異分野の壁を乗り越えることにもつながります。特に独立して研究室を立ち上げた物入りの時など、年度の制約もなく研究費を柔軟に使えますので、役立つのではないでしょうか。

―― 貴重なお話をありがとうございました。(聞き手:「実験医学」編集部)

最終更新日 令和2年3月25日