国際事業課 HFSP受賞者インタビュー「異分野からの挑戦」

本記事は2021年2月に発行された雑誌「化学と工業」のGalleryに寄稿いただいた記事です。

HFSPの研究助成について

<著者>
松田欣之 先生(東北大学大学院理学研究科化学専攻 助教)
<プロフィール>
東北大学大学院理学研究科化学専攻 助教
1999年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。同年台湾國立清華大學博士研究員、2001年米国コロラド州立大学化学科博士研究員、04年東北大学大学院理学研究科助手(助教)、13年同大学高等教育開発推進センター助教、14年同大学高度教育開発・学生支援機構助教、15年より現職。
〔専門〕物理化学、気相レーザー分光
<HFSP若手研究グラント受賞テーマ>
2008年:Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs
<松田先生からのコメント>
生命科学分野について門外漢である筆者が国際的に権威のあるHFSPの若手研究グラントを受賞した経験を、生命科学分野だけでなく他の分野の研究者の未来のHFSP応募への糸口になればと思い、Galleryに執筆させて頂きました。
松田欣之先生のプロフィール写真

HFSPのグラントについて

ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)は、1982年に開催されたサミットにおいて、中曽根康弘首相(当時)に提唱されて始まった国際的な研究助成です。生体における精巧かつ複雑な機能や機構を明らかにすることを目標とした国際共同研究を推進する研究助成プログラムです。我が国において昨今予算の獲得が応用研究よりも困難な基礎研究や萌芽的な研究を、積極的に推進してくれるプログラムです。

HFSP若手研究グラント2008応募のきっかけ

生命科学分野に接点がなかった筆者は、グラント申請以前にはHFSPの存在をまったく存じておりませんでした。
 筆者が参加した研究チームのチームリーダーの東北大学大学院薬学研究科の田中好幸准先生(現徳島文理大学教授)と研究チームを結成する以前より交流があり、薬学研究科と筆者が所属する理学研究科間の合同セミナーを共同主催したりしていました。そのような田中先生との情報交換を経て、筆者の質量分析をベースとしたレーザー分光手法が生命科学分野においてまったく応用されていなかったことにより興味を持っていただき、HFSP応募に向けた研究計画の相談を受けました。筆者の技術を利用した生物化学研究の立案により田中先生をチームリーダーとする研究チームに参加し、HFSPの若手研究グラントの申請に至りました。
ライフサイエンス解明に向けた国際共同研究を推進するHFSPのグループグラントと若手研究グラントの応募には、2カ国以上の研究者によって構成された研究チームである必要があります。加えて、チームメンバーは我が国を含むHFSP加盟国の33カ国(当時)の組織に所属している必要があります。我々の研究チームは、NMRによる生体分子の構造解析を専門とする田中先生、理論研究者のチェコ共和国のチェコ科学アカデミーのVladimir Sychrovsky先生、X線結晶構造解析の専門家のテキサス州立大学サウスウエスタンメディカルセンターの加藤昌人博士(現同大学教授)と筆者の、3カ国の4名で構成されました。以下に記述するように、研究チーム結成前から申請書作成段階まで互いに情報を共有して、研究チームが結成されました。

研究内容

本研究チームの申請課題名は、「Probing the mechanism of the cleavage reaction in catalytic RNAs」です。研究チーム内の専門技術の結集により、酵素活性を有したRNA分子ribozymeの反応機構理解を目的として、RNA鎖切断活性を有したHammerhead ribozyme (以下、ハンマーヘッドリボザイム)について、その切断のメカニズムを実験および理論的に解明することを目指すという内容です。筆者は質量分析と、気相と液相でのレーザー分光研究を担当しました。

申請書の作成

HFSPのグループグラントと若手研究グラントの審査には、一次と二次審査があります。若手研究グラントの一次審査では、Letter of intentという6000字以内の研究内容のLetterと研究チームメンバーの略歴を提出します。6000字という文字数は書きたい内容を書くには短く、チームメンバーと協力して文字数を減らすのに苦労した記憶があります。2008年度の若手研究グラントには774件の応募があり、88件が一次審査を通過しました。二次審査でFull applicationという形式になり、3万字の研究内容の申請書を提出します。チームメンバーがそれぞれの研究部分を執筆するとともに、総括的な部分はチームリーダーの田中先生によって作成されました。申請書の修正のたびに電子メールで連絡し合い、チーム内で申請書を互いに確認し合いながら完成させました。二次審査では、25件中14件が採択されました。

国内研究費との違い

使途の制限が厳しく年度の繰越しが困難であった科研費に比べ、HFSPの研究助成は研究費の配分、繰り越し、使途の自由度が高く、研究者が研究を推進する上で非常に使いやすい研究助成です。若手研究グラントの期間の3年間は長いようでいて短いと感じられました。HFSPでは3年の研究期間の後、研究費を1年間延長できるという自由度もあります。我々の研究チームは1年間の延長を申請し、4年間研究を続けることができました。
HFSPの研究助成は使いやすいだけでなく金額も大きいため、研究室の立ち上げや研究者のキャリアを積んでいくための研究の開拓においても、大変有用な助成システムだと思います。

HFSPの魅力

昨今の予算獲得において応用研究が重宝されやすい我が国の研究費獲得状況において、ライフサイエンスの理解に向けた基礎研究を積極的に助成するHFSPは、それらを専門とする研究者にとって大変魅力的な研究助成だと思います。またHFSPは、成熟した研究よりもチャレジングな萌芽的な研究を歓迎しているプログラムです。HFSPは、新しい研究手法や研究分野開拓などのアイデアを持つ研究者にとって、大変有益な研究助成です。上記したようにHFSPの研究費の使いやすさも、基礎科学的な研究を進めるのに大きな魅力の一つだと思います。
筆者自身もそうでしたが、生命科学分野以外の研究者の方の中には、HFSPをご存じでない方も多いかもしれません。HFSPは、生命科学分野では国際的にも権威のあるプログラムであり、グラント受賞は大変栄誉なことだと考えます。

HFSP受賞者ミーティング

上記以外のHFSPのメリットとして、毎年開かれるHFSPの受賞者ミーティングがあります。ミーティングでは、口頭講演、ポスターセッションの他に、議論の自由度が高いパネルディスカッションやテーマが決まっていない自由討論も行われます。ミーティングはとてもフレンドリーな雰囲気でレセプションも含め、世界の精力的な研究者と議論や交流が容易にできるように構成されています。特に受賞者ミーティングは筆者にとって、多様な最先端の生命科学研究を学ぶいい機会になりました。
2009年に東京の学術総合センタービルで開催された9th HFSP Awardees Meetingでは、HFSPの20周年記念としてレセプションで中曽根康弘元首相のスピーチがあったり、屋形船でのディナーがあったりなど大変華やかなミーティングだったと記憶しております。

HFSP研究助成における国際共同研究について

3カ国にわたる研究チームのメンバーとは主に電子メールを利用して、議論したり連絡を取り合ったりしました。加えて受賞者ミーティングやSychrovsky先生を田中先生が東北大学のセミナーに招聘された際などに、メンバーで顔合わせて議論や意見交換をしました。インターネットを利用したビデオ会議を行いやすくなった現在では、国際共同研究がさらにやりやすくなっていると思います。
1年間の延長を含めた研究期間の4年間において、田中先生によりNMR法を用いた長鎖RNA分子の一残基標識法が開発されました。Sychrovsky先生によって理論的なハンマーヘッドリボザイムの反応経路解析が行われ、実験データとの比較により反応機構が示唆されました。加藤先生は結晶構造解析に適したリボザイム結晶の作成や時分割X線結晶構造解析に着手されました。筆者は、田中先生が合成したハンマーヘッドリボザイムをMALDI法で気相に取り出すことに成功し、質量分析的研究に成功しました。
それらの成果を、7ページの報告書にまとめて、業績リスト、収支報告書とともに提出しました。報告書作成においても、各自担当する部分をメンバーそれぞれが作成し、田中先生によって総括されました。申請書と同様に電子メールを利用してクロスチェックを頻繁に行い、報告書の完成に至りました。

生命科学分野以外の研究を専門とする研究者の方々へ

HFSPプログラムは、生体の複雑な機構の理解に向けた基礎研究を奨励する研究プログラムです。HFSPはその目標に向けて、生命科学分野で発展してきた技術に加え、それ以外の分野(数学、物理、化学、工学、情報科学など)の技術を持つ研究者の参加を歓迎しています。筆者のようなHFSPを知らなかった門外漢でも、研究チーム内の議論や受賞者ミーティングに参加することによって、生命科学における最先端の研究の状況や問題を知る機会を持てました。このGalley を見られた生命科学に縁のなかった化学者の方も、生命科学分野へご自身の技術が応用できるアイデアをお持ちの方は、HFSPへの応募の検討をお勧め致します。また個人的な意見ですが、研究チームに生命科学分野以外を専門とする研究者が参加されると、研究助成の採択がされやすのではないかと思っています。

終わりに

本Galleryによって、生命科学分野における挑戦的かつ萌芽的な国際共同研究のアイデアを持つライフサイエンス分野の研究者とそれ以外の分野の研究者の皆様によって、我が国からのHFSPへの応募が増えることを期待致します。
 

最終更新日 令和3年3月11日